Ⅺ信じるもの
五日目。
学生は同席させず、担当する捜査員だけが会議室に集まっていた。
机の上には、行方不明者の資料とトーマの聞き取り記録が並べられている。
レナードが一枚の顔写真を手に取った。
「この男は、ネグラを離れたいと話したあと、南地区にある共同浴場へ連れていかれている。その後、行方不明だ」
写真を机へ戻す。
「連れていったのはトーマさん本人。さらに、ネグラの信徒が『粛清』という言葉を使っていたという証言もある」
クラネスが聞き取り記録を手元へ引き寄せる。
「ネグラが関わってる可能性は高そうですね」
「ただ、まだ決めつけるな」
「教団として動いているのか、一部の信徒が勝手にやっているのか。それすら分かっていない」
リアナが共同浴場の資料へ目を向けた。
「そこなら、前に一度確認しています」
レナードが顔を上げる。
「相談が入った件か」
「はい。夜に人が出入りしているっていう相談でした」
「何か残っていたか?」
「誰かが水を使った跡と、裏口から出入りしたような形跡はありました。でも、その時は何に使われていたのかまでは分かりませんでした」
「なら、もう一度調べる価値はあるな」
レナードが資料を三つに分ける。
「リアナとネアは、過去の失踪記録を洗ってくれ。似たケースがないか確認する」
「分かりました」
「了解っす」
「ハインは共同浴場を再調査。前回の記録と照らし合わせろ」
「分かった」
「クラネスはエリンさんの周辺だ。トーマさんが見たという男が、本当に今も張り付いているのか確認してくれ」
「了解です」
「エリンさん本人への接触はまだするな。こちらが動いていると気づかせたくない」
「何か出たら、すぐ共有してくれ」
◇
夕方。
会議室の机には、朝よりも資料が増えていた。
ネアが数枚の報告書を机へ置く。
「似た状況の失踪が四件あったっす」
リアナが一枚を手に取る。
家財道具を残したまま突然姿を消した者。
何人かの男が自宅を訪ねた直後から、行方が分からなくなった者。
どの記録にも、ネグラの名前はない。
「これだけだと、まだ繋がらないね」
「はいっす。ただ、本部に残ってた古い照会記録まで調べてもらったら、このうち二人は、以前住んでいた地域でネグラと関わってたみたいっす」
ネアが二枚の資料を抜き出し、机の中央へ並べる。
クラネスがその一枚を手に取った。
「もう本部から返ってきたのか?」
「はいっす。知り合いに頼んで、少し急いでもらいました」
クラネスが資料からネアへ目を向ける。
「随分、話が早いな」
「まあ、日頃の付き合いってやつっす」
ネアは机に残った資料の角を揃える。
「そういう知り合いがいるのは助かるな」
クラネスが手にしていた資料を机へ戻した。
「あとで礼、言っといてくれ」
「はいっす」
ハインが共同浴場の見取り図を机へ広げた。
「共同浴場も見直してきた」
以前、リアナたちが確認した洗い場へ指を置く。
「水を使った跡は残っていた。近所にも改めて聞いたが、夜に何人かの男が出入りしていたという話が取れた」
「ネグラの信徒か?」
レナードが尋ねる。
「そこまでは分からん。服装も普通だったらしい。ただ、正面じゃなく裏口を使っていたのを見た住人がいる」
リアナが見取り図を見る。
「やっぱり、あの裏口……」
「ああ。前に見つけた傷とも合う」
レナードの視線がクラネスへ移る。
「エリンさんの方は?」
「家の向かいに、同じ男が何度か立っていたそうです」
クラネスが手帳を開く。
「家から離れた場所で、近所の住人にも確認しました。昨日は、エリンさんが家を出たあと、その男もついていったそうです」
「トーマさんが見た男と同じか?」
