Ⅶグランメル商会
聖庁ルメーンを発って、数時間。
教会の紋章を掲げた馬車が、街道を進んでいた。
細かな飾りの入った黒い車体を、四頭の馬が引いている。
車内には三人が乗っていた。
長い黒髪をハーフアップにまとめたユゼラは、窓際に座っていた。
向かいに座るデリクは、灰黒の短い髪を無造作に散らし、少し眠そうな目で背もたれに身体を預けている。
その隣には、白髪を後ろへ流した長身の男が座っていた。
太い眉の下、目元には深いしわが刻まれている。高い鼻筋の先はわずかに下を向き、あごの白ひげは短く整えられている。
教会上層部の黒い正装をまとい、首元にだけ深い赤が入っている。
カーディナル、ローデン。
「君たちにも任務続きで悪いな」
「お気になさらないでください。護衛なら問題ありません」
「俺も大丈夫ですよ。移動してるだけなら楽な方ですし」
ローデンは一度うなずいた。
「交渉は私がする。二人は護衛に徹してくれ」
「承知しました」
ユゼラが答え、デリクもうなずく。
車輪が小石を踏み、車内が小さく揺れた。
ローデンは窓の外へ目を向ける。
「押さえた三人のブローカーは、グランメルから依頼を受け、さらったCode保持者を同じ商会へ引き渡したと話している」
デリクが背もたれから身体を起こした。
「そこまでそろってるなら、かなり黒く見えますね」
「黒く見えることと、証明できることは別だ。教皇からの命は変わらん。誘拐に関わった連中をつぶし、グランメルがどこまで関わっているかを突き止める」
ユゼラがローデンへ顔を向ける。
「ザイル本人までつながるかどうかも、確かめるんですね」
「そこも含めてだ」
ローデンは腕を組み、窓の外へ目を戻した。
「仮にグランメルが関わっているなら、私には分からんことがある」
「なぜ、あれほどの商会が人身売買の輸送に手を貸すのか」
「金じゃないんですか?」
「金だけで動くには、危険が大きすぎる。発覚すれば、ザイルは商会のすべてを失う」
デリクが眉を寄せる。
「その危険を冒してでも、得たいものがあると?」
ローデンは流れていく景色を見ながら答えた。
「話すとは思っていない。何を聞かれたときに反応が変わるかを見る」
それきり、車内の会話は途切れた。
◇
やがて街道の先に、セントリアの外壁が見えてきた。
都市へ近づくにつれて馬車が増え、正門にはいくつもの列ができている。
ユゼラたちの馬車も速度を落とした。
門には、コアを検知する設備が置かれている。
一人の男が、その前を通った。
表示灯が青く光る。
男は止められることなく、門の中へ進んだ。
次に女が通ると、表示灯が赤く光った。
係員が女を呼び止め、確認を始める。
教会の馬車が、車両用の検査口へ進んだ。
表示灯が赤く点く。
御者が通行証と乗員名簿を差し出した。
係員は教会の紋章を見たあと、名簿に並んだ三人の名前を確認する。
「確認しました。どうぞ」
馬車は止められることなく門を抜けた。
正式な通行証を持つ教会関係者は、Code保持者でも入域時の登録を求められない。
窓の外に、セントリアの街並みが広がった。
◇
中心部へ進むほど、建物は高くなっていった。
商店や商会が立ち並び、その間を多くの馬車が行き交っている。
やがて前方に、ひときわ高い塔が現れた。
グランメル商会本社。
石と金属を組み合わせた高層の建物だった。
正面には大きな商会の紋章が掲げられ、広い入口を人が絶えず行き交っている。その前にも、何台もの馬車が停まっていた。
デリクが窓越しに塔を見上げる。
「……でかいですね」
「大陸の物流の二割だ。これくらいにはなるだろう」
馬車が正面に停まった。
ユゼラが先に降りる。
入口を確かめたあと、左右の通りから建物の上階へと視線を走らせた。
反対側では、デリクも周囲に目を配っている。
ローデンが馬車を降りると、二人はその左右についた。
三人が本社へ足を踏み入れる。
高い天井の下に、磨かれた床が広がっていた。
正面には長い受付があり、複数の職員が来客に対応している。
ローデンはまっすぐ受付へ向かった。
「ローデンだ。ザイル社長に約束を取ってある」
「聖庁のローデン様ですね。うかがっております。少々お待ちください」
職員が受付の奥へ下がる。
ほどなくして、案内役の職員が現れた。
「お待たせいたしました。ご案内します」
◇
案内されたのは、本社の最上階だった。
社長室の扉が開く。
「お待ちしておりました」
一人の女性が三人を出迎えた。
五十代ほどで、黒髪を後ろの低い位置で丸くまとめている。きれいに整えられた髪には、一本の乱れもない。
「秘書のマーサです。こちらへどうぞ」
マーサが身体を横へずらし、三人を部屋へ通した。
大きな窓の向こうには、セントリアの街並みが広がっていた。
室内は広いが、派手な飾りはない。置かれている家具は落ち着いた色でそろえられ、壁際の棚には書類がきれいに収められている。
その奥から、三十代半ばの男が歩いてきた。
