Ⅹ歩き出す理由
教会襲撃から数日後。
駅のホームでは、イネスとラディスが帰還の準備を進めていた。
「助けを求めたあの男の子には、真実は伏せておいた方がいい」
イネスが口を開く。
「せやなぁ」
「育ての親がCodeを使って、AEGISに殺されたなんて知ったら……教会の思想に引っ張られてしまうかもしれへん」
「幸せな人生を願うんやったら、黙っとくのも親心や」
「……はい」
「私には、何が正しいのか分かりません」
「でも……ソラ君が幸せな人生を送れるなら」
「ダブリスの解剖結果が出た」
ライナース支部長が資料を差し出す。
「何か分かりました?」
「コアが心臓を食ってやがる」
「こんなもん、初めて見る」
「……グランディア支部でも情報共有しておきます」
「それとな」
「これは俺個人からだ」
「旧友の無念を晴らしてくれて、ありがとよ」
「噂に違わぬ捜査だった」
「がはははは!」
「ひゃっ……!」
リアナが耳を塞ぐ。
「ほな、特別ボーナス期待しときますわ」
ゴッ。
「ぐはっ!」
イネスの肘がラディスの脇腹へめり込む。
「職務だ」
「いててて……」
リアナは二人へ頭を下げる。
「お二人には、いろいろご指導いただき、本当にありがとうございました」
「こちらこそや」
「リアナちゃん、グランディア支部に来ぃひん?」
「嬉しいです」
「でも、まだまだ今の支部で学ぶことがたくさんあります」
「そか」
「またどこかでな、リアナちゃん」
「はい!」
「お二人とも、お気をつけて」
「それでは我々はこれで」
「次の任務がありますので」
「えぇぇぇ!? ここから次ぃ!?」
「休暇はぁぁぁ!?」
「黙れ」
イネスがラディスを列車へ蹴り込む。
列車の扉が閉まる。
動き出す直前、イネスが呼んだ。
「リアナ」
「はい」
「正しい選択なんてものはない」
「私たちは秩序を守るAEGISだ」
「秩序を守るために、自分にできることを全力で探せ」
「……はい」
列車が駅を離れていく。
リアナは見えなくなるまで見送った。
◇
事件から数週間。
ソラはユリィとエレナの墓の前に花を供えていた。
事件のあと、犯人はAEGISによって排除されたと聞かされている。
ノアやエイド、孤児院のみんなは、今も行方が分からない。
「ソラ君」
振り返ると、リアナが立っていた。
葬儀以来だった。
「新しい孤児院には、もう慣れた?」
「うん」
「僕は……あの時、何もできなかった」
「何一つ」
「誰かに助けを求めることしかできなかった」
「任せることしかできなかった!」
ソラが拳を握る。
「僕に誰かを守る力があれば……」
ユリィも。
マザーも。
ノアも。
みんなも。
リアナがソラを抱きしめる。
ソラの肩が震える。
「何もできなかったなんて言わないで」
「ソラ君が助けを呼んだから、私はあの丘へ行けた」
「……」
「これから先も、どうにもならない時は誰かを頼って」
「私も、その一人なんだから」
リアナがソラの頬を軽くつつく。
「……ありがとう」
ソラは袖で涙を拭う。
別れ際、手を振った。
リアナも手を振り返した。
◇
リアナは遠ざかるソラの背中を見送った。
「ごめんなさい、ソラ君……」
「本当のことを言ってあげられなくて」
墓地をあとにしようとした時、片隅に一人の男が立っていた。
身寄りのない者たちが眠る墓の前。
その後ろ姿には見覚えがある。
「ジェイ……さん?」
「あぁ……?」
ジェイが振り返る。
「お、俺は何もしてねぇぞ!」
「今日は職務じゃありませんよ」
「……なんだよ」
ジェイは頭をかき、墓石を見る。
「ダブリスの兄貴の墓だ」
「責められても仕方ねぇ」
「大勢の人を傷つけといて、助けてくれなんて虫が良すぎる」
「俺も兄貴も……ああ生きるしかなかった」
「だからって許されるなんて思っちゃいねぇ」
「やったことの責任は取らなきゃならねぇ」
「……でもよ」
「悲しいもんは、悲しいんだ」
ジェイは軽く手を上げ、そのまま去っていく。
リアナはしばらく、ダブリスの墓の前に立っていた。
◇
ノアは簡易テントの天井を見つめていた。
あれから何日経ったのかも分からない。
食事もほとんど喉を通らない。
「ノア」
「飯、持ってきたぞ」
エイドがテントへ入ってくる。
片手には湯気の立つスープとパン。
「エイド!!」
「なんで……!」
「ユリィやマザーが死んだのに、なんでそんな平気な顔してるんだよ!!」
「エイドがいれば……止められたかもしれないのに!」
「そうやって人にすがってていいのか?」
「……!」
「お前の役割はなんだ」
「今ここで駄々をこねることがお前の役割なら――」
「ここで終わりだ」
「ユリィとマザーに、向こうで謝るんだな」
「っ……!」
ノアが拳を振り上げる。
エイドへ殴りかかった。
パシッ。
拳を片手で受け止められる。
押しても動かない。
腕に力が入らなかった。
(こんなに……体が弱ってたのか)
「バーカ」
「そんなじゃ、殴ることもできねぇよ」
エイドが拳を離す。
「飯食って、ちゃんと殴れるようになったら」
「もう一回かかってこい」
頭をぼりぼりとかき、テントを出ていった。
ノアは震える手でパンを掴む。
「僕は……」
パンを口へ押し込む。
スープで無理やり流し込んだ。
絶対に。
もう二度と。
何も失わないために。
――俺の役割を果たしてやる。




