波乱のお茶会 (3)
「ヴィードリッヒ・フォン・アストリア皇太子殿下、並びにベルアンナ・フィアトラール公女がご到着されました」
従者の朗々とした声が響き、シェアモンテ家自慢の温室の扉が開かれる。
中に足を踏み入れた瞬間、そこにいる全ての人々の視線が私たちへと注がれた。
(……思ったより多いわね)
ざっと見渡すだけでも数十人はいる。純粋にシェアモンテとの交流目的というより大半は皇太子の婚約事情を探りたい者たちだろう。それに加えて公爵家の直系嫡子までもがここに現れるとなればこれも当然の状況か。
通常であれば一つの場所に集うはずもない旧貴族と新興貴族の組み合わせだ。見るからに派閥同士で別れており、まさに混沌とした空間である。
「──おい見ろよ、あのドレスの意匠。後ろ盾が皇后陛下だぜ。変わり者という噂だが、やはりフィアトラールの公女が優勢か」
「家柄的に妥当だろ。曲がりなりにもあの大公閣下の娘だぞ」
「そりゃそうだが、容姿や品性でいえばシェアモンテの令嬢の方が断然──…」
私の顔を見てはヒソヒソと何かを言い合ってる集団とバッチリ目が合ってしまい、当たり障りなく微笑み返せば彼らはポカンと口を開けてから慌てて会釈してきた。
「……ベル、サービス精神は程々にね。面倒な男を増やしたくないでしょ」
「ご心配なさらずとも、男女共に殿下への黄色い声の方が圧倒的ですよ。ほら、気前よく手を振って差し上げては?」
笑顔を貼り付けたまま適当にヴィードの言葉を受け流せば、彼は一瞬だけジトリとした目をこちらに向けてきた。が、すぐにいつもの皇子スマイルへと戻る。
……抗議のためか少しだけ物理的な距離は詰められたけれども。
そんな衆人環視の中で「お待ちしておりました、皇太子殿下!」と弾んだ声を響かせて一人の少女がこちらへと近づいて来た。
──ついに本日の大本命、ロレッタ・シェアモンテ嬢とご対面だ。
バニラ色を基調としてモーブピンクのグラデーションがかった綺麗な髪からふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。緩く巻かれた毛先が風に揺れ、大きくぱっちりとした淡いピンク色の双眸は星が瞬くように輝いている。
まさに“白薔薇姫”という名の通り男性にとっても女性にとっても守りたい分類に入る可憐な容姿と言えよう。……実を言えばその呼称は本人発信ではあるのだが。
「久しぶりだねシェアモンテ嬢。招待してくれてありがとう」
「こちらこそ、足をお運びいただき感謝申し上げます。当家自慢のビュッフェもございますのでごゆるりとお楽しみくださいませ。──もちろん、ベルアンナ様も」
あどけない笑顔を贈られ、一言礼を述べてからこちらも笑顔を返す。まるで本当に慕ってくれているかのような振る舞いは、さすが計算高い野心家の彼女らしい。前世で出会ってなければ普通に無邪気な女性だと信じてしまいそうだ。
「スコレッティ公子とフェルドレン公子はもう到着してるのかな」
「ええ、あちらの少し離れたところでご歓談されてるかと」
「じゃあ僕もそっちで少し話してくるよ。──ベルはどうする?」
急に腰に手を添えられ、こちらに顔を寄せてきたヴィードが優しげな微笑みを浮かべる。途端に周りの令嬢たちが口に手を当てて、熱に浮かされたようにはしゃぎ出す様子が目に入ってきた。
(やっぱりこの綺麗な顔、得よねぇ)
何を言っても大体許されるし好感度が勝手に上がっていくのだから。
この愉快犯じみた笑顔が自分に向けられてなければ私も観客として楽しめただろうに……と、これ以上近づいて来ないようにヴィードの胸を手でそっと押し返す──が。
「そんなに離れたくないんだ? 僕もだよ」
あろうことか彼は指を絡めるようにその手を握り込んできた。
しかも事実を180度捻じ曲げるという嫌なオマケ付きで。
(ロレッタ嬢を煽るにしてもさすがに強引すぎでは)
という意も込めてジトリとした視線をヴィードに向ける。けれどすぐに彼から小声で「これでかなり数減らせるから」と耳打ちされ、はて、と首を傾げた。
