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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅺ信じるもの

 五日目。


 学生は同席させず、担当する捜査員だけが会議室に集まっていた。


 机の上には、行方不明者の資料とトーマの聞き取り記録が並べられている。


 レナードが一枚の顔写真を手に取った。


「この男は、ネグラを離れたいと話したあと、南地区にある共同浴場へ連れていかれている。その後、行方不明だ」


 写真を机へ戻す。


「連れていったのはトーマさん本人。さらに、ネグラの信徒が『粛清』という言葉を使っていたという証言もある」


 クラネスが聞き取り記録を手元へ引き寄せる。


「ネグラが関わってる可能性は高そうですね」


「ただ、まだ決めつけるな」


「教団として動いているのか、一部の信徒が勝手にやっているのか。それすら分かっていない」


 リアナが共同浴場の資料へ目を向けた。


「そこなら、前に一度確認しています」


 レナードが顔を上げる。


「相談が入った件か」


「はい。夜に人が出入りしているっていう相談でした」


「何か残っていたか?」


「誰かが水を使った跡と、裏口から出入りしたような形跡はありました。でも、その時は何に使われていたのかまでは分かりませんでした」


「なら、もう一度調べる価値はあるな」


 レナードが資料を三つに分ける。


「リアナとネアは、過去の失踪記録を洗ってくれ。似たケースがないか確認する」


「分かりました」


「了解っす」


「ハインは共同浴場を再調査。前回の記録と照らし合わせろ」


「分かった」


「クラネスはエリンさんの周辺だ。トーマさんが見たという男が、本当に今も張り付いているのか確認してくれ」


「了解です」


「エリンさん本人への接触はまだするな。こちらが動いていると気づかせたくない」


「何か出たら、すぐ共有してくれ」



 夕方。


 会議室の机には、朝よりも資料が増えていた。


 ネアが数枚の報告書を机へ置く。


「似た状況の失踪が四件あったっす」


 リアナが一枚を手に取る。


 家財道具を残したまま突然姿を消した者。


 何人かの男が自宅を訪ねた直後から、行方が分からなくなった者。


 どの記録にも、ネグラの名前はない。


「これだけだと、まだ繋がらないね」


「はいっす。ただ、本部に残ってた古い照会記録まで調べてもらったら、このうち二人は、以前住んでいた地域でネグラと関わってたみたいっす」


 ネアが二枚の資料を抜き出し、机の中央へ並べる。


 クラネスがその一枚を手に取った。


「もう本部から返ってきたのか?」


「はいっす。知り合いに頼んで、少し急いでもらいました」


 クラネスが資料からネアへ目を向ける。


「随分、話が早いな」


「まあ、日頃の付き合いってやつっす」


 ネアは机に残った資料の角を揃える。


「そういう知り合いがいるのは助かるな」


 クラネスが手にしていた資料を机へ戻した。


「あとで礼、言っといてくれ」


「はいっす」


 ハインが共同浴場の見取り図を机へ広げた。


「共同浴場も見直してきた」


 以前、リアナたちが確認した洗い場へ指を置く。


「水を使った跡は残っていた。近所にも改めて聞いたが、夜に何人かの男が出入りしていたという話が取れた」


「ネグラの信徒か?」


 レナードが尋ねる。


「そこまでは分からん。服装も普通だったらしい。ただ、正面じゃなく裏口を使っていたのを見た住人がいる」


 リアナが見取り図を見る。


「やっぱり、あの裏口……」


「ああ。前に見つけた傷とも合う」


 レナードの視線がクラネスへ移る。


「エリンさんの方は?」


「家の向かいに、同じ男が何度か立っていたそうです」


 クラネスが手帳を開く。


「家から離れた場所で、近所の住人にも確認しました。昨日は、エリンさんが家を出たあと、その男もついていったそうです」


「トーマさんが見た男と同じか?」


