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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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19/36

Ⅹ残された影

 リアナが入院したと聞き、ソラは病院へ駆け込んだ。


 その後ろを、ミレアとレオンも追いかける。


 廊下の先にはネアが立っていた。


「ネアさん!」


 ソラは駆け寄る。


「どういうことなんですか!」


「リアナさんは……! 今どんな容体なんですか!」


「おい、落ち着け」


 レオンがソラの肩を掴む。


「ソラ。今のはネアさんを責めてるみたいよ」


「……すいませんでした」


「気にしてないっす」


 ネアは首を横に振る。


「私も、まだ詳しいことは分かってないっす」


「昨日は一緒に捜査してたんすけど、私が先に上がったあと、リアナ先輩は当直に『西の川沿い、少し確認してきます』って伝えて支部を出たみたいっす」


「そのあと歓楽街で、リアナ先輩が重傷を負った状態で発見されたっす」


「現場の状況から見て、誰かと戦ったのは間違いないっす」


「例の殺人鬼ですか?」


 レオンが尋ねる。


「……分からないっす」


「リアナ先輩が向かった西の川沿いは、今日事件が起きたブライダルフェアの会場っす」


「じゃあ、リアナさんは……」


「たぶん、次の犯行に気付いてたっす」


「でも、リアナ先輩が発見されたのは歓楽街」


「西の川沿いとは、全然違う場所だったっす」



 病室には、規則正しい電子音だけが響いていた。


 リアナは呼吸器につながれ、眠ったまま横たわっている。


「面会は一分でお願いします」


 看護師が病室を出る。


 ソラはベッドへ近づき、リアナの手を握った。


「……リアナさん」


 返事はない。


「どうして、いつも一人で行っちゃうんですか……」


 後ろでは、ミレアとレオンが黙って立っていた。


 一分はすぐに過ぎた。


 ソラはリアナの手を離す。


「行きましょう」


 病室を出る。


「ネアさん」


「少し、お話があります」


「……?」


 ソラはミレアとレオンを見る。


「二人は、ここで待っていてほしい」


 二人を残し、ネアと病院の屋上へ向かった。


「僕を、この事件の捜査に協力させてください」


「駄目っす!」


「学院生を捜査に関わらせたなんて知られたら、査問委員会ものっす!」


「僕が勝手に動いたことにします」


「それでも駄目っす!」


「ソラくんが退学になるかもしれないんすよ!」


「お願いします」


「そんなこと、リアナ先輩も望んでないっす!」


 ソラは黙った。


「……だからです」


「リアナさんは、誰かを助けるために一人で動いた」


「僕は、それを知りながら何もしないなんてできません」


「このまま待っていて、また誰かが殺されたら……」


 握った拳が震える。


「僕は、その時の自分を一生許せません」


 ネアはしばらくソラを見ていた。


「……傲慢で、真っすぐな子」


「でも、嫌いじゃないわ」


「……え?」


「なんちゃって」


「びっくりしたっすか?」


「……ちょっと」


「でも、駄目なものは駄目っす」


「えっ」


「最後まで聞くっす」


 ネアは人差し指を立てた。


「私が渡すのは、すでに捜査で分かってる情報だけ」


「ソラくんたちは、それを見て考えるだけっす」


「犯人を追わない」


「現場で勝手なことをしない」


「危険な場所には絶対に近づかない」


「それを守れるなら――」


「頭を貸してください」


「はい!」


 ガチャッ――!


