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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅸ代償の先へ

 夜。


 礼拝堂から人の姿は消え、祭壇脇の灯りだけが残っていた。


 ノアは机に向かい、書類を片づけていた。


「……めんどくさ」


 最後の一枚に目を通し、ペンを置く。


「司祭の仕事なんて、向いてないかもな」


 ドンドンッ!!


 教会の扉が激しく叩かれた。


「……!」


 ノアが立ち上がる。


 右手に力が入った。


 ドンドンッ!!


「いるか、坊主!」


 ビンドの声だった。


 二階から足音がする。


「うるせぇな……何時だと思ってんだ」


 ガイルスが階段を降りてくる。


「誰だよ」


「ビンド」


「こんな時間に?」


 ノアが扉を開ける。


 ビンドが息を切らして立っていた。


「どうした」


「エイドさんがやられた」


「今どこにいる」


「エイドさんの知り合いの闇医者のところだ」


 ガイルスがノアの横へ来る。


「生きてるのか?」


「ああ。だが、重傷だ」


「意識は?」


「俺が出た時は、まだ戻ってなかった」


 ノアが外へ出る。


「案内しろ」


「ああ」


 ビンドが先に走り出す。


 ガイルスも二人の後を追った。



 歓楽街から少し離れた路地。


 店の灯りもまばらになった場所に、古びた建物があった。


 ビンドが扉を押し開ける。


 薬品の匂いが鼻についた。


「来たか」


 奥から白衣姿の老人が出てくる。


 片手には酒の入ったグラス。


 ビンドが老人の前へ出た。


「容体は?」


「もう意識は戻っとる」


 ガイルスの肩から力が抜ける。


「なんだよ……よかったじゃねぇか」


「奥だ。ただし騒ぐなよ。死にかけをつないだばっかりなんだからな」


 ノアとガイルスは奥へ向かう。


 病室の扉を開けると、ベッドにエイドがいた。


 左肩から胸元にかけて、厚く包帯が巻かれている。


「おう。お前たち来たか」


 ノアはベッドの前で立ち止まった。


 エイドの左腕がない。


 ガイルスがノアの横を抜け、ベッドへ詰め寄る。


「……おい。何やってんだよ!」


「へましちまってな」


「へまって……」


 ガイルスの声が途切れた。


 ノアは失われた腕から、エイドの顔へ目を移す。


「何があった」


「話せば長くなるよ」


「話せ」


「けが人に無理させんなよ」


「誤魔化すな」


 エイドは残った右腕で身体を起こし、枕へ背を預けた。


「荷の中に、AEGISの標準装備と同じ形の武器が混じってた」


「盗品か?」


「分からない。一本持ち出した後、帰り道で護衛に待ち伏せされた」


 ノアがエイドを見る。


「それで負けたのか」


「ああ」


「強かったのか?」


「腕一本で済んだのは、運がよかったよ」


 ガイルスの拳が固く握られる。


「やった奴は誰だ」


「聞いてどうする」


「決まってんだろ。俺が同じ目に遭わせてやるよ」


「馬鹿か」


「あ?」


「俺に勝てないお前らが行ったところで、死ぬだけだ」


「……っ」


「やめとけ」


「くそが」


 ガイルスはエイドを睨み、病室を出ていった。


「ノア」


「……分かってる」


「ならいい」


 ノアは失われた腕を見る。


「今の俺じゃ、行っても死ぬだけだ」


 エイドへ顔を上げる。


「もっと強くなる」


「俺はこれで、現場任務からは引退だろうな」


「片腕じゃ足手まといだ」


「お前も言うようになったねぇ」


「事実だろ」


「じゃあ、ついでに司祭も頼むぞ」


「笑えない」


「そりゃ残念」


 ノアはベッドから離れた。


「寝てろ」


「ノア」


「ガイルスも止めとけよ」


「自分で言え」


 そのまま病室を出た。


 廊下では、ガイルスが壁にもたれていた。


「帰ったんじゃなかったのか」


「帰れるかよ」


「行くなよ」


「……行かねぇよ」


 ガイルスが拳を握る。


「今の俺じゃ、行っても死ぬだけなんだろ」


「今のままならな」


「分かってるよ。くそが」


 ガイルスが壁から背を離した。


