Ⅰ二つの始まり
朝日が部屋を照らす。
制服へ袖を通し、鏡の前で襟を整える。
手が止まる。
……もう、僕を起こしてくれる人はいない。
◇
食堂は朝から賑わっていた。
「ソラ!」
茶髪のレオンが大きく手を振る。
ソラは向かいへ座った。
「見たか!? グランディア!」
「店も人もすげぇ!」
「休みになったら全部回る!」
レオンはパンを頬張る。
「その前に授業だね。」
「現実見せんなよ。」
朝食を終え、二人は食堂を出た。
◇
学院へ続く石畳を学生たちが行き交う。
露店の呼び声が響く。
「昨日だけじゃ見足りねぇ。」
レオンは辺りを見回した。
一本道を抜けると、巨大な演習場が広がった。
その奥に白い学院がそびえ立つ。
「でけぇ……。」
ガンッ!!
乾いた音が響く。
演習場の隅。
少女が木剣を振る。
カンッ!
木剣が弾かれた。
「違う。」
向かいの女性が木剣を下ろす。
「剣を見るな。」
「相手を見ろ。」
「はい!」
少女は踏み込む。
カンッ!
「今のは悪くない。」
「もう一歩。」
「はい!」
木剣を握り直す。
「もう一回お願いします!」
女性は木剣を肩に担ぐ。
「今日はここまで。」
「ありがとうございました!」
少女は深く頭を下げた。
「朝から訓練か。」
「学院ってすげぇな。」
「行こう。」
二人は正門へ向かった。
◇
掲示板の前は学生で埋まっていた。
「あった!」
レオンが名簿を指差す。
一ノ三
リーゼ
エリオ
ヴェイン
ミレア
ルーナ
ライゼル
レオン
ソラ
「また一緒だな。」
「……そこの者。」
声に振り返る。
銀色の巻き髪。
白いカチューシャ。
少女が立っていた。
「わらわはリーゼじゃ。」
「僕はソラ。」
リーゼはソラを見つめる。
「……おぬし。」
「光っておるな。」
「え?」
「何の話?」
「分からぬなら、それでよい。」
「学院は初めてじゃ。」
「案内せい。」
「俺が案内しましょうか?」
レオンが口を挟む。
「違う。」
「わらわはそなたへ申したのではない。」
ソラを指差す。
「そなたじゃ。」
「……俺じゃないのか。」
「何故そうなる。」
「行こう。」
ソラが歩き出す。
「待つのじゃ。」
リーゼが続き、レオンも慌てて追い掛けた。
◇
教室へ入る。
八つ並んだ机。
空いている席は三つ。
「ここじゃ。」
リーゼは真ん中の席へ座る。
ソラとレオンも続いて席へ着いた。
「結局、俺じゃなかったか。」
「当然じゃ。」
リーゼは前を向いたまま答える。
ガラッ。
扉が開いた。
「みんな、おはよ〜。」
女性が教室へ入ってくる。
「あれ?」
もう一度教室を見回す。
「……合ってる。」
一人でうなずいた。
「今日から一ノ三の担任になりました。」
「オリヴィアです。」
「一年間よろしくね〜。」
「それじゃ、後ろから自己紹介お願いしまーす。」
最後列の男子が口を開く。
丸眼鏡の奥で視線が泳ぐ。
「エ、エリオです……。」
「よろしく……お願いしま……。」
噛んだ。
エリオはうつむいた。
「大丈夫だよ〜。」
「最初はみんなそうだから。」
エリオは頭を下げた。
「ヴェイン。」
黒髪の男子はそれだけ言う。
オリヴィアは名簿へ丸を付けた。
「ヴェインくんね。」
桃色の髪の少女が立ち上がる。
「ミレアです!」
「サウリア区から来ました!」
「よろしくお願いします!」
朝の演習場。
木剣を振っていた姿が浮かぶ。
目が合う。
ミレアがにっと笑う。
ソラは軽く頭を下げた。
「元気だね〜。」
「ルーナです。」
「ミレアちゃんとは幼馴染です。」
