Ⅵ追跡の果て
教会の前。
ノアが箒で地面を掃いている。
「おい坊主、久しぶりだな」
聞き覚えのある声に、ノアが顔を上げる。
「護衛か……何の用だ」
「相変わらずだな。エイドさんいるかい?」
「中にいるよ」
「ありがとさん」
ビンドはそのまま教会へ入っていった。
礼拝堂では、エイドが信徒一人ひとりと向き合い、祈りを捧げていた。
やがてビンドの番になる。
ビンドが両手を合わせる。
「ファザー様」
「……」
「そんな顔しないでくださいよ」
「裏でな」
「はい」
エイドは次の信徒へ向き直った。
◇
しばらくして。
教会裏。
エイドがベンチに腰を下ろし、煙草に火をつける。
「吸うか?」
「ありがとうございます」
一本をビンドへ放る。
ビンドも火をつけた。
「例の件、ようやく情報が揃いました」
「そうか」
ビンドが懐から折り畳まれた書類を取り出す。
「タリッサ様からです」
エイドは受け取り、目を通す。
「例の武器があるか確かめるだけじゃ足りないそうです」
「その先までか」
「はい。流れも追ってほしいと」
エイドは書類を閉じ、ビンドへ返した。
「安請け合いしたと思ってます?」
「いやぁ。あいつが俺に頼むんだ。ある程度は想像つくさ」
「使い走りにして悪かったな」
「いえ。これも仕事ですので」
「帰ったら、報告がてら一杯やろうか」
「ええ。楽しみにしておきます」
ビンドが立ち上がる。
「それでは、俺はこれで」
「ああ」
◇
教会近くを流れる小川のそば。
木陰にエイドが寝転んでいた。
「エイド」
呼ばれたノアがやって来る。
「何の用だ」
「お前もここに来て、もうすぐ六年だろ」
「急になんだ」
エイドが司祭服を指で摘まむ。
「留守の間、礼拝を任せたい」
「……どういうつもりだ」
「明日から私用で、留守にする」
「タリッサの件か」
「まぁ、そんなとこ」
「俺も行く」
「いや、大丈夫だ」
「なんでだ」
「今回は俺がやるよ」
エイドが身体を起こす。
「それより、お前は自分のこと考えろ」
「何の話だ」
「前に、お前のCodeについて考えるって言っただろ」
「……覚えてたのか」
「人聞きが悪いな」
「それで、何をすればいい」
「まずは、今の自分がどこまで使えるのか確かめろ。必要な時に使うだけじゃ、限界も分からない」
「……分かった」
「俺が戻ったら、その先を一緒に考えよう」
「今日は、やけに師匠らしいな」
「一応、師匠なんでね」
エイドがポケットから小さな鍵を取り出し、ノアへ投げる。
ノアが受け取った。
「稽古場の鍵だ。好きに使え」
エイドが立ち上がる。
「ルシアは今、シェナと諜報任務に出てる。しばらく戻らないから、教会は頼んだぞ」
「ああ」
◇
夜。
教会の外。
「ガイルス」
呼ばれたガイルスが振り返る。
「ん?」
「稽古に付き合ってくれ」
「お前から言ってくるなんて珍しいな」
ノアは手の中の鍵を見せる。
「少し本気でやりたい」
「……いいぜ」
二人は教会の地下へ向かった。
隠された稽古場。
重い扉が閉じる。
「ここなら思い切りやっても大丈夫だ」
ノアが上着を脱ぐ。
右腕に刻印が広がり、強い緑の光を放つ。
「いいねぇ」
ガイルスが両手を合わせ、祈りを捧げる。
赤いオーラが立ち上がる。
背後から、獣のような二本の腕が現れた。
「本気でいいんだろ?」
「当たり前だ」
ノアは光を放つ右腕へ目を落とす。
ユリィ。
マザー。
「俺は必ず、使いこなしてみせる」
◇
翌日。
馬車が街道を走っている。
御者台にはビンド。
荷台ではエイドが壁に背を預けていた。
「教会はよかったんですか?」
「任せてきたよ」
「護衛だけじゃなく、御者までやるんだな」
「何でもやりますよ」
「タリッサの護衛はいいのか」
「ほかにもいますから。問題ありません」
「ここから三時間ほどかかります。休んでてください」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
エイドが身体を横にする。
「着いたら起こして」
「分かりました」
