↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
PR
21/36

Ⅱ山岳都市の異変

 翌朝。


 空が白み始める前に、イネスたちはオクシリアを出発した。


 隊員たちは班ごとに時間をずらし、順次街を離れていく。


 イネスたちの馬車も、その一団に続いた。


 赤いレンガの建物が少なくなり、代わりに畑と牧草地が広がっていく。


 街道は整備され、荷馬車や旅人とも何度かすれ違った。


「まだこの辺は楽なんですよ」


「そうなのか」


「道もあるし、宿もありますからね」


 その日の夕方、一つ目の街へ到着した。


 宿で身体を休め、翌朝には再び出発した。


 二日目も大きな問題はなかった。


 だが、西へ進むほど人の姿は減っていく。


 畑が消え、建物も少なくなる。


 遠くに見えていた山々が、少しずつ大きくなっていった。



 三日目。


 街道の石畳が途切れた。


 ガタンッ!


 馬車が大きく跳ねる。


「……」


 イネスは座席を掴んだ。


「ここから揺れますよ」


「先に言え」


「今言いました」


 道は土へ変わっていた。


 ところどころに大きな石が転がり、馬車の速度も落ちていく。


 昼を過ぎた頃。


 ノルクが手綱を引き、馬車を止めた。


「どうした」


「右後輪です」


 ノルクは馬車を降り、右後輪の脇へしゃがんだ。


 車輪を掴んで揺らす。


「軸がずれてます」


「このまま走ったら、たぶん今日中に壊れますね」


「直せるのか」


「完全には無理です」


 鞄から工具を取り出す。


「応急処置で持たせます」


 ずれた軸を戻す。


 金属板を加工し、固定具へ噛ませる。


 緩んだ箇所を締め直していく。


 しばらくして、ノルクが立ち上がった。


「応急処置は終わりました。これならクレイアンダールまでは持つと思います」


「ただ、あまり飛ばせませんけどね」


「詳しいんだな」


「山じゃ、壊れたからってすぐ新しいものは買えませんから。直せるものは直します」


「同行させた理由が一つ分かったな」


「一つだけですか」


「今のところはな」


 二人は馬車へ戻り、再び出発した。



 四日目。


 二つ目の街へ到着した。


 クレイアンダールまでの道中で、最後の大きな街だ。


 馬を交換し、水と食料を補充する。


「水、多くないか」


「ここから先は買えませんよ」


「水場はありますけど、必ず使えるとは限りません」


「そうか」


「あと、夜は冷えます。昼との気温差が大きいんで」



 五日目。


 二人は街を出た。


 草木はほとんどなく、赤茶けた地面に大小の岩が転がっている。


 乾いた風が砂を巻き上げていた。


 すれ違う馬車も、人の姿もない。


 車輪が岩を踏む。


 ガタンッ!