「強くなるしかねぇか」


 ガイルスが廊下の奥へ歩き出す。


 ノアもその後を追った。


 しばらくして、タリッサが病室へ入ってくる。


「随分心配されてるじゃないか」


「昔から素直じゃないんだよ」


 タリッサはベッドの端へ腰を下ろす。


「煙草くれ」


「傷に響くよ」


「いいさ」


「医者に怒られても知らないからね」


 タリッサが煙草を一本抜き、エイドの口元へ差し出す。


 エイドがくわえると、その先へ火をつけた。


 エイドが煙を吐く。


 タリッサも一本くわえ、その先をエイドの煙草へ寄せた。


 赤い火が移る。


「腕一本とは、高くついたね」


「ほんとになぁ」


 タリッサが煙を吐く。


「……悪かったね」


「引き受けたのは俺だ」


「後悔してる?」


「まさか」


 エイドは煙草をくわえたまま、目を閉じた。



「はーい。皆さん、席についてくださいねぇ」


 オリヴィア先生が教壇の前に立つ。


 学院生活も、半年を過ぎていた。


「今日は皆さんに、新しい実習についてお話があります」


 オリヴィア先生が黒板に文字を書く。


『現場同行実習』


「明日から、現場同行実習が始まりますよぉ」


「皆さんには三組に分かれ、それぞれグランディア支部の捜査班へ同行してもらいます」


 ライゼルが身を乗り出す。


「おっ、本物の現場か!」


「そうですねぇ」


「ただし、皆さんはまだ学院生です。勝手な行動は禁止ですよぉ。……特にソラくん」


「えっ。僕ですか?」


 レオンが横から口を挟む。


「査問委員会に呼ばれたばかりだもんな」


「……反省してます」


「今度はちゃんと指示を守ってくださいねぇ」


 オリヴィア先生が紙を手に取る。


「では、三組を発表しますねぇ」


「まず、ソラくん。ライゼルくん」


「はい」


「おう! よろしくな、ソラ」


「うん。よろしく」


「次に、リーゼさん、ヴェインくん、レオンくん」


 レオンが二人を見比べる。


「なんで俺が、この二人と一緒なんだよ」


 リーゼが腕を組む。


「ついに童の活躍の場か。足を引っ張るでないぞ」


「お前に言われると不安だ……」


「最後に、ミレアさん、ルーナさん、エリオくん」


 ミレアがルーナとエリオへ向き直る。


「またルーナと一緒ね。エリオも、頼りにしてるわよ」


「ミレアちゃん。エリオさんを緊張させてどうするんですか」


「僕も、できることは頑張るよ」


「同行先となる捜査班については、明日、支部で説明があります」


「集合場所と時間は資料に書いてありますから、遅れないようにしてくださいねぇ」


 オリヴィア先生が資料を配る。


 ソラは『グランディア支部』の文字を見た。



 タリッサの机に、開いた武器ケースが置かれていた。


 机の向かいには、首元まで留めた黒いシャツに、暗灰色の上着を羽織った細身の女が座っている。


 肩に触れる黒髪の片側を耳にかけ、ケースの中を見下ろしていた。


 Kが中の武器を手に取る。


「ご苦労様。まさか実物まで持ち帰ってくるとは思わなかったわ」


「こっちは、なかなか痛い代償を払ったけどね」


「その分、報酬は弾ませてもらいます」


「そうしてもらえると助かるよ」


 タリッサが煙草を口へ運ぶ。


「それと、失った腕まで治せるCode保持者がいるなら、その情報でもいいけどね」


「いるかどうかも答えられないわ」


「そうだろうね。駄目元で聞いただけだよ」


 Kが足元の鞄から、小さな検査具を取り出した。


 外装の端へ押し当てる。


 表面に浅い痕が残った。


「それで分かるのかい?」


「正規品なら、この程度では痕は残らない。偽物ね」


「見た目は?」


「正規品とほとんど変わらないわ。検査しなければ、判別は難しいでしょうね」


「覚えておくよ」


 Kが武器をケースへ戻す。


「必要なら、流れた先も調べるよ」


「そこから先はこちらで追うわ」


 Kがケースの蓋を閉じ、席を立つ。


「では、これで失礼するわ」


「また何かあったら声かけな。もちろん、タダじゃないけどね」


「その時は頼むわ」


 Kは武器ケースを手に、部屋を出ていった。


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