「当日の発表を待つまでもないわ。第一パートナーはきっとベルアンナ様よ」
「でもあのお二人って今まであんなに親密ではなかったような…?」
「あのご様子ではお近づきは無理かも……殿下とお話ししたかったのに~」
「諦めてはダメよ…! パレハのお披露目式まで、まだ日があるもの!」
よくよく注意して周囲の声を拾ってみれば──なるほど、ご令嬢方の意欲をなるべく削いでおきたいらしい。全員を相手するのは確かに大変そうだ。
「君の手は温かいね。このまま握っててもいい?」
「──えぇ、殿下がお望みであればいくらでも」
どうやら今日一日は徹底的に“仲睦まじい婚約者”という演劇を続ける気のようだ。
仕方なく合わせる形で手を握りながらほんのり笑顔を浮かべれば、周囲からは、ほぅ、と夢見心地な視線が送られた。──そろそろ表情筋がつりそうである。
「このまま殿下とご一緒したいのは山々なのですが、きっと殿下も公子達と積もるお話があることでしょう。私は向こうの庭園を散策してまいります」
「ん、分かった。でも君一人だけでは心配かな」
「では──ロレッタ嬢、案内をお願いできるかしら」
指名を受けたロレッタ嬢は「もちろんですわ」と愛らしい笑顔を浮かべる。
と、同時に私とヴィードの距離を自然と離れさせるように近づき私の隣に寄り添ってきた。
「ベル、四半刻ぐらいで戻ってきて」
「女性同士のお喋りですもの、せめて半刻はいただけると嬉しいですわ」
「だーめ、どんなに楽しくても四半刻までだ。あまり遠くまで行かないようにね」
「……かしこまりました」
30分の制限時間でロレッタ嬢に失態を犯させ、パレハ入りを諦めさせるのは無理に近い。ヴィードとてそれは分かっているはずだ。
(何か良い算段を思いついたのかしら)
どこまでのトラブルなら隠蔽できるか割と真剣に考えていたのだが、実行せずに済むかもしれない。であれば一旦、私の方はロレッタ嬢と無難に接しておくまでに留めておこう。言い出した張本人が対処してくれるなら願ったり叶ったりだ。
会話の流れのままヴィードとは別れて、ロレッタ嬢に導かれるようにしばらく歩き進める。すると人が疎らになったところで、タイミングを図ったように三人の令嬢が周囲に集まってきた。
「もしよろしければ私たちもご一緒していいかしら」
「シェアモンテの白薔薇は真に美しいと有名ですから是非ご一緒したくて」
「ええ、私も白薔薇姫ご自慢のお庭を拝見したいわ」
いずれも見覚えがない顔だ。それぞれ自己紹介されたが有名どころの家門とは一致しない。ということは新興貴族の中でも新参の、もっと露骨に言うとロレッタ嬢の取り巻きだろうか。
「私は構いませんがベルアンナ様はいかがでしょう? 人混みはあまり好まれませんものねぇ」
ヴィードがいなくなり、早速ロレッタ嬢の猫かぶりが外れ始めた。前世と変わらずこの切り替えの早さはお見事である。
彼女の言葉を聞いた周囲のご令嬢たちは全員わざとらしく手で口を覆いながら困ったように眉根を下げていた。
「まあ! 私たちったら配慮が足りず申し訳ございません。ベルアンナ様がお一人を好まれるのは有名ですものね」
「でもヴィードリッヒ殿下とはあんなに楽しげにお喋りされてましたもの。私たちともお話してくださるはずよ」
「そうよね。まさかフィアトラール家の公女が、話しかけてくる人間を差別なんてするはずないもの」
勢いよくまくし立てる令嬢たちを見て思わず口が緩みかけてしまう──何とまあ可愛らしい茶番だろうか。
要するに“生まれだけが取柄の高慢な女が殿下の前でいい子ぶるな”と。
少し前までの態度を鑑みれば本当にその通りなので特段言い返すこともないが。
「一年前のパーティーでお見かけした際のベルアンナ様といえば──」
「実は私の従妹もベルアンナ様にお会いしたことがあって──」
その後も出続ける文句を聞きながら肩の力を少しだけ抜く。