「そこまでは分かりません。ただ、見張られている可能性はあります」
レナードが四件の失踪資料を重ねる。
「直接の証拠にはならない。だが、これ以上エリンさんを放置する理由もない」
「明日、本人から話を聞く」
「学生たちには、今日分かったことを必要な範囲で説明しておけ。明日の動きも伝えておいてくれ。相談者の個人的な話まで伝える必要はない」
「分かりました」
「了解っす」
◇
六日目。
エリンが暮らす平屋の貸家は、通りに面していた。
離れた場所では、リアナとネアの班が周囲を見張っている。
昨日までエリンの近くにいた男が現れないか、確認するためだ。
レナードたちが正面玄関へ向かう間に、ハインの班は建物の裏へ回る。
保護用の馬車は、家から少し離れた通りに停めてあった。
トーマが扉を叩く。
「エリン。俺だ」
しばらくして、扉がわずかに開いた。
隙間からトーマを見たエリンの顔が強張る。
その後ろにいるレナードとクラネスへ気づき、扉を閉めようとした。
「待ってくれ」
クラネスが呼び止める。
「無理に連れていくつもりはない。少しだけ、話を聞いてほしい」
「私は戻りません」
「エリン。頼む」
「話すだけでいい」
エリンは扉に手を掛けたまま動かなかった。
やがて、ゆっくりと扉を開く。
「……入って」
レナードとクラネスが、トーマに続いて居間へ入った。
リーゼ、ヴェイン、レオンは玄関の外で待機する。
トーマはエリンと向かい合って座った。
「前に、ネグラを抜けようとした人がいただろ」
「聞いてる。あの人は救われたって」
「違う」
「何が違うの?」
「俺が連れていったんだ」
エリンが黙る。
「話し合いをするだけだと言われた。だから、南地区の共同浴場まで連れていった」
「そのあと、あの人は帰ってこなかった」
「救いを受けたからでしょ」
「どこへ行ったのか、誰も答えなかった。俺も怖くて、それ以上は聞けなかった」
「今さら、そんな話をされても……」
「次は誰を粛清するかって、話してるのを聞いたんだ」
エリンがトーマを見る。
「それで、私を置いて自分だけ抜けたの?」
「ああ。何を言っても、お前は聞かなかった。俺も……怖かった」
「私まで裏切れっていうの?」
「違う」
「生きててほしいんだ」
エリンがレナードを見る。
「あなたたちは、教会を潰すつもりなんですか?」
「今は、あなたの安全を確保しに来た」
「私は何も悪いことをしていません」
「信じるのをやめろとは言わない。ただ、今のままここに置いておくこともできない」
「どうしてですか?」
「あなたの夫は、脱退したあとに監視されている。ほかにも、似た状況で行方の分からなくなった人がいる」
レナードはエリンを見る。
「事実を確かめるまで、こちらの保護を受けてほしい」
「断ったら?」
「無理には連れていかない」
トーマがエリンを見る。
「頼む。少しの間だけでいい」
エリンは返事をしなかった。
レナードの端末が震えた。
『複数の信徒が、家へ向かっています』
リアナからの連絡だった。
直後、通りから複数の声が聞こえてきた。
クラネスが玄関へ向かい、扉を開ける。
家の前に、人が集まり始めていた。
十人。
二十人。
通りの向こうからも、教会の印を身につけた者たちが歩いてくる。
「レナードさん」
「ああ。早すぎるな」
レナードが端末を操作し、支部へ応援要請を送る。
集まった信徒の一人が、閉ざされた玄関へ向かって叫ぶ。
「エリンさんを連れていくな!」
別の声が続く。
「AEGISが無理やり連れていくつもりだ!」
エリンが立ち上がる。
「違う。私はまだ――」
「今は窓へ近づかないでください」
クラネスが止める。
「どうして、あの人たちがここに……」
