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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅵ追跡の果て

 教会の前。


 ノアが箒で地面を掃いている。


「おい坊主、久しぶりだな」


 聞き覚えのある声に、ノアが顔を上げる。


「護衛か……何の用だ」


「相変わらずだな。エイドさんいるかい?」


「中にいるよ」


「ありがとさん」


 ビンドはそのまま教会へ入っていった。


 礼拝堂では、エイドが信徒一人ひとりと向き合い、祈りを捧げていた。


 やがてビンドの番になる。


 ビンドが両手を合わせる。


「ファザー様」


「……」


「そんな顔しないでくださいよ」


「裏でな」


「はい」


 エイドは次の信徒へ向き直った。



 しばらくして。


 教会裏。


 エイドがベンチに腰を下ろし、煙草に火をつける。


「吸うか?」


「ありがとうございます」


 一本をビンドへ放る。


 ビンドも火をつけた。


「例の件、ようやく情報が揃いました」


「そうか」


 ビンドが懐から折り畳まれた書類を取り出す。


「タリッサ様からです」


 エイドは受け取り、目を通す。


「例の武器があるか確かめるだけじゃ足りないそうです」


「その先までか」


「はい。流れも追ってほしいと」


 エイドは書類を閉じ、ビンドへ返した。


「安請け合いしたと思ってます?」


「いやぁ。あいつが俺に頼むんだ。ある程度は想像つくさ」


「使い走りにして悪かったな」


「いえ。これも仕事ですので」


「帰ったら、報告がてら一杯やろうか」


「ええ。楽しみにしておきます」


 ビンドが立ち上がる。


「それでは、俺はこれで」


「ああ」



 教会近くを流れる小川のそば。


 木陰にエイドが寝転んでいた。


「エイド」


 呼ばれたノアがやって来る。


「何の用だ」


「お前もここに来て、もうすぐ六年だろ」


「急になんだ」


 エイドが司祭服を指で摘まむ。


「留守の間、礼拝を任せたい」


「……どういうつもりだ」


「明日から私用で、留守にする」


「タリッサの件か」


「まぁ、そんなとこ」


「俺も行く」


「いや、大丈夫だ」


「なんでだ」


「今回は俺がやるよ」


 エイドが身体を起こす。


「それより、お前は自分のこと考えろ」


「何の話だ」


「前に、お前のCodeについて考えるって言っただろ」


「……覚えてたのか」


「人聞きが悪いな」


「それで、何をすればいい」


「まずは、今の自分がどこまで使えるのか確かめろ。必要な時に使うだけじゃ、限界も分からない」


「……分かった」


「俺が戻ったら、その先を一緒に考えよう」


「今日は、やけに師匠らしいな」


「一応、師匠なんでね」


 エイドがポケットから小さな鍵を取り出し、ノアへ投げる。


 ノアが受け取った。


「稽古場の鍵だ。好きに使え」


 エイドが立ち上がる。


「ルシアは今、シェナと諜報任務に出てる。しばらく戻らないから、教会は頼んだぞ」


「ああ」



 夜。


 教会の外。


「ガイルス」


 呼ばれたガイルスが振り返る。


「ん?」


「稽古に付き合ってくれ」


「お前から言ってくるなんて珍しいな」


 ノアは手の中の鍵を見せる。


「少し本気でやりたい」


「……いいぜ」


 二人は教会の地下へ向かった。


 隠された稽古場。


 重い扉が閉じる。


「ここなら思い切りやっても大丈夫だ」


 ノアが上着を脱ぐ。


 右腕に刻印が広がり、強い緑の光を放つ。


「いいねぇ」


 ガイルスが両手を合わせ、祈りを捧げる。


 赤いオーラが立ち上がる。


 背後から、獣のような二本の腕が現れた。


「本気でいいんだろ?」


「当たり前だ」


 ノアは光を放つ右腕へ目を落とす。


 ユリィ。


 マザー。


「俺は必ず、使いこなしてみせる」



 翌日。


 馬車が街道を走っている。


 御者台にはビンド。


 荷台ではエイドが壁に背を預けていた。


「教会はよかったんですか?」


「任せてきたよ」


「護衛だけじゃなく、御者までやるんだな」


「何でもやりますよ」


「タリッサの護衛はいいのか」


「ほかにもいますから。問題ありません」


「ここから三時間ほどかかります。休んでてください」


「じゃあ、お言葉に甘えるよ」


 エイドが身体を横にする。


「着いたら起こして」


「分かりました」


 馬車の揺れに任せ、エイドは目を閉じた。



「エイドさん」


「ん……」


「着きましたよ」


 エイドが目を開け、馬車を降りる。


 木々に囲まれた場所に、小さな小屋が建っていた。


「ここを拠点に使ってください」


 二人は中へ入る。


 ビンドが地図を机に広げた。


「ここです。西へ進むと工場が見えてきます」


「表向きは?」


「ただの部品工場です」


「裏があるってわけだ」


「はい」


 エイドは地図を確認する。


「ビンドはここにいてくれ」


「分かりました」


 エイドが荷物を開く。


 黒い軽装に着替え、口元を布で覆う。


 細長い鞄を背負った。


「黒いローブじゃないんですね」


「今回はオルドじゃないからな」


「まずは周囲を見てくるよ」


 エイドは小屋を出た。



 木々の間を進む。


 森を抜ける頃には、辺りは暗くなっていた。


 その先は崖になっている。


 下には整備された広い土地があり、その中央に大きな工場が建っていた。


 周囲にほかの建物はない。


 夜にもかかわらず、工場には明かりが灯っている。


「……随分立派だなぁ」


 崖を迂回し、工場へ近づく。


 正門には武器を持った門兵。


 工場の周囲には高い柵。


 柵の根元には、セルの配線が一定間隔で接続されている。


「触れれば分かる仕組みか」


「《ケリオス》」


 白い杭が空中に固定される。


 さらに一本。


 エイドは白杭を足場にして跳び上がった。


 柵へ触れることなく反対側へ降りる。


 着地した靴底が、柔らかな土にわずかに沈んだ。


 入口には認証装置があり、人の出入りも少ない。


「厳重だな」


 側面へ回り、白杭を足場に屋根へ上がる。


 窓はない。


 エイドは屋根の端から搬出口を見下ろした。


「……出る方を見るか」



 しばらくして。


 工場から一台の荷馬車が出てきた。


 エイドは距離を空けて追う。


 周囲から人影が消えたところで、右手に白杭を出した。


 前輪へ放つ。


 ガッ!!


