Ⅱ新たな出会い
今日はグランディア支部から、第二級員が二人やって来る。
「……しっかりするの、リアナ。今日は大事な日なんだから」
制服に袖を通す。
漆黒の生地に、鮮やかな青いライン。
襟を整え、鏡の前に立つ。
薄茶色の髪を左右へ分け、ツインテールを結び直す。
鏡越しに左右の高さを確かめた。
「……こっちの方がいいかな」
もう一度結び直す。
「よしっ」
◇
部屋を出て、駅へ向かう。
通りには焼きたてのパンの香りが漂っていた。
店先からは、料理の匂いも流れてくる。
お腹が鳴りそうになる。
「……帰りにしよう」
今日は寄り道している場合じゃない。
駅の入口で証明書を提示する。
駅員のおじさんが確認すると、顔を上げた。
「立派になったなぁ、リアナちゃん。三番ホームだよ」
「ありがとうございます!」
リアナは軽く手を振り、三番ホームへ向かった。
初めて入る駅だ。
三番ホームへ着いたが、列車はまだ見えない。
「……まだかな」
やがて遠くから汽笛が響いた。
黒い車体に赤いラインが入った列車が近づいてくる。
車輪を軋ませ、ホームへ止まった。
扉が開く。
最初に降りてきたのは、狐のような目をした男だった。
「おっ、こんな可愛い子が出迎えてくれるなんて嬉しいねぇ」
「黙れ。私の教え子に軽口を叩くな」
隣から伸びた足が、男の脇腹へ入った。
「ぐっ……!」
男が腹を押さえる。
赤いポニーテールの女性が、その横を通り過ぎた。
「リアナ、久しぶりだな」
「はい! イネス教官!」
リアナは背筋を伸ばす。
「今回はお前がホンスーン地区の案内役だ」
「はい!」
「それと、教官ではない」
「え?」
「改めて」
イネスがリアナの前に立つ。
「グランディア支部所属、第二級員イネスだ」
「よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします!」
腹を押さえていた男が手を上げる。
「……あれぇ? イネスちゃん、俺の紹介は?」
イネスの目が男へ向く。
「その呼び方をやめろ」
「はいはい」
男はリアナへ向き直った。
「グランディア支部所属、第二級員のラディスや」
「よろしくな」
「よろしくお願いします!」
◇
駅を出る。
「馬車を用意してあります!」
「ホンスーン支部までは十分ほどです!」
「いや」
駅前では荷馬車が行き交い、石造りの店先では朝の支度が始まっている。
軒先の看板が風に揺れた。
「人の流れも見ておきたい」
「歩こう」
「わかりました、イネス二級員!」
「階級は気にしなくていい」
「えっ?」
「仕事で示してみろ」
「それができれば十分だ」
一瞬、返事が遅れる。
「……はい!」
「イネスさん!」
リアナが先を歩き始める。
ラディスがイネスの横へ寄った。
「悪女やなぁ」
「人の気持ち掴むん、ほんま上手いわ」
「イネスちゃん」
イネスの足が止まる。
「……今、何と呼んだ?」
「じょ、冗談やって!」
ラディスが両手を上げる。
「どうしましたー!?」
少し先でリアナが呼んだ。
「こっちですよー!」
「ほら、呼んでるで」
ラディスが歩き出す。
イネスも続いた。
◇
ホンスーンは、北部の端にある町。
グランディアにいた頃、イネスが知っていたのはそれくらいだった。
通りには石造りの建物が並ぶ。
店先には野菜や果物が積まれていた。
「おはよう!」
「今日は早いな!」
荷物を抱えた男が、向かいの店へ手を上げる。
その横を、籠を抱えた女性が通り過ぎた。
少し先では、子どもが露店に並んだ果物を覗き込んでいる。
「……思っていたより人が多いな」
「はい!」
「田舎ってよく言われますけど、いい町なんですよ!」
「せっかく来たなら、ブドゥも食べてほしいです!」
「ブドゥ?」
ラディスが首を傾げる。
「プチッとした食感のやつやったっけ?」
「知ってるんですか!」
「名前くらいはなぁ」
「でも鮮度が大事なので、外ではあまり食べられないんです!」
リアナが通りの先を指差す。
「あそこにブドゥガーデンっていう人気のお店があるんです!」
「ブドゥを使った料理もたくさんあって――」
「リアナさーーん!」
桃色の髪を揺らしながら、ユリィがこちらへ駆けてくる。
「リアナさん!」
その後ろを、箱を抱えたノアとソラが追ってきた。
「ユリィちゃん」
「リアナさん、こんにちは!」
「こんにちは」
ユリィの目がイネスとラディスへ向く。
「リアナさん、あの人たちも隊員さん?」
「はい」
「でも今はお仕事中なのです」
「何のお仕事?」
「それは秘密です」
「えぇー!」
「ごめんなさい」
「また今度、ゆっくりお話ししましょう」
「絶対ですよ?」
「はい」
ノアが抱える箱の側面には、教会の印が描かれていた。
家々の屋根の向こうには、丘の上の小さな教会が見える。
(――教会か)
「リアナさん、忙しいからまた今度だってぇ」
ユリィが二人のところへ戻っていく。
「仕方ないよ。仕事中なんだから」
「ノアって真面目なことばっかり言うよね」
「お目付け役なんだろ?」
「納品するの忘れてない?」
「あっ!」
ユリィがその場で向きを変える。
「ほら! 早く行くわよ!」
三人はブドゥガーデンへ向かっていった。
「さっき言うてた店、あそこやろ?」
「はい!」
「ほな――」
「行くぞ」
イネスが歩き出す。
「まだ何も言うてへんやん」
「顔に書いてある」
「ひどいなぁ」
リアナも二人を追いかける。
「仕事が終わったらご案内します!」
「ほんま?」
「はい!」
「それなら楽しみにしとくわ」
三人はホンスーン支部へ向かった。




