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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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Ⅳ束の間の日常

 学院へ入学して、四か月。


 学院の訓練場に、木刀のぶつかる音が響く。


 カンッ。


 私は踏み込む。


 斜めに振り下ろした木刀を、ソラが受け止めた。


 そのまま横へ振る。


 続けて突く。


 だが、どちらも防がれる。


 返ってきた木刀を受け止める。


 カンッ。


 カンッ。


 何度も木刀がぶつかり合う。


 ……三か月。


 握り方も。


 構えも。


 足運びも。


 全部、一緒に積み重ねてきた。


 それなのに。


 もう通じない。


 どこを狙っても読まれる。


 攻めても崩れない。


 だったら――。


 私は後ろへ下がる。


 ソラが追ってきた。


 速い。


 カンッ!


 手首に衝撃が走る。


 木刀が右手から離れ、宙を舞った。


 乾いた音を立てて地面へ転がる。


「……負け。」


 ソラが木刀を拾い、私へ差し出す。


「ありがとうございました。」


 私は木刀を受け取った。


 悔しい。


 でも、完敗だった。


 木刀を肩へ担ぐ。


「今日で朝練は終わり。」


「え?」


「もう私が教えることはないわ。」


 剣先でソラを指す。


「ここから先は教官や上級生と打ち合いなさい。」


「その方が、もっと強くなれる。」


「もちろん、私も負けるつもりはないけど。」


「うん。」


 ソラはうなずく。


「その代わり。」


「三か月付き合ってあげたんだから、お礼くらいしてもらうわよ。」


「お礼か……。」


「あ。」


「明日から外出許可が出るんだ。」


「街へ行かない?」


 ……私と?