正直多少は身構えていたのだが、バリエーション豊かな嫌味が飛び交うだけの状況に拍子抜けしてしまった。
てっきりジュースが入ったグラスを零されるか、最悪水場に突き落とされるかと覚悟はしていたのに。そんな気配すら皆無なこの光景は、もはや微笑ましいとさえ思う。
(よほど鬱憤が溜まってたのね……)
まあ数年前からヴィードの婚約者候補を下りるために奇怪な行動ばかり取っていたのだから当然と言えば当然か。
一番酷い時なんて、話しかけられたところでくだらない噂話をするなと一蹴したうえに言葉で詰めて相手を泣かせるという暴挙の塊であったし。
それがきっと彼女たちにとっては“底辺と思っている人間にはまともに話もしない生意気な令嬢”という風に見えたのだろう。
これぐらいの嫌味で満足してもらえるなら存分に発散してほしい。むしろその方がこちらとしても楽である。
そう思い、引き続き何かを言い返すことなく粛々と受け止めていると、ロレッタ嬢が勝ち誇ったような様子で「皆さん、そこまでに」と周りを窘めた。
「ベルアンナ様がお困りだわ。せっかくの機会なんですから仲良く花見を楽しみましょう」
「あら、続けてもらって構わないわ」
被せるように言い放った言葉は決して語気を強めたわけではない。けれども令嬢たちは少しひるんだように、私の顔色を伺い見てきた。
「不満があっては楽しめないもの。後腐れなく全部吐き出した方が皆さま過ごしやすいのではなくて?」
そのまま最上級の愛想笑いを向ければ、あれほど勢いのあった令嬢たちの声がピタリと止んで、そろりと互いの行動を伺うように顔を見合わせている。
分かりやすいほどの動揺ぶりだ。世間の噂通り私が癇癪を起こして途中退席するとでも思っていたのだろうか。
(なるほど、そっちも私の自滅狙いってことね)
気に入らない存在はいなくなってほしい。けれどフィアトラールに真っ向から喧嘩を売るほど肝は座ってない、といった所だろう。
公女が失態を犯してさらに評判を落とせば、ヴィードとの婚約の件にも響くと考えたのかもしれない。
──だとすればロレッタ嬢と取り巻きを分断させて、ロレッタ嬢と二人きりで居た方がまだ対処しやすいだろうか。
と、令嬢たちに少し揺さぶりをかけようとしたところで、唯一表情を崩していないロレッタ嬢に「ベルアンナ様」とやわらかく呼びかけられた。
「大げさですわ、不満など何一つございませんよ。ベルアンナ様とお話し出来て光栄なあまり、皆さん舞い上がっているだけかと──ね、そうでしょう?」
ロレッタ嬢の問いかけに周囲の令嬢たちがここぞとばかりに同意して頷く。
やはりさすがにそう簡単には割り込ませてくれないか。……となれば、一か八かで少し不安は残るが少し賭けに出てみよう。
「……ごめんなさい、私の意地が悪かったわね。私だってあなた達と仲良くなりたいもの。だからお詫びの印にこれを贈らせて」
少しだけ緊張しながら腰元に下げていたポシェットから中身を取り出し、令嬢たちの前にそっと広げて見せる。
ほんの少しでも興味を持ってくれたら──という思いとは裏腹に、彼女たちは「まあ…!」と一斉に感嘆の声を上げて、私の手のひらにある物に釘付けになった。
「なんて可愛らしいのかしら!」
「これは犬? こっちはウサギね」
「この子とこの子はきっと姉妹だわ」
キャーキャーと盛り上がる令嬢たちの様子に内心ホッと息をつく。
彼女たちに見せたのは何てことはない普通の手作り人形だ。どちらかと言うとぬいぐるみの分類に入るだろうか。手のひらサイズで、顔は動物だが人間のように二足歩行で洋服を着てオシャレしているところがチャームポイントである。
「こんなに小さいのにお洋服まで凝ってるのね」
「ええ、私こんな型の人形は初めて見ましたわ」
この頃の貴族令嬢の間では人形と言えばビスクドールのように精工で美しいものか、テディベアのように腕で抱えるほどのサイズ感のものが主流だ。
だからこそ平民向けのこういう小さめのものは逆に目新しく映るかと思っていたのだがどうやら大正解だったらしい。
