Ⅸ決行の夜
決行日、深夜。
メリディア富裕街。
石畳の道には等間隔に街灯が並び、通りの脇には整備された公園や穏やかな川が続いている。
歓楽街や下町とは違い、夜は静かだった。
その中をAEGISの治安維持部隊が巡回している。
巡回路の先に、高い塀に囲まれた大きな屋敷があった。
チェルド邸。
少し離れた高台から、ノアたち四人が様子を窺っていた。
屋敷同士の間隔は広い。
木々も綺麗に剪定され、身を隠せる場所はほとんどない。
エイドが一枚の見取り図を地面へ広げた。
「全員、頭に入れといて」
図に描かれているのは敷地内だけ。
正門。
使用人入口。
裏庭。
各所に見張りが配置されている。
「チェルドは週に一度、馬車で女を屋敷へ迎え入れてる」
エイドが正門を指す。
「今回は、その馬車を別部隊が押さえた」
「御者もこっちの人間に替わってる」
隣には、紫色のドレスを着たルシアが立っていた。
「ルシアには、チェルドへ渡される女の役をやってもらう」
「毎週とっかえひっかえ女かよ」
「下衆野郎が」
「……冷静に」
「門番はどうする」
「ルシアに頼む」
「確認に来た奴を《クトリアス》で捉えて、俺たちを見えなくする」
「……分かった」
「中へ入ったら、ルシアに探ってもらうよ」
「護衛は?」
「それも中を見てからだねぇ」
エイドは見取り図を畳んだ。
「チェルドを押さえて、依頼主を聞き出す」
「聞き出したら笛を一回」
「聞こえたら全員撤収」
遠くから馬の蹄の音が響いた。
「来たね」
◇
ガタ……ガタ……。
馬車の車輪が石畳を転がる。
向かいに座るルシアは、普段とはまるで違う姿をしていた。
紫のドレスに、薄く施された化粧。
「……そんなに見ないで」
「違う」
「いつもと違いすぎて驚いただけ」
ガイルスが口を挟む。
「なんだ、見とれてんのか?」
「だから違うって」
「なかなか見られない姿だよ」
エイドまで乗ってくる。
「よく見ときな」
「……やめて」
小窓が開いた。
「もうすぐ到着します。ご準備を」
「さて、やりますか」
それきり誰も口を開かなかった。
馬車の速度が落ちる。
ギィ――。
重い門が開いた。
「おう、お疲れさん」
「荷台、改めるぜ」
「どうぞ」
ルシアが目を閉じた。
荷台の幕、その影に白い瞳が浮かぶ。
幕が開き、人相の悪い男が中を覗き込んだ。
白い瞳が男を捉える。
男の目には、ルシアしか映っていない。
ノアたちのすぐ前まで顔を寄せても、何の反応もなかった。
「毎週毎週、子供かよ」
「可哀想にな」
男は幕を閉じた。
「いつもの奴に渡してくれや」
「承知しました」
馬車が再び動き出した。
◇
屋敷の中庭。
馬車が止まると、大きな両開きの扉から一人の執事が出てきた。
「お待ちしておりました」
御者が先に降り、ルシアへ手を差し出す。
執事が一礼した。
ルシアが馬車を降りる。
荷台の幕の影から白い瞳が滑り出し、執事を捉えた。
続いてノア、エイド、ガイルスが降りる。
執事は三人に気づかない。
「こちらへ」
ルシアを先導し、屋敷へ入る。
扉が閉まった。
ガイルスが執事の懐へ入り、腹へ拳を叩き込む。
ドッ。
「ぐっ……」
崩れた身体をエイドが受け止め、近くの空き部屋へ運び込んだ。
エイドは敷地図を裏返す。
「ルシア」
「見えたものを教えて」
「……うん」
白い瞳が廊下へ出て、梁の影に沿って進んでいく。
「……正面、廊下」
エイドが裏面へ線を引く。
「右に階段」
