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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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Ⅲ届かぬ刃

 学院へ入学して一か月。


 朝の鐘も、教室の風景も、もう見慣れた日常になっていた。


 ──ゴォーン……


 学院中に鐘の音が響く。


 オリヴィアが教科書を閉じる。


「はーい、今日の座学はここまでですよぉ。」


「二十分後からは実技です。」


「標準装備を使いますので、演習場へ集合してくださいねぇ。」


 レオンが立ち上がる。


「おっ、いよいよ初実技か!」


「楽しみだぜ!」


「その前向きさだけは感心する。」


 ライゼルが言う。


「どういう意味だよ。」


「朝は緊張してたくせに。」


「うるせぇ!」


 ルーナが尋ねる。


「教官って、どんな人なんだろうね。」


「厳しい人じゃないといいけど……。」


 生徒たちは演習場へ向かった。



 広い屋内演習場には、すでに一人の女性が立っていた。


 赤い髪をポニーテールにまとめた女性だった。


「今日は実技担当の教官を紹介しますねぇ。」


「私も昔、お世話になった教官ですよぉ。」


「イネスさんです。」


「よろしくお願いします~。」


「イネスだ。」


「任務のない時は、お前たちの実技指導を担当している。」


「いいか。」


「実技中は、我々のことを教官と呼べ。」


「返事。」


「はい!」


「声が小さい。」


「もう一度。」


「はい!!」


「よし。」


「……美人だけど、怖そうだな。」


 レオンが呟く。


「そこの貴様。」


「!」


「名前は。」


「レ、レオンです!」


「レオン。」


「話が終わるまでスクワット。」


「えぇぇっ!?」


「返事。」


「はい! 教官!」


 レオンは慌ててスクワットを始めた。


「私語をする余裕がある者は鍛える。」


「それだけだ。」


「では始める。」


「現場では、扱えない者から死ぬ。」


「そのつもりで聞け。」


 イネスは足元の銀色の筒を一本持ち上げる。


「これがセルだ。」


「標準装備は、このセルを動力源としている。」


 セルを差し込む。


 ──カチッ。


 淡い青い光が隊服のラインを走る。


「Cell Suit・Cell Gloves・Cell Boots。」


「それぞれにセルを搭載する。」


 ミレアが手を挙げる。


「教官。セルは切れるんですか?」


「切れる。」


 即答だった。


「大気中のエネルギーを吸収し、自動で充電する。」


「だが、一度使い切れば満充電まで数日かかる。」


「だから任務では予備セルを携行する。」


「セルを切らした者は戦力にならん。」


 セルが配られる。


「装着しろ。」


 全員が各装備へセルを差し込む。


 青い光が一斉に灯る。


 イネスはグローブを掲げる。


「グローブは筋力を補助する。」


 続いてブーツのダイヤルを回す。


 カチッ。


 ダンッ!!


 爆発音とともに、一瞬で十数メートル先へ移動した。


「うわっ……。」


 イネスは歩いて戻る。


「ブーツは移動を補助する。」


「出力を上げるほど速くなる。」


「だが、扱えなければ事故を起こす。」


「力は、扱えて初めて武器になる。」


「では演習だ。」


 演習場の奥では、オリヴィアが白線の横で待っていた。


「オリヴィア教官が立つ白線まで走り、折り返して戻れ。」


「白線を越えた者は失格。」


「セルが尽きるまで何度挑戦しても構わん。」


「最速タイムを記録とする。」


「順番は名簿順。」


「最初の者、前へ。」


「教官。」


 リーゼが一歩前へ出る。


「わらわから挑戦させていただきます。」


「よかろう。」


「やってみろ。」


(……セレス家の娘か。)


(名門の実力、見せてもらおう。)


 リーゼはスタートラインへ立つ。


 ブーツのダイヤルを調整する。


「スタート。」


 ドンッ!!


 爆発音とともに駆け出す。


 白線手前で減速。


 反転。


 ドンッ!!


