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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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Ⅴ情報の価値

 夏の昼。


 教会の裏庭。


 木陰のベンチで、エイドは桶に両足を浸けていた。


「……暑いなぁ」


「なぁ」


「ん?」


「本当にファザーか?」


「失礼だなぁ」


「信徒に見られたらがっかりされるぞ」


「暑い日に足くらい浸けたって神様は怒らないさ」


「じゃあガイルスもやる?」


 ガイルスは腕立て伏せを続けたまま返す。


「やらねーよ」


「ルシアも?」


 ルシアは本のページをめくる。


「……いらない」


「ノアは?」


「仕事をしろ」


「お前たち冷たいなぁ」


「もっと気楽にいこうよ」


「その気楽さが問題なんだ」


「最近厳しいよな」


「……先生みたい」


「エイド」


「ん?」


「最近、オルドとして動く任務が少ない」


「そう見えるだけさ」


 エイドは桶から足を上げ、ベンチの端に置いていた布を取った。


「派手に動けば、AEGISも放っとかない」


「そうなりゃ、お互い面倒になる」


「見つけたらぶっ飛ばせばいいじゃねぇか」


「……脳筋」


「何だと」


 ルシアの指がページの端で止まる。


「……やり返される」


「その通り」


 エイドは足を拭きながら続ける。


「普段は不可侵条約がある」


「でもCodeを使った現場を見ちまえば、お互い知らん顔はできない」


「面倒くせぇな」


「お前が知らないだけだ」


「やっぱお前先生みてぇじゃねぇか」


 バサッ。


 一羽の鳩がエイドの肩へ舞い降りた。


 エイドは鳩の足から紙を外す。


 目を通すと、そのまま丸めて着火機を鳴らした。


 燃えた紙で煙草に火をつける。


「……こりゃ大仕事だ」


「何だよ」


「人身売買組織」


「前に潰したじゃねぇか」


「あれとは話が違う」


 鳩が空へ飛び立つ。


「最近、人さらいが増えてるのはメリディアだけじゃない」


「大陸各地だ」


「摘発されても止まらない」


 ノアが口を挟む。


「隠す気がない」


「たぶんな」


「今回は末端じゃない。頭を潰せって話だ」


「ならさっさと潰しちまおうぜ」


「今まで名前すら出てこなかった相手だよ」


「簡単にたどり着けるなら苦労しないさ」


「さすが先生」


「その呼び方はやめろ」


 エイドが立ち上がる。


「今回は俺たちだけじゃない。他の班も動いてる」


「ガイルス、ルシア」


「教会網を使え」


「信徒から被害者の情報を集めろ」


「さらわれた連中に特徴や共通点がないか、南で回れる街も含めて全部洗え」


「何拠点あると思ってんだ!」


「できないのか?」


「やれるに決まってんだろ!」


「……単純」


「うるせぇ!」


「ノア」


「俺と来い」


「どこへ?」


「昔馴染みのところ」


「うまくいけば、話は早い」



 夜。


 メリディア最大の歓楽街。


 酒場から楽団の音色が響き、華の娘たちが男たちを館へ誘う。


 酒と香水、それに煙草の匂いが夜風に混じっていた。


 屋根の上を、二つの黒いローブが駆けていく。


 瓦から瓦へ飛び移り、歓楽街の中心へ向かう。


 ノアは走りながら、下の通りを眺めていた。