 勢いよく屋上の扉が開いた。


「そんなの駄目でしょ!」


 ミレアが飛び出してくる。


「だから聞くなって言っただろ」


 その後ろからレオンも出てきた。


「二人とも……」


「全部聞いたわよ」


 ミレアはソラを睨む。


「一人だけ勝手に首突っ込もうとして」


「危ないことはしないって話だよ」


「信用できないから言ってるの!」


 レオンが前へ出る。


「俺も手伝う」


「お前一人で考え込ませる方が危なそうだしな」


「……それは同意」


 ミレアもうなずいた。


「私もやる」


「三人……」


 ネアが額を押さえる。


「増えたっす……」



 ネアに案内されたのは、街外れの小さなカフェだった。


「ここ、リアナ先輩とよく来るんっす」


 店の奥には、石壁に囲まれた小さなテラス席が一つだけある。


 上は吹き抜けになっており、空が見えた。


「ここなら話は聞かれにくいっす」


 四人が席につく。


 注文したケーキが運ばれてきた。


 ミレアが一口食べる。


「これ、めっちゃ美味しい!」


「そうっすよね!」


 ネアは鞄からマイフォークを取り出し、すぐにケーキへ伸ばす。


「捜査に甘いものは鉄板っす!」


 レオンがコーヒーを口へ運ぶ。


「ネア先輩」


「そろそろ事件の話、いいですか?」


「もちろんっす」


 ネアはケーキをもう一口。


 さらに一口。


「……」


 さらに一口。


「ネア先輩」


「ん?」


「先に食べてください」


「ごめんっす」


 ケーキを食べ終えると、ネアは鞄から数枚の写真を取り出した。


 テーブルへ並べる。


「じゃあ、一から説明するっす」


 これまでに起きた殺人事件。


 発見された場所。


 被害者。


 遺体の状態。


 リアナが調べていた内容。


 ネアは写真を一枚ずつ示し、ソラたちは質問を挟みながら話を聞いた。


 一通り終わったところで、ミレアが手を挙げる。


「質問」


「どうぞっす」


「リアナさんの代わりに、この事件を担当する人はいないの?」


 ネアは少し声を落とした。


「今、ブローカーの一斉摘発が進んでるっす」


「それに関連先の捜索、関係者の確保、別地区の事件まで重なってるっす」


「押さえる予定だった人間が殺されたり、さらわれたりもしてて」


「クラネス先輩なんて、今日見たら死んだ魚みたいな顔してたっす」


「つまり……」


 ソラが口を開く。


「いくつもの事件に人を取られてる」


「この殺人事件に回せる人がいないってことですか?」


「……正直、その通りっす」


「今、本当に人手が足りてないんすよ」


 テーブルには二つの事件現場の写真が並んでいる。


 犯人はまだ捕まっていない。


 リアナが何かにたどり着いたことも分かっている。


 だが、その答えは残されていなかった。


 カフェを出たあとも、ソラの頭から事件は離れない。


「ソラ!」


 バンッ!


