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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅶグランメル商会

 聖庁ルメーンを発って、数時間。


 教会の紋章を掲げた馬車が、街道を進んでいた。


 細かな飾りの入った黒い車体を、四頭の馬が引いている。


 車内には三人が乗っていた。


 長い黒髪をハーフアップにまとめたユゼラは、窓際に座っていた。


 向かいに座るデリクは、灰黒の短い髪を無造作に散らし、少し眠そうな目で背もたれに身体を預けている。


 その隣には、白髪を後ろへ流した長身の男が座っていた。


 太い眉の下、目元には深いしわが刻まれている。高い鼻筋の先はわずかに下を向き、あごの白ひげは短く整えられている。


 教会上層部の黒い正装をまとい、首元にだけ深い赤が入っている。


 カーディナル、ローデン。


「君たちにも任務続きで悪いな」


「お気になさらないでください。護衛なら問題ありません」


「俺も大丈夫ですよ。移動してるだけなら楽な方ですし」


 ローデンは一度うなずいた。


「交渉は私がする。二人は護衛に徹してくれ」


「承知しました」


 ユゼラが答え、デリクもうなずく。


 車輪が小石を踏み、車内が小さく揺れた。


 ローデンは窓の外へ目を向ける。


「押さえた三人のブローカーは、グランメルから依頼を受け、さらったCode保持者を同じ商会へ引き渡したと話している」


 デリクが背もたれから身体を起こした。


「そこまでそろってるなら、かなり黒く見えますね」


「黒く見えることと、証明できることは別だ。教皇からの命は変わらん。誘拐に関わった連中をつぶし、グランメルがどこまで関わっているかを突き止める」


 ユゼラがローデンへ顔を向ける。


「ザイル本人までつながるかどうかも、確かめるんですね」


「そこも含めてだ」


 ローデンは腕を組み、窓の外へ目を戻した。


「仮にグランメルが関わっているなら、私には分からんことがある」


「なぜ、あれほどの商会が人身売買の輸送に手を貸すのか」


「金じゃないんですか?」


「金だけで動くには、危険が大きすぎる。発覚すれば、ザイルは商会のすべてを失う」


 デリクが眉を寄せる。


「その危険を冒してでも、得たいものがあると?」


 ローデンは流れていく景色を見ながら答えた。


「話すとは思っていない。何を聞かれたときに反応が変わるかを見る」


 それきり、車内の会話は途切れた。



 やがて街道の先に、セントリアの外壁が見えてきた。


 都市へ近づくにつれて馬車が増え、正門にはいくつもの列ができている。


 ユゼラたちの馬車も速度を落とした。


 門には、コアを検知する設備が置かれている。


 一人の男が、その前を通った。


 表示灯が青く光る。


 男は止められることなく、門の中へ進んだ。


 次に女が通ると、表示灯が赤く光った。


 係員が女を呼び止め、確認を始める。


 教会の馬車が、車両用の検査口へ進んだ。


 表示灯が赤く点く。


 御者が通行証と乗員名簿を差し出した。


 係員は教会の紋章を見たあと、名簿に並んだ三人の名前を確認する。


「確認しました。どうぞ」


 馬車は止められることなく門を抜けた。


 正式な通行証を持つ教会関係者は、Code保持者でも入域時の登録を求められない。


 窓の外に、セントリアの街並みが広がった。



 中心部へ進むほど、建物は高くなっていった。


 商店や商会が立ち並び、その間を多くの馬車が行き交っている。


 やがて前方に、ひときわ高い塔が現れた。


 グランメル商会本社。


 石と金属を組み合わせた高層の建物だった。


 正面には大きな商会の紋章が掲げられ、広い入口を人が絶えず行き交っている。その前にも、何台もの馬車が停まっていた。


 デリクが窓越しに塔を見上げる。


「……でかいですね」


「大陸の物流の二割だ。これくらいにはなるだろう」


 馬車が正面に停まった。


 ユゼラが先に降りる。


 入口を確かめたあと、左右の通りから建物の上階へと視線を走らせた。


 反対側では、デリクも周囲に目を配っている。


 ローデンが馬車を降りると、二人はその左右についた。


 三人が本社へ足を踏み入れる。


 高い天井の下に、磨かれた床が広がっていた。


 正面には長い受付があり、複数の職員が来客に対応している。


 ローデンはまっすぐ受付へ向かった。


「ローデンだ。ザイル社長に約束を取ってある」


「聖庁のローデン様ですね。うかがっております。少々お待ちください」


 職員が受付の奥へ下がる。


 ほどなくして、案内役の職員が現れた。


「お待たせいたしました。ご案内します」



 案内されたのは、本社の最上階だった。


 社長室の扉が開く。


「お待ちしておりました」


 一人の女性が三人を出迎えた。


 五十代ほどで、黒髪を後ろの低い位置で丸くまとめている。きれいに整えられた髪には、一本の乱れもない。


「秘書のマーサです。こちらへどうぞ」


 マーサが身体を横へずらし、三人を部屋へ通した。


 大きな窓の向こうには、セントリアの街並みが広がっていた。


 室内は広いが、派手な飾りはない。置かれている家具は落ち着いた色でそろえられ、壁際の棚には書類がきれいに収められている。