「そこまでは分かりません。ただ、見張られている可能性はあります」


 レナードが四件の失踪資料を重ねる。


「直接の証拠にはならない。だが、これ以上エリンさんを放置する理由もない」


「明日、本人から話を聞く」


「学生たちには、今日分かったことを必要な範囲で説明しておけ。明日の動きも伝えておいてくれ。相談者の個人的な話まで伝える必要はない」


「分かりました」


「了解っす」



 六日目。


 エリンが暮らす平屋の貸家は、通りに面していた。


 離れた場所では、リアナとネアの班が周囲を見張っている。


 昨日までエリンの近くにいた男が現れないか、確認するためだ。


 レナードたちが正面玄関へ向かう間に、ハインの班は建物の裏へ回る。


 保護用の馬車は、家から少し離れた通りに停めてあった。


 トーマが扉を叩く。


「エリン。俺だ」


 しばらくして、扉がわずかに開いた。


 隙間からトーマを見たエリンの顔が強張る。


 その後ろにいるレナードとクラネスへ気づき、扉を閉めようとした。


「待ってくれ」


 クラネスが呼び止める。


「無理に連れていくつもりはない。少しだけ、話を聞いてほしい」


「私は戻りません」


「エリン。頼む」


「話すだけでいい」


 エリンは扉に手を掛けたまま動かなかった。


 やがて、ゆっくりと扉を開く。


「……入って」


 レナードとクラネスが、トーマに続いて居間へ入った。


 リーゼ、ヴェイン、レオンは玄関の外で待機する。


 トーマはエリンと向かい合って座った。


「前に、ネグラを抜けようとした人がいただろ」


「聞いてる。あの人は救われたって」


「違う」


「何が違うの?」


「俺が連れていったんだ」


 エリンが黙る。


「話し合いをするだけだと言われた。だから、南地区の共同浴場まで連れていった」


「そのあと、あの人は帰ってこなかった」


「救いを受けたからでしょ」


「どこへ行ったのか、誰も答えなかった。俺も怖くて、それ以上は聞けなかった」


「今さら、そんな話をされても……」


「次は誰を粛清するかって、話してるのを聞いたんだ」


 エリンがトーマを見る。


「それで、私を置いて自分だけ抜けたの?」


「ああ。何を言っても、お前は聞かなかった。俺も……怖かった」


「私まで裏切れっていうの?」


「違う」


「生きててほしいんだ」


 エリンがレナードを見る。


「あなたたちは、教会を潰すつもりなんですか?」


「今は、あなたの安全を確保しに来た」


「私は何も悪いことをしていません」


「信じるのをやめろとは言わない。ただ、今のままここに置いておくこともできない」


「どうしてですか?」


「あなたの夫は、脱退したあとに監視されている。ほかにも、似た状況で行方の分からなくなった人がいる」


 レナードはエリンを見る。


「事実を確かめるまで、こちらの保護を受けてほしい」


「断ったら?」


「無理には連れていかない」


 トーマがエリンを見る。


「頼む。少しの間だけでいい」


 エリンは返事をしなかった。


 レナードの端末が震えた。


『複数の信徒が、家へ向かっています』


 リアナからの連絡だった。


 直後、通りから複数の声が聞こえてきた。


 クラネスが玄関へ向かい、扉を開ける。


 家の前に、人が集まり始めていた。


 十人。


 二十人。


 通りの向こうからも、教会の印を身につけた者たちが歩いてくる。


「レナードさん」


「ああ。早すぎるな」


 レナードが端末を操作し、支部へ応援要請を送る。


 集まった信徒の一人が、閉ざされた玄関へ向かって叫ぶ。


「エリンさんを連れていくな!」


 別の声が続く。


「AEGISが無理やり連れていくつもりだ!」


 エリンが立ち上がる。


「違う。私はまだ――」


「今は窓へ近づかないでください」


 クラネスが止める。


「どうして、あの人たちがここに……」


 エリンがトーマを見る。


 外では、自分を連れていくなと叫ぶ声が続いている。


