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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第二章 それぞれの未来
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Ⅱ勝利の条件

 布切れ同然の服をまとった女たちが、倉庫に並ばされていた。


 手足を縛られ、互いに肩を寄せ合う。


 男たちは酒瓶を片手に品定めをしていた。


「おっ、こいつは上玉だ」


 一人が女の顎を乱暴に持ち上げる。


「高く売れるぞ」


 別の男が鼻で笑った。


「信徒ってのは騙しやすくて助かる」


 女たちは震える唇で祈りを紡ぐ。


「神よ……私たちの役割に、祝福の道を……」


「……気持ち悪ぃ」


 男が吐き捨てた。


 苛立った手下が女の腹を蹴り飛ばす。


「うるせぇ! 黙ってろ!」


 女は床を転がり、腹を押さえて身を丸めた。


「おい」


 ボスが低い声で言った。


「売り物だ。その辺にしとけ」


「……すいやせん、ボス」


「短気な奴は損しかしねぇ」


 女たちを見回す。


「まぁ、その馬鹿さ加減が使いやすいんだけどな」


 ドォンッ!!


 倉庫の扉が轟音とともに吹き飛んだ。


 土煙の向こう。


 黒いローブをまとった二人が立っている。


 深く被ったフードが顔を隠していた。


 ボスの表情が固まる。


「おい! ベル兄弟を呼べ!」


 一人の手下が拳銃を抜いた。


「顔見せろやァ!!」


 バンッ!!


 銃声が響く。


 だが、撃ち抜いたはずの場所には誰もいない。


「……なっ」


 黒い影が視界を横切る。


 ゴキッ。


 手下の首が、あり得ない方向へ折れた。


 二つの黒い影だけが倉庫を駆け抜ける。


 一人。


 また一人。


 男たちは誰も引き金を引けない。


「ば、化け物だ……」


 震えた声が漏れる。


「や、やべぇ……逃げ――」


 振り返る。


 目の前には、黒いローブ。


 その右手だけが淡い緑色に光った。


 その瞬間――


 バキィッ!!


 緑の粒子が弾け飛ぶ。


 黒いローブの手を、一枚の鏡が受け止めていた。


 砕けた鏡片が光となって舞う。


「無事ですかい、旦那」


 その声にボスが振り返る。


 帽子を目深に被った二人の男。


 顔立ちは瓜二つ。


 違うのは、左右逆に刻まれた刺青だけだった。


「ベルド、ベルン……!」


「助かった。あいつらを始末しろ」


 ボスは裏口へ向かう。


「後は任せた」


「商品だけは奪われるな」


「誰に言ってんだ」


「任せとけ」


 鏡から手を引き抜く。


「おい!」


 ガイルスが叫ぶ。


「主犯が逃げるぞ! どうすんだ!」


 ノアは逃げるボスを追わず、信徒たちへ目を向けた。


 床に倒れた女。


 震えながら祈り続ける女。


 さっきまで自分の手で命を奪っていた。


 それなのに、心は静かだった。


「おい! 聞いてんのか!」


 ガイルスの声で我に返る。


 ノアは息を整えた。


「落ち着け」


「主犯は後で追える」


「屋根にはルシアを配置してある」


「今は目の前だ」


 ガイルスはベル兄弟へ向き直る。


 右頬に刺青のあるベルドが、足元へ金属製のタンクを置く。


《アクシアル》


 蓋が弾け、水が宙へ浮かび上がる。


 幾筋もの水流がベルドの前で渦を描いた。


 もう一人、ベルンの前には鏡が浮かんでいた。


 ガイルスが一歩踏み出す。


「俺がそっちだ」


 両手を合わせ、祈りを捧げる。


《オラシオ》


 赤い光が身体を包み、獣の腕が形を成した。


「行くぞ!」


 地を蹴る。


 獣の腕が鏡へ叩きつけられた。


 ドォンッ!!