馬車の揺れに任せ、エイドは目を閉じた。
◇
「エイドさん」
「ん……」
「着きましたよ」
エイドが目を開け、馬車を降りる。
木々に囲まれた場所に、小さな小屋が建っていた。
「ここを拠点に使ってください」
二人は中へ入る。
ビンドが地図を机に広げた。
「ここです。西へ進むと工場が見えてきます」
「表向きは?」
「ただの部品工場です」
「裏があるってわけだ」
「はい」
エイドは地図を確認する。
「ビンドはここにいてくれ」
「分かりました」
エイドが荷物を開く。
黒い軽装に着替え、口元を布で覆う。
細長い鞄を背負った。
「黒いローブじゃないんですね」
「今回はオルドじゃないからな」
「まずは周囲を見てくるよ」
エイドは小屋を出た。
◇
木々の間を進む。
森を抜ける頃には、辺りは暗くなっていた。
その先は崖になっている。
下には整備された広い土地があり、その中央に大きな工場が建っていた。
周囲にほかの建物はない。
夜にもかかわらず、工場には明かりが灯っている。
「……随分立派だなぁ」
崖を迂回し、工場へ近づく。
正門には武器を持った門兵。
工場の周囲には高い柵。
柵の根元には、セルの配線が一定間隔で接続されている。
「触れれば分かる仕組みか」
「《ケリオス》」
白い杭が空中に固定される。
さらに一本。
エイドは白杭を足場にして跳び上がった。
柵へ触れることなく反対側へ降りる。
着地した靴底が、柔らかな土にわずかに沈んだ。
入口には認証装置があり、人の出入りも少ない。
「厳重だな」
側面へ回り、白杭を足場に屋根へ上がる。
窓はない。
エイドは屋根の端から搬出口を見下ろした。
「……出る方を見るか」
◇
しばらくして。
工場から一台の荷馬車が出てきた。
エイドは距離を空けて追う。
周囲から人影が消えたところで、右手に白杭を出した。
前輪へ放つ。
ガッ!!
白杭が触れた瞬間、前輪の回転が固定された。
馬車が大きく揺れ、速度を落とす。
「なんだ!?」
御者が慌てて手綱を引いた。
馬車が止まる。
御者が飛び降り、前輪へ回り込んだ。
エイドが固定を解除する。
「……なんだ?」
御者が車輪を調べている。
エイドは反対側から荷台へ上がった。
一つ目の木箱を開ける。
中には金属部品が詰められていた。
隣の箱を開ける。
こちらにも同じ部品が並んでいる。
「おかしいな……」
御者の声が聞こえる。
さらに奥の箱を開ける。
AEGIS Bladeによく似た武器が並んでいた。
「……これか」
一本へ手を伸ばす。
持ち上げかけて、止めた。
ここで抜けば、荷が届く先を追えなくなる。
「まだだな」
エイドは手を戻した。
小さなナイフで、箱の隅に二本の傷を刻む。
蓋を戻し、荷台を降りた。
馬車が再び走り出す。
エイドも追う。
やがて荷物の中継所へ入った。
多くの人間と馬車が集まっている。
工場から来た箱が次々と降ろされ、五台の馬車へ振り分けられていく。
二本の傷をつけた箱が、別の馬車へ運ばれた。
馬車の側面には商会の名と紋章。
――グランメル商会。
工場から来た御者が、グランメルの御者へ声を掛ける。
「今日の荷も頼んだぞ」
「ああ」
箱が荷台へ積み込まれる。
五台の馬車が、それぞれ別方向へ走り出した。
エイドはグランメルの馬車を追う。
◇
やがて馬車が小さな集積所へ入った。
先ほどの中継所より人は少ない。
荷物が建物へ運び込まれ、二本の傷をつけた箱も中へ消えた。
エイドが離れた場所から見張る間にも、何台かの馬車が出入りする。
だが、傷をつけた箱は出てこない。
やがて人の出入りが途絶え、東の空が白み始めた。
エイドはしばらく待ってから集積所へ近づき、建物の中へ入った。
積まれた木箱の間を進むと、奥に二本の傷が見えた。
「……あった」
蓋を開けると、先ほどと同じ武器が並んでいる。
一本を鞄へ収め、箱の側面に貼られた荷札を確認する。
――南部、レストラ地区。
「レストラか」
蓋を戻すと、外から馬の鳴き声が聞こえた。
続いて、男たちの話し声が近づいてくる。
「……来たか」
エイドは白杭を二本、空中へ固定する。