 白杭が触れた瞬間、前輪の回転が固定された。


 馬車が大きく揺れ、速度を落とす。


「なんだ!?」


 御者が慌てて手綱を引いた。


 馬車が止まる。


 御者が飛び降り、前輪へ回り込んだ。


 エイドが固定を解除する。


「……なんだ?」


 御者が車輪を調べている。


 エイドは反対側から荷台へ上がった。


 一つ目の木箱を開ける。


 中には金属部品が詰められていた。


 隣の箱を開ける。


 こちらにも同じ部品が並んでいる。


「おかしいな……」


 御者の声が聞こえる。


 さらに奥の箱を開ける。


 AEGIS Bladeによく似た武器が並んでいた。


「……これか」


 一本へ手を伸ばす。


 持ち上げかけて、止めた。


 ここで抜けば、荷が届く先を追えなくなる。


「まだだな」


 エイドは手を戻した。


 小さなナイフで、箱の隅に二本の傷を刻む。


 蓋を戻し、荷台を降りた。


 馬車が再び走り出す。


 エイドも追う。


 やがて荷物の中継所へ入った。


 多くの人間と馬車が集まっている。


 工場から来た箱が次々と降ろされ、五台の馬車へ振り分けられていく。


 二本の傷をつけた箱が、別の馬車へ運ばれた。


 馬車の側面には商会の名と紋章。


 ――グランメル商会。


 工場から来た御者が、グランメルの御者へ声を掛ける。


「今日の荷も頼んだぞ」


「ああ」


 箱が荷台へ積み込まれる。


 五台の馬車が、それぞれ別方向へ走り出した。


 エイドはグランメルの馬車を追う。



 やがて馬車が小さな集積所へ入った。


 先ほどの中継所より人は少ない。


 荷物が建物へ運び込まれ、二本の傷をつけた箱も中へ消えた。


 エイドが離れた場所から見張る間にも、何台かの馬車が出入りする。


 だが、傷をつけた箱は出てこない。


 やがて人の出入りが途絶え、東の空が白み始めた。


 エイドはしばらく待ってから集積所へ近づき、建物の中へ入った。


 積まれた木箱の間を進むと、奥に二本の傷が見えた。


「……あった」


 蓋を開けると、先ほどと同じ武器が並んでいる。


 一本を鞄へ収め、箱の側面に貼られた荷札を確認する。


 ――南部、レストラ地区。


「レストラか」


 蓋を戻すと、外から馬の鳴き声が聞こえた。


 続いて、男たちの話し声が近づいてくる。


「……来たか」


 エイドは白杭を二本、空中へ固定する。


 足場にして梁へ上がると、すぐに杭を消した。


 扉が開き、数人の男たちが入ってきた。


「奥から運べ」


 男たちは奥から順に箱を運び出していく。


 二本の傷をつけた箱も、そのまま外へ運ばれた。


 男たちが最後の箱を運び出し、扉が閉まる。


 エイドはしばらく待ってから、新たな白杭を足場に梁を下り、集積所を離れた。



 森の中を進んでいると、前方の木にもたれた青年がエイドを待っていた。


 黒髪を後ろで束ね、赤を基調とした見慣れない衣服をまとっている。


 腰には一本の刀。


「やっぱり来たか」


 エイドが足を止める。


「待ち伏せか」


「工場の敷地に入っただろ」


「……」


「柵の内側に、飛び降りた跡が残ってた。荷を追うなら、ここまで来ると思ってな」


「着地の跡か。消しておくべきだったな」


「持ってるものを置いていけ」


「悪いけど、それは無理だな」


「なら、仕方ない」