「お人形用の小さい家を建ててあげれば、いろんなごっこ遊びもできるのよ」
「まあ素敵! たくさん揃ったらとても楽しそうですね…!」
「あの、ベルアンナ様。私もこの子たちを集めたいのですが、どの職人に依頼してるか教えていただけませんか…?」
思った以上に好評のようで嬉しいが、最後の問いにどう答えようかと迷い少しだけ言葉が詰まる。
「……そうですよね。フィアトラール家の御用達ともなれば私たち程度では到底釣り合いませんよね」
「そ、そんな風に思ってないわ! 私の手作りだからどう答えようか迷ってただけで──」
──言った。勢いに任せてついに言ってしまった、私の秘密。
リリアにも家族にも、ましてやヴィードにも言ってなかった私の密かな趣味。
前世の学生時代、友人であるエルネから教わったのがきっかけで始めた趣味だ。まあ最初はあまりの才能の無さにほぼ諦めていたのだけれど。
処刑から逃げおおせた先の貧民街や各街で、恐怖と寂しさを紛らわすために没頭し続けていたら、いつの間にか生計を立てられるほどに技術が上がっていたのである。
(でも令嬢としては褒められた趣味じゃないのよね……)
自分は指一本動かさず周りの者を手足のように動かすことこそ令嬢の本分である。だからお前は何もするな恥をかくぞ──と前世の父と母に散々言われてきた。だからこそ必死で隠してきた趣味であったのに。
せっかく興味を持ってくれたのだから変な勘違いは早く訂正せねば、という焦りもあってつい本当のことを言ってしまった。
好意的に見てくれていたのに幻滅されたかもしれない。と、少し視線を落としたところで、バッと勢いよく手を握られたことに驚き顔を上げる。
「こ、これら全てベルアンナ様の手作りなのですか!?」
「まさかお人形もお洋服も全部!?」
「本当にこの職人レベルのものをベルアンナ様お一人で作られたのですか!?」
予想していたものとは全く異なり、興奮を取り戻した令嬢たちが間近まで迫ってきた。勢いに押されながらも何とか一つ一つの問いに頷いて答えれば、彼女たちはますます盛り上がり、三人で円になりながら互いに手元の人形を見せ合っている。
まさかの状況に理解が追いつかずポカンとしていたところで、今まであまり会話に参加してこなかったロレッタ嬢が「ベルアンナ様」と声をかけてきた。
「我が家主体で流通させたいほど良い出来ですわ。私も集めたくなりましたもの」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ。……じゃあこれはオマケね」
ポシェットからさらに人形を取り出してロレッタ嬢に手渡せば、その人形の見た目に気づいた彼女の目が丸くなった。
「これ、は──私…?」
彼女の綺麗な髪色と同様、バニラとピンクの体毛で薄桃色の瞳の可愛い猫人形。遊び心で一つだけ彼女をモチーフにした人形を作っていたのだ。正直、本人に渡せる機会が来るとは思ってもみなかったが。
「気に入らなければ捨てるより誰かに譲ってくれると嬉しいわ」
「……まさか、大事にいたします。何と言ってもあの有名なベルアンナ公女からの贈り物ですし」
人形を撫でながら優しく笑う姿に、思わず照れくさくなる。
けれど、すぐさま何かを思案するように彼女は人形を見つめながら黙り込んでしまった。
「ロレッタ嬢、何か気になるところでも?」
「いえ、別に……そろそろ薔薇園の方に向かいましょうか」
はぐらかすように微笑みを浮かべる彼女に深く追求することなく「ええ、楽しみだわ」と頷いた。
──ちゃんと分かっている、優しく見えるのは表面だけだということを。今も彼女の中でいろいろな計算が動いているのだろうということを。それでも。
「決めました、このお人形の名前はロリーにします。幼い時の私の愛称を譲ろうかと」
「良いんじゃない? 素敵な名前をもらえて良かったわね、ロリー」
今だけは普通の友人のように他愛のない話をしながら笑い合う。
ずっとこんな時間が続けばいいのに、と思いながら。




