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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅷ商会の裏側

 深夜。


 グランメル商会本社。


 ユゼラとデリクは、人目を避けながら地下の搬入路を進んでいた。


 奥から低い駆動音が響いている。


 階段を下りる。


 さらに下へ。


 やがて通路の先が開けた。


 目の前に広がっていたのは、巨大な物流施設だった。


 何本ものコンベアが上下に交差し、その上を木箱やコンテナが絶えず流れている。


 荷物が判別装置を通過する。


 ガコン。


 搬送路が切り替わり、別のコンベアへ送られる。


 その先で、さらに分かれていく。


 人の姿はない。


 壁には区画番号が並んでいた。


 A‐08。


 A‐09。


 A‐10。


 その先にはB区画へ続く搬送路。


 さらに奥には、Cの文字も見える。


「……広いな。」


 ユゼラが呟く。


「うんうん。全部探してたら朝になるな。」


 二人は搬送設備の脇を進む。


 しばらくして、一つの木箱が判別装置の前で止まった。


 赤い表示が点灯する。


 ガコン。


 木箱が通常の搬送路から外れた。


 ユゼラが赤い表示へ目を向ける。


「再検査か。」


 別のコンベアへ送られた木箱が、地下の奥へ流れていく。


 少し進むと、別の荷物も同じように弾かれた。


 デリクがその先を目で追う。


「戻してるな。」


「最初の判別地点へか。」


「ああ。中身を直して、もう一回通すんだろ。」


 再検査用の搬送路は、地下を大きく迂回していた。


 何度も上下し、ほかのコンベアと分かれては合流している。


 弾かれた荷物は、そのまま最初の判別装置へ戻っていく。


 その途中。


 一つの木箱だけが、戻るはずの搬送路から外れた。


 ユゼラの足が止まる。


「……今の箱。」


「ああ。戻らなかったな。」


 木箱は細いコンベアへ移り、そのまま地下の奥へ流れていく。


 二人は後を追った。


 その先。


 壁に、小さな搬入口があった。


 荷物一つが通る程度の大きさ。


 周囲に区画番号はない。


 人が出入りできる扉も見当たらない。


 木箱が搬入口の扉へ触れる。


 ガッ。


 扉が開いた。


 木箱が中へ入る。


 直後。


 ガシャン。


 扉が閉じた。


 デリクが閉じた扉を見る。


「再検査じゃないな。」


「ああ。」


 二人はその場で待った。


 やがて別の荷物が、同じ搬送路へ流れてくる。


「入れるか。」


「やってみる。」


 木箱が扉へ触れる。


 ガッ。


 扉が開いた。


 デリクの身体から、狐を思わせる半透明のエネルギー体が飛び出す。


 《グラセリオ》


 狐の姿をしたエネルギー体が、閉まり始めた扉の間へ身体を滑り込ませた。


 ガガッ――。


 扉が途中で止まる。


「今だ。」


 ユゼラが先に潜り込む。


 デリクも続いた。


 最後にグラセリオが中へ滑り込む。


 ガシャン。


 背後で扉が閉じた。


 暗闇。


 デリクが足を止める。


「……何も見えないな。」


 ユゼラが人差し指を回す。


 指先に小さな光輪が生まれた。


 《セラディア》


 光が周囲を照らす。


「そのまま頼む。」


「分かっている。」


 搬入口から続くコンベアは、斜め下へ伸びていた。


 その脇には、人が一人通れる幅の通路がある。


 二人はコンベアに沿って下りていく。


 やがて、前方に広い空間が現れた。


 木箱がいくつも並んでいる。


 先ほどまでの保管区画とは違い、どの箱にも番号は振られていない。


 人が出入りする扉もない。


 デリクが近くの木箱へ寄る。


 留め具を外し、蓋を持ち上げた。


「……。」


 中には武器が並んでいた。


 ユゼラが光輪を近づける。


 黒い銃身。