 衝撃で床が震える。


「終わりか?」


《スペリオン》


 鏡が白く輝いた。


 ガイルスの獣腕が弾け飛ぶ。


「ぐっ!」


 赤いオーラごと身体が吹き飛び、壁へ叩きつけられた。


「そのまま返してやるよ」


 ベルドが腕を振る。


「お前の相手は俺だ!」


 水流が一気に圧縮され、槍のようにノアへ走る。


 速い。


 ノアは右手を突き出した。


 バチィッ!!


 水槍が緑の粒子へと砕け散る。


「面白ぇ能力だな!」


「そんなCode、見たことねぇ!」


 指先を弾く。


 宙へ浮いた無数の水滴が広がる。


「降れ」


 雨のような水弾が降り注ぐ。


「さっき見てりゃ分かる」


「消せるのは右手だけだろ!」


 ノアは水弾をかわしながら駆け、コンテナを蹴る。


 ドンッ!


 反動で身体が弾け、一気にベルドへ迫った。


 ベルドが目を見開く。


「速ぇ!」


 足元のボトルを叩き割る。


 噴き出した水圧で後方へ滑った。


「危ねぇ……!」


 距離が開く。


「仕切り直しだ」


 宙には、まだ水が残っている。


 ガイルスが立ち上がる。


「いてぇな……」


「あいつのCode」


「光った瞬間、攻撃を返された」


「反射しているように見えた」


 ガイルスは血を吐き捨てる。


「なら話は早ぇ」


 祈りを捧げる。


《オラシオ》


 赤いオーラが全身を包む。


「鏡に触らずにぶん殴るだけだ!」


 ガイルスが地を蹴る。


 ベルンが二枚の鏡を操るが、踏み込みが速い。


 鏡が間に合わない。


 ゴッ!!


 拳がベルンを捉えた。


 ベルンの身体が吹き飛ぶ。


「脳筋が……!」


 ガイルスは笑う。


「考えるのは苦手でな!」


 拳が唸る。


 鏡の生成速度。


 操作速度。


 ……追いついていない。


 馬鹿みたいな作戦。


 だが、やられたほうは厄介だ。


 無数の水滴が倉庫中へ浮かんでいた。


 準備は終わっている。


 ノアは宙を埋める雨粒を見上げた。


 一粒一粒が圧縮されている。


 ……右手だけでは、消し切れない。


 ベルドが笑う。


「どうした」


「近付けねぇか?」


 脳裏にエイドの声がよぎった。


『分析は悪くねぇ』


『だが、考えすぎると拳が遅くなる』


 ノアは息を吐いた。


「……そうか」


「考えすぎていた」


 ……雨粒の威力はもう分かった。


 地を蹴る。


「馬鹿が!」


 雨が降る。


 水弾が肩を貫く。


 腹をかすめる。


 脚にも突き刺さる。


 それでもノアは止まらない。


「まだ来るか!」


 さらに水弾が迫る。


 ノアは一発だけ右手で受けた。


 バチィッ!!


 緑の粒子が弾ける。


 残りは避けない。


 右手で顔をかばう。


 視線だけはベルドから外さない。


 一直線。


「その右手だけは──!」


 左拳が顎を捉えた。


 ゴッ!!


 ベルドの身体が揺れる。


 ノアは間髪入れず右手を伸ばす。


「捕まえた」


「……っ!」


 ベルドは足元のボトルを踏み砕く。


 ドォンッ!!


