波乱のお茶会 (5)《ヴィードリッヒ視点》
シェアモンテの茶会に参加してからしばらく経った頃。
庭園へと向かうベルアンナを見送り、そのまま真っ直ぐ温室の二階へと向かう。
僕とベルアンナのあからさまな“戯れ”を目にしたからか、途中で話しかけてくる者もおらず非情に快適だ──が、しかし。
「なあ、フィアトラール家の公女って噂と違わないか」
「だよな。相当な癇癪持ちって聞いてたんだけど」
「あーーもったいねぇ。あれだったら縁談申し込んどきゃよかった」
そんな戯言が耳に入ってきて、思わず鼻で笑ってしまった。
端役程度の存在があの子の視界に入るつもりだったとは、冗談も休み休み言ってほしいものだ。
それなのに、その冗談以下の煩わしい声が聞こえてくる数は決して一つ二つどころではない。──あまりにも身の程知らずが多すぎることに段々と腹立たしくなってくる。
(ベルを連れてくるのは少し早まったかな)
最近はパレハの披露式を前に本格的に探りを入れてくる輩がいよいよ増えつつあった。
都度それらを相手することが面倒だったというのもあり、今日の茶会である程度の真実を見せれば多少は黙らせられるかと思っていたのだが──想定以上に虫が湧いてしまった。
(さすがに皇后の後ろ盾があると分かった状態で正面きって何かしてくる馬鹿はいないと思いたいけど)
四半刻で戻ってほしいとお願いしたものの、もっと短い時間にした方が良かったかもしれない。と、もう既に後悔に苛まれ始めたところで、半個室になっているテーブル席へとたどり着いた。
「これは、これは。随分とまあ派手に見せつけてくれたヴィードリッヒ殿下ではございませんか」
出会い頭にニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている男の耳を間髪入れずに引っ張る。「痛い、痛い!! ギブアップ!!」と、その青い瞳に涙の幕が張りそうになったところで手を離せば、彼はキッとこちらを睨み付けてきた。
「事実を言ったまでだろ、このドS皇子! ……って、痛ってぇな!」
「殿下に暴言吐くんじゃない。君のそれは普通に不敬罪だから」
ネイビーブルーの頭を小気味よく叩かれた少年は「暴力魔め」と、今度は彼の隣にいるベビーピンクの髪の少年へ睨むような視線を向ける。が、それを向けられた当の少年はどこ吹く風で、橙色の瞳を手元の本から一切動かすことはしなかった。
「君たち相変わらず主人と犬みたいだね」
「残念ながら、躾が悪いと損するのは主人なんですよね」
「だ~~れが犬だよ! 例え犬になってもお前に主人なんて死んでも頼まねぇからな!!」
「へえ、天下のアイゼル・スコレッティが犬になるのは構わないんだ」
ピンク髪の少年──ジェレス・フェルドレンがようやく顔を上げ、片眼鏡の位置を調整してから「君のお姉さんに報告したら面白そうだね」とニッコリ微笑む。
途端に、うげっと顔色を悪くしたアイゼルは椅子に深く腰掛け大きなため息をつくと、険しい目つきで僕たちを交互に眺めだした。
「絶対ベルアンナ嬢にお前らの悪口を吹き込んでやる。二人とも嫌われちまえ」
「生憎とベルはそれぐらいじゃ動じないよ。彼女は僕の嫌なところを君たちよりもたくさん知ってるからね」
「それは堂々と自慢できることではございませんよ殿下」
呆れたような視線を向けてくる二人をかわしてティーカップに口をつける。
ふわっと鼻腔をくすぐる薔薇の香りに、ここまでするかと苦笑してしまった。
別に目的があるとはいえ、ロレッタ・シェアモンテがあまりにも愚直に“薔薇姫”にこだわっている姿はいっそ憐れだろう。努力が無駄になるのだから早く諦めればいいのに。
「殿下、また良くないことを考えてただろ。そういう顔してるぞ」
「失礼だねアイゼル。ベルとの顔合わせを前にして君たちにどうアドバイスしようか考えてただけだよ」
頭の中とは別のことを適当に述べると、ジェレスが苦笑しながら「散々アドバイスされた後ですよ。珍しく我が姉から直々に」と手元の本を閉じた。
「僕の姉さん曰く、“貴方の方が絶対有利だから普段通り話しかけなさい”とのことですが」
「……俺の姉貴は“あんたに勝ち目はないかもしれないけど、まずは怖がらせないように気を付けなさい”だった。勝ち目って何だよ、何と勝負してんだ」
二人の言葉に思わず笑い声が漏れる。さすが社交界の華を司る姫君たちだ。ベルアンナのことも弟のこともしっかりと観察できている。