 見慣れた形。


「AEGISの装備か?」


「似てるな。」


 デリクが一本を取り出し、手の中で確かめる。


「本物か。」


「ここじゃ分からない。」


 隣の箱を開ける。


 そこにも同じ形の武器が収められていた。


 さらに奥には、長物を収めた木箱や、分解された部品もある。


 ユゼラが光輪を奥へ向ける。


「人身売買だけではなかったか。」


「ああ。」


 デリクが武器を一本持ち上げる。


「持ち帰るぞ。」


「本物かも分からないんだろ。」


「だから調べる。」


 ユゼラが倉庫の奥を見る。


 壁際に、シャッターがあった。


「出口か。」


「荷運び用だろ。」


 デリクは左手に武器を持ったまま、シャッターの前に立つ。


 右手を下部へ掛ける。


 力を込めるが、動かない。


「重いな。」


「開けられるか?」


「ああ。」


 グラセリオがデリクの周囲を走り、右腕へ潜り込んだ。


 もう一度、シャッターを掴む。


「ふっ――」


 ガガガガッ――。


 重いシャッターが持ち上がっていく。


「ほらな。」


「まだだ。もう少し上げろ。」


「分かってるって。」


 人が通れる高さまで開く。


 二人はシャッターの下をくぐった。


 デリクが手を離す。


 ガガガガッ――。


 背後でシャッターが下り、秘密の保管庫が閉ざされた。


 その先は、照明の点いた広い搬出室だった。


 壁際には空の荷車や木箱が並んでいる。


 正面には、もう一枚、大型のシャッターがあった。


 こちらは天井近くまで開いていた。


 左右から伸びる太い鎖が、上部の金属軸へ巻き取られている。


 開いたシャッターの向こうには、外へ続く連絡通路が見えた。


 ユゼラが指を止める。


 小さな光輪が途切れた。


 連絡通路の入口。


 一人の女が立っていた。


 黒髪を後頭部の低い位置でまとめた、昼間と同じ姿。


「……マーサ。」


「やはり、あなた方でしたか。」


 昼間と変わらない声だった。


「どうしてここが分かった。」


「搬入口です。通常より長く開いていましたので。」


 デリクが小さく息を吐く。


「……あそこか。」


「その武器を床へ置いてください。」


「置けば帰してもらえるのか?」


「いいえ。お二人には、ここでお待ちいただきます。」


「その後は?」


「社長の判断を仰ぎます。」


 マーサは連絡通路の前から動かない。


 ここを通らなければ、外へは出られない。


「うんうん。捕まるわけにはいかないな。」


「ああ。」


 ユゼラが両手を上げる。


 左右の人差し指が円を描き、二つの光輪が生まれた。


 デリクが、強化された右拳を握る。


「行くぞ。」


 ダンッ!


 デリクが床を蹴った。


 強化された右拳を振るう。


 マーサは半歩横へずれ、デリクの手首を外へ払った。


 拳がマーサの肩の横を抜ける。


 左右から光輪が迫った。


 マーサはデリクの胸元へ入り込む。


 ユゼラの指が止まり、二つの光輪が途切れた。


「ちっ。」


 ユゼラが指を構え直す。


 マーサが離れる。


 デリクはすぐに追った。


 右足を踏み込み、もう一度右拳を振るう。


 マーサが親指と人差し指で輪を作り、右目の前へかざした。


 輪の向こうで、デリクの右足が床を踏み、右拳が伸びる。


 拳が届く直前、マーサは横へかわした。


 デリクが振り返る。


 マーサの指先が、デリクへ向いた。


《ラシエリオン》


 ポッ。


 琥珀色の光が灯る。


「――なっ」


 デリクの右足が勝手に床を踏んだ。


 腰が回り、右拳が伸びる。


 先ほどと同じ動き。


 だが、その先にマーサはいない。


 空振ったデリクの腹へ、マーサの拳が突き刺さった。


 ドッ!!


「ぐっ……!」


 デリクの身体が後ろへ押し戻される。


 動きが終わると、マーサの指先から琥珀色の光が途切れた。


 ユゼラが二つの光輪を走らせる。


 ヒュンッ!


