Ⅵ捜査の歩み
コンコン。
「入りたまえ」
「失礼します」
リアナが部屋へ入る。
机の上には報告書が山積みになっていた。
「どうした」
リアナは一礼した。
「例の猟奇殺人事件についてです」
「捜査員の応援をお願いしたくて伺いました」
「その件なら報告書は読んだ」
「応援は出せん」
「……」
「Code犯罪、教団、誘拐……グランディアだけでも事件は山積みだ」
「北区全体で手が足りていない」
「一件の殺人事件に、多くの捜査員は回せん」
「ですが、この事件ではCodeが使われています」
「分かっている」
捜査員長はようやく顔を上げた。
「だが、現時点でCodeは殺害には使われていない」
「使われたのは遺体の固定だ」
「優先順位は変わらん」
「リアナ」
「はい」
「お前は三級捜査員だ」
「この事件は、自分たちで解決してみせろ」
「行き詰まれば、その時は私が判断する」
「だが今は、人員は動かせん」
「……分かりました」
「失礼します」
◇
会議室へ戻る。
「どうだったっすか?」
「応援は出せないって」
「やっぱりっすか……」
「街中でCodeが使われてるのに」
「二人だけなんて無茶っすよ」
「仕方ないよ」
「納得いかないっす」
「じゃあ」
「私たち二人で解決しちゃおっか」
「もちろんっす!」
「昇格!」
「功績章!」
「ガレリアももらうっすよ!」
「そのためにも、一回整理しよ」
リアナは事件資料を机へ広げる。
ネアも事件写真と調書を並べた。
被害者は歓楽街で働く酌婦。
仕事を終えた深夜、路地裏へ追い込まれて胸部を刺され死亡。
その後、遺体は切断。
一本の鉄の棒が地面に刺され、切断された部位が固定されていた。
「固定にCodeが使われてたんだよね」
「はい」
ネアが調書をめくる。
「普通の道具じゃ再現できない固定方法だったみたいっす」
「固定系のCodeだけでも四十種類以上」
「該当する登録者は数千人っす」
「Codeから探すのは難しそうだね」
「そもそも未登録の可能性もあるっす」
「じゃあCodeはいったん置こう」
「目撃証言にあった青黒い刃と赤いカッパ」
「目撃者、酔ってたみたいっすし」
「証言としては弱いっすね」
「猟奇殺人に見せかけた可能性もある」
「まずは被害者の交友関係を洗ってみよっか」
◇
二人は歓楽街へ向かった。
まずは被害者が勤めていた店。
店長や同僚から話を聞き、その足で馴染みの客や友人のもとへ向かう。
「客と揉めた話は聞いたことないね」
「真面目な子だったよ」
「誰とでも分け隔てなく接する子だった」
聞き込みを重ねても、有力な情報は出てこなかった。
日が傾く頃には、二人とも歩き疲れていた。
「被害者は特にトラブルもなし」
ネアが手帳を閉じる。
「めぼしい容疑者も見当たらないっすね」
「この線は弱そうだね」
「私怨でここまでやるもんなんすかね」
「恨みを晴らすだけなら、殺した時点で終わる気がする」
「それなのに、犯人は遺体にまで手を掛けた」
「何か別の目的があるんすかね」
「まだ分からない」
「でも、ただ殺すことが目的だったとは思えないかな」
「そうっすよねぇ……」
ぐぅぅ……。
ネアのお腹が鳴った。
「あ」
ネアが腹を押さえる。
「……」
「リアナ先輩」
「お腹すいたっす」
「しかも今月もう金欠っす」
「じゃあ今日は私が出すよ」
「えっ!」
「ほんとっすか!」
「その代わり、明日も頑張ろうね」
「もちろんっす!」
◇
二人が入ったのは、歓楽街で評判の洋食屋だった。
焼きたての香ばしい匂いが店いっぱいに広がっている。
運ばれてきたのは、焼き色の付いた大きなパイ。
「ここのパイシチュー、今めちゃくちゃ人気なんすよ!」
ネアは懐から小さな革のケースを取り出した。
中にはフォークとナイフが一本ずつ。
「ネアちゃん」