 教会の静けさとは何もかも違う。


「よそ見するなよ」


 前を走るエイドが言った。


「落ちるぞ」


「見ていただけだ」


「歓楽街なんて初めてだろ」


「……」


「図星か」


「任務中だ」


「分かってる」


 歓楽街の中心。


 ひときわ大きな館が見えてくる。


 無数の灯りが館を包み、入口では華の娘たちが客を迎えていた。


 豪華な馬車が止まり、着飾った男たちが次々と中へ入っていく。


「ここだ」


 二人は三階のバルコニーへ降り立った。


 エイドが窓から中を覗く。


 人影はない。


 エイドが窓の鍵を指す。


 ノアは右手へ意識を集めた。


 淡い緑の光が指先を包む。


 バチッ。


 鍵だけが緑の粒子となって消えた。


 エイドが扉を開く。


 赤い絨毯が廊下の奥まで続き、壁には高価そうな絵画や装飾品が並んでいる。


 下の階から演奏が響き、甘い香水の香りが漂ってきた。


 エイドが右を指す。


 ノアはうなずき、反対側へ向かった。


 目指すのは、この館の女主人。


 裏社会の情報屋――タリッサ。


 ノアは廊下の突き当たりの扉を押し開けた。


 吹き抜けのホール。


 中央には四階へ続く大階段が伸びている。


「おい」


 男の声が響く。


「そこの黒ローブ」


 階段の途中。


 黒いスーツ。


 短く刈り上げた黒髪。


 黒いサングラス。


 男はポケットへ手を入れたまま、階段を降りてくる。


「仮装なら帰れ」


 ノアは答えない。


「耳まで隠れて聞こえねぇのか」


 男は足を止める。


《ガルビード》


 カチッ。


 カチッ。


 靴底が床を擦り、火花が散る。


 ドンッ!!


 右足が階段を蹴った瞬間、男の姿が消えた。


「……!」


 男が目の前に現れ、右の回し蹴りを放つ。


 ノアは身を引く。


 蹴りが胸元をかすめる。


 ドゴンッ!!


 見えない衝撃が身体を叩く。


「ッ!」


 ズザザザッ!!


 片手をついて勢いを殺す。


 フードが外れた。


「ガキか」


 男が着地する。


「俺の蹴りを避けるとはな」


「その動き、素人じゃねぇ」


「どこの組織だ」


 ノアは答えない。


 蹴りは当たっていない。


 それでも吹き飛ばされた。


 カチッ。


 カチッ。


 男が歩くたび、靴底から火花が散る。


 また、あの音。


「黙りか」


「楽しめそうだ」


 ドンッ!!


 右足で踏み込み、一気にノアへ迫る。


 右の回し蹴りを、ノアが上体を逸らしてかわす。


 男はそのまま身体を返し、左の前蹴りを放った。


 ドゴォン!!


 胸へ衝撃が走った。


「……ッ!」


 柱へ叩きつけられる。


「避けても意味ねぇ」


「俺の《ガルビード》、効くだろ?」


 カチッ。


 カチッ。


 カチッ。


 靴底が鳴る。


 ノアは呼吸を整えた。


 最初の右。


 加速に使ったぶん、残った衝撃は弱かった。


 左は違う。


 まともに受ければ、身体ごと持っていかれる。


 男が構える。


 カチッ。


「行くぞ」


 ドンッ!!


 右足で床を蹴り、男が飛び込んでくる。


 ノアは右へ駆ける。


「逃がすか!」


 空中で身体を返す。


 右足を振り抜く。


 ドンッ!!


 衝撃が背後の壁を叩いた。


 続けて左足が上がる。


 ノアは後ろへ跳ぶ。


 右手を突き出す。


 淡い緑の光。


 バチィッ!!