「みんなも誘おう。」


 ……そうよね。


 何を期待してるのよ。


「いいわ。」


「その代わり、お昼は奢りだから。」


「それくらい当然でしょ。」


「分かった。」


「楽しみにしてる。」


「ほら、みんなを誘いに行くわよ。」


「うん。」


 三か月続いた朝練は、この日で終わった。



 翌日。


 外出許可が出て、初めての休日。


 ソラは制服を脱ぎ、私服へ袖を通した。


 鏡の前で襟元を整える。


「制服じゃないと、なんか落ち着かないな。」


 待ち合わせ場所には、みんなが集まっていた。


「お、来た来た。」


 レオンが片手を上げる。


「危なかったね。もう少しで遅刻するところだったよ。」


 ルーナが手を振る。


「ぼ、僕も今来たところだから……。」


 エリオは肩から下げた鞄を抱え直した。


 ソラが近づくと、ミレアがちらりと見る。


「……。」


「その服。」


「……悪くないわ。」


「ありがとう。」


「ほら、行くわよ。」


 ミレアを先頭に五人は学院を後にした。


 正門では守衛が一人ずつ外出証を確認している。


「外出証。」


 順番に提示すると、守衛はうなずいた。


「門限は日没まで。それを過ぎた場合は担任へ連絡が入る。」


「危険区域への立ち入りは禁止。何かあれば必ず学院へ報告するように。」


「はい。」


 重い門が開く。


 その先には、街へ続く大橋が伸びていた。


「やっと休みだー!」


 レオンが大きく背伸びをする。


 橋を渡るにつれ、人通りが増えていく。


 露店の呼び声。


 荷車を引く商人。


 買い物帰りの親子。


 広場では、白い法衣をまとった集団が人だかりを作っていた。


「正規教会は救済を独占しています!」


「神の力は、すべての人に平等です!」


「ネグラ教よ。」


 ミレアが前を向いたまま言う。


「最近、この街で信者を増やしてる新興宗教。」


「結構人気なんだね。」


 ソラが呟く。


 ルーナが言う。


「入るのは自由だけど……一度入ると辞めるのが大変って噂は聞いたことがある。」


「ただの噂よ。」


 ミレアは短く言い切る。


「行くわよ。」


 昼になると、約束していた店へ入った。


「ここのパスタ、美味しいの。」


 それぞれ好きな料理を注文する。


 料理が運ばれてきた。


「いただきます!」


「やっぱ街の飯は違うな。」


「学院の食堂も美味しいけどね。」


「休日くらいは、こういうのも悪くないわ。」


 気づくと、ルーナの前には空になった皿が積み重なっていた。


「……まだ食うのかよ。」


「ごちそうさまでした!」


 食事を終え、ソラは伝票を手に取る。


「今日は僕が払うよ。」


「え?」


「ミレアが三か月、朝練に付き合ってくれたお礼だから。」


「……そうだったわね。」


「じゃあ、行ってくる。」


「ごめんね。」


「気にしないで。」


「今日は僕が誘ったんだから。」


 店を出る。



「あれ……。」


 通りの向こうで、市民と言葉を交わしている女性がいた。


 栗色のツインテール。


 見間違えるはずがない。


「リアナさん!」


「ソラ君!」


 リアナが振り返る。


「久しぶり。」


「元気だった?」


「うん!」


「リアナさんも元気そうでよかった。」


「ええ。」


 ソラは後ろの四人を紹介する。


「学院で一緒のみんな。」


 四人が軽く頭を下げる。


「初めまして。」


「リアナです。」


「今はグランディアで捜査員をしています。」


「捜査員!?」


「すげぇ!」


「まだまだ勉強中だけどね。」


「ソラ君が学院へ入ったって聞いた時は驚いたわ。」


「まさか、本当に学院生になるなんてね。」


「なんとか入れたからね。」


「今日は何してるの?」


「初めての休日だから、みんなで街を回ってる。」


「そうなんだ。」


「最近は物騒な事件も多いから、気を付けてね。」


「うん。」


「学院生になっても、無茶だけはしないこと。」


「約束。」


「約束する。」


「それじゃあ、またね。」


 リアナは市民のもとへ戻っていった。


「めっちゃかわいい人じゃん。」


「優しい人なんだ。」


「昔から知り合いだったんですか?」


 エリオが尋ねる。


「うん。」


「小さい頃から、よく面倒を見てもらってたんだ。」


 ミレアだけが少し前を歩いていた。


「早く行くわよ。」


「あ、うん。」


 ルーナがミレアを見る。


「何?」


「ううん、なんでもない。」



 公園へ着く。


 セルで動く噴水が、一定の間隔で水柱を吹き上げる。


 水しぶきに、子どもたちが手を伸ばしていた。


「生き返るー!」


 レオンは近くのベンチへ腰を下ろす。


 それぞれアイスを受け取る。


 ソラはアイスを眺めた。


「これがアイスか。」


 ひと口かじる。


「……冷たくて美味しい。」


「アイスも知らないなんて、田舎者ね。」


「ソラ君はホンスーン出身でしたよね?」


 ルーナが尋ねる。


「そうだよ。」


「小さな街だったし、自由に街へ行くこともあまりなかったんだ。」


 ミレアは何も言わず、アイスを一口かじった。


「じゃあ、次どこ行く?」


「あ、あの……。」


 エリオが手を挙げる。


「僕……行ってみたい店があるんだ。」



「こっちです。」


 エリオの後を追い、大通りを外れた。


 石畳の細い路地。


 人通りも少ない。


「本当にこんな所にあるの?」


「う、うん。」


 エリオは迷うことなく路地の奥へ進み、一軒の古びた店の前で止まった。


『メリナ発明工房』


 木の看板が風に揺れている。


 エリオが扉を押し開ける。


 チリン。


 ベルが鳴った。


「うわ……。」


 店内には見慣れない道具が所狭しと並んでいた。


 羽ばたき続ける金属の鳥。


 押すたびに跳ね回る球体。


 ひっくり返しても起き上がるコップ。


 歯車だけが静かに回り続ける装置。


「何だこれ……。」


「全然分かんねぇ。」


「私も。」


 ガタンッ!


 店の奥から大きな物音が響く。


「うわっ!」


 慌ただしい足音とともに、一人の女性が飛び出してきた。


 額にはゴーグル。


 肩を出したタンクトップ。


 腰には工具ベルト。


 オイルで汚れた手をひらひら振る。


「いらっしゃい!」


「珍しいねぇ、お客さん!」


 エリオは店内を見回した。


「これ……全部メリナさんが作ったんですか?」


「そう!」


「あたしの自信作!」


「すごい……。」


「こんなお店、初めて見ました。」


 レオンが近くの箱を持ち上げる。


「これ何?」


「そのボタン押してみ。」


 恐る恐る押す。


 ボンッ!