エリンがトーマを見る。
外では、自分を連れていくなと叫ぶ声が続いている。
今日の訪問を知っていたのは、トーマと、今回の保護に関わる者だけのはずだった。
エリンはしばらく玄関の方を見ていた。
「……分かりました」
エリンがレナードへ向き直る。
「保護を受けます」
レナードがうなずく。
「クラネス。俺たちは正面を押さえる」
「分かりました」
レナードは玄関の外で待機していた三人を見る。
「リーゼ、ヴェイン、レオン。トーマさんとエリンさんを裏へ。ハインたちと合流しろ」
「心得た」
「襲撃を受けた場合は、装備を使っていい」
三人がうなずく。
レナードとクラネスは玄関から外へ出た。
入れ替わるように、リーゼたちが居間へ入る。
「トーマさん、裏口は?」
ヴェインが尋ねる。
「こっちです」
トーマが居間の奥へ向かう。
ヴェインが先頭につき、その後ろをトーマとエリンが進む。
レオンとリーゼが続いた。
短い廊下を抜け、台所へ入る。
トーマが奥の扉を開けた。
ヴェインが先に外へ出る。
裏手には、建物の間を通る細い路地が伸びていた。
周囲を確認し、ヴェインが振り返る。
「大丈夫だ。来てくれ」
トーマとエリンが外へ出る。
レオンが続き、最後にリーゼが裏口を出た。
その時。
路地の脇から、人影が飛び出した。
「――っ!」
リーゼが振り向く。
一人の男が、トーマたちへ駆け込んでくる。
信徒の服は着ていない。
「裏切り者を渡せ」
男が右手を上げる。
五本の爪が硬く変わり、指先から伸びた。
「通すと思うたか」
ヴェインがトーマたちとの間へ入る。
リーゼが武器を起動した。
漆黒の刃が伸び、青いラインが走る。
男が踏み込む。
右腕が振るわれた。
ギィン!!
リーゼが刃で爪を受け止める。
「レオン! 二人をハインたちのところへ!」
「分かった!」
レオンがトーマとエリンを先へ促す。
「走って!」
三人が路地の奥へ向かう。
男がそちらへ身体を向けた。
リーゼが前へ出る。
「行かせるものか!」
男の左手からも爪が伸びた。
シュンッ!!
五本の爪がリーゼへ走る。
刃を立て、四本を弾く。
残った一本が胸元を掠めた。
隊服に青いラインが走る。
「リーゼ!」
「この程度、どうということはない!」
ヴェインも武器を起動する。
横から男へ斬り込んだ。
ガキィン!!
男が右手の爪で刃を受ける。
ヴェインがそのまま押し込む。
男の足が路地を滑った。
リーゼが横へ回る。
男は二人を見比べ、両手の爪を構えた。
◇
レオンがトーマとエリンを連れ、路地を抜ける。
その先には、ハインたちが待っていた。
「二人をお願いします!」
「分かった。こっちだ」
ハインがトーマとエリンを引き取る。
「馬車まで移動する。レオン、お前も二人についてくれ」
「分かりました」
ハインが先頭に立つ。
ソラとライゼルが夫婦の左右につき、レオンがその後ろへ続く。
リノが最後尾についた。
家から離れた通りへ出る。
道の脇には、布袋を積んだ手押し車が停められていた。
前方に、保護用の馬車が見える。
その手前に、二人の男が立っていた。
「止まれ」
ハインが足を止める。
「トーマを渡せ」
「断る」
「邪魔をするなら、お前たちもだ」
一人の男が腰を落とした。
靴底が地面を擦る。
「レオン。二人を馬車へ乗せろ!」
「はい!」
レオンが馬車の扉を開ける。
「トーマさん、先に!」
トーマが馬車へ乗り込み、エリンの手を引く。
その間に、男が地面を蹴った。
身体が一直線に迫る。
「下がれ!」
ハインがソラの前へ出た。
武器を起動し、男の短剣を受け止める。
ガキィン!!
直後、男の肩がハインの胸元へぶつかった。
ドッ!!