「左に部屋が三つ」
ルシアの報告に合わせ、屋敷の間取りが書き足されていく。
「……護衛、三人」
階段の近くに二人。
銃を持ち、腰には刃。
もう一人が周囲を警戒している。
エイドが印をつけた。
白い瞳は大階段を上がった。
二階の長い廊下。
その突き当たりに、男女が抱き合う姿を彫った大きな扉がある。
「……気持ち悪い扉」
白い瞳が近づく。
扉の脇には、小さな靴が一足落ちていた。
「……たぶん」
ルシアの声が低くなる。
「そこ」
エイドが扉の位置に丸をつけた。
「執事が戻らなければ騒ぎになる」
「姿を消す方は?」
「……あと一回」
「次で最後」
「十分」
「白瞳は残せる?」
「……うん」
「じゃあ、先に下を片付けよう」
白い瞳が一階へ戻り、梁の影から護衛たちを窺う。
四人もホールが見える位置まで移動した。
白い瞳が梁の影から姿を現す。
「なんだ、あれ」
護衛三人が顔を上げた。
「今」
エイドが飛び出し、最初の男の顎を掌底で跳ね上げる。
ノアは二人目の腕を蹴った。
銃が床を滑る。
「てめ――」
体勢を崩したところへ、ガイルスの拳が腹に入る。
ドッ!!
男が壁へ叩きつけられた。
最後の一人が刃を抜く。
エイドが懐へ入り、手首を捻り上げる。
刃を落とした男の首筋へ一撃を入れた。
男が崩れる。
――ドンッ!!
ガシャァァン!!
屋敷が大きく揺れた。
正面から木の砕ける音が響く。
「……来た」
「なんだ今の」
「間違いなくAEGISだね」
「こんな時に来やがって」
「どうする」
「目的は変わらない」
エイドが二階を指す。
「ガイルス、ノア」
「チェルドを押さえて」
二人がうなずく。
「ルシアは脱出経路を探して」
「……うん」
「それと、姿を消す方」
「俺に使って」
「……大丈夫」
「入口を見てて」
「合図したら解いて」
「……分かった」
ノアとガイルスが二階へ向かう。
ルシアは廊下の奥へ移り、白い瞳を玄関ホールへ残した。
エイドも入口の様子を窺える位置で待つ。
◇
チェルド邸、正面玄関前。
「ラディス一級隊員」
「周囲の包囲、完了しました」
治安維持部隊の隊員が敬礼する。
「ご苦労さん」
ラディスの隣には黒髪の青年、シン。
その後ろには大柄なダルトンと、若い隊員のミロが立っていた。
ダルトンがミロの背中を軽く叩く。
「そんな緊張するな」
「肩の力抜くんだ」
「は、はい!」
「ラディス」
「チェルドの確保を優先する」
ラディスが正面扉の前へ出る。
「ほな」
「おじゃましますか」
ドンッ!!
ガシャァァン!!
扉が吹き飛び、木片が玄関ホールへ散った。
四人が屋敷へ踏み込む。
ホールには三人の護衛が倒れていた。
「……なんやこれ」
シンが一人の首元へ指を当てる。
「生きています」
「先客ですね」
「チェルドを確保する」
「ダルトンのおっさん」
「ミロ連れて頼むわ」
「任された」
「行くぞ、ミロ」
「はい!」
二人が階段へ向かう。
梁の影から、白い瞳が四人を捉えていた。
四人はそれに気づかない。
エイドの姿が、四人の視界から消える。
エイドはホールへ入り、四人を確認した。
指を上げる。
白い瞳が瞬く。
何もいなかったはずの階段前に、黒いローブの男が現れた。
「毎度毎度、よう出てくるなぁ」
「AEGISです」
「身柄を拘束します」
エイドは答えず、階段への道を塞ぐ。
ダルトンが前へ出た。
エイドが踏み込み、腹へ拳を叩き込む。
ドッ!!
