工業都市編Ⅵ 伸ばした手
レグナの普段は黒いその瞳が赤く光りを帯び、暗闇の中からゆらりゆらりと魔獣に近づいてくる。
姿勢はやや前傾で吐く息は荒くその様相が疲労か怒りかは遠目からはうかがい知れない。
魔獣の背後に迫るレグナは歩みを止め、一度深く呼吸をし怒気をはらませ静かに口を開く。
「半端な存在が、好き勝手してくれてるな」
その異様な存在を危険視した魔獣は振り返りレグナに向かって前脚を振り下ろす。が、その攻撃を片手で弾き返し魔獣の上空に跳び地面に叩きつけるように殴り返す。魔獣は勢いよく地面に身体を沈め、レグナは元の場所へ着地する。
「……随分と硬いな。今のあいつ一人だと流石に荷が重いか」
殴った手を開きゴミを払うかのように手を振りながら、想像以上の硬さに若干の関心をし少し冷静に状況の確認を始める。その様子を観察しながら魔獣は沈んだ身体を起こし始める。
「おい。奥にいる小僧!動けるなら奥まで逃げておけ。巻き添えくっても知らんぞっ」
唐突に、自身に発せられた強い声に少年は顔を引きつらせる。しかし逃げるそぶりは見せず恐怖からか身動きが取れずその場で硬直するように怯えてしまっている。
その様子を見たレグナは小さく舌打ちをしながら、態勢が崩れたままの魔獣を少年から離すように再び殴り飛ばす。浮いた身体が壁にぶつかり崩れた土砂を被ると魔獣はギギギと威嚇をするような音を立てながら再度態勢を整えだす。
力の差を見せつけるかのようなレグナだったが、殴り飛ばした後腰から崩れるようにして膝をついてしまう。
「くっ……。とはいえ、こっちも満足に戦えそうにないな」
重い体を気だるく起こし崩れた土砂が巻き上げた土埃を避けるようにしてルーの元へ近寄っていく。
傍に着いて一息入れてから声をかける。
「いつまで寝てるつもりだ。とっとと起き上がれ」
レグナは凄惨なルーの状況を見るが気にも留めず、まるで寝坊をした子供を起こすかのように喋りかける。
「少し……ごふっ!少し、休んでた……だけだっ」
途切れかけた意識をつなぎ止め、吐血をするも気丈に返事をし、その勢いのまま気力を振り絞り立ち上がる。
少し横になっていたからか、レグナが来た安心感かは判らないが立ち上がってみると思った以上に身体は動きそうだった。そこまで深い傷ではなかったのかもと考えてしまう。とはいえ、攻撃を受けた腹部からは未だ出血は続いており長期戦には耐えられそうにない事は明白だった。
「さて、登場して早々だがこっちもあまり余力がない状態だ。年は取るもんじゃないなぁ」
「はぁ?お前何もしてないだろ」
「なんだ?期待してたのか?」
不満を漏らすルーにいつものようにからかってしまう。
「っ!んなわけないっ」
少なからず考えてしまった期待を自身からかき消すようにルーは声を強めて否定した。
その様子を魔獣がおとなしく見ているはずもなく態勢を整え攻撃をしてくる。
狙いを絞らせないようによけながら戦略を練る。
「ただ、物理は殆ど効果無さそうだ。魔法は効いてた。けど、魔力の残りが」
ルーが主体でこれまでの状況を手短に伝え、
「魔力少し分けてやる。……これでなんとかしろ」
意図を汲みルーに魔力を分け疲れた様子を見せる。
「少し俺が時間を稼ごう。後はお前がやれ」
「わかったっ。全力でぶつけるっ」
距離を取り、横並びで魔獣と対峙するように二人は向き合う。
ルーが魔力を練り始めると同時にレグナが声を上げる。
「チャンスは一度だ。いくぞ!」
声を皮切りに魔獣に向かっていく。
魔獣の攻撃を受け流し、懐に潜り込む。
顎を叩き上げるように殴り魔獣の顔が跳ね上がる。
受け流した前脚は力任せに踏みつけ、魔獣が更に体制を崩す。
8つあるその眼はレグナを捉えたまま踏まれた腕もろとも叩き潰す勢いで、もう一方の腕を振り下ろした。
その攻撃を受け止める。
同時にレグナの背後からジャンプで飛び越えたルーが魔獣に突撃し、
「沈めぇぇっ!!!」
殴るように魔力をぶつける。
魔獣の表皮に触れた瞬間、眼が眩むほどの閃光が辺りを塗りつぶす。それはうねりながら収束し魔獣もろとも坑道を貫いた。
遅れて衝撃音が地鳴りのような振動と共に響き渡る。
魔力に飲み込まれた魔獣は跡形もなく消え去り地面は元の形を変容させていた。
ルーは受け身を取る余力もなく、勢いのまま地面にぶつかる。
レグナは魔獣の残された前脚を投げ捨て、ふぅと一息をつく。
「ねえちゃん達、すげぇ……」
先程まで固まっていた少年が驚いている。辺りは耳鳴りと地鳴りがやまない。
「崩れるかもしれんな。避難しよう」
レグナはあたりを見渡しながら危険を少年とルーに知らせ、出入り口へ向かうように指示を出す。
少年はこれまでの疲労からかよろよろと近寄ってくる。ルーもボロボロの身体を少しずつ起き上がらせようとしている。
もう少しでルーの所に少年が到着するという所で、二人の間の地面に亀裂が入り、
ゴゴゴゴゴ――――――
一段と大きい音で、地面が崩れていく。
その崩壊に逃げ遅れていた少年が巻き込まれ落下を始める。
「……!くそっ。間に合ってっ!!」
力を振り絞り裂け目のギリギリまで滑り込み、肘までの右腕も使い身体を地面に固定し、落ちていく少年に左手を差し伸べる。
(そ、んな……)
僅かに届かない。
指先が触れるか触れないかの距離から、少年の落下により徐々に距離が遠くなっていく。
絶望の瞬間は時の流れが遅くなるのかゆっくりと手が離れていき、少年の顔が小さくなりながら驚きの表情から恐怖の表情へと変わっていく。
ゆっくり流れる時間の中、急に一段階暗くなった視界の端から少年へ向かって黒い影が伸びる。
その影は少年の伸ばした手を掴み落下を止めた。
「……間に、あったか」
振り返ると、覆いかぶさるようにルーも抱えたレグナがいた。
魔獣戦、決着となりました。
お知らせになりますが、次回以降ですが日曜日の昼頃更新とさせていただきます。
引き続きよろしくお願いいたします!




