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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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Ⅶ月下の追跡

 タリッサの館を訪れてから、一か月。


 安息日の朝。


 礼拝堂から祈りの声が響く。


 人の出入りが続く教会の中で、二階の一室だけは静まり返っていた。


 机の上には、各地から集められた報告書が積まれている。


 エイドは最後の一枚を閉じた。


「やっと出揃ったな」


「遅ぇよ! 一か月も待たせやがって!」


「地方の教会も孤児院もあるんだから仕方ないでしょ〜」


「集める方も大変なんだよ」


「ま、こっちはブローカーの存在を早めに掴めたからね」


「多少待つ余裕は……」


「……多分」


 ノアは報告書をめくる。


「……それで」


 エイドが一枚の書類を机へ置いた。


「情報部からの回答だ」


「各地でさらわれた人間。その共通点が判明した」


「全員、登録済みのCode保持者」


「やっぱり……」


「それと、他の地方も同じだ」


「実行犯は違っても、依頼は全部ブローカーを経由してる」


「じゃあ、元締めは同じってことか」


「可能性は高い」


 エイドは別の書類を取り出した。


「それを踏まえて、本部から命令が出た」


「二日後。深夜」


「五か所の拠点を同時に制圧する」


「目的は依頼主へ繋がる情報の確保」


「一人も逃がすな、だってさ」


「……同時」


「一か所でも先に動けば、残りに伝わる」


「そういうこと」


「なら話は早ぇ! 許可も出たんだろ?」


「気が早いな」


「決行は二日後だよ」


「護衛が何人かいるらしい」


「今回はルシアにも動いてもらう」


 ノアがルシアを見る。


「……そういえば」


「ルシアのCode、俺だけ知らないよな」


「俺はこの前見たぞ」


「……俺だけか」


「ルシア」


「仲間外れのノアくんにも見せてあげて」


「……《クトリアス》」


 白い瞳が一つ、宙へ浮かび上がる。


 人の目だけを切り取ったような、不気味な白い瞳。


 部屋の中を漂う。


「……目?」


「あの瞳が捉えてる景色は、ルシアにも見えてる」


「ここまではレベル1」


「本題はこっち」


 ルシアが瞬きをする。


 白い瞳が消えた。


 同時に、ルシアとエイドの姿も消える。


「……は?」


 声も気配もある。


 なのに見えない。


「ははっ! ノアもそんな顔するんだな!」


 ノアは手を伸ばした。


 何もないはずの場所。


 ふにっ。


「……変なところ、触らないで」


 白い瞳が現れる。


 ルシアとエイドの姿も戻った。


「傑作だったぞ」


「消えたんじゃない」


「俺の目には見えなくなっただけ……」


「正解」


「あの瞳に見られた奴は、ルシアが選んだ人間だけ見えなくなる」


「おまけに、あの瞳もそいつには見えない」


「……潜入には、かなり使えるな」


「じゃ、本題」


「今回の標的は富裕街のブローカー。チェルド」


「深夜でもAEGISの巡回がある」


「作戦は当日に説明する」


「よし! 暴れる準備だけしとくか!」


「……お前はそればっかりだな」



 二日後。


 机に突っ伏したネアが、大きくため息をついた。


「リアナ先輩ぇ……もう何にも手掛かりないっすよぉ……」


 リアナは椅子へもたれ、毛先を指へ巻き付ける。


「もう一か月だもんねぇ……」


「もっと短い間隔で繰り返すと思ってたっす!」


「私も」


 机には資料が散らばっていた。


 現場写真。


 証言。


 Code保持者の名簿。


 鉄の棒の調査結果。


 どれも一か月前から大きな進展はない。


 イネスたちは応援任務で不在。


 AEGIS Bladeの管理記録も照会した。


 返ってきた回答は――。


『機密事項につき閲覧不可』


「うーーーーーん……」


「このまま考えてたら煙出そう……」


「リアナ先輩!!」


「ここで唸ってても何も出てこないっす!」


「外行きましょ!」


「気分転換?」


「そうっす!」


「……それも捜査ってことにしよっか」


「それがいいっす!」


 二人は席を立った。


 廊下へ出ると、支部の中はいつもより慌ただしかった。


 捜査員たちが資料を抱えて行き交い、各班が動いている。


「リアナ!」


「クラネスさん。おはようございます」


「おはよう、リアナ」


「俺たちの班もそろそろ大詰めでさ」


「終わったら、今度二人で食事でもどうかな」


「おい!! クラネス!! 早くしろ!!」


 廊下の向こうから怒鳴り声が響く。


「あ、やば」


「リアナ! 考えといて!」


 返事も待たずに駆けていった。


