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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅳ限界を知る

 メリディアから離れた場所に、使われなくなった古い教会があった。


 割れた窓には板が打たれ、礼拝堂の長椅子には毛布や荷物が置かれている。


 庭の木々は、赤茶色に染まり始めていた。


 長椅子に横になっていたノアが目を開ける。


「おう、やっと起きたか」


 ガイルスの声だった。


「……どれくらい寝てた」


「丸一日だ」


「そんなに」


 ノアは身体を起こした。


 頭の奥には、まだ重さが残っている。


「まだ横になってな。命に別状はないけど、すぐには元に戻らないよ」


 シェナに言われ、ノアは右腕を見る。


 緑の刻印は消えていた。


「……なんで倒れた」


「Codeの使いすぎだ」


 エイドが答えた。


「お前のCodeは、自分で止めるまで止まらない。限界も分からず使い続ければ、コアがもたない」


「今までは平気だった」


「今までは、限界まで使ってなかっただけだ」


「言葉だけじゃ分かりにくいな。少し見せるか」


 エイドがガイルスへ手を差し出す。


「腕、貸して」


「なんで俺だよ」


「いいから」


 ガイルスが腕を差し出す。


 エイドの手に白い杭が現れた。


《ケリオス》


 カンッ。


 白い杭がガイルスの腕を貫いた。


「なっ――何しやがる!」


 ガイルスがエイドを睨む。


「いいから、動かしてみ」


 ガイルスが腕を引こうとする。


 だが、びくともしない。


 杭に貫かれているのに、血は出ていなかった。


「……あ?」


 ギギ……。


 白い杭がきしんだ。


「杭を出しただけなら、コアへの負担はほとんどない」


「だったら――!」


 ガイルスがさらに力を込める。


 ギギギ……。


「けど、こうして抵抗されれば、その分だけ負担も大きくなる」


 ノアはきしむ杭と、ガイルスの腕を見比べた。


「じゃあ、力の強い相手ほど、長くは止められないのか」


「そういうこと」


 固定が解け、白い杭が消えた。


「……クトリアスにも条件がある」


 ルシアが口を開いた。


「白瞳で相手を認識しなければ、クトリアスは使えない」


「こいつのCodeには、その条件がねえってことか」


「ああ。ほとんどな」


 エイドが答えた。


「昔のCodeには、そういう力が多かったらしい。使える範囲が広い分、負担は使い手に返ってくる」


「よくそんなもん使ってたな」


「当時は、神から授かった祝福だと信じられてたんだよ」


「使ってぶっ倒れる祝福かよ」


 ガイルスがノアを見る。


「……次は、倒れる前に止める」


「倒れねぇ程度なら、Codeは使った方がいいんだろ?」


「ああ。限界を越えなければ、コアも少しずつ強くなる」


「じゃあ、使って休む。それを繰り返せばいいのか」


「大体はね」


「……筋肉みてぇなもんか」


「その方がお前には分かりやすいな」


「なら分かる。それを続けりゃいいだけだな」


「いや。コアを鍛えるだけじゃ、同調には届かない」


「じゃあ、どうすりゃいい」


「俺の場合はな。死ぬことを受け入れるか、それでも生きるか。そこまで追い込まれた」


 エイドが胸元へ手を当てる。


「それでも生きたいと思った瞬間、胸の奥でコアと心臓の鼓動が重なった。自分とコアの境目が消えたんだ」


「……それで、同調したって分かったのか」


「ああ。コアが成熟していたことも、その瞬間に分かった。理屈じゃない。身体が先に理解した」


「ただ、同じ状況なら誰でも同調するとは言えない。俺はそうだったってだけだ」


 エイドの手に、白い杭が現れる。


「俺のケリオスは、同調する前は、杭が触れたものをその場に固定するだけだった」


「今は?」


「今は、位置か状態のどっちかを固定できる。同時には使えないけどな」


「クトリアスも、同調すれば変わるのか」


「可能性はある。どう変わるかは人によるけどな」


「それに、同調が最後じゃないよ」


 シェナが口を挟んだ。


「同調の先では、コアそのものが変わると言われてる」


「変わると、どうなる」


 ノアが尋ねる。


「そこまでは分かってない。途中でロストした例もある」


「全員がそうなるわけじゃないけどな」


 エイドが付け加えた。


 ノアは自分の右手を見る。


「……使い方、考えないとな」


「その前に、ちゃんと休みな」


「……作戦はどうなった」


「五か所を同時に叩いた。三か所は押さえたけど、残る二か所では連中に逃げられたよ」


「証拠は?」


「押さえた三か所は、どれもグランメル商会とつながってた」


 黙って聞いていたガイルスが口を挟む。


「じゃあ、次は商会を潰すのか?」


「そう簡単にはいかない」


「なんでだよ」


「グランメルは、大陸の物流の二割近くを握ってる。潰せば、荷が届かなくなる街も出る」


「……面倒くせぇな」


 シェナが口を開く。


「だから、ここからは聖庁の仕事だよ」


「カーディナルが動くのか?」


「そのはずだよ」


「俺たちは?」


 ノアの問いに、エイドが答える。


「数日はここで休む。お前の身体が戻ったら、メリディアへ帰る」


「……分かった」



 空中庭園の事件から一か月後。


 ソラが学院の会議室前で待っていると、扉の向こうから声がした。


「ソラ君。入りなさい」


 ソラが扉を開けると、長机の向こうに三人の査問委員が座っていた。


「掛けなさい」


 ソラは椅子へ座る。