七三に分けた黒髪は片側へ流され、耳まわりまできれいに整えられている。
「初めまして」
男が手を差し出す。
「グランメル商会社長、ザイルです」
「聖庁のカーディナル、ローデンだ」
二人が握手を交わす。
「本日はわざわざありがとうございます」
「こちらが頼んだことだ。気にするな」
手を離したザイルが、ユゼラとデリクへ目を向ける。
「そちらのお二人は?」
「護衛だ」
「なるほど。どうぞ」
ザイルが手で席を示した。
ローデンとザイルが、机を挟んで向かい合って腰を下ろす。ユゼラとデリクはローデンの後ろに、マーサはザイルの後ろに控えた。
「それで、教会が私に確認したいこととは?」
「グランメル商会の輸送についてだ。各地で、Code保持者が相次いで姿を消している」
ローデンは正面のザイルから目を離さない。
「調べを進める中で、グランメルの名が複数の経路から出てきた」
ザイルの表情は変わらない。
「弊社の誰が関わったと?」
「こちらがどこまで把握しているかは明かせん。心当たりがあるかを聞きに来た」
「ありません。弊社の名を使った人間がいるのであれば、こちらでも確認します。社内の人間が関わっている可能性も含めて」
ローデンの眉がわずかに動いた。
「ずいぶんと冷静だな」
「それは私の態度の話ですか。それとも事実の話ですか?」
「今のは態度の話だ。事実については、これから確かめる」
ザイルは机の上で両手を組んだ。
「事実として示されたのは、弊社の名が出たという一点だけです。それだけで私が慌てる理由はありません」
ザイルはローデンから目をそらさない。
「こちらでも調べます。それ以上に何をお求めですか」
ローデンは椅子へ深く座り直した。
「君自身の話をしよう。二十代でこの商会を継ぎ、傾いていた商会を立て直した。十年ほどで、大陸物流の二割を握るまでにな」
「よく調べていますね」
「人を見るのも私の仕事でね」
「そんな男が、さらったCode保持者を運ぶ程度の利益で、商会のすべてを危険にさらすとは思えん」
ザイルの視線が、ほんの一瞬だけ机へ落ちた。
返事までに、わずかな間が空く。
「買い被りでは?」
「そうかもしれん。だから、仮に君がこの取引を持ち込まれたとして聞こう」
「仮定ですか」
「引き受ければ、どこかで足がついたときにグランメルは致命傷を負う。それでも受けるとしたら、君は何を求める?」
ザイルはすぐには答えなかった。
背もたれへ身体を預け、ローデンの顔を見る。
「取引は、その場で得られる金額だけでは決めません。今の利益が小さくても、その先でさらに大きな価値を得られるなら、選ぶことはあります」
「その価値とは?」
「新しい販路、取引相手、今後の優位性です」
ザイルが背もたれから身体を起こした。
「目先の利益だけを追っていては、商会は大きくなりません」
「つまり、運び賃よりも、その依頼主と今後も取引できることの方が重要な場合もある」
「ええ。商人なら、その先に続く利益まで見ます」
「では、今回グランメルの名が出た取引で、相手は何を差し出した?」
ザイルの目が細くなる。
「今の質問は、弊社が取引をしたことを前提にしています。私がその前提を受け入れるか、試したのですか」
ローデンは否定しなかった。
「では、受け入れません。少なくとも、弊社がCode保持者を運んだ証拠は示されていない」
「君は、危険の大きな取引でも、その先に価値があれば選ぶことはあると言った」
「商人としての一般論です。今回の件とは関係ありません」
「その一般論に、人身売買も入るか?」
ザイルの声から、わずかにやわらかさが消える。
「入りません。違法な取引は、利益を考える前に選択肢から外れます」
「それで、私個人までつながる証拠は?」
「あるかどうかを、君に明かすつもりはない」
ザイルはわずかに間を置いた。
「では、今回の目的は事実の確認ですか。それとも、私に関与を認めさせることですか」
「事実の確認だ。ただし、君の言葉だけで疑いを消すつもりもない」
「分かりました。私がお答えできることは以上です」
ローデンは椅子から立ち上がった。
「今日はここまでだ」
ザイルも椅子から立ち上がる。
ローデンが扉へ向かうと、ユゼラとデリクもそのあとに続いた。
「ローデン様」
ザイルに呼び止められ、ローデンが足を止める。
「弊社の関与を示す証拠が見つかったのであれば、そのときは改めてお越しください」
ローデンは振り返り、ザイルを見る。
「そうさせてもらおう」
マーサが扉へ向かい、音を立てずに開けた。
「こちらへ」
マーサは三人を廊下へ送り出すと、静かに扉を閉めた。
◇
グランメル商会本社を出た三人は、再び馬車へ乗り込んだ。
馬車が本社前を離れ、大通りへ出る。
ローデンは窓の外を確かめてから、二人へ顔を向けた。
「ユゼラ、デリク。今夜、もう一度あの建物へ入れ」
「探すのは、さらわれたCode保持者の受け入れに関わった証拠だ。侵入に気づかれたら、すぐに引け」
ユゼラとデリクがうなずいた。