 今日の訪問を知っていたのは、トーマと、今回の保護に関わる者だけのはずだった。


 エリンはしばらく玄関の方を見ていた。


「……分かりました」


 エリンがレナードへ向き直る。


「保護を受けます」


 レナードがうなずく。


「クラネス。俺たちは正面を押さえる」


「分かりました」


 レナードは玄関の外で待機していた三人を見る。


「リーゼ、ヴェイン、レオン。トーマさんとエリンさんを裏へ。ハインたちと合流しろ」


「心得た」


「襲撃を受けた場合は、装備を使っていい」


 三人がうなずく。


 レナードとクラネスは玄関から外へ出た。


 入れ替わるように、リーゼたちが居間へ入る。


「トーマさん、裏口は?」


 ヴェインが尋ねる。


「こっちです」


 トーマが居間の奥へ向かう。


 ヴェインが先頭につき、その後ろをトーマとエリンが進む。


 レオンとリーゼが続いた。


 短い廊下を抜け、台所へ入る。


 トーマが奥の扉を開けた。


 ヴェインが先に外へ出る。


 裏手には、建物の間を通る細い路地が伸びていた。


 周囲を確認し、ヴェインが振り返る。


「大丈夫だ。来てくれ」


 トーマとエリンが外へ出る。


 レオンが続き、最後にリーゼが裏口を出た。


 その時。


 路地の脇から、人影が飛び出した。


「――っ!」


 リーゼが振り向く。


 一人の男が、トーマたちへ駆け込んでくる。


 信徒の服は着ていない。


「裏切り者を渡せ」


 男が右手を上げる。


 五本の爪が硬く変わり、指先から伸びた。


「通すと思うたか」


 ヴェインがトーマたちとの間へ入る。


 リーゼが武器を起動した。


 漆黒の刃が伸び、青いラインが走る。


 男が踏み込む。


 右腕が振るわれた。


 ギィン!!


 リーゼが刃で爪を受け止める。


「レオン! 二人をハインたちのところへ!」


「分かった!」


 レオンがトーマとエリンを先へ促す。


「走って!」


 三人が路地の奥へ向かう。


 男がそちらへ身体を向けた。


 リーゼが前へ出る。


「行かせるものか!」


 男の左手からも爪が伸びた。


 シュンッ!!


 五本の爪がリーゼへ走る。


 刃を立て、四本を弾く。


 残った一本が胸元を掠めた。


 隊服に青いラインが走る。


「リーゼ!」


「この程度、どうということはない!」


 ヴェインも武器を起動する。


 横から男へ斬り込んだ。


 ガキィン!!


 男が右手の爪で刃を受ける。


 ヴェインがそのまま押し込む。


 男の足が路地を滑った。


 リーゼが横へ回る。


 男は二人を見比べ、両手の爪を構えた。



 レオンがトーマとエリンを連れ、路地を抜ける。


 その先には、ハインたちが待っていた。


「二人をお願いします!」


「分かった。こっちだ」


 ハインがトーマとエリンを引き取る。


「馬車まで移動する。レオン、お前も二人についてくれ」


「分かりました」


 ハインが先頭に立つ。


 ソラとライゼルが夫婦の左右につき、レオンがその後ろへ続く。


 リノが最後尾についた。


 家から離れた通りへ出る。


 道の脇には、布袋を積んだ手押し車が停められていた。


 前方に、保護用の馬車が見える。


 その手前に、二人の男が立っていた。


「止まれ」


 ハインが足を止める。


「トーマを渡せ」


「断る」


「邪魔をするなら、お前たちもだ」


 一人の男が腰を落とした。


 靴底が地面を擦る。


「レオン。二人を馬車へ乗せろ!」


「はい!」


 レオンが馬車の扉を開ける。


「トーマさん、先に!」


 トーマが馬車へ乗り込み、エリンの手を引く。


 その間に、男が地面を蹴った。


 身体が一直線に迫る。


「下がれ!」


 ハインがソラの前へ出た。


 武器を起動し、男の短剣を受け止める。


 ガキィン!!


 直後、男の肩がハインの胸元へぶつかった。


 ドッ!!