 青年が腰の刀を抜く。


 細身の片刃には、鍔がない。


「珍しい刀だな」


「故郷の刀だ」


 青年が一気に踏み込み、横薙ぎに刀を振るう。


 エイドは上体を引いた。


 刃が胸元を掠める。


「《ケリオス》」


 両手に現れた白杭を、同時に放つ。


 青年は一本をかわし、もう一本を鞘で払った。


 ガッ。


 白杭が触れた瞬間、鞘が空中で止まる。


「……?」


 青年が引いても動かない。


 すぐに鞘から手を離した。


「固定か」


「察しがいいな」


 エイドが続けて二本の白杭を放つ。


 青年は一歩ずれて一本目をかわし、身体を沈めて二本目の下を抜けた。


 かわされた白杭が、その先で止まり、空中に残る。


 青年が踏み込み、刀を振るう。


 エイドは空中の白杭を蹴って跳び上がった。


 刃が足元を抜ける。


 さらに別の杭を踏み、青年の横へ回る。


 蹴りを放つが、青年は身を引いてかわした。


 着地と同時に、エイドが二本の白杭を放つ。


 青年が右へかわす。


 だが、先ほどの白杭が進路を塞いだ。


 正面から、さらに一本。


 青年は片方の肩を引き、身体を横向きにした。


 空中に残った杭と、正面から迫る杭の間をすり抜ける。


 かわされた白杭が、次々と空中に残っていく。


「厄介だな」


「そりゃどうも」


 青年の左右と背後には、白杭が残っている。


「さて、どうする?」


 エイドが正面から二本の白杭を放つ。


 青年は刀を構えたまま動かない。


 二本の白杭が目前まで迫る。


「《セグレイン》」


 二本の白杭が空中で止まった。


 青年はその間を抜ける。


 直後、白杭が再び動き出した。


 エイドが後ろへ跳ぶ。


「今のがCodeか」


 青年は答えない。


 エイドが二本の白杭を放つ。


 その後を追うように、自らも踏み込んだ。


「《セグレイン》」


 二本の白杭が空中で止まる。


 直後、その間からエイドが飛び出した。


 一気に青年の懐へ入り、蹴りを放つ。


 ガッ!


 青年は腕で受け、後ろへ押される。


「なるほど。無機物だけか」


「もう見抜いたか」


「長くやってるんでね」


 エイドが再び二本の白杭を放つ。


 青年がかわしたところへ踏み込み、拳を振るう。


 青年は上体を反らし、続く蹴りも後ろへ下がって避けた。


 エイドは近くの白杭を蹴り、青年の横へ回り込む。


 振り向きざまの刃が、エイドの頬を掠めた。


 エイドは別の白杭を蹴り、青年の頭上へ跳ぶ。


 落下と同時に、かかとを振り下ろす。


 青年は横へ逃れたが、その先には白杭が残っていた。


 進路を塞がれ、動きが止まる。


 エイドは着地と同時に身体をひねり、脇腹へ蹴りを叩き込んだ。


 ドッ!


 蹴りを受けた青年の身体が横へ流れ、地面を滑る。


 青年は地面に手をつき、すぐに立ち上がった。


「いいな、お前」


「こっちは全然よくないけどね」


 カイの口元が、わずかに緩む。


「カイ」


「ん?」


「俺の名だ」


「悪いな。こっちは名乗れないんだ」


「そうか。こういう相手は久しぶりだ」


 カイが刀を左手に持ち替え、右手を腰の反対側へ伸ばす。


 抜き取ったのは、黒鉄の短剣だった。


 柄の先には、折り重なった刃が収められている。


「ガレリア・起動」


 ガシャンッ!!


