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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第一章 君の祈りに、祝福がありますように。
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Ⅰ朝鐘は今日も鳴る

 アルカディア大陸――ホンスーン地区。


 街外れの丘の上に、小さな教会がある。


 朝を告げる鐘が響いた。


 ノアはベッドを抜け出し、窓を開ける。


 朝露に濡れた草木の香りを乗せて、冷たい風が部屋へ吹き込んだ。


 教会の鐘も、遠くでさえずる鳥の声も、いつもと変わらない。


(やっぱり、この場所が好きだ)


 背後では、ソラが布団にくるまったまま眠っていた。


「ソラ。そろそろ起きないと、ユリィが来るぞ」


「んー……」


 布団が少し動いただけだった。


 ノアがもう一度声を掛けようとする。


 バンッ!


「あなたたち! いつまで寝てるの! 起きなさーい!」


「ご、ごめんなさい!! マザー!!」


 ソラが飛び起きた。


「だから、あたしのどこがマザーなのよ!」


 ユリィは桃色の髪をかき上げ、胸を張る。


「でも、将来は素敵なシスターになるのは間違いないんだからね!」


「朝から元気だね……」


「ソラ!」


「はい!」


 ユリィが二人を指差した。


「明日は収穫祭よ!」


「今日はやることがいっぱいなんだから、二人とも自分の役割をちゃんと果たすこと!」


「分かってるよ」


「支度したらすぐ下に行く」


「絶対よ!」


 ユリィは扉を閉めて出ていった。


「ねぇノア」


「ん?」


「なんでユリィって、あんなに自信満々なんだろうね」


「さぁ」


「でも、それがユリィなんだよ」


「それで納得していいのかなぁ……」


「ほら、また怒られる前に急ごう」


「うん!」


 扉の向こうから、今度は別の子どもを急かすユリィの声が聞こえてきた。


 二人は身支度を始めた。



 食堂へ降りると、長い机には二人より幼い子どもたちが並んでいた。


「ノア! ソラ! おはよー!」


「おはよう」


 小さな男の子がソラの袖を引っ張る。


「ソラ、寝坊した?」


「……誰から聞いたの?」


 男の子がユリィを指差した。


「ユリィ!」


「早いなぁ……」


 その奥では、マザー・エレナが椅子に腰掛けていた。


「ソラ、ノア」


「こちらへ来なさい」


「「は、はい!」」


 二人は揃って背筋を伸ばす。


「自分たちが、なぜ呼ばれたのか分かりますか?」


「はい」


「鐘が鳴るまでに支度を終えて、自分の役割を果たさなければならないのに、それができませんでした」


 ノアが答える。


 横からユリィが一歩出た。


「マザー」


「ノアはまた窓の外を眺めて黄昏れていましたし、ソラなんてまだ寝ていたんですよ!」


 二人がユリィを見る。


「何よ」


「本当でしょ?」


 エレナが二人へ向き直る。


「あなたたちも、もう十歳です」


「神は誰にでも役割をお与えになります」


「自分の役割を果たすことは、誰かを支えることにも繋がるのです」


「そのことを、どうか忘れないでください」


「「はい、マザー!」」


「では、朝食にしましょう」


 ノアとソラはユリィの隣へ腰を下ろした。


 食堂の扉がギィと開く。


 寝ぐせのついた黒髪をかきながら、エイドが入ってきた。


「申し訳ありません、マザー・エレナ」


「見回りをしていたら少し遅れました」


「構いませんよ、ブラザー・エイド」


「ご苦労様でした」


「ありがとうございます」


 エイドは空いていた席へ腰を下ろした。


「ではユリィ」


「お祈りをお願いします」


「はい」


 ユリィは姿勢を正す。


「今日の恵みに感謝します」


「私たちが今日も、それぞれの役割を果たせますように」


「いただきます」


「「いただきます」」


 温かなスープから湯気が立つ。


 ノアはスープを一口飲んだ。


 野菜の甘みが口に広がる。


 冷えていた身体が、少しずつ温まっていった。


 朝食を終えると、子どもたちは自分の食器を運び始める。


 一人の男の子がエイドの隣へやってきた。


「エイド!」


「僕たちの役割って何?」


「君たちの役割かぁ」


「毎日元気に過ごすことかなぁ」


「あとは、マザー・エレナの言うことをちゃんと聞くこと」


「それだけ?」


「それが一番難しいんだぞー」


「エイドも?」


「俺はちゃんと聞いてる」


「ブラザー・エイド?」


「……だいたい」


「あ、それと」


 エイドは人差し指を立てる。


「ちゃんとブラザー・エイドって呼ぶんだぞ」


「やだ!」


「即答かよ」



「よーし」


「ケガだけはするなよー」


 エイドの声を合図に、収穫祭の準備が始まった。


 ソラはブドゥを一房ずつ取り、傷や色づきを確かめて箱へ並べていく。


「一人五箱かぁ……」


 箱は、まだ半分も埋まっていない。


「終わる気がしないよぉ……」


「手を動かしてれば終わるよ」


「ノアは真面目だなぁ」


「これも役割だから」


「マザーの話、効きすぎじゃない?」


 ノアは何も言わず、次のブドゥへ手を伸ばした。


 しばらくして。