 背中を叩かれる。


「は、はいっ!」


 反射的に背筋が伸びた。


「なんだよ今の!」


 レオンが吹き出す。


「返事だけはいいのね」


「……昔、よく叱られてたんだ」


 ユリィに叱られた時も、同じ返事をしていた。



 その夜。


 青黒い刃が目の前にあった。


 暗闇の奥。


 赤いカッパを羽織った人影が現れる。


 ソラは逃げるように走った。


 それでも距離は開かない。


「はぁ……はぁ……」


 振り返る。


 赤いカッパ。


 青黒い刃。


「なんで……」


「どうして人を殺すんだ!」


 返事はない。


 刃が振り上げられる。


「やめ――」


 ドスッ。


 胸を貫かれた。


「うああああああっ!!」


 コンコン。


 ソラは飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


 額に汗がにじんでいる。


「ソラ君、大丈夫?」


 扉の向こうからエリオの声がした。


「あ……」


 呼吸を整える。


「寝ぼけちゃったみたい」


「ソラ君でもそんなことあるんだね」


「エリオのノックで助かったよ」


「ありがとう」


「よく分からないけど……助かったならよかった」


「先に食堂行ってるね」


「うん」


 その日の放課後。


 授業が終わり、帰ろうとしたソラをオリヴィアが呼び止めた。


「ソラ君~、ちょっといいですか?」


「はい」


 教員室。


 オリヴィアは椅子へ座った。


「リアナちゃんのこと、聞きました」


 ソラはうなずく。


「だから、一つだけ約束してくださいねぇ」


「自分一人で犯人を見つけようなんて、絶対に思っちゃ駄目ですからね」


「もしそんなことしたら……」


 笑顔のまま。


「先生、本気で怒りますよぉ」


「学院生にできることなんてありませんよ」


 嘘ではない。


 少なくとも、ネアと約束したのは考えるところまでだ。


「その言葉、忘れちゃ駄目ですよぉ」


「はい」


 教員室を出る。


 壁際ではエリオが待っていた。


「ソラ君」


「何か悪いことしたの……?」


「してないよ」


 二人で寮へ向かう途中、ソラが足を止める。


「エリオ」


「一つ、お願いがあるんだ」


「僕にできることなら」


「市販のセルを、AEGISの標準装備で使えるように改造できる?」


 エリオが目を瞬かせる。


「標準装備用に?」


「うん」


 少し考える。


「前に使った標準装備の構造なら分かるから、たぶんできるよ」


「でも、純正品みたいな性能は出ないと思う」


「本当に?」


「うん」


「変換部分を作れば動くとは思うけど……」


「お願いできる?」


 エリオはソラを見る。


「……危ないことに使わない?」


 ソラは答えに詰まった。


「……全部終わったら話すよ」


 しばらくして、エリオがうなずく。


「分かった」


「ソラ君を信じる」


「ソラでいいよ」


「え?」


「君付けじゃなくて」


 エリオは少し迷ってから口を開く。


「……ソラ」


「うん」


「ソラを信じるよ」



 それから四週間近くが過ぎた。


 授業。


 休み時間。


 自主訓練。


 夜。


 何度考えても、答えは出ない。


 ネアともまともに会えなかった。


 支部は別件の対応で慌ただしく、彼女自身もほとんど外へ出ているらしい。


 その日の夕方。


 三人が支部へ向かうと、出動支度をしたネアが入口にいた。


「ごめんっす」


「今から出ないといけないんで、今日はこれだけっす」


 ネアが小さく折った紙をソラへ渡す。


 新しく分かったことは一つ。


 二件目の被害者である男女には、まったく面識がなかった。


「……進展って言えるのか、これ」


 レオンが紙を覗き込む。


「被害者同士にも共通点なし」


「場所にも法則なし」


 ミレアも腕を組む。


「本当に何を基準に選んでるのか分からないわね」


「ごめんっす」


 ネアが支部の方を見る。


「もう行くっす」


「何か分かったら、また伝えるっすよ」


「ありがとうございます」


 ネアと別れ、三人は街を歩く。


 新設地区へ向かう大通りでは、完成間近の施設を知らせる旗が並んでいた。