 箱が開き、中から光る球がふわりと浮かび上がった。


 淡い光が店内を照らす。


「おぉ!」


「なんだこれ!」


「おしゃれでしょ?」


「すげぇ……。」


 エリオだけは箱を食い入るように見ていた。


「セルを圧縮して、一気に解放して……。」


「それを回転エネルギーへ変換してるんだ。」


「おっ!」


「構造見ただけで回路が分かるなんて、やるねぇ。」


「はい!」


「あれは?」


「試作品!」


「永久的に空を飛べる道具を作ろうとしてるんだけど、まだまだ改良が必要でね。」


「だったらセルの供給率を少し落として……。」


「おぉ、その発想はなかった!」


「始まったな。」


「終わりそうにないわね。」


「外で待ってましょう。」


 三人は店の外へ出た。


 ソラは店の中を見て回る。


 奥の木箱に、一本の銀色のブレスレットが置かれていた。


 細い輪には繊細な刻印が施され、小さな札が添えられている。


『夜だけ刻印が光る』


「……綺麗だ。」


「気になる?」


 メリナが横から覗き込む。


「アクセサリーとしても使えるし、夜になると刻印が光るように作ってあるの。」


 ソラは刻印を指でなぞる。


「これ、ください。」


「毎度あり!」


「プレゼント?」


「はい。」


「三か月、訓練に付き合ってくれたお礼です。」


「へぇ。」


「きっと喜ぶよ。」


 包みを受け取る。


 エリオとメリナの話はまだ続いていた。


「あんた。」


「卒業したら、うちで働かない?」


「え?」


「そんな才能、うちで埋もれさせるにはもったいない。」


「私と一緒に発明品作ろうよ。」


 エリオは言葉を飲み込んだ。


「嬉しいです。」


「でも……。」


「僕はAEGISの研究員になります。」


「そっか!」


「夢があるなら応援する!」


「研究員になったら、あたしの発明も評価してよ!」


「はい!」


「約束です!」


「また遊びに来な!」


「新作いっぱい作っとくから!」


「ありがとうございました!」



 店を出ると、西へ傾いた陽が石畳を赤く染めていた。


「いやぁ、あの店は面白かったな。」


「実用的かどうかは微妙な発明ばっかりだったけど。」


「でも、嫌いじゃないわ。」


「僕は……まだ見足りなかったな。」


 エリオが店を振り返る。


「また来ればいいよ。」


「……うん。」


 しばらく歩いたところで、


「ミレア。」


「ん?」


 小さな包みを差し出す。


「これ。」


「……私に?」


「開けてもいい?」


「もちろん。」


 包装をほどく。


 箱の中には細い銀色のブレスレット。


「……綺麗。」


「見つけた時、ミレアに似合うと思ったんだ。」


「夜になると刻印が光るんだって。」


「三か月、訓練に付き合ってくれたお礼。」


 ミレアはブレスレットを見つめる。


「……ありがとう。」


 左手首へ通す。


「似合ってるじゃん。」


「うん、すごく。」


 ミレアは何も言わない。


 歩きながら、何度も左手首を見ていた。



 夜更け。


 人影のない路地裏。


 赤いレインコートの人影が、水たまりを踏んだ。


「……いや。」


 金髪の女が後ずさる。


「来ないで……お願い……。」


 漆黒の刃に、青い光が走る。


 刃が持ち上がる。


 振り下ろされる。


「イヤァアアアアアアアッ!!」


 鮮血が石畳へ飛び散る。


 ♪~~~~♪


 鼻歌が漏れる。


 どこか懐かしいオルゴールの旋律。


 ♪~~~~♪


「お願い……助けて……。」


 刃を胸へ深々と突き立てる。


 血が溢れ出した。


「……。」


 腰の道具を取る。


 ぐちゃり。


 ぐちゅ。


 ぐちゅ。


 ♪~~~~♪



 規制線の外には野次馬が集まっていた。


「殺人だって。」


「ネグラ教の仕業じゃないか?」


「最近あいつら物騒だからな。」


 隊員が声を張る。


「下がってください!」


「規制線の中へ入らないでください!」


 リアナは人の間を抜け、規制線をくぐった。


「お疲れ様です。」


 周囲の隊員へ頭を下げる。


「リアナ先輩!」


 短い金髪の少女が駆け寄ってきた。


「お疲れ様、ネアちゃん。」


「お疲れっす!」


「状況を教えてもらえる?」


 手袋をはめる。


「今回はマジで最悪っす……。」


「遺体の損壊がひどくて。」


「Codeが使われた可能性が高いっす。」


 リアナは現場へ入る。


 鉄臭い匂いが鼻を刺す。


 一本の金属棒。


 そこへ並べられていたのは――


 頭。


 胴。


 腕。


 脚。


「目撃情報は?」


「犯行を直接見た人はいないっす。」


「でも、酔っぱらいが一人だけ。」


「赤いレインコートの人物が路地から出てきたって証言してるっす。」


「それと……。」


「青黒く光る刃を持ってたらしいっす。」


 赤いレインコート。


 青黒く光る刃。


 ――イネスさんなら、どう動く。


 決めつけない。


 証言は一つでも多く集める。


 信じたくない可能性ほど、最後まで残す。


「ネアちゃん。」


「目撃者のところへ案内して。」


「了解っす!」


 リアナはもう一度、金属棒を見る。


「……なぜ。」


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