ハインの身体が壁へ叩きつけられる。
黒い隊服の胸元に、青いラインが走った。
「ハインさん!」
「止まるな!」
ハインが壁から離れる。
もう一人の男の右腕が、灰色へ変わっていく。
皮膚が盛り上がり、肘まで岩に覆われた。
「ソラ、ライゼル! 武器を起動!」
ハインの指示で、二人が武器を起動する。
「リノ。ライゼルとあいつを抑えろ」
「分かりました」
「ソラは俺の援護だ」
「はい!」
岩の腕を持つ男が、馬車へ向かおうとする。
ライゼルが前へ出た。
振り下ろされた腕を、刃で受ける。
ガキィン!!
「重っ……!」
刃ごと身体が押し込まれた。
リノが銃を抜く。
ドンッ! ドンッ!
二発が岩の腕へ命中した。
欠片が飛び、男がリノへ向き直る。
「よそ見しないでください」
リノが馬車から離れるように動く。
ライゼルも男を追った。
レオンは開いた扉を背に、馬車の前へ立つ。
短剣を持つ男が、ハインへ向かって地面を蹴った。
一直線。
ハインが横へ跳ぶ。
刃が脇を抜ける。
男は十歩ほど先で止まり、向きを変えた。
「追うな」
駆け出そうとしたソラを、ハインが止める。
「向こうから来させる」
男がつま先をハインへ向ける。
一度、動きが止まった。
ドッ!!
地面を蹴る。
男が一気に迫った。
ハインは正面から刃を受けず、横へかわす。
男がそのまま二人の後ろまで抜けた。
「曲がれない……」
ソラは男の足元を追う。
再び向きを変える前に、必ず足を止めている。
「動く前に、一度止まってます」
「見えてるな」
ハインが道脇の手押し車へ目をやる。
手押し車の上には布袋が積まれ、一本の縄でまとめて縛られていた。
「ソラ。手押し車へ回れ」
「はい」
「俺が引きつける。合図したら縄を切れ」
ソラが手押し車へ走る。
男が狙いをハインへ定めた。
ハインは道の中央から動かない。
「来い」
男の足が止まる。
直後。
一直線に迫った。
「今だ!」
ソラが縄へ刃を振り下ろす。
ザンッ!!
縛られていた布袋が崩れ、道へ転がった。
「なっ――」
男の足が、転がった布袋に乗り上げる。
身体が前へ投げ出された。
ドガッ!!
地面を転がる。
ハインが男の腕を背中へ捻り上げ、短剣を蹴り飛ばした。
「ソラ、押さえろ!」
「はい!」
ソラが男のもう片方の腕を地面に押さえつける。
ハインが拘束具を掛けた。
少し離れた場所では、ライゼルとリノが岩の男を引きつけていた。
岩の腕が横へ振られる。
「おおっ!」
ライゼルが身を屈める。
頭上を岩の塊が通り過ぎた。
そのまま踏み込み、男の脇腹へ柄を叩き込む。
ドッ!
男が左腕で受ける。
左腕にも灰色が広がり、岩へ変わっていく。
リノが端末を男へ向けた。
画面には何も表示されない。
「……コア反応がありません」
「でも、使ってるぞ!」
「見れば分かります。だから変なんです」
男が両腕を岩へ変え、ライゼルへ迫る。
足取りは遅い。
右腕が上がる。
ライゼルが横へ跳んだ。
ドゴンッ!!
岩の拳が地面へめり込む。
「そんな重いの、何度も振れるかよ!」
男が右腕を引き抜く。
ライゼルが左へ回る。
岩の腕が追ってくる。
男が身体ごと向きを変えた。
その間に、ライゼルが反対側へ抜ける。
「こいつ、固くなるほど遅くなるぞ!」
「ですね。なら、動かし続けます」
リノが銃を構える。
ドンッ!