 一人の店員がチラシを差し出す。


「明後日オープンです! よろしければどうぞ!」


 ソラが受け取る。


『空中庭園 新設公開』


 巨大な庭園の絵。


 レオンがチラシを覗き込む。


「空中庭園か。行ってみたいよな!」


「私は別に」


 ミレアもチラシを覗き込む。


「……誘われたら、行かないでもないけど」


 一瞬だけ、ソラを見る。


「みんなで行けたらいいね」


 ソラはチラシを折り、鞄へ入れた。


 そのまま三人は、ネアに教えてもらったカフェへ向かった。


 いつものテラス席。


 ソラはコーヒーの横に一枚の紙を広げる。


 ネアに見せてもらった現場写真を、記憶から描いたものだった。


 レオンが覗き込む。


「……お前、絵下手すぎるだろ」


「なんだよ、この棒」


「仕方ないだろ」


「写真を持ち歩くわけにいかないし」


 ミレアが紙を取る。


「貸して」


「私も写真は見たから」


 鉛筆を走らせる。


 血痕や傷は描かない。


 人物の姿勢と、周囲にあった物の配置だけを絵に起こしていく。


 二人の記憶を合わせながら、一枚目を描き直す。


 数分後。


「うま……」


「すげぇ」


「これなら分かるでしょ」


 続けて二枚目。


 二枚の絵をテーブルへ並べる。


 事件現場を描いたはずなのに、そうは見えない。


 まるで、最初から一枚の絵として描かれたようだった。


 ソラは二枚を見比べる。


「……」


「はい」


 ミレアが紙を差し出す。


 ソラが受け取ろうとする。


「その前に」


 ミレアはメニューを開いた。


「ケーキ追加」


「……え?」


「報酬」


 ソラは財布を見る。


 レオンが横から覗く。


「……足りるか?」


 結局、その日は答えが出なかった。


 店を出たところでレオンが言う。


「一回、現場行ってみないか?」


「現場?」


「推理小説とかでもあるだろ」


「実際に行ったら何か分かるやつ」


「AEGISがもう調べてるわよ」


「見るだけだって」


 ミレアが眉を寄せる。


「ネアさん、危険な場所には近づくなって言ってたでしょ」


「もう規制も解除されてる」


「何か触ったりしない。見るだけ」


「……本当に見るだけよ」


「分かってる。見るだけにする」



 歓楽街の路地。


「ここか……」


 店の明かりが届かない細い道。


 高い建物に囲まれ、奥は暗い。


 すでに規制は解除されていた。


 三人で辺りを見る。


 壁。


 路面。


 建物の裏口。


 事件の痕跡は残っていない。


「あるわけないよな……」


 レオンが頭をかく。


「AEGISが全部調べたあとだし」


 雲が流れた。


 月明かりが路地へ差し込む。


 ソラが周囲を見る。


「こうやって見ると、思ってたより暗くない」


 ミレアが時計を見る。


「ちょっと」


「何時?」


 レオンも確認する。


「……やべぇ!」


「門限!」


「走るわよ!」


 三人は一斉に駆け出した。


 川に架かる橋を渡り、そのまま学院の門へ飛び込む。


「はぁ……はぁ……」


 守衛が時計を見る。


「ぎりぎりだな」


「あ、ありがとうございます……」


 三人は息を整えながら寮へ向かう。


 途中、ミレアの左袖が少しめくれた。


 手首のブレスレット。


 刻印が月明かりの中で淡く光っている。


「それ、つけてくれたんだ」


「別にいいでしょ」


 ミレアは手首を月明かりへ向ける。


「夜になると、昼より綺麗なの」


「いいなぁ」


 レオンが覗き込む。


「俺も今度買おうかな」


「絶対嫌」


「なんで!?」


「あんたとお揃いは死んでも嫌」


「かなしい……」


 ソラは演習場を見る。


「僕、もう少し歩いてから戻るよ」


「まだ考えるのか?」


「少しだけ」


「そっか」


 ミレアが手を振る。


「じゃあね」


「おう、お疲れー」


 二人が寮へ向かっていく。


 ソラは一人、演習場の方へ歩いた。


 ベンチへ座り、空を見る。


 月はまだ完全な円ではない。


 バシッ!


 演習場から木刀のぶつかる音が聞こえた。


 バシッ!


