Ⅴ力を支えるもの
列車がゆっくりと速度を落としていく。
窓の外には何本もの線路が並び、その上を形の異なる列車が行き交っていた。
さらに奥まで、建物が途切れることなく続いている。
「うわ……でっけぇな」
レオンが窓に顔を寄せた。
「あんた、子供みたいにはしゃがないでよ」
ミレアの声を気にした様子もなく、レオンは流れていく街並みを目で追っている。
その向かいから、ライゼルのいびきが聞こえた。
「あんたはいつまで寝てるのよ」
「んぁ……もう着いたのか?」
駅へ近づくにつれ、ホームを行き交う人々の姿が見えてくる。
隊服姿のAEGIS隊員。
大きな荷物を台車で運ぶ作業員。
その間を縫うように、列車を降りた乗客たちが進んでいた。
「グランディアとは全然違いますね」
「これがセントリア……」
「線路だけで何本あるんだろう。走ってる列車も、見たことのない形ばかりだよ」
エリオは窓の方へ身を乗り出し、駅の設備を観察している。
やがて、列車がホームへ滑り込んだ。
「はーい。皆さん、降りますよぉ」
オリヴィア先生に続き、学生たちもホームへ降りる。
頭上には、行き先の異なる案内板がいくつも並んでいた。
反対側にも、そのさらに向こうにも人の波が続いている。
「ソラ、そこで止まらないで」
前を歩いていたミレアが振り返った。
「あ、ごめん」
ソラは慌てて後を追う。
「ヴェイン」
「なんだ」
リーゼが自分の鞄を差し出した。
「童の鞄を持つのじゃ」
「なんで俺が持つんだよ」
「童の弟子じゃろ」
「弟子になった覚えはない」
「そういうことは、童から一本取ってから言うんじゃな」
「……」
ヴェインは何も返さず、鞄を受け取った。
「ほれ、行くぞ」
「持たせた本人が先に行くな」
◇
人の流れに乗って駅を出ると、目の前に大通りが伸びていた。
何台もの馬車が行き交い、その両側には高い建物が連なっている。
「全部見て回るには、時間がかかりそうですね」
ルーナが遠くまで続く通りへ目を向けた。
「自由時間があればいいのだが」
「まずは見学でしょ」
ミレアがライゼルの背中を押す。
大通りの先には、周囲の建物をはるかに越える塔がそびえていた。
石造りの外壁には金属製の構造物が組み込まれ、正面にはAEGISの紋章が掲げられている。
「……あれが総本部?」
ソラが塔を見上げる。
「はい。AEGIS総本部ですよぉ」
オリヴィア先生が塔へ向かって歩き出す。
「グランディア支部と違いすぎだろ」
レオンは塔を見上げたまま、その後を追った。
◇
総本部の正面には、大きな入口と黒いゲートが何列も並んでいた。
各支部にも設置されている、コア検知用のゲート。
ただし、総本部のものには、グランディア支部で見たことのない表示灯が付いている。
前を歩いていた男が通過すると、青く点灯した。
次の男がゲートへ入る。
今度は赤い光が灯った。
男は足を止め、首から下げていた身分証をかざす。
「登録を確認しました。どうぞ」
警備員が端末を確認し、男を中へ通した。
「コアの反応が、外からでも分かるんだ」
エリオが表示灯を見上げる。
「一日に出入りする人数が多いですからねぇ。反応があった場合は、その場で登録を確認するんですよぉ」
ソラたちも順番にゲートを抜けた。
八人全員が通過したが、表示灯は一度も赤くならなかった。
その先で、見学者用の入館証を一枚ずつ渡される。
「滞在中は、見えるところにつけておいてくださいねぇ」
オリヴィア先生が自分の入館証を示す。
「それから、許可されていない区画には入らないように」
巨大な扉を抜ける。
その先には、何層もの回廊が重なる吹き抜けの広間が広がっていた。
昇降機が上下し、隊服姿の隊員や白衣を着た研究員、書類や機材を運ぶ職員が絶えず行き交っている。
「何だよ、あれ……」
広間の中央。
透明な隔壁の向こうに、黒ずんだ巨大な塊が固定されている。
岩とも結晶ともつかない表面。
その奥では、赤い光がゆっくりと脈打っていた。
「……コア?」
ソラが足を止める。
「でかすぎだろ」
レオンが塊を見上げた。
周囲からは何本もの太い管が伸び、塔の内部へつながっている。
「あの管、上の階まで続いてる……」
エリオが、その行方を目で追う。
「あのコアは、総本部の主要電源であり、セルの供給源でもあるんですよぉ」
「これ一つで総本部を動かしてるのか!?」
「はい」
オリヴィア先生が学生たちへ向き直る。
「では、少しだけ復習です。あのコアが回収された出来事は覚えていますねぇ?」
「大災厄です」