「また持ち歩いてるの?」
「もちろんっす!」
「これじゃないと美味しく食べられないっす!」
慣れた手つきでフォークとナイフを並べる。
リアナはネアのフォークを見る。
「……ねぇ、ネアちゃん」
「はい?」
「現場にあった鉄の棒って」
「もともと路地にあった物だったっけ?」
「リアナ先輩!」
「食事中っす!」
「そんな話しないでくださいよ~!」
「ごめん」
「食べ終わってからにしよっか」
「それがいいっす!」
◇
食事を終え、店を出る。
「ごちそうさまでした!」
「さっきの続きなんだけど」
「鉄の棒っすね」
「うん」
「ネアちゃんがフォークを持ち歩いてるのを見て思ったんだ」
「あの鉄の棒も、犯人が持ち込んだ物だったのかなって」
「……確かに」
ネアは手帳を開く。
「由来までは確認してなかったっす」
「現場にあった物として見てたっす」
「もし持ち込んだ物なら、犯人は事前に準備してきたことになる」
「明日一番で確認してみます!」
「お願い」
◇
二人は支部へ戻った。
「お疲れ様です」
受付へ声を掛け、奥へ向かう。
「おーい、リアナ」
短い緑髪の青年が、片手を上げて歩いてきた。
「クラネスさん」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「例の猟奇殺人、お前たち二人で追ってるんだって?」
「はい」
「大変だな」
「何かあったら言えよ」
「捜査員長には内緒で手伝ってやる」
「ありがとうございます」
「でも大丈夫です」
「クラネスさんも担当事件がありますよね」
「お気持ちだけで十分です」
「そっか」
「無理だけはするなよ」
「はい」
リアナは軽く頭を下げる。
「急いでますので、失礼します」
「ネアちゃん、行こっか」
「はいっ!」
◇
更衣室。
隊服を脱ぎながら、ネアが口を開く。
「クラネスさん」
「相変わらずっすね」
「ん?」
「リアナ先輩に気があるの、丸見えっす」
「またそんなこと言って」
「絶対そうっす」
「だって毎回話しかけてくるじゃないっすか」
「たまたまだよ」
「たまたまじゃないっす」
リアナは脱いだ隊服を畳む。
「ほら、早く帰ろ」
「明日も朝から捜査だよ」
「話そらしたっすね~」
◇
自宅。
頭から温かいシャワーを浴びる。
赤いカッパ。
青黒い刃。
「……見間違いなのかな」
目撃者は酒に酔っていた。
「……AEGIS Blade」
AEGIS Bladeは厳重に管理されている。
それでも、持ち出されていないとは言い切れない。
シャワーを止め、濡れた髪をタオルで包む。
「隊員が関わってないなんて……言い切れないよね」
◇
翌朝。
「リアナ先輩!」
ネアが書類を手に駆け寄ってくる。
「鉄の棒の底に、工場番号がありました!」
「工場番号?」
「はい!」
ネアが書類を差し出す。
「これなら作った場所が分かるかもしれません!」
◇
二人は工場番号を手掛かりに、鉄工場を訪れた。
工場長は写真を確認する。
「間違いない」
「これはうちで加工した物だ」
「販売先は分かりますか?」
工場長は首を振る。
「悪いが、そこまでは分からん」
「この番号は加工した工場を示すだけだ。出荷先までは記録されていない」
「じゃあ、この番号だけじゃ犯人までは追えないってことっすね……」
◇
工場を後にする。
「結局、犯人にはつながらなかったっすね……」
「でも、鉄の棒が作られた場所まではたどれた」
二人は支部へ戻った。
◇
薄暗い部屋。
静かな口笛が響く。
♪──。
布が青黒い刃の上を滑る。
シャッ……。
磨き終えると、柄元のセルへ指を添える。
カチッ。
青い光が刃を走る。
青黒い刃が柄の中へ収まる。
部屋の隅には、何本もの鉄の棒が立て掛けられていた。
その中の一本へ手を伸ばす。
口笛は止まらない。