足場にして梁へ上がると、すぐに杭を消した。
扉が開き、数人の男たちが入ってきた。
「奥から運べ」
男たちは奥から順に箱を運び出していく。
二本の傷をつけた箱も、そのまま外へ運ばれた。
男たちが最後の箱を運び出し、扉が閉まる。
エイドはしばらく待ってから、新たな白杭を足場に梁を下り、集積所を離れた。
◇
森の中を進んでいると、前方の木にもたれた青年がエイドを待っていた。
黒髪を後ろで束ね、赤を基調とした見慣れない衣服をまとっている。
腰には一本の刀。
「やっぱり来たか」
エイドが足を止める。
「待ち伏せか」
「工場の敷地に入っただろ」
「……」
「柵の内側に、飛び降りた跡が残ってた。荷を追うなら、ここまで来ると思ってな」
「着地の跡か。消しておくべきだったな」
「持ってるものを置いていけ」
「悪いけど、それは無理だな」
「なら、仕方ない」
青年が腰の刀を抜く。
細身の片刃には、鍔がない。
「珍しい刀だな」
「故郷の刀だ」
青年が一気に踏み込み、横薙ぎに刀を振るう。
エイドは上体を引いた。
刃が胸元を掠める。
「《ケリオス》」
両手に現れた白杭を、同時に放つ。
青年は一本をかわし、もう一本を鞘で払った。
ガッ。
白杭が触れた瞬間、鞘が空中で止まる。
「……?」
青年が引いても動かない。
すぐに鞘から手を離した。
「固定か」
「察しがいいな」
エイドが続けて二本の白杭を放つ。
青年は一歩ずれて一本目をかわし、身体を沈めて二本目の下を抜けた。
かわされた白杭が、その先で止まり、空中に残る。
青年が踏み込み、刀を振るう。
エイドは空中の白杭を蹴って跳び上がった。
刃が足元を抜ける。
さらに別の杭を踏み、青年の横へ回る。
蹴りを放つが、青年は身を引いてかわした。
着地と同時に、エイドが二本の白杭を放つ。
青年が右へかわす。
だが、先ほどの白杭が進路を塞いだ。
正面から、さらに一本。
青年は片方の肩を引き、身体を横向きにした。
空中に残った杭と、正面から迫る杭の間をすり抜ける。
かわされた白杭が、次々と空中に残っていく。
「厄介だな」
「そりゃどうも」
青年の左右と背後には、白杭が残っている。
「さて、どうする?」
エイドが正面から二本の白杭を放つ。
青年は刀を構えたまま動かない。
二本の白杭が目前まで迫る。
「《セグレイン》」
二本の白杭が空中で止まった。
青年はその間を抜ける。
直後、白杭が再び動き出した。
エイドが後ろへ跳ぶ。
「今のがCodeか」
青年は答えない。
エイドが二本の白杭を放つ。
その後を追うように、自らも踏み込んだ。
「《セグレイン》」
二本の白杭が空中で止まる。
直後、その間からエイドが飛び出した。
一気に青年の懐へ入り、蹴りを放つ。
ガッ!
青年は腕で受け、後ろへ押される。
「なるほど。無機物だけか」
「もう見抜いたか」
「長くやってるんでね」
エイドが再び二本の白杭を放つ。
青年がかわしたところへ踏み込み、拳を振るう。
青年は上体を反らし、続く蹴りも後ろへ下がって避けた。
エイドは近くの白杭を蹴り、青年の横へ回り込む。
振り向きざまの刃が、エイドの頬を掠めた。
エイドは別の白杭を蹴り、青年の頭上へ跳ぶ。
落下と同時に、かかとを振り下ろす。
青年は横へ逃れたが、その先には白杭が残っていた。
進路を塞がれ、動きが止まる。
エイドは着地と同時に身体をひねり、脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
ドッ!
蹴りを受けた青年の身体が横へ流れ、地面を滑る。
青年は地面に手をつき、すぐに立ち上がった。
「いいな、お前」
「こっちは全然よくないけどね」
カイの口元が、わずかに緩む。
「カイ」
「ん?」
「俺の名だ」
「悪いな。こっちは名乗れないんだ」
「そうか。こういう相手は久しぶりだ」
カイが刀を左手に持ち替え、右手を腰の反対側へ伸ばす。
抜き取ったのは、黒鉄の短剣だった。
柄の先には、折り重なった刃が収められている。
「ガレリア・起動」
ガシャンッ!!