 再び加速し、ゴールへ駆け抜けた。


「教官。」


「わらわの記録はいかほどじゃ?」


 イネスはストップウォッチを確認する。


「……合格だ。」


「一年生としては申し分ない。」


「上級生にも匹敵する記録だ。」


「すげぇ……。」


(……血は伊達ではないか。)


 リーゼは頭を下げる。


「ありがたきお言葉。」


 計測は続く。


 白線を越える者。


 転倒する者。


 セルだけを消耗して終わる者。


 イネスは淡々と記録を書き込む。


(記録を残せたのは三人。)


(ヴェイン、ミレア……一年としては十分だ。)


 最後の生徒が戻る。


「一周目は終了。」


「二度目へ挑戦する者は前へ。」


 生徒たちがセルの残量を確認し始める。


 その中で、ソラが真っ先に手を挙げた。


「はい!」


「やります!」


(……ホンスーン教会の孤児院の子か。)


(皮肉なものだ。)


 脳裏に、あの日の教会がよぎる。


「よし。」


「ソラ。」


「貴様からだ。」


 ソラはスタートラインへ立つ。


 ブーツのダイヤルに手を掛ける。


「スタート。」


 ドンッ!!


 轟音とともに駆け出す。


 一周目とは違う。


 白線の手前で減速し、そのまま反転する。


 ドンッ!!


 ゴールへ一直線に駆け抜けた。


 イネスはストップウォッチへ目を落とす。


(……二回目でここまで適応したか。)


「ソラ。」


「暫定二位。」


「二位!?」


「マジかよ!」


「やるじゃねぇか、ソラ!」


「急にどうしたんだ!」


 ルーナが駆け寄る。


「ソラさん、すごい!」


「ミレアちゃんもそう思うよね?」


 ミレアは腕を組んだまま言う。


「……まぐれじゃない?」


「もう。」


「僕も驚いてるよ。」


「リーゼさんの走りを真似してみたら、たまたまうまくいったんだ。」


「もうセルが残ってないや。」


「それで二位かよ!?」


 その様子を、ヴェインだけが黙って見つめていた。


(……二回目で、抜かれただと。)


(競争心か。)


(悪くない。)


「よし。」


「これで走行演習を終える。」


「次は剣術演習だ。」



 イネスは木箱から模擬刃を一本取り出す。


「最後に頼れるのは己の技術だ。」


「その基礎を叩き込む。」


 刃を構える。


「まずは構え。」


「よく見ろ。」


 イネスが一歩踏み出す。


 刃が振り抜かれる。


 ビュンッ──。


 鋭い風切り音が演習場に響く。


 風圧で足元の砂が舞い上がった。


「これが基本だ。」


「力任せに振るな。」


「刃は振り回すものではない。」


「扱うものだ。」


「今回はオリヴィア教官を相手に、一人ずつ挑んでもらう。」


「お手柔らかにお願いしますねぇ。」


「一撃でも有効打を与えれば加点。」


「武器を落とすか、斬撃を受けた時点で終了だ。」


「刃を握るのも初めてという者は、無理をする必要はない。」


「素振りから始めろ。」


「基礎を疎かにした者に、戦う資格はない。」


 ルーナが手を挙げる。


「教官、私は素振りを希望します。」


「僕もです……。」


 エリオも続く。


「よし。」


「二人はあちらで基礎を行え。」


 二人は素振りを始めた。


 残った生徒たちは、オリヴィアの前へ集まる。


 ソラも模擬刃を握った。


「ヴェイン、前へ。」


「はい。」


 刃を構え、一気に踏み込む。


 速い。


 迷いのない一撃。


 オリヴィアがかわす。


 刃は空を切った。


 コンッ。


「っ……!」


 ヴェインの刃が宙を舞った。


「そこまでぇ。」


 ヴェインは刃を拾い、一礼する。


「ありがとうございました。」


「次。ミレア。」


「はい。」


 ミレアは慎重に近づく。


 一撃。


 二撃。


 だが、そのどれも届かない。


 刃が胴へ添えられる。


「そこまでぇ。」


「……負け。」


「ライゼル。」


「うおおおおっ!」


 次々と刃を振る。


 だが、すべて受け流される。


 体勢を崩したところで、刃が止まった。


「くっそぉ!」


「レオン。」


「いきます!」


 勢いよく飛び込む。


 パシッ。


「いたっ!」


 刃が地面へ転がった。


「えぇぇぇ!?」


「はい、ありがとぉ~。」


「次。ソラ。」


「はい。」


 ソラは刃を握り、オリヴィアの前へ立つ。


 オリヴィアは、いつもと変わらない穏やかな表情だった。


 とても強い人には見えない。


 だけど──。


 ……隙がない。


 どこを狙えばいいのか。


 何一つ分からない。


 それでも。


 今の僕にできることは、一つでも多く学ぶことだ。


「お願いします。」


「はい、どうぞぉ。」


 ソラが駆ける。


 刃を振った。


 カンッ!