 ソラが顔を上げる。


 ヴェインとリーゼが向かい合っている。


 ヴェインが踏み込む。


 鋭い連撃。


 リーゼは木刀を流し、そのまま胴へ一撃。


「ぐっ……!」


 ヴェインが下がる。


「いつも言うとるじゃろ」


「おぬしの剣は焦りが多い」


「攻め気があるのは悪くない」


「じゃが、前しか見えとらん」


「うるさい!」


「もう少しで一本だっただろ!」


「甘いのぉ」


「そう思っとるうちは、童から一本も取れんぞ」


「くそっ!」


 ヴェインは木刀を下ろし、そのまま演習場を出ていった。


 リーゼがソラの方へ歩いてくる。


「覗き見かの?」


「違うよ」


「二人でいるのが珍しくて」


「あやつが剣術を教えろとうるさくての」


「最初は断っとったんじゃが」


「一度相手をしたら、童も少し興が乗った」


「それで」


「おぬしはこんな時間に何をしとる」


「考え事」


「ずっと答えが出なくてさ」


「ふむ」


 リーゼは壁際に置かれた木刀を一本取り、ソラへ放る。


「ほれ」


「えっ」


 ソラは慌てて受け取った。


「一度、童と打ち合え」


「今から?」


「頭を空にせい」


「考えて見えぬなら、一度考えるのをやめればよい」


 ソラは木刀を見る。


 そして構えた。


「……分かった」



「はぁ……はぁ……」


 ソラは演習場に大の字になっていた。


 腕が動かない。


 リーゼは乱れた髪を結び直す。


「完敗だ……」


「考えられん速さで上達しとるの」


「ヴェインより強いかもしれん」


「一本も取れなかったけど?」


「童が強いからじゃ」


「自分で言うんだ」


 ソラは息を整える。


「ありがとう、リーゼ」


「少し楽になったよ」


「ならよい」


 その夜。


 ソラは久しぶりに深く眠った。



 翌朝。


 オリヴィアが教壇に立つ。


「みなさんに、お話がありますよぉ」


「先生も詳しいことまでは知らないんですけどぉ」


「本部の捜査員が、大規模任務へ派遣されることになりましたぁ」


「その補充で、先生たちも治安維持や捜査の応援へ向かいますぅ」


 レオンが机へ突っ伏す。


「マジかよ……」


「その代わり」


 オリヴィアが笑う。


「一週間、自習になりま~す」


 レオンが勢いよく起き上がった。


「これが自由かぁぁぁ!!」


「うるさい!」


 ライゼルが怒鳴った。


「俺は寝る」


「寝るな」


「みなさんそれぞれに課題を用意してありますからねぇ」


「自習する場所は、学院内ならどこでも大丈夫ですよぉ」


「それからぁ」


「ミレアさん」


「はい!」


「代理でクラスをまとめてもらってもいいですかぁ?」


「任せてください!」


 ソラは教材を見る。


 昨日のリーゼの言葉が浮かぶ。


 ――考えて見えぬなら、一度考えるのをやめればよい。


 ソラは教材を閉じ、一人で資料室へ向かった。


 窓際の机に、ミレアが描いた二枚の絵を広げる。


「……」


 何度見ても分からない。


 ふわっ。


 両目を手で覆われた。


「だーれでしょう?」


 聞き覚えのある声。


「ルーナ?」


「はい、正解です」


 手が離れる。


「どうして資料室に?」


「課題が歴史だったので」


 ルーナは抱えていた本を見せる。


「資料を見た方が早いかなと思いまして」


 机の紙に気付く。


「ソラさんは……絵ですか?」


「僕が描いたら酷すぎて」


「ミレアに描き直してもらったんだ」


「あら」


 ルーナが一枚を手に取る。


 もう一枚と見比べ、手が止まった。


「……これ」


「《白月花》ですね」


 ソラが顔を上げる。


「知ってるの?」


 勢いよく立ち上がる。


「ひゃっ……」


 ルーナが一歩下がった。


「ソ、ソラさん」


「近いです……」


「あ、ごめん」


 ソラはすぐに離れる。


「この絵の元になったものがあるなら知りたいんだ」


「どこで見たの?」


「知っていて描いたんじゃないんですか?」


「ううん。元になった絵を探してて」


 ルーナは二枚の絵をもう一度見る。


「少し待っていてください」


 本棚の奥へ向かう。


 しばらくして、一冊の古びた作品集を持って戻ってきた。


「これです」


 表紙を開く。


「知る人ぞ知る画家なんです」


「私、この人の絵が好きで」


 最初の作品。


《白月花》


 月光だけが、孤独な乙女の美を完成させる。


 満月。


 その下に立つ、一人の女性。


 ソラが一枚目の絵を見る。


「……同じだ」


 ルーナが次のページをめくる。


《双誓の輪》


 永遠を誓う二人の愛は、祝福の中で完成する。


 満月の下。


 寄り添う一組の男女。


「二件目……」


 さらにページがめくられる。


《命の揺籃》


 愛は命を育み、命は世界で最も美しい奇跡となる。


 草木に囲まれた庭園。


 腹の大きな女性が、両手を添えている。


 その上にも満月が描かれていた。


 ソラは三枚を見比べる。


「ルーナ」


「ありがとう!」


 思わず手を掴む。


「本当に助かった!」


「ふぇっ……」


「あの……」


 ルーナは掴まれた手を見る。


「手を……」


「あっ!」


 すぐに離す。


「ごめん!」


「このこと、まだ誰にも言わないでもらえる?」


「確かめたいことがあるんだ」


「分かりました」


 作品集を借り、ソラは資料室を飛び出した。


 自室へ戻る。


 机へ作品集と二枚の絵を並べた。


《白月花》。


《双誓の輪》。


 遺体の配置は、作品を模倣している。


 ソラは事件の日付を確認する。


 一件目。


 満月。


 二件目。


 満月。