ミレアが答えた。
「正解ですよぉ」
オリヴィア先生が巨大なコアを示す。
「大災厄をきっかけに、Codeを管理する組織としてAEGISが設立されました。その際に排除されたロスト体のコアが、今も総本部を動かしているんです」
「数百年経っても、まだ動いているんですね」
ルーナが脈打つ赤い光を見つめる。
「この大きさで、今も供給を続けてるのか……」
エリオはコアと管を交互に見ながら、その場を動こうとしない。
「エリオ君。見学はまだ始まったばかりですよぉ」
「あ……はい」
「では、次へ行きましょう」
エリオが慌てて合流し、一行は広間を後にした。
◇
研究棟の廊下。
イネスとラディスは、長椅子に並んで座っていた。
「イネスちゃん、久々やな」
イネスが横目で睨む。
「こわっ。相変わらずやなぁ」
「何がだ」
「そういや聞いたで。リアナちゃんの班、例の猟奇殺人の犯人を突き止めたらしいやん」
「ああ。だが、まだ行方はつかめていない」
「三級員になって早々、大したもんやな」
「あれはリアナ自身の力だ」
「教え子が褒められとるんやから、もう少しくらい喜んだらええのに」
「そういうお前は、査問委員会に呼ばれたそうだな」
「あぁ……ちょっと勝手してもうてな」
「相変わらずだな」
「俺の話はええねん。イネスは西へ出とったんやろ?」
「ロスト体の排除任務だ」
「クレイアンダールから離れた山岳地帯にも、もう一体出たらしいやん。そっちは執行員が排除したんやろ?」
「相変わらず、そういう話には耳が早いな」
「時期も近いやろ。二つの件、何か関係あるんちゃうか?」
「それ以上は秘匿事項だ。私からは話せない」
廊下の奥から、一人の女性が近づいてきた。
小柄な身体を覆う白衣は、袖が手の甲まで余っている。ポケットにはペンや工具、小瓶が無造作に詰め込まれていた。
黒に近い暗紫色の髪は低い位置で雑に結ばれ、長い前髪の下には濃いクマが残っている。
「待たせた」
ネヴィアは二人を自分の研究室へ通した。
机の上には資料や部品が積み上がり、作業に使える場所はわずかしか残っていない。
「相談は二件?」
「ああ」
「せや」
「じゃあ、イネスから」
「人為的にロスト体を作り出すことは可能か?」
「……人為的に?」
ネヴィアが紙を一枚引き寄せる。
「普通のロスト体と違うところは?」
「すまないが、詳細は秘匿規定に触れる」
「なら、今ここで判断するのは無理」
「分かる範囲でいい」
ネヴィアがペン先を紙に当てる。
「人為的に作られたと確認された例はない。少なくとも、私が知る限りは」
「なら、不可能か?」
「そこまでは言えない。まだ見つかっていないだけかもしれない」
「そうか」
「そのロスト体は調べられる?」
「現物の開示は許可されていない」
「じゃあ、報告書は?」
「開示できる範囲で送る」
「分かった。まずはそれを見てみる」
ネヴィアが新しい紙を取り、ラディスへ向き直る。
「ラディス君は?」
「Codeについて聞きたくてな。この前、ダルトンのおっさんが任務でやられた。命に別状はないけど、まだ入院しとる」
「あのダルトンが?」
イネスの声が低くなる。
「相手について分かっていることは?」
「素性は不明や。右腕に刻印があって、発動すると腕全体が緑色に変わったらしい」
「発動後、何が起きた?」
「相手はダルトンのガレリアを掴んだ。触れられた場所から、粒子みたいに崩れ始めたそうや」
「ガレリアまで作用したんだ。面白い」
ネヴィアが新しい紙を引き寄せる。
「そのガレリアには、どんなCodeのコアが使われてた?」
「硬化型や」
「どこまで消えた?」
「先端がいびつに欠けた程度や。完全に消えんかったのが、硬化型のおかげかどうかまでは分からん」
「そのガレリアの報告書も送って」
「分かった。頼むわ」
ネヴィアのペン先が、二枚の紙を行き来する。
コンコン。
「ネヴィア所長。学院の見学班が到着しました」
扉が開き、研究員が顔をのぞかせる。
「……今日?」
「今日です」
「あ」
「忘れとったんか」
ネヴィアは二枚の紙を白衣のポケットへ押し込んだ。
「何か分かったら連絡する」
「ああ」
「頼むで」
◇
オリヴィア先生に続いて、ソラたちは研究棟へ入った。
廊下の両側には、内部の見える研究室が並んでいる。
白衣姿の研究員たちは、端末を操作したり、机に広げた部品を組み立てたりしていた。
廊下の奥から、ネヴィアが歩いてくる。
「皆さん。こちらがAEGIS研究所の所長、ネヴィアさんです」
ネヴィアは袖に隠れた手を軽く上げた。