 身体が座席から浮いた。


「……これは酷いな」


「まだマシですよ」


「これでか」


「雨が降った後はもっと酷いです。道そのものがなくなる場所もありますから」


 やがて日が傾く。


 その日は大きな岩場の陰で馬車を止めた。


 火を起こし、馬へ水を与える。


 簡単な食事を済ませる頃には、辺りは完全に暗くなっていた。


 夜になると、気温が一気に下がる。


「……冷えるな」


「言ったでしょう」


 ノルクは上着を羽織る。


「クレイアンダールはもっと寒いですよ」


 山の輪郭だけが、月明かりに浮かんでいた。



 六日目。


 朝早く、二人は再び馬車を走らせた。


 左右から岩壁が迫る。


 馬車一台が通るだけで精一杯の道だった。


 強い風が砂埃を吹き込んでくる。


 ノルクが布で口元を覆う。


「この坂を越えれば、クレイアンダールです」


 馬車が坂を上る。


 やがて視界が開けた。


 灰色の山々に囲まれた街が見える。


 山肌に沿って建物が連なり、その奥には険しい山脈が続いていた。


「ようやく着いたか」


 イネスは眼下に広がる街を見つめる。


 馬車は山道を下っていく。


 やがて、左右から迫る岩壁の間に大きな門が見えてきた。


 馬車が石壁に築かれた門を抜ける。


 その先には、坂道と石段が続いていた。


 灰色の石造りの建物が、斜面に沿って並んでいる。


 店先には工具や金属製品が並び、石材を積んだ荷車が坂を上っていく。


「……変わった街だな」


「俺にとっては、昔のままですけどねぇ」


「昔からこうなのか」


「平らな土地が少ないですから。山に合わせて建ててるんですよ」



 クレイアンダール支部。


 会議室には、オクシリアから別々に出発した班も揃っていた。


 前方には、先遣隊の生還者三人が座っている。


 イネスとノルクも席についた。


 支部の責任者が三人へ向き直る。


「追加で確認された二体について、改めて証言してもらう」


 一人の男が話し始めた。


「一体は、遠くから見ただけです」


「男だったと思います。身体の一部が岩みたいに変わっていました」


「近くで遭遇した個体については?」


 男は言葉を止めた。


 膝の上で組んだ手に力が入る。


「……女でした。少なくとも、残っていた顔はそう見えました」


「変異していた部位は?」


「銀灰色に見えました。暗くて、それ以上は……」


「襲ってきたのは、その個体か」


「はい。目だけは覚えています」


「目?」


「瞬きもせず、ずっとこちらを見ていました」


「攻撃は?」


「身体から何かが伸びました。何だったのかまでは見えませんでした」


「分かった。位置を確認する」


 支部の責任者が地図を広げる。


「最初のロスト体を排除した場所は?」


「ここです」


 男が山中の一点を指した。


 そこから、新たな二体を確認した地点と中継地点を順に示していく。


 女を最後に確認したのは、中継地点の近く。


 男の個体は、そこから離れた岩場で確認されていた。


「この六日間の捜索結果は?」


 イネスが聞く。


 支部の責任者が、地図上の捜索範囲を示した。


「街道沿いと周辺の山道、近隣の集落まで確認しました」


「目撃情報も、新たな襲撃や行方不明者もありません」


 地図には、まだ広い空白が残っている。


「山の奥までは手が回っていないということか」


「はい」


 支部の責任者が未確認区域を班ごとに割り振る。


「発見しても接触するな。位置を報告し、応援を待て」



 捜索を始めて数時間。


 ノルクの端末が震えた。


「第二班からです」


「何だ」


「……行方不明だった一級員らしき遺体を発見」


「場所は」


「ここから北東。谷の下です」


「向かうぞ」


 二人は捜索を切り上げ、端末に示された位置へ急いだ。



 岩壁をえぐった跡。


 砕けた岩。


 地面には深い亀裂が走っている。


 痕跡は山道を外れ、谷へ向かって続いていた。


「……ここまで戦いながら移動したのか」


「生還者を逃がした後でしょうねぇ」


 斜面を降りる。


 谷底では、第二班の二人が待っていた。


 岩の間に、黒い隊服が見える。


 男が仰向けに倒れていた。


 黒い隊服は裂け、胸や腹、手足には、鋭い何かに貫かれた傷がいくつも残っていた。


 胸元には一級員の階級章。


 先遣隊を率いていた男だった。


 イネスが傍らに膝をつく。


「本人だ」


「……イネスさん」


 男の腰には、AEGIS Bladeの柄が下げられたまま残っていた。


「ガレリアがない」


 四人で谷底の岩の隙間や、砕けた石の下を探す。


 少し離れた場所まで範囲を広げたが、見つからない。


「戦闘中に落とした可能性は?」


「ある。だが、決めつけるな」


「遺体の位置と状況を支部へ送れ」


「分かりました」


 ノルクが端末を操作する。


 戦闘痕は谷底で途切れていた。


 しばらくして到着した収容班へ現場を引き継ぎ、イネスとノルクは谷を離れた。



 午後になっても、新たな目撃情報や痕跡は見つからなかった。


 イネスとノルクは未確認区域を進んでいた。


 山道を外れた先。


 岩肌が窪んだ場所に、半ば崩れた石造りの坑口が残っている。


 入口の前には錆びたレールが土に埋もれ、折れた鉄骨が岩壁にもたれていた。


「こんなの残ってたんですねぇ」


「何だ、ここは」


「古い採掘場跡ですよ。昔、この辺りで採掘が盛んだった頃に使われてたみたいです」


「担当区域だ。中も確認する」


 二人は坑口へ入った。


 奥へ続くレールは土に埋もれ、壁際には古びた採掘道具が残されている。


「……イネスさん」


 壁際の土に、金具の付いた革帯が半分埋もれていた。


 イネスが土から引き抜く。


 周囲の道具とは違い、金具にはほとんど錆がない。


「これ、ここの物じゃないですね」


「ああ」


 奥の床には、乾いた黒い染みが残っていた。


 そこから、何かを引きずった跡が続いている。


「誰かがここを使っていた」


「最近ですねぇ」


「各班へ送れ。この場所を中心に確認する」


「分かりました」


 しばらくして、近くを捜索していた三つの班が合流した。


 坑道の奥で、崩れた石壁の向こうに地下へ続く階段が見つかった。


「行くぞ」


 八人が階段を降りた。



 石段の先は、岩をくり抜いた狭い坑道だった。


 天井を支える鉄骨は錆び、床のレールは途中から瓦礫に埋もれている。


 八人分の足音が、坑道の奥へ響いた。


 ノルクが端末を確認する。


「まだ中継器につながっています」


「切れる前に報告を入れろ」


「分かりました」


 奥へ進む。


 やがて、先頭の隊員が止まった。


 その先だけが明るい。


 イネスが前へ出る。


 そこには、広い地下空間があった。


 天井の一部が崩れ、地上へ穴が開いている。


 そこから陽の光が差し込んでいた。


 その真下に、人影がある。


 長い髪を垂らした女。


 両腕を力なく下げている。


 顔の半分には、まだ人間の皮膚が残っていた。


 身体の半分は、銀灰色の鉱石へ変わっている。


 胸から腹へ走る亀裂。


 その奥で、赤い光が脈打っていた。


 女は微動だにせず、近づく足音にも反応しない。


 イネスの手がガレリアへ伸びる。


「全員、止まれ」


 女の目は開いたまま。


 瞬きもしない。


 六日間、誰にも見つからなかった女が、まるで最初からそこにいたように立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。