弾丸が男の右肩へ命中した。
男がリノへ向き直る。
大きく踏み込み、岩の拳を横へ振った。
「リノ!」
リノが左腕を上げる。
ドゴッ!!
岩の拳が腕へ直撃した。
リノの身体が壁へ叩きつけられる。
隊服の青いラインが、左腕から肩へ走った。
「っ……!」
リノが壁に手をつき、体勢を立て直す。
「ほんと、重いですね……」
男がリノへ近づく。
ライゼルが、その背後へ回った。
「リノ! 顔、狙えるか!」
「呼び捨てにしないでください」
リノが男の顔へ銃口を向ける。
ドンッ!
男が両腕を上げた。
弾丸が岩の腕に弾かれる。
「今だ!」
ライゼルのブーツに走る青いラインが光る。
低い姿勢のまま加速し、男の両脚へ組みついた。
「おおおっ!!」
「ぐっ……!」
重くなった両腕に引かれ、男の上体が大きく傾く。
足を踏み直せない。
ドォン!!
背中から地面へ倒れた。
ライゼルが、岩になっていない腹へ膝を乗せる。
男が右腕を振り上げようとした。
リノの銃口が、顔の前へ向く。
「動かないでください」
岩の腕が止まった。
「ライゼル、拘束具を」
「おう!」
男が力を抜く。
両腕を覆っていた岩が、端から崩れ始めた。
二人で腕を押さえ、拘束具を掛ける。
リノが端末をもう一度確認した。
「やっぱり、何も出ませんね」
ソラとハインが合流する。
「こっちも終わった」
ハインが拘束された二人を見る。
「応援が来るまで、トーマさんたちは馬車から出すな」
レオンが馬車の扉を閉める。
「分かりました」
◇
エリンの家、裏手。
男が右手を突き出す。
リーゼが一歩下がった。
届かないはずの爪が、途中からさらに伸びる。
シュンッ!!
リーゼが刃で弾いた。
「伸び縮みするのか」
ヴェインが男の左側から斬り込む。
男は左手の爪を短くし、刃を受け止めた。
ガキィン!!
リーゼが右側から迫る。
男が右腕を振り、長い爪で追い払った。
リーゼが後ろへ跳ぶ。
その間に、ヴェインが男の懐へ入る。
男が両腕を振り上げた。
左右の爪が、ヴェインへ振り下ろされる。
ヴェインが刃を横へ構えた。
ガキィン!!
両手の爪を受け止める。
衝撃に両腕が沈んだ。
「リーゼ!」
「言われずとも!」
ヴェインが押し止めている間に、リーゼが男の懐へ入る。
刃を返し、峰を腹へ叩き込んだ。
ドゴッ!!
「がっ……!」
男の身体が折れる。
両手の爪が縮み、その場へ崩れ落ちた。
リーゼが倒れた男へ刃を向ける。
「童たちの勝ちじゃ」
正面側から、到着した応援の声が聞こえてくる。
しばらくして、クラネスが家の裏手へ回ってきた。
「全員、無事か!」
「当たり前じゃ」
クラネスが倒れた男へ近づき、拘束具を取り出す。
「レオンとトーマさんたちは?」
「ハインたちのところへ向かった」
ヴェインが答える。
「そうか」
クラネスが男の両腕へ拘束具を掛ける。
その時、男の胸元から小さな飾りがこぼれ落ちた。
ネグラの印だった。
◇
Codeを使った三人は拘束され、別々の馬車へ乗せられた。
家の前には、まだ多くの信徒が残っている。
「エリンさんを返せ!」
「AEGISが無理やり連れていくつもりなんだろ!」
一人が捜査員の制止を振り切ろうとする。
「下がってください!」
応援に来た捜査員が前へ出た。
別の場所では、男がクラネスの肩を押す。
「本人を出せ!」
「今はできない」
「隠してるだけだろ!」
男がもう一度前へ出ようとした。
クラネスが腕を掴む。
「これ以上やるなら拘束する」
「やってみろよ!」
そのやり取りを見て、後ろにいた何人かの信徒が足を止めた。
「……聞いていた話と違う」
一人の女性が呟く。