 爆ぜた水圧が二人を引き離す。


 ノアは床を滑り、片膝をついた。


 ベルドも数歩よろめき、胸元へ目を落とす。


 裂けた服の下で、皮膚が緑の粒子となって崩れていた。


「……危ねぇ」


 鏡を砕きながらベルンが飛び退く。


「兄貴!」


 ベルドの隣へ。


「無事か!」


「ギリギリだ」


 肩で息をする。


「油断した」


 ベルンがノアを睨む。


「思ってたより厄介だな」


 ベル兄弟が並ぶ。


 ノアもガイルスの隣へ出た。


「やっと本気ってわけか」


「ここからだ」


「二対二」


 ベルドが腕を振る。


 圧縮された水弾が鏡へ突き刺さる。


 キィンッ。


 跳ね返った水弾が一回り膨れ上がる。


 さらに別の鏡へ。


 キィンッ。


 また威力が増す。


 鏡を渡るたび、水弾は勢いを増していく。


「俺の鏡は跳ね返すだけじゃねぇ」


「威力まで乗せる」


 最後の鏡を抜けた水弾が一直線にガイルスへ襲いかかった。


 ドゴォッ!!


 赤いオーラが砕け散る。


「ぐっ……!」


 血が飛び散る。


 ガイルスもノアも、かわすだけで精一杯だった。


 それでもノアは、鏡だけを見ていた。


 ベルンの鏡を通るたび、水弾が強くなっている。


 ……やはり。


 反射にも限界がある。


 キィンッ。


 水弾が最後の鏡へ飛ぶ。


 ドォンッ!!


 反射されることなく、床へ突き刺さった。


 砕けた床が跳ね上がる。


「ガイルス!」


「五秒耐えろ!」


 ガイルスが笑った。


「五秒か。楽勝じゃねーか!」


 祈りを捧げる。


《オラシオ》


 赤い獣のオーラが全身を覆った。


 ドガァン!!


 一発。


 二発。


 三発。


 鏡を渡るたび、威力を増した水弾が獣を削る。


 オーラが砕ける。


 それでも、一歩も退かない。


 ベル兄弟の攻撃がガイルスへ集中する。


 その死角から、ノアが駆けた。


 音もなく距離を詰める。


 ベルンが目を見開く。


「兄貴!」


 パリンッ!!


 鏡を解除した。


 反射を失った水弾が床へ散る。


 ノアはさらに踏み込む。


 右手を伸ばす。


 ――捉えた。


 ガシャン!!


 鏡がノアの一撃を受け止め、砕けた。


 その隙に、ベルドが後方へ飛び退く。


 ノアの指先は届かない。


「危ねぇな……」


「兄貴、大丈夫か」


「こいつは……思ったより厄介だ」


 入口には、黒いフードの男が腕を組んで立っていた。


 ベルンが目を細める。


「……まだ一人いたのか」


 黒いフードの男は動かない。


 ただ、四人を見つめている。


「これ以上は割に合わねぇ」


「引くぞ」


 ベルドが指先を払う。


 宙に浮かぶ無数の水滴が霧へ変わり、倉庫を包んだ。


 やがて霧が晴れる。


 ベル兄弟の姿は、もうどこにもなかった。


 黒いフードの男が入口から歩いてくる。


「……よくやったな」


 フードの奥から現れたのは、エイドだった。


「一対一なら、お前たちが勝っていた」


「だが、あのまま続けていれば死んでいた」


 ガイルスは黙って視線を逸らした。


「ガイルス。相手の能力も分からねぇのに突っ込むな。死ぬぞ」


「ノア。お前は逆だ。考えすぎて踏み込みが遅ぇ」


「食らう覚悟で行くのも手だが、最初からそれを選ぶな」


「それと勘違いすんなよ。追い詰められたのは二人でやったからだ」


 ズル……


 ズルズル……


「エイド」


 ルシアが姿を現す。


 人身売買組織のボスを首根っこで引きずっていた。


「捕まえた」


 ルシアはボスを放り投げる。


 ドサッ。


「逃げ足だけは速かった」


「任務完了だ」


「ご苦労」


 ルシアがボスを足で軽く小突く。


「この人は」


「後は別部隊が処理する」


「……見てみろ」


 倉庫の奥では、女性たちが涙を流し、互いの無事を確かめ合っていた。


 エイドは頭をぽりぽりとかく。


「お前たちが救った」


「人を助けるってのも……」


「悪いもんじゃない」


 ノアは女性たちを見つめる。


 初めて、人を救えたと思った。


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