 放たれた衝撃が緑の粒子となって砕け散った。


「何だそれ!」


 男が右足を振り上げた瞬間、ノアが左足で踏みつける。


 男の体勢が崩れた。


「もう両足に残ってないだろ」


「……いつから気付いてた」


「二回目だ」


 男が構えを解く。


 ノアは右手を差し出す。


 男はその手を掴んだ。


「参った」


「十分だ」


 階段脇にエイドが立っていた。


「紹介する」


「こいつ、俺の弟子。ノア」


「エイドさんの弟子か」


 男がノアの手を離す。


「最初に言っといてくれよ」


「ちょっと事情があってな」


 女の声が降ってきた。


「その一言で済ませる気?」


 四階の手すりに肘をついた黒いドレスの女。


 蛇のような目がエイドを捉えている。


「立ち話もなんだ」


 エイドが階段へ向かう。


「中で話そう」


「説明は?」


「するよ」



 部屋の中央には大きな机。


 壁一面に本棚と酒棚が並んでいる。


「ここ、私の部屋兼社長室」


 タリッサは椅子へ腰を下ろした。


「ビンド」


「外で待ってな」


「はい」


 扉が閉まる。


「あんた」


「またバルコニーの鍵壊したわね」


「あとで直す」


「毎回そう言う」


「ちゃんと直してるだろ」


「壊さなければもっといい」


「エイド」


 ノアが口を挟む。


「さっきのは何だ」


「お前をタリッサに会わせる前に、一つ見たかった」


「何を」


「タリッサの護衛を相手に、お前がどう動くか」


「俺が殺していたら?」


 タリッサが答える。


「この部屋には入れてない」


 ノアは黙る。


「情報屋は信用で食ってる」


 エイドが続ける。


「こっちが線を越えりゃ、向こうも口を閉ざす」


「……試したのか」


「そういうこと」


「合格だよ」


「ほんと性格悪いわね」


「今さら?」


 タリッサは椅子の背へ身体を預けた。


「それにしても、随分まっすぐな子ね」


「何がだ」


「こんな館に来ても、女の子には興味なし?」


「興味ない」


「そういうとこ、まだ子どもね」


「どうでもいい」


「ここへ何しに来た」


「おっと」


 タリッサは片肘を机へ乗せる。


「弟子の方が話が早いじゃない」


 エイドは机の端へ腰掛けた。


「人身売買組織の情報が欲しい」


「オルドが本格的に動くってわけね」


「どこの組織?」


「名前も分からない」


「知りたいのは、誰が動かしてるか」


「何のために人を集めてるか」


 タリッサの指先が机を叩く。


「そこまで行くと高いよ」


「払えることなら払う」


「そういう意味じゃない」


「ノアちゃん」


「情報屋がどうして消されないか分かる?」


「……」


「知っていても、話さない情報があるから」


「守る線を越えない」


「だから裏でも表でも生きていける」


「……あんた、わざと私に言わせたわね」


「本人から聞いた方が分かりやすいだろ」


「覚えとけ」


「情報の価値は、命より重い」


 ノアは何も返さなかった。


「依頼主までは追わない」


「大元につながる道が欲しい」


 タリッサは身体を起こす。


「それなら話は別」


「ただし、お金はいらない」


「別口の依頼を受けてるの」


「それを終わらせてほしい」


「やる」


「まだ何も聞いてないのに?」


「お前が俺に頼むなら理由がある」


「信用してる」


「相変わらずね」


 タリッサは引き出しから一枚の写真を取り出し、机の上へ滑らせた。


 派手な服を着た中年の男。


 ノアは写真を手に取る。


「チェルド」


「ブローカーよ」


「依頼人と実行役をつなぐ仲介屋」


「最近、メリディアで人さらいの依頼を大量に流してる」


「人を金としか見てない」


「……そのくせ、少女にはやたら目がない」


「居場所は?」


「富裕街」


「趣味の悪い豪邸を構えてる」


「隠れる気もない」


 エイドは写真を受け取り、懐へしまった。


「助かった」


「まだある」


「これはサービス」


「AEGISも動いてる」


 エイドの手が止まる。


「確かな情報か?」


「私が嘘を売ったことある?」


「……ないな」


「向こうもチェルドを追ってる」


「なら急いだ方がいいわよ」


「そう簡単には捕まらないだろうけどね」


「忠告感謝する」


「お前の依頼は?」


「ビンドから渡させる」


 エイドが立ち上がる。


「行くぞ」


 部屋を出ると、ビンドが壁にもたれて待っていた。


「終わりましたか」


「裏口まで案内します」


 廊下を歩きながら、ビンドがノアへ声を掛ける。


「坊主」


「強いな」


「まだ何か隠してるだろ」


「教える義理はない」


「ははっ」


「そういうところも嫌いじゃねぇ」


 裏口の扉が開く。


 エイドは軽く手を上げた。


「また来る」


「今度は鍵壊さないでよ」


「善処する」


「直すとは言わないのね」


 二人は塀へ飛び乗る。


 夜の歓楽街へ駆け出した。


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