ダルトンがわずかに下がる。
エイドが追おうとすると、ラディスが横から斬り込む。
身体を引いてかわす。
反対側からシンの刃が迫る。
エイドが低く潜った隙に、ダルトンとミロが脇を抜けた。
追おうとした足元で銃弾が床を弾く。
ドンッ!!
エイドの足が止まる。
その間に、二人が階段を駆け上がった。
「そっちは行かせへんで」
エイドの右手に白い杭が現れた。
《ケリオス》。
シンが端末を確認する。
「Code」
「推定レベル3です」
「ケリオス?」
「知らんな」
「登録はあります」
「そら全部は覚えられんわ」
ラディスが斬り込む。
エイドがかわすと、シンの突きが続く。
カンッ。
エイドの手から放たれた白い杭が、シンの刃へ突き刺さった。
シンが引くが、びくともしない。
ドンッ!!
エイドの蹴りが腹へ入る。
「ぐっ……!」
衝撃でシンは刃を手放し、床を滑った。
「固定系ですね」
「見りゃ分かるわ!」
ラディスが斬り込む。
エイドは固定を解除し、落ちる刃を掴んだ。
ギィン!!
奪った刃でラディスの一撃を受ける。
ラディスが斬り上げる。
刃を外へ流し、エイドが胸元へ切り返した。
ラディスの隊服に浅い傷が走る。
「あかん」
ラディスが二歩下がる。
「こいつ、強いわ」
自分の刃をシンへ放った。
「シン、これ使えや!」
「了解」
ラディスが腰の黒い球体を掴む。
「ガレリア・起動」
低い駆動音が響いた。
黒い球体に幾筋もの継ぎ目が走り、五枚の黒い花弁が一斉に開く。
ラディスの姿が黒い花に覆われた。
ギギギ……。
花弁が中央へ閉じ始める。
重なりながら捻れ、細く伸びていく。
先端が一点へ集まり、最後の一枚が噛み合った。
漆黒の槍。
ラディスが柄を握る。
細かった目が、わずかに開いた。
「――ほな、本気でいこか」
ドンッ!!
ラディスが槍を突き出す。
エイドが横へ避けると、槍が壁へ突き刺さった。
ラディスはすぐに引き抜く。
その横からシンが斬り込んだ。
ギィン!!
奪った刃で受ける。
シンが退くと同時に、ラディスが槍を横薙ぎに振るう。
エイドは身を沈めてかわす。
身体を起こすより先に、シンが斬り込む。
エイドが刃で弾く。
ラディスの槍が胸元へ伸びる。
エイドが後ろへ下がる。
かわしたはずの槍が、さらに伸びた。
「……!」
身体を反らす。
伸びた槍がローブを裂く。
シンが踏み込む。
ギィン!!
エイドが刃を受ける。
再び槍が胸元へ迫った。
右手に白い杭を出し、振り抜く。
カンッ!!
槍が空中で止まった。
エイドがラディスへ踏み込む。
「なんで左手空けとると思う?」
銃口が向いた。
ドドドドン!!