「ネヴィア。今日は研究棟を案内する。よろしく」
挨拶を終えると、学生たちを奥の部屋へ連れていく。
部屋の中央には、大型のスキャン端末が置かれていた。
「学院にあるものと全然違う……」
エリオが端末へ近づく。
「これが元になった設備。現場で使われてる端末は、これを小型化したもの」
「この端末を小型化したのは、ネヴィア所長なんですよぉ」
オリヴィア先生の説明を聞き、ソラがネヴィアを見る。
「何歳の時に作ったんですか?」
「十二歳」
「学院へ入るより前ではないか」
リーゼが大型端末を見上げる。
「必要だったから作った」
ネヴィアが端末を起動する。
画面にいくつもの波形が表示された。
「保持者をスキャンしただけでは、未知のCodeがどんな力なのかまでは分からない」
ネヴィアが画面を切り替える。
「だから、実際に発動した時の記録が必要になる。現場の端末が捉えた出力波形と、そこで起きた現象をここで照合する」
「解析結果を登録して、次から現場の端末でも判別できるようにするんですね」
「そういうこと」
エリオが画面に並んだ波形を見比べる。
「同じ現象に見えても、出力波形が違えば、別のCodeだと分かるんですか?」
「判断できることもある。でも、波形だけで全部は分からない」
ネヴィアは二つの波形を画面に並べた。
「発動条件まで特定できないものもある。例えばこれは、波形がよく似てるけど別のCode」
「どこで判別するんですか?」
「話すと長い。次」
ネヴィアは画面を消し、部屋を出た。
ソラたちもその後を追う。
廊下の奥にある重い扉の前で、ネヴィアが足を止めた。
扉脇の端末へ身分証をかざす。
認証音が鳴り、ロックが外れた。
「次はガレリア」
重い扉が左右へ開いた。
その先にはいくつもの作業台が並び、透明な保管ケースの中には、形の異なるガレリアが収められていた。
球体や箱型、細長い筒状のもの。どれも武器には見えない。
「これ、全部ガレリアですか?」
ソラが一番近くのケースへ寄る。
「そう。今は起動前の状態。セルを通すと、それぞれの形に展開する」
ネヴィアは作業台の間を進みながら答えた。
レオンが隣のケースへ移る。
「ガレリアって、こんなにあるんだな」
ネヴィアが振り返った。
「ここにあるのは、試作品も含まれてる。それでも、作れる数は限られてる」
「そんなに作るのが難しいのか?」
「材料が少ないうえに、加工には大量のエネルギーを使う。製造できるのも、この総本部だけ」
「何を材料にしてるんですか?」
エリオが尋ねる。
「コアだよ」
「えっ……人の?」
「マジかよ」
レオンの声が漏れた。
「厳密には、レベル3以上に達したコアしか使えない」
「生きている人から取るんですか?」
ルーナが尋ねる。
「生きた人間からは取らない」
「対象になるのは、死亡した犯罪者のうち、レベル3以上のCode保持者。コアは死後二十四時間以内に摘出しないと崩壊する」
「それなら、ロスト体のコアは使えないんですか?」
エリオが続けて尋ねた。
「ロスト化すると、コアは大きく肥大化する。その過程で内部のCode情報が失われるから、ガレリアの材料にはできない」
「広間にあったコアは?」
「あれもCode情報は失われてる。でも、残っているエネルギーの量が桁違い」
「だから、総本部の電源やセルの供給には使えても、ガレリアの材料にはできない」
ネヴィアがケースの中の一本へ目をやる。
「元が人間のコアだからね。それを嫌って、ガレリアの貸与を断る隊員もいる」
説明を聞いていたエリオが、ネヴィアへ顔を向けた。
「ガレリアは、一つのセルから複数の機構へ出力を振り分けているんですよね?」
「そう」
「標準装備も、装備ごとにセルを持たせず、一つにまとめることはできないんですか?」
「統合する方式なら、何度も試されてる」
ネヴィアはすぐに答えた。
「セルか制御部のどちらかが壊れれば、つながっている装備が全部止まる。実戦では使えない」
「なら、予備だけ別にするのはどうですか?」
「予備?」
「普段は一つのセルで動かして、故障した時だけ小型の予備へ切り替えるんです。予備側のセルと制御部を主系統から分けて、退避に必要な機構だけを動かすようにすれば、重さも抑えられると思います」
ネヴィアの視線が、ケースからエリオへ移った。
「君、名前は?」
「エリオです」
「今の案を構想図にして送って。成立するかは、それを見てから考える」
「はい!」
「思いつきで終わらせたら駄目だからね」
「分かりました」