折り重なった刃が前方へ伸び、次々と噛み合う。
短剣は幅広の直剣へ変わり、刀身中央の溝に赤い光が走った。
「ガレリアまで持ってるのか」
「行くぞ」
カイが地面を蹴る。
エイドが二本の白杭を放つ。
「《セグレイン》」
二本の白杭が空中で止まる。
カイはその間を抜け、一気にエイドの懐へ入った。
背後で白杭が再び動き出す。
カイが右手のガレリアを振るう。
エイドの右手に白杭が現れた。
「捕まえたよ」
ガレリアの軌道へ差し込む。
ガキィン!!
刃が白杭に触れた瞬間、刀身中央の赤い光が弾けた。
ドンッ!!
「ぐっ……!」
右腕に凄まじい衝撃が走り、エイドの上体がのけぞる。
それでもガレリアは、白杭に触れたまま固定されていた。
エイドは左手を胸元へ入れ、煙幕玉を二つ抜き取る。
留め具を外した。
カイはガレリアから迷わず右手を離す。
固定された柄に足を掛け、そのままエイドへ跳んだ。
「……!」
左手の刀に右手を添える。
エイドが身を引く。
間に合わない。
刃が左の上腕を斬り抜いた。
ザンッ――
「――っ!!」
煙幕玉を握った左腕が宙を舞い、地面へ落ちる。
ボンッ!!
ボンッ!!
白煙が一気に広がった。
「っ……!」
エイドが右手で傷口を押さえる。
指の間から血が溢れた。
「《ケリオス》……!」
右手に現れた白杭を、左腕の断面へ突き刺す。
白杭がその場に固定され、溢れていた血が止まった。
エイドは傷口から右手を離す。
煙の向こうから足音が迫る。
白杭を次々と空中へ固定し、足場にして上へ跳ぶ。
踏み切るたび、後ろの杭を消していく。
カイが煙の中から飛び出した。
エイドの姿も、足場に使った白杭も残っていない。
カイは固定されたガレリアの柄を握る。
力を込めても動かなかった。
「……逃げたか」
◇
エイドは白杭を足場に、森の中を進んでいた。
杭を蹴るたびに視界が揺れる。
それでも止まらず、次の杭へ足を掛けた。
十分に距離を取ったところで、背後に残したガレリアの固定を解く。
木々の向こうに、小さな小屋が見えた。
「……やっとか」
最後の白杭を蹴って小屋の前へ降りると、扉が開いた。
「エイドさん――」
ビンドの声が途切れる。
エイドの左腕はなく、黒い服は血に濡れていた。
左腕の断面には、白杭が刺さっている。
背負っていた鞄を外し、ビンドへ差し出す。
「……取ってきたよ」
言い終えたところで、身体が傾いた。
「エイドさん!」
ビンドが駆け寄り、エイドを支える。
「大丈夫ですか……」
「今は出血を止めてる。けど、長くは持たない」
「すぐにメリディアへ戻りましょう」
「知り合いの医者がいる」
エイドがビンドの腕を掴む。
「戻ったら、タリッサへの報告を頼む」
「はい」
「グランメル商会が噛んでる。荷の行き先はレストラだ」
「分かりました」
「頼んだよ」
◇
馬車はメリディアの街外れにある、古びた建物の前で止まった。
ビンドはエイドを支えながら扉を叩く。
しばらくして、老人が顔を出した。
「なんじゃ、朝から」
「急患です」
老人の目が、血に濡れたエイドへ向く。
「……派手にやられたのう」
「悪いね、じいさん」
「入れ」
エイドは奥の診療台へ寝かされた。
老人が左腕の断面に刺さった白杭の周囲を確かめる。
「自分で止めたのか」
「ああ」
「これがなければ、とっくに死んどったぞ」
「……そうみたいだな」
「じいさん」
「なんじゃ」
「固定がもう持たない。そろそろ解ける」
老人は傷口より上に革帯を巻き、きつく締めた。
「分かった。先に麻酔を打つぞ」
「……頼んだよ」
老人が麻酔を打つ。
「あとはわしに任せとけ」