「なぁ、ソラ」


「ん?」


「今日の夜、外で見せたいものがあるんだ」


「少し時間をもらえないかな」


 ソラの手が止まる。


「夜は外出禁止だぞ?」


「見つかったら、またマザーに怒られるよ」


「分かってる」


「じゃあやめようよ」


「それでも……ソラには見てほしいんだ」


 ソラはノアを見る。


「……そんな顔されたら、断れないじゃないか」


「ありがとう」


「怒られる時は一緒だからね」


 少し離れた場所では、幼い子どもたちも収穫を手伝っていた。


「届かないよぉ……」


 一人の男の子が高い位置に実ったブドゥへ手を伸ばしている。


 つま先立ちになっても届かない。


 男の子は棚へ足を掛けた。


「おい、そこ登るなよー」


 離れた場所から、エイドが呼び止めた。


「もうちょっと!」


 さらに身体を持ち上げる。


 足が滑った。


「危ない!」


 ノアが駆け込み、落ちてきた身体を受け止めたまま地面へ倒れ込んだ。


「いてて……」


「ノア!」


 ソラが駆け寄る。


「大丈夫?」


「僕は平気」


「この子は?」


「う、うん……」


 男の子が頷く。


「登っちゃ駄目でしょ!」


 ユリィがやってきた。


「ごめんなさい……」


 男の子がうつむく。


「高い所は僕たちが取るから」


「届かなかったら呼んで」


「……うん」


「今度はちゃんと呼ぶのよ!」


「はーい……」


 男の子は仲間たちのところへ戻っていった。


 エイドがノアの肩を叩く。


「助かった」


「でも次は、自分まで下敷きになるなよ」


「はい」


「よし」


「続きやるぞー」


 日が傾き始める頃には、最後の箱も埋まった。


「終わったぁ……」


 ソラが地面へ座り込む。


「ソラ!」


「ノア!」


「ブドゥガーデンへ納品に行くわよ!」


 ソラが顔を上げた。


「今?」


「今」


「少しくらい休ませてよぉ……」


「休憩は帰ってから!」


「今日中に納品するんだから、ほら持つ!」


「えぇ~……」


「返事より手を動かす!」


 ノアはソラを見る。


(――諦めろ)


「というわけで、ブラザー・エイド」


「街へ行ってきます!」


「おう」


「気を付けてなー」


 三人が箱を持とうとしたところで、エイドがユリィを呼び止める。


「……あ、ユリィ」


「何ですか?」


「お前も一箱くらい持ってやれよ」


「私はこの二人のお目付け役なんです!」


「それ、荷物を持たない理由になるか?」


「なります!」


「ならないと思うけどなぁ」


「ほら二人とも!」


「一人三箱よ!」


「えっ!?」


「ユリィは本当に持たないの?」


「私はお目付け役!」


 ユリィは手ぶらのまま歩き始めた。


 ソラは箱を抱え直す。


「……一番元気なのに」


「聞こえてるわよ!」


「ほら、行こう」


 ノアも箱を持ち上げ、その後を追った。



 街までは、丘を下る一本道が続いている。


 三箱を抱えたソラが、前を歩くユリィを見る。


「そういえばさぁ」


「何?」


「マザーやブラザー・エイドって、どうして街に行かないんだろう?」


「何か嫌なことでもあったのかな?」


 ユリィが振り返る。


「そんなの決まってるじゃない」


「私たちが自分で役割を果たす機会を奪わないためよ」


「本当に?」


「当然でしょ」


 ノアは黙った。


「……そうかもね」


 坂を下り、街へ入る。


 明日の収穫祭に向けて、店先には飾りが並び、通りを荷車が行き交っていた。


 ブドゥガーデンへ向かって歩いていると、ユリィが足を止める。


「あっ!」


「リアナさーーん!」


 ユリィは箱を抱えた二人を置いて駆け出した。


「やっぱり元気じゃん……」


「行こう」


 二人も後を追う。


 通りの先に、AEGISの制服を着たリアナがいた。


「リアナさん!」


「ユリィちゃん」


 リアナの後ろには、二人の隊員が立っている。


 一人は狐のような切れ長の目をした男性。もう一人は、赤い髪をポニーテールにした女性だった。


 ユリィが駆け寄っても、二人は通りと路地への警戒を崩さない。


「リアナさん、あの人たちも隊員さん?」


「はい」


「でも今はお仕事中なのです」


「何のお仕事?」


「それは秘密です」


「えぇー!」


「ごめんなさい」


「また今度、ゆっくりお話ししましょう」


「絶対ですよ?」


「はい」


 ノアは箱を抱え直した。


 二人の隊員とは目を合わせようとしない。


「リアナさん、忙しいからまた今度だってぇ」


 戻ってきたユリィが頬を膨らませる。


「仕方ないよ」


「仕事中なんだから」


「ノアって真面目なことばっかり言うよね」


「お目付け役なんだろ?」


「納品するの忘れてない?」


 ユリィの足が止まる。


「あっ!」


 その場で向きを変えた。


「ほら!」


「早く行くわよ!」


「さすがノア」


「ユリィの扱いが上手だね」


「だって、ずっと一緒に育ってきたからね」


「ユリィが単純なだけじゃない?」


「聞こえてるわよ、ソラ!」


「ほらね」


 三人はブドゥガーデンへ向かった。


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