 月齢表へ指を滑らせる。


 次の満月。


「……今夜」


 作品集へ戻る。


《命の揺籃》。


 腹の大きな女性。


 草木。


 庭園。


 満月。


 ソラの手が止まった。


 昨日渡されたチラシを鞄から引き抜く。


 空中庭園。


 公開日は明日。


「……ここだ」


 二つの事件。


 満月。


 作品を模した遺体。


 そして次の作品に描かれた庭園。


 間違っているかもしれない。


 それでも、条件は重なっている。


 ソラは作品集を閉じた。


「リアナさん」


「今度は、止めます」



 その夜。


 コンコン。


 ソラはエリオの部屋を訪れた。


「……ソラ?」


 扉が開く。


 エリオの目の下には濃い隈ができていた。


「できたよ……」


 四本のセルを差し出す。


 外装には、小さな変換器が取り付けられている。


「市販品を標準装備に合わせただけだから……」


「純正品より、かなり効率悪いと思う」


「ありがとう」


「でも……」


「無茶しちゃ駄目だよ」


「……うん」


 エリオはそのままベッドへ倒れ込んだ。


 数秒で寝息が聞こえてくる。


 ソラは毛布を掛ける。


「ありがとう、エリオ」


 自室へ戻り、隊服へ袖を通してブーツを履く。


 隊服とブーツに改造セルを差し込む。


 隊服に刻まれた青いラインが光る。


 ブーツにも青いラインが走った。


 動く。


 準備を終え、扉を開く。


 レオンが立っていた。


「なぁ」


「水くせぇじゃねぇか」


「レオン……」


「黙って行く気だろ」


 ソラは目を伏せる。


「ごめん」


「でも、みんなを危険な目に遭わせたくない」


「お前だけならいいのかよ」


「……よくない」


「自分でも分かってる」


 レオンは周囲を確認する。


 上着の内側から、模擬刃を取り出した。


「持ってけ」


「これ……」


「模擬刃だけど、ないよりマシだろ」


 ソラが受け取る。


「ちゃんと返しに来いよ」


「うん」


「約束する」


 レオンは道を空けた。


 ソラは窓を開く。


 満月。


 ブーツへ力を込め、壁を蹴った。


 一気に屋根へ飛び乗る。



 新設地区。


 白い大階段。


 その先には、夜空へ浮かんでいるような巨大な庭園があった。


 明日の公開を待つ施設。


 空中庭園。


 ソラは警備の巡回を避けながら園内へ入る。


 色とりどりの草花。


 満月の光。


 中央には白い布で覆われた巨大なモニュメント。


 その前に人影があった。


 赤いカッパ。


 腕には、腹の大きな女性。


「……っ!」


 ソラが走る。


「その人を離せ!」


 模擬刃を展開する。


 赤いフードが振り返った。


「あれぇ~?」


「ソラくんじゃ~ん」


 聞き覚えのある声。


 フードが外れる。


 大きなゴーグル。


「メリナ……さん?」


 ソラの足が止まる。


「あれ?」


「どうしたの、ソラくん」


「こんな時間に」


「メリナさんこそ……」


 ソラは抱えられた女性を見る。


「その人をどうするんですか」


「どうするって?」


 メリナは女性を見る。


「作品にするんだよ」


「今日は絶対、いい作品ができると思うの」


「《命の揺籃》」


「本物で再現するの」


 女性を草の上へ寝かせる。


「やめてください」


「それは作品じゃない」


「人です」


「あぁ……」


 メリナの笑みが消える。


「ソラくんには分かんないんだ」


「あたしの作品、気に入ってくれたから」


「分かってくれると思ったのになぁ」


「じゃあ」


 青黒い刃が伸びた。


「ソラくんも作品にしよっか」


 姿が草木の中へ消える。


 ザッ。


 ソラは模擬刃を構える。


 赤いカッパ。


 青黒い刃。


 夢と同じだった。


 ザッ。


 右から草を踏む音。


 ソラが振り向く。


「残念」


 声は背後から聞こえた。


 青黒い刃が迫る。


 ガキィン!!


 隊服に刻まれた青いラインが光り、刃を受け止めた。


 ソラが押し返し、模擬刃を振る。


 ギィン!


「ソラくん」


「それ、訓練用でしょ」


 メリナの刃が滑る。


 ピシッ。


 模擬刃に亀裂が走った。


 これ以上は受けられない。


 ソラはブーツへ出力を回し、一気に距離を取る。


 メリナが追う。


「逃げるのぉ?」


「違います」


 踏み込む。


 青黒い刃が振り下ろされた。


 ガァン!!


 模擬刃が砕ける。


「はい、おしまーい」


 刃が迫る。


 ソラは両腕を交差させた。


 ガキィィン!!


 隊服に刻まれた青いラインが光り、刃を止める。


 その光が消えた。


 隊服のセルが切れた。


 防御機構が落ちる。


 だが、ブーツにはまだ残っている。


 ソラは右足へ出力を集中させた。


「うああああああっ!!」


 ドンッッ!!


 ソラの身体が一気にメリナへ迫った。


「っ……!」


 メリナの腹部を覆う服に、白い蝋が広がり始める。


 布地が接合され、硬さを増していく。


 だが、まだ固まりきっていない。


 ドォン!!


 接合が終わるより先に、ソラの膝が腹へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


 固まりかけた布地が裂ける。


 メリナの身体が花壇を越え、地面へ転がった。


 同時に。


 メリッ。


 ソラの右膝から嫌な音が響く。


「っ……!」


 その場へ崩れ落ちた。


 右足が動かない。


「はぁ……はぁ……」


 遠くで、メリナも腹を押さえたまま動かない。


 やった……?