 その奥から、三十代半ばの男が歩いてきた。


 七三に分けた黒髪は片側へ流され、耳まわりまできれいに整えられている。


「初めまして」


 男が手を差し出す。


「グランメル商会社長、ザイルです」


「聖庁のカーディナル、ローデンだ」


 二人が握手を交わす。


「本日はわざわざありがとうございます」


「こちらが頼んだことだ。気にするな」


 手を離したザイルが、ユゼラとデリクへ目を向ける。


「そちらのお二人は?」


「護衛だ」


「なるほど。どうぞ」


 ザイルが手で席を示した。


 ローデンとザイルが、机を挟んで向かい合って腰を下ろす。ユゼラとデリクはローデンの後ろに、マーサはザイルの後ろに控えた。


「それで、教会が私に確認したいこととは?」


「グランメル商会の輸送についてだ。各地で、Code保持者が相次いで姿を消している」


 ローデンは正面のザイルから目を離さない。


「調べを進める中で、グランメルの名が複数の経路から出てきた」


 ザイルの表情は変わらない。


「弊社の誰が関わったと?」


「こちらがどこまで把握しているかは明かせん。心当たりがあるかを聞きに来た」


「ありません。弊社の名を使った人間がいるのであれば、こちらでも確認します。社内の人間が関わっている可能性も含めて」


 ローデンの眉がわずかに動いた。


「ずいぶんと冷静だな」


「それは私の態度の話ですか。それとも事実の話ですか?」


「今のは態度の話だ。事実については、これから確かめる」


 ザイルは机の上で両手を組んだ。


「事実として示されたのは、弊社の名が出たという一点だけです。それだけで私が慌てる理由はありません」


 ザイルはローデンから目をそらさない。


「こちらでも調べます。それ以上に何をお求めですか」


 ローデンは椅子へ深く座り直した。


「君自身の話をしよう。二十代でこの商会を継ぎ、傾いていた商会を立て直した。十年ほどで、大陸物流の二割を握るまでにな」


「よく調べていますね」


「人を見るのも私の仕事でね」


「そんな男が、さらったCode保持者を運ぶ程度の利益で、商会のすべてを危険にさらすとは思えん」


 ザイルの視線が、ほんの一瞬だけ机へ落ちた。


 返事までに、わずかな間が空く。


「買い被りでは?」


「そうかもしれん。だから、仮に君がこの取引を持ち込まれたとして聞こう」


「仮定ですか」


「引き受ければ、どこかで足がついたときにグランメルは致命傷を負う。それでも受けるとしたら、君は何を求める?」


 ザイルはすぐには答えなかった。


 背もたれへ身体を預け、ローデンの顔を見る。


「取引は、その場で得られる金額だけでは決めません。今の利益が小さくても、その先でさらに大きな価値を得られるなら、選ぶことはあります」


「その価値とは?」


「新しい販路、取引相手、今後の優位性です」


 ザイルが背もたれから身体を起こした。


「目先の利益だけを追っていては、商会は大きくなりません」


「つまり、運び賃よりも、その依頼主と今後も取引できることの方が重要な場合もある」


「ええ。商人なら、その先に続く利益まで見ます」


「では、今回グランメルの名が出た取引で、相手は何を差し出した?」


 ザイルの目が細くなる。


「今の質問は、弊社が取引をしたことを前提にしています。私がその前提を受け入れるか、試したのですか」


 ローデンは否定しなかった。


「では、受け入れません。少なくとも、弊社がCode保持者を運んだ証拠は示されていない」


「君は、危険の大きな取引でも、その先に価値があれば選ぶことはあると言った」


「商人としての一般論です。今回の件とは関係ありません」


「その一般論に、人身売買も入るか?」


 ザイルの声から、わずかにやわらかさが消える。


「入りません。違法な取引は、利益を考える前に選択肢から外れます」


「それで、私個人までつながる証拠は?」


「あるかどうかを、君に明かすつもりはない」


 ザイルはわずかに間を置いた。


「では、今回の目的は事実の確認ですか。それとも、私に関与を認めさせることですか」


「事実の確認だ。ただし、君の言葉だけで疑いを消すつもりもない」


「分かりました。私がお答えできることは以上です」


 ローデンは椅子から立ち上がった。


「今日はここまでだ」


 ザイルも椅子から立ち上がる。


 ローデンが扉へ向かうと、ユゼラとデリクもそのあとに続いた。


「ローデン様」


 ザイルに呼び止められ、ローデンが足を止める。


「弊社の関与を示す証拠が見つかったのであれば、そのときは改めてお越しください」


 ローデンは振り返り、ザイルを見る。


「そうさせてもらおう」


 マーサが扉へ向かい、音を立てずに開けた。


「こちらへ」


 マーサは三人を廊下へ送り出すと、静かに扉を閉めた。



 グランメル商会本社を出た三人は、再び馬車へ乗り込んだ。


 馬車が本社前を離れ、大通りへ出る。


 ローデンは窓の外を確かめてから、二人へ顔を向けた。


「ユゼラ、デリク。今夜、もう一度あの建物へ入れ」


「探すのは、さらわれたCode保持者の受け入れに関わった証拠だ。侵入に気づかれたら、すぐに引け」


 ユゼラとデリクがうなずいた。


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