 ハインの身体が壁へ叩きつけられる。


 黒い隊服の胸元に、青いラインが走った。


「ハインさん!」


「止まるな!」


 ハインが壁から離れる。


 もう一人の男の右腕が、灰色へ変わっていく。


 皮膚が盛り上がり、肘まで岩に覆われた。


「ソラ、ライゼル! 武器を起動!」


 ハインの指示で、二人が武器を起動する。


「リノ。ライゼルとあいつを抑えろ」


「分かりました」


「ソラは俺の援護だ」


「はい!」


 岩の腕を持つ男が、馬車へ向かおうとする。


 ライゼルが前へ出た。


 振り下ろされた腕を、刃で受ける。


 ガキィン!!


「重っ……!」


 刃ごと身体が押し込まれた。


 リノが銃を抜く。


 ドンッ! ドンッ!


 二発が岩の腕へ命中した。


 欠片が飛び、男がリノへ向き直る。


「よそ見しないでください」


 リノが馬車から離れるように動く。


 ライゼルも男を追った。


 レオンは開いた扉を背に、馬車の前へ立つ。


 短剣を持つ男が、ハインへ向かって地面を蹴った。


 一直線。


 ハインが横へ跳ぶ。


 刃が脇を抜ける。


 男は十歩ほど先で止まり、向きを変えた。


「追うな」


 駆け出そうとしたソラを、ハインが止める。


「向こうから来させる」


 男がつま先をハインへ向ける。


 一度、動きが止まった。


 ドッ!!


 地面を蹴る。


 男が一気に迫った。


 ハインは正面から刃を受けず、横へかわす。


 男がそのまま二人の後ろまで抜けた。


「曲がれない……」


 ソラは男の足元を追う。


 再び向きを変える前に、必ず足を止めている。


「動く前に、一度止まってます」


「見えてるな」


 ハインが道脇の手押し車へ目をやる。


 手押し車の上には布袋が積まれ、一本の縄でまとめて縛られていた。


「ソラ。手押し車へ回れ」


「はい」


「俺が引きつける。合図したら縄を切れ」


 ソラが手押し車へ走る。


 男が狙いをハインへ定めた。


 ハインは道の中央から動かない。


「来い」


 男の足が止まる。


 直後。


 一直線に迫った。


「今だ!」


 ソラが縄へ刃を振り下ろす。


 ザンッ!!


 縛られていた布袋が崩れ、道へ転がった。


「なっ――」


 男の足が、転がった布袋に乗り上げる。


 身体が前へ投げ出された。


 ドガッ!!


 地面を転がる。


 ハインが男の腕を背中へ捻り上げ、短剣を蹴り飛ばした。


「ソラ、押さえろ!」


「はい!」


 ソラが男のもう片方の腕を地面に押さえつける。


 ハインが拘束具を掛けた。


 少し離れた場所では、ライゼルとリノが岩の男を引きつけていた。


 岩の腕が横へ振られる。


「おおっ!」


 ライゼルが身を屈める。


 頭上を岩の塊が通り過ぎた。


 そのまま踏み込み、男の脇腹へ柄を叩き込む。


 ドッ!


 男が左腕で受ける。


 左腕にも灰色が広がり、岩へ変わっていく。


 リノが端末を男へ向けた。


 画面には何も表示されない。


「……コア反応がありません」


「でも、使ってるぞ!」


「見れば分かります。だから変なんです」


 男が両腕を岩へ変え、ライゼルへ迫る。


 足取りは遅い。


 右腕が上がる。


 ライゼルが横へ跳んだ。


 ドゴンッ!!


 岩の拳が地面へめり込む。


「そんな重いの、何度も振れるかよ!」


 男が右腕を引き抜く。


 ライゼルが左へ回る。


 岩の腕が追ってくる。


 男が身体ごと向きを変えた。


 その間に、ライゼルが反対側へ抜ける。


「こいつ、固くなるほど遅くなるぞ!」


「ですね。なら、動かし続けます」


 リノが銃を構える。


 ドンッ!