至近距離から銃弾が連続で放たれる。
エイドは刃で二発を弾く。
火花が散る。
三発目が肩を掠め、四発目が脇腹へ入った。
「ぐっ……!」
エイドは後方へ跳びながら槍の固定を解除する。
右手に新たな杭を出し、脇腹へ突き刺した。
流れていた血が止まる。
肩からは赤い筋が落ち続けていた。
「傷も固定できますか」
「ほんま面倒なCodeやな」
ラディスが自由になった槍を引き戻す。
「次は外さんで」
◇
二階。
ガイルスとノアの足元には、護衛たちが倒れていた。
「Code持ちばっかりじゃねぇか」
「文句言ってる暇あるか」
「チェルドを押さえるぞ」
階段を駆け上がる足音。
「エイドのやつ、しくじってんじゃねぇか!」
「ガイルス」
ノアが前へ出た。
「先に行け」
「チェルドはお前に任せる」
「あ?」
「一緒に戦ってやるぞ」
「依頼主を聞き出すのが先だ」
足音が近づく。
「……あー、ちくしょう!」
ガイルスが廊下の奥へ走る。
「死ぬんじゃねぇぞ!」
ノアはその場に残った。
右手が淡く緑に光る。
AEGIS……。
マザーの仇……。
頭に熱が昇る。
冷静になれ。
今は任務だ。
階段から大柄な男が姿を現した。
その後ろにはミロ。
「一階の奴の仲間だな?」
ミロが端末を操作する。
「Code……み、未登録です!」
「慌てるな」
ダルトンが腰の黒い箱へ両手を掛ける。
「まず能力を見る」
「ガレリア・起動」
ガコン。
左右のレバーを引く。
箱が展開し、黒い装甲が両腕を這い上がっていく。
「ミロ」
「迂闊に近づくな」
「援護しろ」
「は、はい!」
まだ装着は終わっていない。
展開しきる前に潰す。
ノアが床を蹴った。
ドンッ!!
ミロが慌てて銃を構える。
ドン。
ドン。
ドン。
一発は床。
残りは壁へ突き刺さった。
ノアは射線の間を抜け、ダルトンへ迫る。
まだ装甲の届いていない肩口へ右手が触れた。
右手が触れた場所から、隊服が緑の粒子へ変わり始める。
ドゴッ!!
ダルトンが肩からぶつかった。
ノアが押し戻される間に、黒い装甲が両腕を覆い切った。
幾筋もの青いラインが淡く脈打つ。
「行くぞ」
右拳が迫る。
ノアがかわす。
ドゴォン!!
拳が床へめり込み、石材が砕け散った。
間髪入れず、左拳が迫る。
避け切れない。
ノアは右手を合わせる。
バチィッ!!
拳の先端から、わずかに緑の粒子が散った。
黒い装甲は表面を削られただけ。
……硬い。
拳の勢いは止まらない。
ドゴォォン!!
ノアの身体が弾き飛ばされ、背中から床へ叩きつけられた。
数度転がる。
息ができない。
腕をついても身体が持ち上がらなかった。
……次は受けられない。
「右手です!」
ミロが叫ぶ。
「触れたところが粒子になってます!」
「右手だけ警戒しろ」
ダルトンが拳を構え直す。
「今の出力なら装甲は抜けん」
ノアが立ち上がる。
視界が霞む。
頭の奥で声が響いた。
――殺せ。
右手が震える。
――殺せ。
AEGIS。
――仇を……。
バチ……。
バチバチバチッ!!
右腕の袖が端から緑の粒子へ崩れていく。
その下から刻印が現れた。
緑の光が強くなる。
「……殺す」
ダルトンが踏み込む。
右拳。
ノアはその内側へ潜り、脇腹へ右手を押し当てた。
バヂィィィィッ!!
右手が触れた一点から、隊服が緑の粒子へ変わる。
その下まで抉れていく。
「グゥッ!!」
ダルトンが左拳を床へ叩きつけた。
ドォォォォォン!!
床が砕け、破片が飛ぶ。
ノアは低く潜ってその中を抜ける。
ダルトンが脇腹を押さえた。
指の間から血が流れる。
「……見誤った」
片膝をつく。
「出力が上がってる」
ミロが銃を構えた。
その手は震えている。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
ドン!!
ドン!!
ドン!!
「来るなぁぁぁ!!」
弾丸が床と壁へ散る。
「ミロ!」
「落ち着け!」
ノアが壁を蹴った。
低い姿勢のままミロへ飛び込む。
「……!」
右手が胸元へ触れた。
バヂィィィィッ!!