「では、次へ行きますよぉ」
オリヴィア先生に促され、一行は部屋を出た。
◇
その後もいくつかの区画を回り、見学が終わった頃には昼を過ぎていた。
ソラたちは、総本部の正面広場へ戻ってきた。
「はーい。ここからは自由時間ですよぉ」
オリヴィア先生が学生たちを見回す。
「総本部の周辺から離れないこと。一人で行動しないこと。それから、集合時間までに必ずこの広場へ戻ってきてくださいねぇ」
「せっかくですし、みんなで街を見に行きませんか?」
「悪い! 俺は格闘用品の店に行くぜ。行くぞ、レオン!」
ライゼルがレオンの腕を掴む。
「俺もかよ!」
「一人で行動するなって言われただろ!」
「だからって勝手に決めんな!」
言い争いながら、二人は広場を出ていった。
「童はヴェインと、先ほど見つけた武具店へ行ってくるぞ」
リーゼが歩き出す。
ヴェインも、リーゼの鞄を持ったまま後に続いた。
「ヴェイン、返事くらいしたらどうじゃ」
「行くんだろ。早くしろ」
「弟子のくせに偉そうじゃな」
「だから弟子じゃない」
二人もそのまま街へ向かっていく。
「なら、僕たちは四人で行こうか」
エリオがソラたちへ声をかける。
「いいけど、買い物にも付き合ってよね」
「いいよ。みんなで順番に見て回ろう」
「決まりね」
ミレアが先に歩き出し、ルーナがその隣に並んだ。
ソラとエリオも二人の後に続く。
通りの両側には、駅前よりもさらに多くの店が並んでいた。
衣服や食べ物、雑貨を扱う店。
その合間には、劇場や遊技場の看板も見える。
四人は店先をのぞきながら、通りを進んでいく。
「これ、可愛いですね」
ルーナが足を止めた。
店先に、小さな花の置物が並んでいる。
「お嬢ちゃん、光に当ててみな」
店主が一つを手に取り、日の当たる場所へ移した。
閉じていた花びらが、ゆっくりと開いていく。
その内側から、ほのかな花の香りが広がった。
「わぁ……」
「面白いだろ。前にグランディアの発明家が売り込みに来てな」
店主が花を元の場所へ戻す。
「気に入って、思わず仕入れちまったんだ」
ルーナは、開いたままの花を見つめた。
「これ、買います」
「毎度あり」
ルーナは包んでもらった花を受け取った。
「部屋に置いたら、毎日少し楽しくなりそうです」
「ルーナ! ちょっと来て!」
店の中で衣服を見ていたミレアが呼ぶ。
「今行きます!」
ルーナが包みを抱え、小走りで店内へ入っていった。
「まだかかりそうだね」
ソラが店内をのぞく。
ミレアは何着もの服を手に取り、ルーナへ見せていた。
「じゃあ、その間に部品店を見てもいい?」
エリオが近くの店を指す。
「僕も行くよ」
ソラが店内の二人へ声をかける。
「僕たちは部品店に行ってくるから!」
「分かったわ!」
二人は近くの部品店へ向かった。
しばらく店内を見て回ったあと、ソラとエリオは店を出た。エリオの手には、小さな袋が提げられている。
「ずいぶん買ったね」
「欲しかった部品が全部揃ってたんだ」
二人は先ほどの店の向かいにあるベンチへ腰を下ろした。
エリオが袋を膝に置く。
「今日、来てよかった」
「研究棟にいた時も、ずっと楽しそうだったよ」
「うん。知らないものをたくさん見られたから」
エリオの視線が、総本部の塔へ向く。
「端末も、ガレリアも。コアのことは驚いたけど」
「僕も、もっと見ていたかったな」
「コアを材料にすることには、まだ納得できない。知らないまま作る側にもなりたくない。それでも、やっぱり僕は研究員になりたい」
「エリオなら、きっとなれるよ」
エリオは膝の上の袋を抱え直した。
「ありがとう」
「その時は、僕の装備も作ってよ」
「うん。任せて」
「二人とも、終わったわよ!」
ミレアとルーナが店から出てきた。
「お待たせしました」
「二人とも、何をそんなに見てたの?」
「ミレアちゃんが、下着まで一緒に選んでほしいって――」
「こら、ルーナ!」
「でも、よく似合っていましたよ」
「それも言わなくていいの!」
エリオは二人から目をそらし、膝に置いていた袋を抱えて立ち上がった。
「そろそろ集合時間だよ」
ソラも慌ててベンチから立つ。
「そ、そうだね。まだ見たいけど、遅れたらまずいし戻ろう」
四人は、集合場所の正面広場へ向かって歩き出した。
通り沿いに、一台の荷馬車が止まっている。
作業員が荷台から木箱を降ろし、店の中へ運んでいた。
荷台の側面には、商会の名と紋章が刻まれている。
――グランメル商会。
四人は足を止めることなく、その脇を通り過ぎた。