 弾丸が男の右肩へ命中した。


 男がリノへ向き直る。


 大きく踏み込み、岩の拳を横へ振った。


「リノ!」


 リノが左腕を上げる。


 ドゴッ!!


 岩の拳が腕へ直撃した。


 リノの身体が壁へ叩きつけられる。


 隊服の青いラインが、左腕から肩へ走った。


「っ……!」


 リノが壁に手をつき、体勢を立て直す。


「ほんと、重いですね……」


 男がリノへ近づく。


 ライゼルが、その背後へ回った。


「リノ! 顔、狙えるか!」


「呼び捨てにしないでください」


 リノが男の顔へ銃口を向ける。


 ドンッ!


 男が両腕を上げた。


 弾丸が岩の腕に弾かれる。


「今だ!」


 ライゼルのブーツに走る青いラインが光る。


 低い姿勢のまま加速し、男の両脚へ組みついた。


「おおおっ!!」


「ぐっ……!」


 重くなった両腕に引かれ、男の上体が大きく傾く。


 足を踏み直せない。


 ドォン!!


 背中から地面へ倒れた。


 ライゼルが、岩になっていない腹へ膝を乗せる。


 男が右腕を振り上げようとした。


 リノの銃口が、顔の前へ向く。


「動かないでください」


 岩の腕が止まった。


「ライゼル、拘束具を」


「おう!」


 男が力を抜く。


 両腕を覆っていた岩が、端から崩れ始めた。


 二人で腕を押さえ、拘束具を掛ける。


 リノが端末をもう一度確認した。


「やっぱり、何も出ませんね」


 ソラとハインが合流する。


「こっちも終わった」


 ハインが拘束された二人を見る。


「応援が来るまで、トーマさんたちは馬車から出すな」


 レオンが馬車の扉を閉める。


「分かりました」



 エリンの家、裏手。


 男が右手を突き出す。


 リーゼが一歩下がった。


 届かないはずの爪が、途中からさらに伸びる。


 シュンッ!!


 リーゼが刃で弾いた。


「伸び縮みするのか」


 ヴェインが男の左側から斬り込む。


 男は左手の爪を短くし、刃を受け止めた。


 ガキィン!!


 リーゼが右側から迫る。


 男が右腕を振り、長い爪で追い払った。


 リーゼが後ろへ跳ぶ。


 その間に、ヴェインが男の懐へ入る。


 男が両腕を振り上げた。


 左右の爪が、ヴェインへ振り下ろされる。


 ヴェインが刃を横へ構えた。


 ガキィン!!


 両手の爪を受け止める。


 衝撃に両腕が沈んだ。


「リーゼ!」


「言われずとも!」


 ヴェインが押し止めている間に、リーゼが男の懐へ入る。


 刃を返し、峰を腹へ叩き込んだ。


 ドゴッ!!