「君たちの姉君はどちらの弟がベルに気に入られるか賭けをしているようだからね。心からのアドバイスだと思うよ」
「はぁー?! 何だそれすっげぇムカついてきた。見とけよ、絶っ対俺の方がモテるって証明してやるからな!」
メラメラとやる気の炎を灯してるアイゼルにジェレスが特大のため息をこぼした。
「ベルアンナ嬢にモテてどうすんのさ。殿下の婚約者だぞ」と言いながら、本の角をアイゼルに向けて振り下ろそうと狙っている。
「でも正確には婚約者候補だろ。何かの拍子に俺たちの婚約者になる可能性だってまだある──……いや、ないです絶対ないです。万に一つもあり得ないこと言って申し訳ありませんでした殿下、ご勘弁を!!」
──デザート用のフォークがアイゼルの眼球に届くまであと5センチ。
彼はしっかりと僕の手首を掴み押し止めていた。さすが“武”の名門スコレッティ家の子息、とても良い反射神経である。
「……馬鹿。だから黙っておきなよってヒントあげたのに」
「あぁ? バカって言った方がバカだし。本で殴りかかろうとしてくる奴見て誰が理解できんだよ!」
またも小競り合いを始めた彼らを視界から外して、胸ポケットから懐中時計を取り出した。……針の進みがとても遅く感じる。ベルアンナが戻ってくるまで、まだこんなに時間があるなんて。
「──ねぇ、女性に花を贈るとしたら何がいいと思う」
ふと先ほどの会話を思い出したついでに、コーヒーを一口飲みながらこの二人に尋ねてみる。公爵家の直系嫡子という立場上、そういう場面に遭遇することもきっと多いだろう。
女性に評判がいい職人でもいれば紹介してもらおう──と。そこまで考えて、何の返答もないことに訝しみながら二人の方に顔を向ける。
そこには珍獣でも見たかのように絶句して固まる二人の姿があった。
「……何?」
「いや、何って。え? 花? 贈る? ──殿下が?」
「そうだけど」
「貴方、そんな純情なタイプではないでしょう??? プレゼントと言えば金の力でぶん殴るのがデフォルトじゃないですか。宝石で花束作りたいと言われた方がまだ納得できます」
「──ジェレスが僕をどう思っているかよく分かったよ。今後の関係値を構築するうえでの参考にするね」
取ってつけたかのように口元を手で押さえる仕草をしたジェレスに、空の皿を差し出す。
すると彼は何事もなかったかのようにニコリと笑って、僕が普段よく食べる軽食を手際よく大皿から移し替え出した。
「最近の殿下はこちらが好みですよね」
「ん、正解。一旦さっきのは許してあげる」
「寛大なお心遣いありがとうございます」
そのやり取りを終えて皿を受け取った瞬間に「ハァー!? 何だそれ俺の時と違うじゃん!」と隣から抗議の声が上がった。
「君は殿下の地雷を踏み抜いていったでしょ。僕はその一歩手前で止まったから」
「ちくしょう、意味わかんねー……いつも難しい言葉で誤魔化しやがって。賢い自慢ばっかしてると友達なくすぞ」
「これに関しては僕の“知”の家系は全く関係ないんだけど。君が空気読むの下手くそなだけ」
三度目の小競り合いが始まったので、再び時計を取り出し時間を確認する。
……よかった、あともう少しでベルが帰ってくるはずだ。それまではこの賑やかな犬猫コンビの喧嘩でも見物してよう──と、コーヒーカップを手に取ろうとしたその時。
「「…っ!? 殿下!!」」
ガシャン、とカップが僕の手から離れ派手な音を立てて転がり落ちた。
急激に心臓を締め付けられるような痛みが走り、地面に這いつくばりながら自分の胸元を押さえる。そのうえ視界までもがぐらつき始めて咄嗟に目を閉じた。が、そのまま正常に呼吸が出来るよう頭の中で強く意識すれば、痛みの波が段々と引いていく。
「────……殿下。その症状、まさか…禁術を本当に」
「……ベルアンナの近くに“迷い魔”が現れた。僕が対処するから二人はここで待機して」
「おい、禁術って何だよ! つーか魔物が出たって、それなら俺も一緒に──」
「アイゼル・スコレッティ、待機命令だ。二度言わせるな」
ひるんだように口元を引き結ぶアイゼルを横目に二階から駆け下りる。
突き放すような言い方になってしまったが、それを気に掛ける余裕なんて今の僕には全くない。
人々が少しざわつきながらこちらに視線を投げかけてくるが、それすら無視して僕は温室の外へと全速力で駆けだしたのだった。