隣にいた男が振り返る。
「何がだ?」
「エリンさんは、もうAEGISに連れていかれたって聞いたの」
別の信徒が口を挟む。
「俺は、家に押し入ったって聞いたぞ」
レナードが信徒たちの前へ進み出る。
「トーマさんとエリンさんは、自分たちの意思で保護を受けた。無理に連れ出した事実はない」
「嘘だ!」
「なら本人に話をさせろ!」
クラネスが答える。
「今はできない。二人の安全が優先だ」
それでも前へ出ようとする者がいる一方で、動きを止める者もいた。
「……誰が、俺たちに連絡を回したんだ?」
誰かが呟く。
答える者はいない。
応援の捜査員たちが、集まった信徒を少しずつ分けていく。
捜査員へ手を出した者や、制止を振り切ろうとした者は拘束された。
残った者からも、一人ずつ事情を聞いていく。
だが、「エリンさんが連れ去られる」という情報を最初に流した人物を知る者はいなかった。
◇
七日目。
三人のCode保持者は、別々の部屋で検査を受けていた。
ゲートを通過しても、コア反応は表示されない。
リノが画面を見直す。
「故障じゃなかったんですね」
「ああ」
ハインが検査結果へ目を落とす。
「三人ともコアはない。それでも、俺たちの前でCodeを使った」
レナードが検査記録を閉じる。
「本部と研究部門へ報告する。三人は別々に拘束したまま、接触させるな」
事情聴取でも、男たちはCodeについて話そうとしなかった。
「神から授かった祝福だ」
三人とも、同じ言葉を繰り返した。
誰から授かったのか。
いつ与えられたのか。
何も答えなかった。
◇
午後。
実習に参加した学生たちは、会議室へ集められていた。
ハインがソラを見る。
「最初、加速した男を追おうとしたな」
「……はい」
「相手の動きが分からないうちに追うな。次から気をつけろ」
「分かりました」
「途中からは指示を聞けていた。それでいい」
ハインがライゼルへ向き直る。
「お前は、岩になった腕を正面から受けた」
「受けられると思ったんだけどな」
「学院の実習と現場の攻撃を一緒にするな」
「次はちゃんと見る!」
「次がある前提で話すな」
「でも、見ないと勝てないだろ?」
「見るのはいい。先にぶつかるな」
「おう!」
リノがライゼルへ声を掛ける。
「途中からは助かりましたよ。思ったより話も聞いてくれましたし」
「最初から聞いてたぞ」
「最初は突っ込んでました」
「それはそれだ!」
クラネスがレオンの肩へ手を置く。
「お前もよくやったな」
「俺、戦ってないですけど」
「二人を馬車まで連れていって、最後まで守った。それが今回のお前の仕事だ」
「……そういうもんですか」
「ああ。残って戦うより、よほど大事な時もある」
隣では、リーゼが腕を組んでいた。
「童の才を見たか」
「俺が両手を止めていたからだ」
ヴェインが返す。
「まだ言うか」
「事実だ」
「なら、次は童一人で倒してみせよう」
「勝手にしろ」
「もう終わったんだから、喧嘩すんなよ……」
レオンが二人の間に入る。
会議室の扉が開いた。
リアナが顔を出す。
「トーマさんとエリンさん、これから保護施設へ向かうって」
◇
支部の正面に、一台の馬車が停まっていた。
トーマが先に乗り込む。
エリンは扉の前で足を止めた。
「まだ、何を信じればいいのか分からない」
トーマが馬車の中から手を差し出す。
「一緒に考えよう」
エリンは差し出された手を取り、馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まり、馬車が支部を離れる。
ソラたちは、馬車が通りを曲がるまで見送った。