右手が触れた胸元から、隊服が緑の粒子へ崩れ、その下まで抉れていく。
胸元に拳ほどの穴が開く。
声も出せず、膝から崩れ落ちた。
「ミロォォォ!!」
ダルトンが立ち上がる。
漆黒の装甲に走る青いラインが激しく明滅した。
「うぉぉぉぉぉ!!」
右拳を振り抜く。
ノアも踏み込んだ。
ダルトンの拳とノアの右手がぶつかる。
バヂィィィィィィィッ!!
接触した拳の先端から、黒い装甲がゆっくり緑の粒子へ変わっていく。
わずかに欠けたところで――
ドォォォン!!
衝撃が二人を弾いた。
ノアが床を滑る。
右手を床につき、身体を支える。
床は崩れない。
ダルトンは受け身も取れず、壁際まで吹き飛んだ。
「……ここまでか」
ノアは、壁際に倒れたダルトンへ近づく。
右腕には鮮やかな緑の刻印が浮かんでいた。
「殺す……」
右手を振り上げる。
――その手を離しなさい、ノア。
ノアの動きが止まった。
――今のあなたを、ユリィが見たらどう思いますか。
マザー……。
右手が下がる。
倒れたダルトン。
動かなくなったミロ。
ノアは自分の右手を見つめた。
「あはは……」
「とんだ……人殺しじゃないか」
◇
玄関ホール。
ドンッ!!
シンの銃弾がエイドの横を抜ける。
エイドの右手に白い杭が現れた。
斜め上へ投げる。
カンッ。
空中で固定した杭を踏み、さらに上へ跳ぶ。
蹴った瞬間に固定を解除し、右手には次の杭。
ドンッ!!
シンが撃つ。
エイドは二本目を壁際へ投げ、空中で固定する。
足を掛け、横へ跳ぶ。
脇腹には白い杭が刺さったまま。
肩からは血が流れている。
銃口がエイドを追う。
ドンッ!!
エイドが壁を蹴る。
シンがもう一度引き金を引く。
カチッ。
「……セル切れです」
「撃ちすぎや!」
シンは銃を下ろし、借りた刃を構え直す。
「時間稼ぎに徹しています」
「このままでは決め切れません」
「じゃかましい!」
二階から、また大きな衝撃が響いた。
ラディスが天井を見上げる。
「ダルトンのおっさん、派手にやりすぎやろ」
◇
ガイルスは男女の彫刻が施された大扉を見上げた。
「気持ちわりぃ扉だな」
ドォォン!!
蹴り飛ばした扉が寝室へ倒れ込む。
高価な調度品が並ぶ広い部屋。
天蓋付きのベッドから、中年の男が飛び起きた。
「あぁぁっ!?」
「な、なんだ貴様!!」
這うようにベッドの奥へ逃げる。
「護衛!」
「護衛はどうした!!」
返事はない。
「ま、待て!」
「金か!?」
「金ならいくらでも払う!」
ガイルスは答えない。
ベッドの脇に、裸の少女が横たわっていた。
動かない。
細い腕には傷が残り、爪は折れている。
指先には乾いた血。
「……お前がチェルドか」
「そ、そうだ!」
「だから――」
「このクソ野郎がぁぁぁぁぁ!!」
ドゴォッ!!
拳が顔面へめり込む。
「がっ!!」
続けてもう一発。
ドゴッ!!
「やめろ!!」
「頼む!」
「金なら――」
ドゴッ!!
「ぎゃああっ!!」
胸ぐらを掴み、もう一度拳を上げる。
ドォォォン!!
廊下から爆音が響いた。
「……ちっ」
ガイルスは拳を止め、チェルドを無理やり起こす。
「先に聞くことあったな」
「最近、人身売買の依頼を受けてるらしいな」
「依頼主はどこだ」
「い、言えるわけ――」
バキッ!!