「騒がしい子ですけど。」
「ちょっと!」
「よろしくお願いします。」
短く刈った赤髪の大柄な男子が名乗る。
「ライゼルだ!」
「困ったことがあれば頼れ!」
リーゼの番になる。
制服を整える。
「わらわはリーゼ。」
教室を見渡す。
「名を覚えておくがよい。」
「わらわを支えることを許そう。」
レオンが小声で呟く。
「すごいな。」
ソラもうなずく。
「レオンです!」
「よろしくお願いします!」
「……特に女子!」
「……。」
ミレアとルーナの目が細くなる。
「なんだその目!」
ソラの番だ。
「ソラです。」
「一年間、よろしくお願いします!」
頭を下げる。
リーゼはソラを見つめる。
「……やはり光っておる。」
「え?」
リーゼは何も答えなかった。
オリヴィアは名簿を閉じる。
「じゃ、始めよっか。」
窓の外から鐘の音が響く。
学院での生活が始まった。
◇
星が夜空を埋め尽くす。
乾いた草原を風が駆け抜けた。
ノアが拳を打ち込む。
左。
右。
肘。
膝。
息をつく間もなく打ち込む。
かわされる。
届かない。
「甘い。」
次の瞬間、ノアは背中から草地へ倒れていた。
鼻先で拳が止まる。
「また俺の勝ちだなぁ。」
ノアは仰向けのまま星空を見上げた。
「……なんで当たらない。」
エイドが水筒を放る。
「飲め。」
受け取った水を一気に流し込む。
エイドが煙草に火をつける。
「また考えてたなぁ。」
「……。」
「分析は悪くねぇ。」
「でも、考えすぎると拳が遅くなる。」
ノアは拳を握る。
「少し強くなったくらいじゃ……意味がない。」
「……足りない。」
煙を吐きながら、エイドは言う。
「そんなもんかねぇ。」
◇
修行を終え、ノアは街外れの小さな教会へ戻った。
五年前から暮らしている場所だ。
礼拝堂から祈りの声が響く。
「神が、あなた方の役割に祝福を与えられますように。」
信徒たちは席を立ち、一人、また一人と礼拝堂を後にした。
最後の足音が消える。
「おい。」
長椅子に腰掛けた男がこちらを見る。
短髪で、目の下には傷がある。
教会の服を着ているが、見覚えはない。
「お前がファーザー・エイドの弟子か。」
「そうだけど。」
「思ったより、しょぼいな。」
「何か用か。」
男が立ち上がる。
拳を鳴らした。
「固ぇこと言うなよ、ブラザー。」
「少し遊ぼうぜ。」
言い終わるより早く拳が飛ぶ。
ノアは身体をずらしてかわす。
拳を返す。
男が拳を弾く。
「そうこなくっちゃ!」
蹴りが迫る。
腕で受ける。
重い衝撃に一歩押される。
踏み込み返し、腕を絡めてそのまま投げた。
男の身体が長椅子の上を滑り、床へ転がる。
「……これで気は済んだか。」
「……くくっ。」
「はははっ!」
勢いよく起き上がる。
「いいねぇ!」
「初対面で遠慮なく投げてくる奴は嫌いじゃねぇ!」
自分の胸を親指で叩く。
「俺はガイルス。」
「――盛り上がってきたなぁ!」
ノアが構える。
ガイルスも拳を上げる。
「はいはい、そこまで~。」
気の抜けた声に、二人の動きが止まった。
エイドだった。
「じゃれ合いはそのくらいにして。」
「今日から三人で動いてもらうよ。」
「三人?」
長椅子に、一人の少女が座っていた。
青い髪。
黒いカチューシャ。
少女が口を開く。
「……ルシア。」
それだけだった。
「揃ったな。」
「任務はオルドとして受ける。」
「まぁ、肩の力は抜いて。」
エイドが扉を開ける。
冷たい夜風が礼拝堂を吹き抜けた。
「夜の散歩にでも行こうか。」
四人は礼拝堂を後にした。