「……いったぁぁ……」


 メリナが身体を起こす。


「今のヤバかったぁ……」


 服の腹部は、固まりかけた部分ごと裂けている。


「これが、あたしのCode」


《コルネス》


「物と物をくっつけるだけ」


「生き物には使えないんだよ」


「すっごく地味でしょ」


 メリナが刃を拾う。


「AEGISって、Code使うな使うなって言うじゃん」


「でもさ」


「Codeって個性なんだよ」


「こんなに便利なのに」


「今まで使わなかった自分が馬鹿みたい」


 青黒い刃を引きずりながら歩いてくる。


「だから、これからも作るよ」


「もっといっぱい」


「もっと綺麗なの」


 ソラは動けない。


 女性はまだ生きている。


 また、僕は何もできないのか。


 痛みで右足が動かない。


「ソラくんも」


 メリナが刃を持ち上げる。


「いい作品に――」


 ドンッ!!


 弾丸がメリナの肩を貫いた。


「っ!?」


 ドンッ!


 二発目が足元の地面をえぐる。


「AEGISだぁぁぁ!!」


「動くなっす!!」


 ソラが顔を上げる。


「ネアさん……」


「ソラ!」


 ミレアが駆けてくる。


「その足……!」


「なんで、ここに……」


「なんでじゃないわよ!」


 ミレアが膝をつく。


 ネアは銃をメリナへ向けたまま答える。


「ミレアちゃんが、ソラくんの部屋に残ってた資料を見つけたっす」


「作品集」


「月齢表」


「空中庭園のチラシ」


「それ持って支部まで来たっすよ」


「……見つけてくれたんですね」


「見つけたのはソラくんっす」


 ネアの銃口は動かない。


「ちゃんとたどり着いたっすよ」


 メリナが肩を押さえる。


「うわぁ……」


「これは無理かなぁ」


 庭園の外を見る。


 かなりの高さがある。


「逃がさないっす!」


 メリナが走った。


「待つっす!」


 そのまま柵を越える。


「死ぬっすよ!!」


 ネアが駆け寄る。


 落下するメリナの手からワイヤーが放たれた。


 先端が向かいの建物へ届く。


 白い蝋。


 ワイヤーと壁が接合される。


 ガンッ!!