小指が折れる。
「あああぁぁぁぁ!!」
「次」
薬指を掴む。
「ま、待て!」
「俺にできねぇと思ってんのか?」
チェルドが青ざめる。
「グ……!」
「グランメル……商会……!」
「ほ、本当だ!」
「嘘じゃない!」
ガイルスは手を離した。
「……グランメル商会」
「覚えたぜ」
チェルドが床へ崩れ、大きく息を吐く。
「た、助かった……」
ガイルスが胸の前で両手を合わせた。
赤いオーラが身体から溢れ、両腕へ集まっていく。
《オラシオ》。
オーラが膨れ、両腕が獣の形へ変わった。
「ま、待――」
「誰が助けるって言った」
獣腕が振り下ろされる。
ドォォン!!
床板が砕け、寝室が大きく揺れた。
チェルドは床に沈み、動かない。
ガイルスは腰の笛を取り出した。
ピーーーッ。
◇
笛の音が玄関ホールへ届いた。
エイドが床へ降りる。
「終わったか」
小さな球を二つ転がした。
「煙幕!」
ボォォン!!
白煙が玄関ホールを埋める。
ラディスが右手を開いた。
漆黒の槍がほどけ、重なっていた五枚の花弁が一斉に開き、高速で回転する。
巻き起こった風が白煙を吹き散らした。
視界が戻る。
エイドの姿はない。
「……逃げよった」
「二階や!」
「急ぐで!」
ラディスとシンが階段を駆け上がる。
二階の廊下は、床も壁も砕けていた。
その奥にミロが倒れている。
「……ミロ」
シンが駆け寄った。
少し離れた壁際にはダルトン。
ラディスが膝をつき、首元へ指を当てる。
「……生きとる」
「シン」
「医療班呼んでくれ」
「了解」
ラディスが立ち上がり、荒れ果てた廊下を見渡す。
「……なんなんや、この状況」
◇
屋敷の裏庭。
四人が再び合流した。
エイドの肩からは血が流れ、脇腹には白い杭が刺さったまま。
ノアは虚ろな目で立っている。
塀の向こうからAEGIS隊員たちの声が近づいていた。
「周囲を包囲しろ!」
「一人も逃がすな!」
「どうすんだよ!」
「この状況は、ちょっとまずいねぇ」
ルシアが草の間に引かれた一本の線に気づいた。
塀の下を抜け、その先へ続いている。
「……師匠」
ルシアがしゃがみ、線を確かめる。
「……みんな」
立ち上がる。
「線に触れて」
ノアが先に線へ触れた。
エイドが足元の線を見る。
「……シェナか」
エイドも線へ触れ、残った煙幕を取り出す。
「こんな落書きでどうすんだよ!」
「……早く」
ガイルスも線へ触れる。
最後にルシア。
全員が触れた。
エイドが煙幕を投げる。
ボォン!!
白煙が裏庭を覆った。
足元の線が光る。
身体が強く前へ引かれ、一本の線に沿って運ばれていく。
塀の下を抜け、建物の間を通り、夜の街が後ろへ流れた。
やがて速度が落ち、足が木の床へ着く。
見知らぬ部屋。
線の先には、四十代ほどの女性が立っていた。
白銀の髪を低い位置で束ねている。
落ち着いた立ち姿は、どこか貴婦人を思わせた。
ルシアが線から離れる。
「……久しぶり、師匠」
「久しぶりだね」
「ルシア」
エイドも線から離れ、女性と顔を合わせる。
「シェナ」
「久しぶりだな」
「おい」
「今のなんだ?」
「私のCode」
シェナが足元の線を示した。
「ここまで道は引いておいたよ」
「AEGISの隊員に紛れてね。少し手間だったけど」
「道?」
ノアが最後に線から離れる。
白い線が消えた。
「詳しい話はあと」
ドサッ。
ノアがその場に崩れ落ちる。
「ノア!」
ガイルスが駆け寄った。
シェナも膝をつき、呼吸と脈を確かめる。
「大丈夫」
「命に別状はないよ」
エイドはノアの右腕を見ていた。
緑の刻印が、まだ残っている。
「……使いすぎだ」