「みんな忙しそうっすね……」


「自分たちだけ足踏みしてる気分になるっす」


「足踏みはしてないよ」


「手掛かりが少ないだけ」



 白い法衣の男の声が広場へ響いていた。


「我々は平等なる平和のために――」


 信徒たちが道行く人へ冊子を配っている。


「ネグラ教会、最近あっちこっちで見かけるっすね」


「布教活動は自由だからね」


 ネアが声を潜める。


「変な噂もあるんすよ」


「噂?」


「ネグラ教会に入ると、Codeが発現してない人でも使えるようになるって」


「十五歳以下で発現した子を奇跡みたいに見せてる、とかじゃない?」


「自分もそう思ったんすけど」


「子どもだけじゃなくて、老若男女問わずって話なんす」


「まぁ、あくまで噂っすけど」


「そんな話まであるんだ……」


「リアナさーん!!」


 人混みをかき分けながらソラが駆けてくる。


「こんにちは、ソラくん!」


「こんにちは、リアナさん!」


「あっ……」


「すみません、僕ソラといいます!」


「学院生っすか?」


 ネアが胸を張る。


「リアナさんの相棒、ネアっす!」


「ネア先輩って呼ぶっすよ!」


「は、はい! ネア先輩!」


「真に受けなくていいからね」


「リアナ先輩!」


「街には慣れた?」


「うん!」


「今日はみんなでセルアート展に行くんだ」


「グランディアって本当に色んな催しがあるね」


「来月には空中庭園も公開されるんだって!」


「ソラ君、はやいよぉ……」


 エリオとミレアが追いついてくる。


 エリオが眼鏡を押し上げた。


「今日はセルアート展があるんです」


「明日は、そのアートを使ったブライダルフェアもあるんですよ!」


 ミレアが息を整える。


「ほんと、二人とも田舎者なんだから」


「私は誘われたから来ただけよ」


「アートなんて興味ないし」


「こちらがネア先輩」


 ソラが二人へ紹介する。


「リアナさんと同じ班でお世話になってる人なんだ」


 ネアが腕を組む。


「将来有望な後輩たち!」


「今のうちに私の名前、覚えとくっすよ!」


「お二人は今日も捜査ですか?」


「まぁ……そんなところかな」


「機密事項だから内緒」


「リアナさんなら、きっと解決できます!」


「ありがとう、ソラくん」


 ゴォーン――。


 時計塔の鐘が鳴る。


「あっ、急がないと!」


「すみません、失礼します!」


 三人はセルアート展へ向かって駆け出していった。


「若いっすねぇ」


「なんか学院時代思い出すっす」


「私たちもまだ十分若いよ」


「……そうだったっす」



「今日も成果なしっす……」


 更衣室の前でネアが大きく伸びをする。


「お先に失礼するっす!」


「うん、お疲れさま」


 一人になった更衣室で、リアナは隊服の上着を脱いだ。


 ブーツを脱ぎ、髪をほどく。


 壁には、明日のブライダルフェアの案内が貼られていた。


 華やかなドレス。


 その周囲を彩るセルアート。


「ソラくん、久しぶりだったなぁ……」


「ブライダルフェアかぁ」


「結婚……今の私にはまだ考えられないなぁ」


「でも、ドレス……いつか着てみたいなぁ」


 案内に目をやる。


『セルアートで会場を華やかに彩ります』


「……彩る?」


 手が止まる。


 頭の中に、あの現場が浮かんだ。


 鉄の棒。


 切断された遺体。


 路地裏。


 遺体は捨てられていたんじゃない。


 わざわざ鉄の棒へ固定されていた。


「……隠してない」


 見せていた。


 明日のブライダルフェア。


 西の川沿いのイベントステージ。


 人が大勢集まる。


「……考えすぎかな」


 もし、犯人が見せることを目的にしているなら。


「確認だけ」


 間違っていたら、それでいい。


 隊服の上着へ袖を通し、ブーツを履く。


 更衣室を出たリアナは、当直の捜査員へ声を掛けた。


「西の川沿い、少し確認してきます」


「一人で?」


「確認するだけです。何かあればすぐ呼びます」


 支部を出る。


 夜の街は、明日のイベント準備に追われる人々で溢れていた。


 行き交う馬車。


 資材を運ぶ作業員。


 リアナはブーツを起動した。


 カチッ。


 リアナは屋根へ飛び乗り、夜の街を駆ける。


 しばらく進んだところで、前方から瓦を蹴る音がした。


 二つの影が屋根を走っていた。


 どちらも深くフードを被った黒いローブ姿。


 リアナは進路を変える。


 腰のホルスターから銃を抜く。


 出力を最大まで引き上げる。


 黒い銃身を赤いラインが走った。


 一人が速度を上げる。


「止まりなさい!」


 残った黒いローブの人差し指が円を描く。


 その軌跡に光が集まり、一つの光輪が生まれた。


「Code……」


 リアナが引き金を引く。


 ドンッ!!


 光輪が弾丸の軌道へ入り込む。


 ガキィン!!


