パーティは喧騒の中で (1)
「……これで本当に大丈夫かしら」
シェリーゼの誕生日会、当日。
鏡とにらめっこしながら唸っていると、ネックレスを手に持ったリリアが「ご安心ください」と微笑んだ。
「素材の良さは全く損なわれておりませんので。むしろお嬢様のお顔立ちの華やかさが目立って良いかと」
“派手な厚化粧の女”と一言で済ませられる顔を、こうも綺麗な褒め言葉に言い換えられるのかと普通に感心してしまった。が、リリアは相変わらず私にとても甘いので、曖昧な笑顔でお礼を言いつつも言葉半分に聞いておく。
昨日、お父様やヴィード相手に一生分は泣いたのではないかという失態を犯したせいで、私の目元は見事に腫れていた。まあ、あの後ずっと冷やしてはいたので化粧で何とか誤魔化せる程度には収まっているけれど。
(……当たり前だけど本当にそっくりね)
目元に乗せた赤いアイシャドウにより、普段より六割増しで私の目つきがキツく見える。リゼから希望された肩だしの黒いドレスを着てることも相まって、昔の私がそのままここに居るみたいだ。
「さあ、これで仕上げです。今回は大人びた衣装ですのでいつもと少し趣向を変えてみました」
そう言ってリリアがふりかけてくれた香水はラベンダーの香りで。心を落ち着かせる効果もあるラベンダーを選んでくれた彼女の心遣いに、胸の内がほわりと温かくなる。
そうして気合を入れるために短く息をつき、ドレッサーの上に置いてある扇を持って立ち上がれば、「今日も完璧ですよ」とリリアが微笑んだ。
「あなたの腕がいいからね。それじゃあ第一庭園の会場に向かいましょうか。そろそろ客人も到着するでしょうし──」
リリアと共に出発しようとしたちょうどその時、トントンと軽いノックが聞こえてくる。何となしに返事をすれば、扉の向こうに立っていたのは予想外の人で。白と金を基調とした正装に身を包んだお兄様が、いつもの仏頂面でそこにいた。
「準備は出来たか」
「ええ、終わりましたが……お兄様は私に何かご用でしょうか」
「? 何を言っている。お前の今日のパートナー役は私だ」
思いもよらない言葉にビックリして、リリアにちらりと視線を向ければ彼女の方もきょとんとした顔をしてこちらを見ていた。……つまりこれは、予期せぬ何かがもう既に起きているということだ。
「……予定ではビュッフェスタイルの茶会形式と聞いております。パートナーが必要な場面など無いように見受けられますが」
「お前が寝込んでいる間に、シェリーゼが“ダンスの時間を設けたい”と言い出して急遽決まったことだ。シェリーゼの侍女からお前の侍女に伝えると言っていたが……」
お兄様から訝しげな視線を向けられたリリアは「誓って何も聞いておりませんよ」と、はっきり言い切った。
「知っていればまず最初にお嬢様にお伝えしますので」
「ではシェリーゼ側の過失ということか」
「それは……」
言いよどんで言葉を濁すリリアの前に立ち、鋭い視線を投げてくる兄に向けて余所行き用の綺麗な笑顔を浮かべる。
「今はどちらの過失とも言えないかと。ですがいずれにしても、このようなめでたい日に犯人探しで水を差すのは野暮というものでしょう」
「……確かにそれも一理ある。だが忘れるな。使用人の過失は主人の監督不足でもあるからな、後日追及するぞ」
「ええ、もちろん分かっております。……お兄様、リリアに頼みごとをしてから向かいたいのでドアの入り口で少々お待ちください」
その言葉に無言で頷いた兄は踵を返して部屋の外に出ていく。
意外にあっさりと引き上げてくれた兄に胸をなでおろし、次いでリリアの方を振り向けば彼女は「申し訳ありません」と視線を落とした。
「私のせいでお嬢様がロドヴィック様からまたお叱りを」
「別に気にしてないわ。お兄様は昔から厳格だもの。これぐらい慣れっこよ」
「……必ずお嬢様の非ではないことを証明してみせますので」
先ほどの兄の言葉をよほど気にしているのだろう。リリアの手を包み込むように握り、「そこは疑ってないし心配してないわ」と伝えれば、彼女は安堵したように微笑んだ。
「大丈夫よ、何があってもあなたを守ってあげるから。でも今はお兄様の視界に入らない方が無難かもね」
そう告げて私も扉の方へと向き直る。これ以上兄を待たせると、それはそれでまた何か言われてしまいそうだ。
「リリア、ビュッフェにあなたの好物も並んでるわよ。今日は私のことを考えずに思いきり自分を甘やかしてあげなさい」
少し泣きそうな笑顔で「はい」と答えた彼女を見届けてから扉を出れば、すぐ横に立っていたお兄様と視線がばちりと合った。
「お前はそうやってすぐに他人を信じるのが欠点だ」
「信じるに足る行動を彼女が普段からしてくれているからですよ。私だって見ず知らずの他人であれば全て信じたりなどしません」
どちらともなく歩き出した廊下で、お兄様と私の声だけが響く。
「ベルアンナ、どれだけ関係が近い相手でも心の底では疑え。たとえそれがお前にとって一番信頼している侍女であってもだ」
「そんなことを言っては誰も信じられなくなりますよ。お兄様だって私に疑われていては不愉快でしょう?」
いつもの私なら兄の言葉に逆らわず肯定していただろう。けれど、あまりにもリリアを貶めるような発言にムッとして咄嗟に言い返してしまった。
そうしてピタリと足を止めた兄に、ああ、しまったと思いながら私も足を止める。
「いいや、俺であっても疑え。父や母や妹であっても──それがあの皇太子であっても。信じていいのはお前自身だけだ」
鋭く真っ直ぐな視線に射貫かれ、喉が張り付いたように乾く。何かを言わなければと思うのに、頭の中は真っ白で。兄の深い紫の瞳をただ見つめ返すことしか出来なかった。
「……遅れるな、行くぞ」
再び歩き出した兄の背を、釣られたように追いかける。私と兄の間にある二歩分の距離が縮まらないように、広がらないように。ずっと一定の間隔で。
普段は誰かしらがいるはずのこの場所に今は誰もいない。
そうしてパーティー会場に着くまで兄と二人きり、静寂に包まれた廊下を無言で歩き続けたのだった。