 折り重なった刃が前方へ伸び、次々と噛み合う。


 短剣は幅広の直剣へ変わり、刀身中央の溝に赤い光が走った。


「ガレリアまで持ってるのか」


「行くぞ」


 カイが地面を蹴る。


 エイドが二本の白杭を放つ。


「《セグレイン》」


 二本の白杭が空中で止まる。


 カイはその間を抜け、一気にエイドの懐へ入った。


 背後で白杭が再び動き出す。


 カイが右手のガレリアを振るう。


 エイドの右手に白杭が現れた。


「捕まえたよ」


 ガレリアの軌道へ差し込む。


 ガキィン!!


 刃が白杭に触れた瞬間、刀身中央の赤い光が弾けた。


 ドンッ!!


「ぐっ……!」


 右腕に凄まじい衝撃が走り、エイドの上体がのけぞる。


 それでもガレリアは、白杭に触れたまま固定されていた。


 エイドは左手を胸元へ入れ、煙幕玉を二つ抜き取る。


 留め具を外した。


 カイはガレリアから迷わず右手を離す。


 固定された柄に足を掛け、そのままエイドへ跳んだ。


「……!」


 左手の刀に右手を添える。


 エイドが身を引く。


 間に合わない。


 刃が左の上腕を斬り抜いた。


 ザンッ――


「――っ!!」


 煙幕玉を握った左腕が宙を舞い、地面へ落ちる。


 ボンッ!!


 ボンッ!!


 白煙が一気に広がった。


「っ……!」


 エイドが右手で傷口を押さえる。


 指の間から血が溢れた。


「《ケリオス》……!」


 右手に現れた白杭を、左腕の断面へ突き刺す。


 白杭がその場に固定され、溢れていた血が止まった。


 エイドは傷口から右手を離す。


 煙の向こうから足音が迫る。


 白杭を次々と空中へ固定し、足場にして上へ跳ぶ。


 踏み切るたび、後ろの杭を消していく。


 カイが煙の中から飛び出した。


 エイドの姿も、足場に使った白杭も残っていない。


 カイは固定されたガレリアの柄を握る。


 力を込めても動かなかった。


「……逃げたか」



 エイドは白杭を足場に、森の中を進んでいた。


 杭を蹴るたびに視界が揺れる。


 それでも止まらず、次の杭へ足を掛けた。


 十分に距離を取ったところで、背後に残したガレリアの固定を解く。


 木々の向こうに、小さな小屋が見えた。


「……やっとか」


 最後の白杭を蹴って小屋の前へ降りると、扉が開いた。


「エイドさん――」


 ビンドの声が途切れる。


 エイドの左腕はなく、黒い服は血に濡れていた。


 左腕の断面には、白杭が刺さっている。


 背負っていた鞄を外し、ビンドへ差し出す。


「……取ってきたよ」


 言い終えたところで、身体が傾いた。


「エイドさん!」


 ビンドが駆け寄り、エイドを支える。


「大丈夫ですか……」


「今は出血を止めてる。けど、長くは持たない」


「すぐにメリディアへ戻りましょう」


「知り合いの医者がいる」


 エイドがビンドの腕を掴む。


「戻ったら、タリッサへの報告を頼む」


「はい」


「グランメル商会が噛んでる。荷の行き先はレストラだ」


「分かりました」


「頼んだよ」



 馬車はメリディアの街外れにある、古びた建物の前で止まった。


 ビンドはエイドを支えながら扉を叩く。


 しばらくして、老人が顔を出した。


「なんじゃ、朝から」


「急患です」


 老人の目が、血に濡れたエイドへ向く。


「……派手にやられたのう」


「悪いね、じいさん」


「入れ」


 エイドは奥の診療台へ寝かされた。


 老人が左腕の断面に刺さった白杭の周囲を確かめる。


「自分で止めたのか」


「ああ」


「これがなければ、とっくに死んどったぞ」


「……そうみたいだな」


「じいさん」


「なんじゃ」


「固定がもう持たない。そろそろ解ける」


 老人は傷口より上に革帯を巻き、きつく締めた。


「分かった。先に麻酔を打つぞ」


「……頼んだよ」


 老人が麻酔を打つ。


「あとはわしに任せとけ」


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