 張ったワイヤーを支点に、メリナの身体が横へ大きく振られた。


 その勢いで向かいの建物の下層へ飛び移る。


「そんな使い方まで……!」


 メリナはそのまま建物の陰へ消えた。


 ネアが振り返る。


「ミレアちゃん!」


「応援が来るまでソラくんと被害者をお願いするっす!」


「はい!」


 ネアは階段へ向かって走り出した。


 ソラは草の上に横たわる女性を見る。


 胸が上下している。


 生きている。


「……よかった」


 力が抜ける。


 ミレアがソラを支えた。


「馬鹿」


「あんた、本当に馬鹿」


「……ごめん」


「あとで死ぬほど怒るから」


「うん」


 満月の下。


《命の揺籃》は完成しなかった。



 少し離れた路地。


 メリナは壁へ手をつきながら歩いていた。


 肩から血が流れている。


「痛ぁ……」


 腹もまだ痛む。


「ほんと、危なかったなぁ」


「作品、失敗しちゃった」


「しかも正体までバレちゃったし」


 雨が一滴、頬へ落ちる。


「この街はもう無理かなぁ」


 ぽつ。


 ぽつ。


 雨が増えていく。


「別の街で一からやり直すかぁ」


「それとも」


 夜空を見上げる。


「あたしが新しい名作を作っちゃおうかな」


「楽しそう」


「エリオくんには、もう会えないかぁ」


「あの子と話してる時間、結構好きだったんだけどな」


 ゴーグルを目へ掛ける。


「とりあえず、隠れるところ探そ」


 足が止まった。


 路地の奥。


 人影が立っている。


 赤いカッパ。


 手には青黒い刃。


 メリナの笑みが消えた。


「……誰?」


 自分の刃を展開する。


「そこ、どいて」


 返事はない。


 一歩。


 踏み出そうとする。


「……?」


 足が動かない。


 靴が石畳の中へ沈んでいる。


「なに、これ……」


 ドスッ。


 青黒い刃が喉を貫いた。


「……え」


 人影が刃を引き抜く。


 血が雨に流れる。


 赤いフードの奥。


 顔がわずかに見えた。


 メリナの目が見開かれる。


「……あんたが……」


 身体から力が抜ける。


「どうして……」


 返事はない。


 メリナは濡れた石畳へ倒れた。



 数日後。


 ソラは医療センターのベッドにいた。


 医療セルによって骨は接合されたものの、右脚の筋肉と靭帯、神経まで傷めていた。


 隊服の防御機構が切れた状態で、ブーツを最大出力まで使った代償だった。


 一か月は安静。


 その後はAEGISからの事情聴取。


 学院の査問委員会も待っている。


 ネアも減給と始末書。


 それに、しばらく捜査任務から外された。


 本人は、


「青春に負けたっす……」


 と頭を抱えていたらしい。


「足、まだ痛いですか?」


 ルーナが右脚を見る。


「動かさなければ大丈夫」


「ほんとに無茶して」


 ミレアが言う。


「ごめん」


 隣ではエリオがうつむいていた。


「僕の改造がもっとちゃんとしてたら……」


「違うよ」


 ソラがすぐに止める。


「エリオが作ってくれなかったら、あそこまで行けなかった」


「無茶な使い方をしたのは僕だから」


 病室の扉が開いた。


「みなさ~ん」


 オリヴィアが顔を出す。


「そろそろ面会終わりですよぉ」


「それから」


 オリヴィアは一人ずつ見る。


「レオン君」


「模擬刃の無断持ち出し」


「はい……」


「ミレアさん」


「無断外出」


「はい……」


「エリオ君」


「市販セルを標準装備用に無断改造」


「……はい」


 最後にソラ。


「そしてソラ君」


「無断外出」


「AEGIS標準装備および模擬刃の無断持ち出し、使用」


「未公開施設への無断侵入」


「AEGISの捜査への無断介入」


「……はい」


「退院したら、みんなで査問委員会ですからねぇ」


 四人が揃って沈む。


「でも、一つだけ」


 オリヴィアの声からいつもの軽さが消えた。


「誰かを助けようとしたことまで、怒るつもりはありません」


「だけど、それと勝手に危険な場所へ行くことは別です」


「次はちゃんと、大人を頼ってくださいねぇ」


「……はい」


「よろしい」


 オリヴィアが四人を病室から追い出す。


「ほらほら、今日はここまでですよぉ」


 扉が閉まった。


 少しして、もう一度開く。


「リアナさん……」


 まだ病衣姿。


 包帯も残っている。


 リアナはソラの前まで来た。


 パンッ!!


 頬に痛みが走る。


「ソラ君」


 声が震えていた。


「私が、こんなことを望んでると思ってた?」


「怪我までして」


「もし死んでたら……どうするつもりだったの」


「……ごめんなさい」


「ごめんなさいじゃない」


 リアナの目に涙が浮かぶ。


 そのままソラを抱きしめた。


「本当に……」


「無事でよかった」


 ソラは何も言えなかった。


「あの日から」


「何もできない自分が悔しくて……」


「今回も、結局一人じゃ何もできませんでした」


 リアナは身体を離す。


「それでいいの」


「……え?」


「一人でできなくていい」


「犯人にたどり着いたのはソラ君」


「でも、あの人を助けられたのはソラ君一人の力じゃないでしょ?」


 ソラは黙って聞いていた。


「みんながいたから間に合った」


「それでいいじゃない」


「私は」


「今回の犯行を止められたことより」


「ソラ君が生きて帰ってきたことの方が嬉しい」


「だから」


「もう二度と、こんな心配させないで」


 ソラは目元を拭う。


「……はい」



 暗がりの一室。


 一人の少年が机に腰掛けていた。


 足をぶらぶらと揺らしている。


「これ」


 一冊の報告書が差し出された。


「今回の報告書よ」


「ありがとぉ~」


 少年は受け取る。


 ぺらり。


 一枚。


 二枚。


「ふむふむ……」


 さらに一枚。


「……」


 閉じた。


「よく分かんないや」


「それで?」


 向かいの女が口を開く。


「いつ会わせてもらえるの?」


 少年が頬杖をつく。


「僕に難しい話を聞かないでよぉ」


「面倒事なら、私も御免よ」


 少年の動きが止まった。


「あっそ」


 赤い刻印が宙に浮かぶ。


「じゃあ」


 笑顔。


「もう死んどく?」


 沈黙。


 数秒後。


「あはは」


 刻印が消える。


「なんちゃって」


 少年は報告書を机へ置き、一枚の紙を取った。


「一応、聞いとくよ」


「次は別の人から連絡がいくから」


 紙を差し出す。


「あと、これ」


 報告書の上へ紙を置く。


「次の対象リスト」


「結果だけでいいから、またよろしく」


 少年が机から飛び降りる。


 その身体が赤い粒子へ変わった。


 音もなく消える。


 部屋に女だけが残された。


 机の上には、報告書と対象リスト。


 女は二つを手に取る。


「……はぁ」


「ほんと、面倒っすね……」


 扉が閉まった。


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