 マーサが後ろへ跳び、追撃をかわした。


「今のは?」


「ああ……身体が勝手に動いた。」


 デリクが腹を押さえながら立て直す。


「さっきの踏み込みと同じだった。」


「こちらが見せた動きを使っている。」


「面倒だな。」


「同じ動きを繰り返すな。」


「簡単に言うなって。」


 ダンッ!


 デリクが再び床を蹴った。


 左拳を伸ばす。


 マーサが前腕で外へ払った。


 ガッ!


 続く右拳を、ひじで外へそらす。


 ゴッ!!


 衝撃を流しきれず、マーサが一歩、後ろへ押された。


 デリクがさらに前へ出る。


 その背後で、ユゼラの右手が大きく円を描いた。


 一つの光輪がマーサの横を通り過ぎ、背後へ回る。


 マーサの指が、再び輪を結ぶ。


 輪の中に、円を描くユゼラの右手が収まった。


「……今度は私か。」


 背後から光輪が戻ってくる。


 マーサが横へ跳んだ。


 ヒュンッ!


 光輪が胸元をかすめる。


 着地したマーサが、ユゼラへ指先を向けた。


 ポッ。


 琥珀色の光が灯る。


 ユゼラの右手が、意思に反して円を描き続ける。


「まずい。デリク!」


 マーサの背後へ抜けた光輪が、そのまま進む。


 その先にはデリクがいた。


「うおっ!?」


 グラセリオが右腕から飛び出した。


 半透明の身体が光輪へ体当たりする。


 ガキィン!!


 光輪が弾かれ、デリクの肩口を通り過ぎた。


「危なっ……!」


 マーサの指先から、琥珀色の光が途切れる。


 だが、マーサはすでにデリクの正面まで来ていた。


「デリク、前!」


「やべっ、戻れ!」


 グラセリオが空中で身体を返す。


 間に合わない。


 マーサの蹴りが、デリクの腹へ入った。


 ドッ!!


「がっ……!」


 デリクが後ろへよろめく。


 追おうとしたマーサへ、ユゼラの光輪が走った。


 ヒュンッ!


 マーサが後ろへ退く。


「グラセリオを戻せ。」


「分かってる!」


 グラセリオがデリクへ戻り、右脚へ潜り込んだ。


「なら、これはどうだ。」


 デリクが床を蹴る。


 ドンッ!!


 一気に速度が上がった。


 マーサの左を抜け、その背後へ回る。


 マーサの指が、再び輪を結ぶ。


 輪の中を、横へ駆けるデリクが通り過ぎた。


 グラセリオが右脚から抜け、そのまま右腕へ移った。


 デリクが振り向きざまに拳を叩き込む。


 マーサが両腕を重ね、身体をひねる。


 ドゴッ!!


 衝撃を流しながら、マーサが二歩後ろへ下がる。


 その左右から、二つの光輪が迫った。


 一つをかわす。


 もう一つが右から戻ってくる。


 ユゼラの右人差し指は、休まず円を描いていた。


「逃がすな、デリク。」


「ああ!」


 デリクがマーサの正面を塞ぐ。


 光輪が背後から迫る。


 マーサの指が、もう一度輪を結んだ。


 小さな輪の中に、動き続けるユゼラの右人差し指が収まる。


「ユゼラ、指だ!」


 二つ目の光輪も戻ってくる。


 デリクが床を蹴ろうとした。


 その瞬間、マーサが両手を二人へ向けた。


 左手はデリク。


 右手はユゼラ。


 ポッ。


 二つの指先に、琥珀色の光が灯った。


「――っ!」


 デリクの右脚が、意思に反して床を蹴った。


 デリクの身体が、マーサの左へ走る。


 先ほどと同じ足運びだった。


 その先へ、光輪が戻ってくる。


 ユゼラが右手を止めようとする。


 だが、人差し指だけが円を描き続けた。


「止まれ……!」


 光輪は止まらない。


 デリクは脚へ力を込めるが、身体を止められない。


「ユゼラ!」


 ザシュッ!!


