工業都市編Ⅴ 蜘蛛の魔獣
「レニ!蜘蛛型の魔獣だっ!奥に子供が倒れているのも確認したっ!」
蜘蛛型の魔獣から目を逸らさずレニに手短に状況を伝える。
地面に捨てた松明の灯りで高さ3メートルを超えそうなその光沢のある巨躯が姿を見せた。
支える脚はいずれも太く強靭でその中でも前脚はルーより大きくも見える。
事前情報から蜘蛛と捉えたが、その表皮に覆われた様相は蟹のようにも見える。
「何故こっち側に魔獣が?!」
「判らないけど、奥に崩れた横穴があった!そこから来たのかもしれない。」
考えられる可能性を話すと、レニの表情が曇る。
「っ!なんてことだ。複数体いたら流れ込んでる可能性もあるって事じゃないですか!」
そんな二人のやり取りに興味があるかのように蜘蛛型の魔獣が太い脚をゆっくりと互い違いに動かし、重量感のある音を立てながら間合いを詰めてくる。
「奥の子供を助けるにはこいつどうしたらいい?」
まだ余裕のある距離の中、救助の算段をレニに投げかける。
「倒れているなら動いてないでしょうし、こちらに向かって来ているから気付いてないと思ってよいかもしれません。これだけ暗い中で生活をしているのであれば、目で見るというより温度や音で判断しているかも。大きく動きながら注意をひいてこちら側におびき寄せて下さい。」
レニの分析に耳を傾けて最中、魔獣が間合いに入ったのか先程までのゆったりとした動きから勢いよくルーに向かってくる。
そのまま前脚を大きく振りかぶり力を溜めルーに振り下ろす。
攻撃に合わせ前脚を切り払おうとするが、衝突した瞬間に硬い衝撃が伝わり身体ごと弾かれる。
靴が地面を滑り、停止と同時に一呼吸置く。
力比べでは分が悪そうだった。
「それから消化液を吐く可能性があります。当たらないように気を付けてっ」
「っ!判ったっ。」
力をこめ、反動で後ろへ跳び少し間合いを取る。
接近するにも注意が必要そうな状況に膠着状態になり兼ねないと予想し着地前にレニに声をかける。
「レニは入り口の扉閉めてきてもらっていい?外に魔獣が出たらまずい!」
「判りました。無理はしないでくださいね。すぐ戻ります!」
そう言ってレニは来た道を戻り入り口に駆け出す。
魔獣はレニには目もくれず目の前のルーを見据えている。
横に大きく動きながら魔獣を誘い、その動きに合わせるように魔獣は前脚を振りぬく。
坑道を抉りながら振りぬかれたその前脚をギリギリで避け、付け根近くを切断するように剣を薙ぎつける。
ギイイィン
と、その硬い表皮に刃が通らず、甲高い音を響かせる。
「やっぱ、かったいなぁ。」
思わずルーの口から不満が零れる。
奥から誘い出すことは出来ているが、今の自分だけで魔獣の向こうにいる子供を救出し安全に離脱するのは不可能に感じていた。
緊張感と余裕のない状況から、汗が滴り落ちる。
数回前脚の攻撃を受け止めただけだがその重さと硬さは片手で凌ぐには限界もあり僅かに手の痺れすら感じる程だった。
物理攻撃ではやや劣勢。
とはいえ、現状では立ち位置が悪い。魔獣が先程の子供に向かっていった場合間に合わない。
レニもすぐに戻ってくるだろうし、騒ぎを駆けつけてレグナが来る可能性も考慮すると、回り込み子供のフォローが出来る位置へ行き、挟み撃ちの体制が理想と判断し切り替える。
(魔法で意識を逸らして回り込むか。)
考え終える前に、魔力を集め始める。
圧縮した魔力を天井付近まで上昇させ、つられて魔獣の意識が上を向いたと同時に魔獣に向けて放つ。頭部に向かってくる魔力弾を前脚で防ぐ魔獣と、魔力弾に意識が向いている隙に魔獣に向かっていくルー。
着弾すると圧縮されたエネルギーが解放され爆発を起こす。
と、同時にルーは魔獣の下を勢いよく滑りぬけ、貫く為に鋭く圧縮させた魔力を練る。
くぐり抜け背後に回ると、滑る足に力を籠め振り向くと同時に魔力弾を放つ。
腹部を狙った魔力弾は、魔獣が振り向こうと態勢を変えた為位置がずれ左の後脚を貫通し、坑道の壁を派手に抉る。
「ギギィ!」
低い金切り音の様な声を上げ、体制を崩す魔獣。
その様子を見て、ルーは自分の攻撃が通じることに口角が上がる。
痛みを感じているのか坑道内で当たり散らす様に見境なく暴れる。
薄暗闇の中土埃が舞い崩れた土が飛散し、その後魔獣もおとなしくなり一時の静寂が訪れる。
おとなしく動かなくなった警戒をしているとゆっくりと魔獣もこちらを向く。
獲物から敵と認識をしたのか魔獣も迂闊に近寄ってこなくなり暫く緊張感のある静寂が訪れるが、その静寂を破ったのは意外な声だった。
「うわああああっ!!」
唐突にルーの背後から子供の叫び声が聞こえ、慌ててルーは後方を確認する。
子供が目を覚まし、こちらを見て叫んでいる姿だった。
が、それに気付いていたのはルーだけではなかった。
ルーの一瞬のスキをついて距離を詰め攻撃を繰り出す。
「やばっ……」
ズシャァッ
魔獣の前脚は空を切りそのままルーの左わき腹を抉る様に振り抜かれる。
「っ!いああぁっ!!」
衝撃と共に灼ける様な痛みが遅れて広がる。
激痛に思考を覆われそうになるのを堪えるが、腹部を中心にまるで力が入る気配がない。
(ヤバイッ!ヤバイヤバイッ!!)
受けた衝撃で吹き飛ばされたまま、頭の中で焦りが加速する。
ドサッ……ドンッズザザアアッ
受け身も取れず地面に打ち付けられ、一撥ねして再度地面を滑る。
意識に入り込んでくる痛覚はすでに何の痛みかもわからないほど浸食し、
耳の奥では脈動がうるさいほどに鳴り響く。
どれくらいの時間が経っただろう。目の前にいる魔獣がルーに近づいてくる様子も見せないまま、ふと視界に入るのはルーが来た道から見える薄明かり。
角を曲がりこちらへ向かってくる人影はレグナだった。
「……はぁ、はぁっ。おぃ!大丈夫なのかっ?!」
近づいてきたレグナをよく見ると肩で息をし、左わき腹を押さえているのが見える。
(はは。急いで来たのかな。)
笑おうとしたが、口から漏れたのは吐血だった。
「……しくった。……ごめん。奥に……ごほっ。奥に、子供が。」
ルーはふり絞って伝えるが、届いているかどうか判らないほどの小さく掠れた声で叫ぶ。
レグナにその声が聞こえたか判らないが、魔獣を睨むその眼が赤く光りを帯び、握りしめた右の拳は怒りからか震えているように見えた。