「学院からの無断外出。AEGIS標準装備および模擬刃の無断持ち出しと使用」


「一般に公開されていない施設への侵入、およびAEGISの捜査への無断介入。以上の事実に間違いないか」


「間違いありません」


「なぜAEGISへ報告せず、一人で空中庭園へ向かった」


「次の犯行場所だと思いました。報告して指示を待っていたら、間に合わないと」


「報告だけならできたはずだ」


「……できました」


「それでも、一人で向かった」


「はい」


「同じ状況になったら、今度はどうする」


 ソラはすぐに答えられなかった。


「……AEGISへ報告して、指示を待ちます。もう一人では動きません」


「分かった」


 委員が書類を閉じる。


「明日から五日間の謹慎を命じる。謹慎後は、学院指定の奉仕活動に参加すること」


 委員は続けて、提出物を読み上げる。


「反省文と、事件を調べ始めた経緯から空中庭園での行動までをまとめた調査報告書を提出すること。今後は独断で行動しないように」


「……以上ですか」


「そうだ」


「分かりました」


 ソラは会議室を出た。



 その日の放課後。


 査問委員の一人が教員室を訪れていた。


「ソラ君の処分が決まりました。五日間の謹慎です」


 オリヴィアが書類を受け取る。


「五日間で済んだんですねぇ」


「犯人の特定と被害者の救出につながったことが考慮されました」


「そうですかぁ。でも、今回は結果的に間に合っただけですから。報告せずに動く癖は、きちんと直さないといけませんねぇ」


「捜査部からは、ソラ君には捜査員としての適性があるかもしれないと」


「まあ。もう配属のお話ですか?」


「ええ。今後の実習で様子を見ていくそうです」


「少し気が早いですねぇ。まだ一年目ですから、まずは一人で飛び出さないように教えないと」



 ソラが学院の正門を出ると、リアナとネアが待っていた。


「ソラ君!」


「リアナさん」


「久しぶり。今日から学院に戻ったんだね」


「はい。でも、明日から五日間は謹慎です」


「五日間なんだね。今度はちゃんと、大人しくしてるんだよ」


 リアナの視線が、ソラの足へ向く。


「それより、足はもう大丈夫?」


「まだ少し違和感はありますけど、歩く分には大丈夫です」


「よかった」


「ソラ君。メリナさんのことなんだけど」


「見つかったんですか?」


「ううん。まだなの」


「空中庭園から逃げたあと、足取りが途絶えてるっす。今も行方不明扱いっす」


 ネアの言葉に、ソラが目を伏せる。


「……そうですか」


「捜索は続いてるから、何か分かったらソラ君にも伝えるね」


「ありがとうございます」


「謹慎中は、身体を休めてね」


「はい」



 謹慎明けの日。


 学院近くの公園では、石畳に赤茶色の葉が積もっていた。


 ソラはほうきを動かし、落ち葉を一か所へ集めていく。


「ソラさん」


 振り返ると、ルーナがほうきを持って立っていた。


「ルーナ?」


「私も手伝います」


「でも、これは僕の奉仕活動だよ」


「オリヴィア先生には確認しました。ソラさんも作業を続けるなら、手伝っていいそうです」


「そこまで聞いてきたんだ……」


「はい」


 ルーナも隣に並び、落ち葉を集め始めた。


 しばらくして、ソラは落ち葉で膨らんだ袋の口を縛った。


 立ち上がろうとした瞬間、右脚から力が抜ける。


 身体が横へ傾いた。


「っ……」


「ソラさん!」


 ルーナがとっさにソラの腕を取り、倒れかけた身体を支える。


「大丈夫ですか?」


「うん。まだ右脚に力が入りにくいみたい」


「では、袋は二人で持ちましょう」


「そこまでしなくても大丈夫だよ」


「……何してるのよ、二人で」


 ほうきを持ったミレアが立っていた。


 その視線が一瞬だけ、ソラの腕を支えるルーナの手に止まる。


「ミレア?」


「あたしも手伝うわよ」


「どうしたの、急に」


「何よ。あたしが手伝っちゃ駄目なの?」


「そうじゃないけど、助かる」


 ミレアがソラの右脚へ目をやる。


「まだ治ってないの?」


「歩くだけなら平気なんだけど、踏ん張るとまだ少し力が抜ける」


「なら、重い袋はあたしが持つわ。あんたは掃いてなさい」


「でも――」


「いいから」


 ミレアは迷わず袋を持ち上げた。


 その後も三人で作業を続けているうちに、昼を過ぎていた。


「ソラ」


 公園の入口から、エリオが歩いてくる。


「エリオ」


「まだやってたんだね」


「うん。もう少しで終わるよ」


「手伝おうか?」


「大丈夫。ルーナとミレアも来てくれてるから」


「そっか」


「ここへ来る途中、メリナさんの工房の前を通ったんだけど」


 ソラのほうきが止まった。


「……まだ、閉まってたよ」


「展示会のあとから、ずっと見かけないし。どこかへ行ってるのかな」


「……さあ」


「帰ってきたら、また発明を見せてもらいたいんだけどな」


「……うん」


 ソラは再びほうきを動かす。


 エリオはそれ以上聞かなかった。


「そういえば、もうすぐAEGIS総本部の見学だよね」


「来週だったよね」


「研究棟も見られるかな」


「エリオはやっぱりそこなんだ」


「ソラは?」


「僕は捜査本部かな」


「ミレアちゃんは、どのお店から回るか、ずっと悩んでいました」


「ちょっと、ルーナ!」


「私も一緒に悩んでいたんですよ」


「だからって言わなくていいの!」


「二人とも楽しみにしてるんだね」


「ソラは違うの?」


「ううん。僕も楽しみだよ。セントリアに行くの、初めてだから」

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