「っ!」


 弾かれた。


 力じゃない。


 触れた瞬間、軌道を逸らされた。


 体勢を立て直そうとした。


 トン。


 刃が胸元へ添えられていた。


「そこまでぇ。」


「ソラ、失格。」


 イネスの声が響く。


 訳がわからない。


 もう負けていた。


「ありがとうございました。」


「ありがとぉ~。」


 列へ戻る。


 胸元へ添えられた刃の感触を思い返す。


 速さじゃない。


 力でもない。


 刃が触れた瞬間には、もう勝負は決まっていた。


「次。リーゼ。」


「はい。」


 リーゼは刃を構える。


「いつでもどうぞぉ。」


 リーゼが踏み込む。


 カンッ!


 オリヴィアが刃を受け流す。


 リーゼはそのまま切り返した。


 もう一撃。


 それでも、刃は届かない。


「おぉ……。」


 レオンから声が漏れた。


「いいですねぇ。」


(さすが先生……。)


(正面からでは届きませぬか。)


(ならば、一手崩してみせましょう。)


 リーゼが再び踏み込む。


 途中で刃の軌道を変え、そのまま切り返した。


 刃がオリヴィアの頬すれすれを抜けた。


「今……!」


 ミレアが思わず声を漏らした。


「惜しい!」


 オリヴィアが踏み込む。


 カンッ!!


 甲高い音が響く。


 リーゼの刃が宙を舞った。


 切っ先がリーゼの喉元で止まる。


「そこまでぇ。」


 リーゼは刃を拾い、一礼する。


「……完敗じゃ。」


「ありがとうございました。」


「ありがとぉ~。」


「一年生でここまで動ける人は、そう多くありませんよぉ。」


 リーゼは列へ戻る。


 ……リーゼさんでも届かない。


 先生は、想像していたよりずっと強かった。


「以上だ。」


「本日の実技訓練を終了する。」


「各自、装備を返却後、解散。」



 湯気が立ち込める浴場。


「生き返るぅぅ!」


 レオンが勢いよく湯船へ飛び込む。


「こら、飛び込むな。」


 ライゼルが言う。


「細かいこと言うなって!」


 レオンは肩まで湯に浸かる。


「それにしても、先生強すぎだろ。」


「何されたのか全然分かんなかった。」


「気付いたら負けていたな!」


「力の差だ。」


 ライゼルは湯をすくいながら言った。


「あれほどの相手なら、一撃も届かなくて当然だ。」


 ……もっと強くなりたい。



 静まり返った訓練場。


 バシッ。


 バシッ。


 ヴェインは黙々と模擬刃を振っていた。


 額から流れた汗が地面へ落ちる。


 燃え盛る炎。


 崩れ落ちる家々。


 姉の姿。


「姉さん……。」


「必ず。」


「俺が仇を討つ。」


 バシッ。


 刃を振る音だけが、夜の訓練場に響いた。



 教員室。


 イネスは今日の評価表に目を通していた。


 向かいにはオリヴィアが座っている。


「リーゼ。」


 イネスは一枚目を机へ置いた。


「一年では頭一つ抜けている。」


「飲み込みも早いですねぇ。」


 次の評価表を手に取る。


「ヴェイン。」


「技術は十分。」


「だが、焦りが見える。」


「……何かに追われている剣だ。」


「心に余裕がありませんねぇ。」


「ミレア。」


「基礎は堅実。」


「慎重さも武器になる。」


 最後の一枚。


「ソラ。」


「今は平凡だ。」


「ええ。」


「ですが、二度目の走行で動きが変わりました。」


「これからが楽しみですねぇ。」


「……面白い。」


「鍛え甲斐がある。」


「イネス先生、今日ご飯でもご一緒しませんか?」


「先生はやめろ。」


「……たまには付き合うぞ。」


「本当ですか!」


「では行きましょう!」


 二人は教員室を後にした。


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