 光輪がデリクの右太ももを切り裂いた。


「ぐっ――!」


 血が飛ぶ。


 右脚から力が抜け、デリクがひざをついた。


 二つの指先から、琥珀色の光が途切れる。


 ユゼラの人差し指も止まり、光輪が途切れた。


「デリク。」


「……脚をやられた。」


 立とうとする。


 右脚が身体を支えきれない。


 マーサが二人へ歩み寄る。


「これ以上は、お勧めしません。」


 ユゼラがデリクの左腕を、自分の肩へ回した。


「立てるか。」


「片脚なら、なんとか。」


 床には、持ち帰るはずだった武器が落ちている。


 ユゼラは手を伸ばさなかった。


「グラセリオで照明を壊せ。」


「照明?」


「早くしろ。」


「分かった!」


 グラセリオがデリクの右腕から飛び出した。


 壁を駆け上がり、天井に二つ並ぶ大型照明の一つへ体当たりする。


 ガシャンッ!!


 一つ目が砕ける。


 続けて隣の照明へ飛び移った。


 ガシャンッ!!


 搬出室が暗闇に沈んだ。


「何をする気だ?」


「出口まで走れ。」


「この脚で?」


「私が支える。」


 ユゼラは右腕でデリクを抱えたまま、左手を開いた。


 五本の指先が、それぞれ小さな円を描く。


 五つの光輪が浮かび、暗闇の中にマーサの姿が現れた。


「行くぞ。」


 ヒュンッ!!


 五つの光輪が、扇状に走った。


 一つは正面から。


 一つは足元。


 もう一つは頭上。


 残る二つが、左右へ広がる。


 マーサが正面の光輪をかわす。


 足元の一つを跳び越えた。


 頭上を通った光輪が、髪をかすめる。


 着地したマーサが左へ寄った。


「今だ。」


 ユゼラがデリクを支え、マーサの右脇を抜ける。


 マーサが振り返った。


 左右へ広がっていた二つの光輪が、正面から迫る。


 ヒュンッ!


 マーサは左へ跳び、光輪をかわした。


 その間に、ユゼラとデリクが開いたシャッターをくぐる。


 二人は連絡通路へ出た。


「追ってくるぞ!」


「分かっている。」


 マーサが二人を追い、シャッターへ迫る。


 ユゼラが左の人差し指を回しながら、光輪を上へ動かした。


 先ほどマーサの頭上を抜けた光輪が、シャッターの上へ曲がる。


 光輪が、鎖を巻き取る金属軸へ食い込んだ。


 ガキンッ!!


 金属軸が折れる。


 支えを失った鎖が、一気に引き出された。


 ジャラララララッ!!


 マーサが連絡通路へ踏み出す。


 その頭上から、重いシャッターが落ちてくる。


 マーサは搬出室へ飛び退いた。


 ドゴォン!!


 床が揺れる。


 落ちたシャッターが、マーサと二人を隔てた。


「……やったか。」


「止まるな。」


 ユゼラはデリクを支えたまま、暗い連絡通路を進む。


「悪いな。」


「話は後だ。」


「武器も置いてきた。」


「命よりは安い。」


 二人は連絡通路の奥へ急いだ。



 セントリア教会支部。


 治療を終えたデリクは、右脚を伸ばして椅子へ座っていた。


 切られた太ももには、包帯が巻かれている。


 ローデンがその脚を見る。


「随分やられたな。」


「すみません。」


「謝罪はいい。何があった。」


 ユゼラが答える。


「本社地下に、隠された保管区画がありました。」


「中には?」


「武器です。」


 ローデンの眉が動く。


「AEGISの装備によく似た武器が、複数の木箱に収められていました。本物かどうかは確認できていません。」


「持ち出せなかったのか。」


「一本確保しましたが、マーサに見つかり、持ち出せませんでした。」


「昼間の秘書か。」


「はい。Code保持者でした。こちらが見せた動きを、本人に再現させます。」


 デリクが包帯の巻かれた右脚を見る。


「こいつも、それでやられました。二人がかりでも、突破するのがやっとでした。」


 ローデンはしばらく黙っていた。


「人身売買だけではない……か。」


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