「がっ……!」


 男の身体が折れる。


 両手の爪が縮み、その場へ崩れ落ちた。


 リーゼが倒れた男へ刃を向ける。


「童たちの勝ちじゃ」


 正面側から、到着した応援の声が聞こえてくる。


 しばらくして、クラネスが家の裏手へ回ってきた。


「全員、無事か!」


「当たり前じゃ」


 クラネスが倒れた男へ近づき、拘束具を取り出す。


「レオンとトーマさんたちは?」


「ハインたちのところへ向かった」


 ヴェインが答える。


「そうか」


 クラネスが男の両腕へ拘束具を掛ける。


 その時、男の胸元から小さな飾りがこぼれ落ちた。


 ネグラの印だった。



 Codeを使った三人は拘束され、別々の馬車へ乗せられた。


 家の前には、まだ多くの信徒が残っている。


「エリンさんを返せ!」


「AEGISが無理やり連れていくつもりなんだろ!」


 一人が捜査員の制止を振り切ろうとする。


「下がってください!」


 応援に来た捜査員が前へ出た。


 別の場所では、男がクラネスの肩を押す。


「本人を出せ!」


「今はできない」


「隠してるだけだろ!」


 男がもう一度前へ出ようとした。


 クラネスが腕を掴む。


「これ以上やるなら拘束する」


「やってみろよ!」


 そのやり取りを見て、後ろにいた何人かの信徒が足を止めた。


「……聞いていた話と違う」


 一人の女性が呟く。


 隣にいた男が振り返る。


「何がだ?」


「エリンさんは、もうAEGISに連れていかれたって聞いたの」


 別の信徒が口を挟む。


「俺は、家に押し入ったって聞いたぞ」


 レナードが信徒たちの前へ進み出る。


「トーマさんとエリンさんは、自分たちの意思で保護を受けた。無理に連れ出した事実はない」


「嘘だ!」


「なら本人に話をさせろ!」


 クラネスが答える。


「今はできない。二人の安全が優先だ」


 それでも前へ出ようとする者がいる一方で、動きを止める者もいた。


「……誰が、俺たちに連絡を回したんだ?」


 誰かが呟く。


 答える者はいない。


 応援の捜査員たちが、集まった信徒を少しずつ分けていく。


 捜査員へ手を出した者や、制止を振り切ろうとした者は拘束された。


 残った者からも、一人ずつ事情を聞いていく。


 だが、「エリンさんが連れ去られる」という情報を最初に流した人物を知る者はいなかった。



 七日目。


 三人のCode保持者は、別々の部屋で検査を受けていた。


 ゲートを通過しても、コア反応は表示されない。


 リノが画面を見直す。


「故障じゃなかったんですね」


「ああ」


 ハインが検査結果へ目を落とす。


「三人ともコアはない。それでも、俺たちの前でCodeを使った」


 レナードが検査記録を閉じる。


「本部と研究部門へ報告する。三人は別々に拘束したまま、接触させるな」


 事情聴取でも、男たちはCodeについて話そうとしなかった。


「神から授かった祝福だ」


 三人とも、同じ言葉を繰り返した。


 誰から授かったのか。


 いつ与えられたのか。


 何も答えなかった。



 午後。


 実習に参加した学生たちは、会議室へ集められていた。


 ハインがソラを見る。


「最初、加速した男を追おうとしたな」


「……はい」


「相手の動きが分からないうちに追うな。次から気をつけろ」


「分かりました」


「途中からは指示を聞けていた。それでいい」


 ハインがライゼルへ向き直る。


「お前は、岩になった腕を正面から受けた」


「受けられると思ったんだけどな」


「学院の実習と現場の攻撃を一緒にするな」


「次はちゃんと見る!」


「次がある前提で話すな」


「でも、見ないと勝てないだろ?」


「見るのはいい。先にぶつかるな」


「おう!」


 リノがライゼルへ声を掛ける。


「途中からは助かりましたよ。思ったより話も聞いてくれましたし」


「最初から聞いてたぞ」


「最初は突っ込んでました」


「それはそれだ!」


 クラネスがレオンの肩へ手を置く。


「お前もよくやったな」


「俺、戦ってないですけど」


「二人を馬車まで連れていって、最後まで守った。それが今回のお前の仕事だ」


「……そういうもんですか」


「ああ。残って戦うより、よほど大事な時もある」


 隣では、リーゼが腕を組んでいた。


「童の才を見たか」


「俺が両手を止めていたからだ」


 ヴェインが返す。


「まだ言うか」


「事実だ」


「なら、次は童一人で倒してみせよう」


「勝手にしろ」


「もう終わったんだから、喧嘩すんなよ……」


 レオンが二人の間に入る。


 会議室の扉が開いた。


 リアナが顔を出す。


「トーマさんとエリンさん、これから保護施設へ向かうって」



 支部の正面に、一台の馬車が停まっていた。


 トーマが先に乗り込む。


 エリンは扉の前で足を止めた。


「まだ、何を信じればいいのか分からない」


 トーマが馬車の中から手を差し出す。


「一緒に考えよう」


 エリンは差し出された手を取り、馬車へ乗り込んだ。


 扉が閉まり、馬車が支部を離れる。


 ソラたちは、馬車が通りを曲がるまで見送った。


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