 弾丸が弾かれた。


 光輪は消えない。


 そのまま弧を描き、黒いローブの周囲へ戻る。


「……操ってる」


 リアナはスキャン端末を取り出す。


 Codeの確認。


 同時に応援要請。


 バギィッ!


 頭上から光輪が落ちた。


 端末が砕け、破片が屋根へ散る。


 光輪も屋根へぶつかり、消えた。


「……!」


 フードの奥から女の声がした。


「そちらにも事情があるのだろう」


「すまないが、ここは見逃してはくれないか」


 リアナは銃口を下げない。


「それはできません」


 黒いローブの左右の人差し指が動く。


 二つの光輪が生まれる。


 リアナが先に撃った。


 ガキィン!!


 右の光輪が弾丸を弾く。


 リアナは屋根を蹴る。


 カチッ。


 腰の柄から漆黒の刃が展開する。


 青いラインが夜闇の中で淡く光った。


「はあっ!」


 ガチィィン!!


 左の光輪が刃を受ける。


 小さな光輪。


 それでも、刃を押し返す。


 風を裂く音。


「……!」


 弾丸を防いだ光輪が背後から戻ってくる。


 リアナは身体を沈めた。


 光輪が頭上を抜ける。


 ブーツを起動し、後方へ跳ぶ。


 二つの光輪は黒いローブの周囲を回っている。


 左右の人差し指も、それぞれ円を描き続けていた。


 光輪を操っている間、指は止まらない。


 ――指を止めれば。


 リアナは銃を構える。


 ドンッ!!


 右の光輪が弾丸の軌道へ入る。


 ガキィン!!


 弾丸が弾かれ、そのまま光輪が横へ抜ける。


 同時に踏み込む。


 漆黒の刃を振る。


 左の光輪が受け止めた。


 ガキィン!!


 リアナは刃を横へ振り抜く。


 左の光輪が外へ弾かれる。


 空いた正面へ銃口を向ける。


 ドンッ!!


 黒いローブが屋根を蹴り、後ろへ跳ぶ。


 弾丸がフードの前を抜けた。


「……すまない」


「これ以上、時間はかけられない」


 両手が上がる。


 十本の指が、次々と円を描く。


 一つ。


 二つ。


 光輪が増えていく。


 四つ。


 六つ。


 そして、十個。


 どれもさっきまでより一回り小さい。


「……全部、同時に……?」


 リアナは銃口を空へ向けた。


 ドンッ!!


 ドンッ!!


 ドンッ!!


 銃のセルが切れるまで、空へ撃ち続ける。


 黒いローブの右手が動いた。


 五つの光輪が放たれる。


「速い……!」


 ガキィン!!


 一つ、二つと刃で弾く。


 弾かれた光輪が背後で弧を描く。


 三つ目には間に合わない。


 ガァンッ!!


 光輪が隊服へ直撃する。


 隊服の防御機構が衝撃を受け止める。


 それでも、勢いを殺しきれない。


「ぐっ……!」


 衝撃に身体が浮く。


 そこへ残る二つの光輪が直撃した。


 ガァンッ!!


 ガァンッ!!


 リアナの身体が建物の壁へ叩きつけられ、そのまま落ちる。


 リアナは膝をついた。


 右腕が痺れ、息が上がる。


 それでも刃を握り直す。


 光輪が黒いローブの周囲へ戻っていく。


「無駄な時間を使わされた」


「……念のため、終わらせておくか」


 指先が動く。


「さっきの銃声、この辺だ!」


「急げ!」


 下の通りから声が響く。


 巡回中のAEGIS隊員たちが駆け寄ってくる。


 黒いローブの指が止まる。


 光輪が消えた。


「……任務を優先させてもらう」


 先に逃げたもう一人を追い、屋根を蹴る。


「待っ……!」


 二つの影が屋根の向こうへ消えた。



 身体が動かない。


 目を開けようとしても、力が入らなかった。


 口元に触れる冷たい感触。


 呼吸に合わせて、空気が送り込まれる。


 遠くで機械音が響いている。


「……リアナさん」


 誰かが呼んでいる。


 聞き覚えのある声。


 返事をしようとする。


 けれど、唇は動かなかった。


 意識が沈んでいく。



 早朝。


 西の川沿いのイベントステージ。


 ブライダルフェアの会場には、前日のセルアートがそのまま飾られていた。


 関係者が来るには、まだ少し早い。


 犬を散歩させていた男がステージの前を通りかかる。


「今日はブライダルフェアだったな」


 ステージ中央に人影があった。


「……ん?」


「スタッフか?」


 男が数歩近づく。


 一本の鉄の棒。


 そこへ、男女二人の遺体が絡み合うように固定されていた。


 切断された腕。


 重なる脚。


 互いを支え合うように組まれた胴。


 朝日に照らされた血が、黒く乾き始めている。


 男は尻もちをついた。


「う、うぁ……」


「ぎゃああああああああああああああっ!!」


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