01
大和と陽菜が組んでから、一週間が過ぎた。
この日も朝から『身元不明女性一部遺体遺棄事件捜査本部』では、重苦しい空気のなかで捜査会議が開かれていた。
「――報告は、以上です」
「どいつもこいつも……お前らは同じ報告しかできないのか!?どうして新しい情報を一つも掴めないんだ!」
各班の報告が終わるや否や、一課長の隣に座る灰田管理官は声を荒らげ、手元の資料を机に投げ捨てた。
村井琴の自宅に『両手』が送りつけられてからというもの、刑事たちは睡眠時間を極限まで削り、残業に残業を重ねて泥臭い捜査を続けている。しかし、未だに被害者の身元も犯行現場も特定できていない。
それどころか、村井の交際相手、家族、友人、職場の同僚、さらにはその周囲の人間まで徹底的に洗い出しているにもかかわらず、未だ容疑者を絞り込むことすらできなかった。
「お前ら……それでも一課の刑事か!プライドはないのか、プライドは!」
灰田は勢いよく立ち上がり、射抜くような視線で周囲を睨みつける。だが、捜査員たちは一様に顔を伏せるかそっぽを向くばかりで、誰一人としてまともに目を合わせようとはしなかった。
大和もまた、デスクの下で拳をグッと強く握りしめ、俯いた。
――んなこと、言われなくても……クソが。
事件が発覚した翌日。
灯教授から『犯行現場を特定できるような物証は、今後も見つからない可能性が高い』と告げられた時、大和は胸の奥で、この事件が迷宮入になるかもしれないという最悪の予感を抱いていた。
『血を綺麗に抜いて切断して、わざわざ冷凍までしてんだぞ!それなのに……手がかり一つ残さねえってのか?』
『あくまでも可能性の話だ。……だがな、大和。恐ろしいくらいに綺麗なんだよ。切断面も、皮膚も、何もかもがね。まるで、塵一つ付けたくない、大切な自分の「作品」であるかのように』
それでも精密な再検査は続けるため、何か見つかればすぐに連絡をすると言っていたが、あれから灯からも柚木からも音沙汰はない。
だからといって、このまま未解決事件として幕を引かせるつもりは毛頭なかった。絶対にクソ野郎を見つけ出し、この手で引きずり出してやる。それは、今この場で悔しさを必死に噛み殺している他の刑事たちも、全員同じ思いのはずだ。
「灰田管理官、落ち着きなさい」
「ですが、富津頭一課長!このままではまた『無能な警察』と世間から叩かれます!これ以上、国民の信頼を失墜させるわけには――」
「分かっていますよ、そんなことは。捜査にあたっている彼らが一番、それを身に沁みて痛感しています」
「……おっしゃる通りです」
富津頭に静かに宥められた灰田は、バツが悪そうに散らばった資料を拾い集め、席へと戻った。
いくら警察が血の滲むような努力を重ねようとも、『税金泥棒』『無能警察』などと批判する声は必ず存在する。SNSが普及した現代では、そんな一部の悪意ある声さえ瞬く間に拡散され、現場の刑事たちの心を容赦なく削っていく。
「各班の報告は以上だな。では、最後に私から一言……。警察は、みなの安全と笑顔を守るのが仕事だ。己の職務を全うしろ」
「「「はいっ!!」」」
「――以上、解散」
富津頭が席を立つと、各班長が一斉に捜査員たちへ矢継ぎ早の指示を飛ばし始めた。
どの刑事も度重なる睡眠不足で頭は朦朧とし、身体はふらふらのはずだ。それでも、まだ燃え尽きていない刑事としての執念だけが、鉛のように重い身体を突き動かしている。
それゆえに――。
「会議中に失礼しますっ!」
自分たちの張り詰めた気力を遮るように、会議室のドアが勢いよく開け放たれた瞬間。その場にいた刑事たちは一斉に振り返り、張り詰めた空気のなかで、乱入者を鋭く睨みつけた。
「なんだお前は。一課長はこの後も予定が詰まっておいでだ。報告なら後にしろ!」
灰田管理官はすぐさま富津頭の前に立ちはだかり、しっしと手を振って乱入者を追い払おうとした。
その剣幕に報告の男は一瞬だけ気圧されて後退したものの、すぐにガチリと足を止め、深く頭を下げた。
「申し訳ございません!ですが、富津頭一課長のお耳に今すぐ入れておきたい内容です!」
「私に……。分かりました、報告を」
「ありがとうございます!つい先ほど、本庁に行方不明者届が提出されました。『出張から社長が帰ってこない。一週間ほど前から完全に連絡が途絶えている』とのことです」
「おい!その社長ってのは、女か!?」
大和は男の報告を力任せに遮り、問い詰めるようにして掴みかからんばかりの勢いで駆け寄った。
あまりの勢いにパイプ椅子が激しい音を立てて後ろへ倒れたが、会議室にいた誰一人として、大和のその暴挙を咎める者はいなかった。全員の視線が、報告の男へと一斉に突き刺さる。
「は、はい。女性です。株式会社白亜の社長、三木坂麗雅さん、三十五歳――」
「一班と二班は鑑識を伴って白亜本社、および三木坂の自宅へ直行。三班は村井琴と三木坂麗雅の接点を早急に洗え。他の班は――」
男の報告をすべて聞き終えるより早く、富津頭が峻烈な声を響かせて各班へ瞬時に指示を飛ばした。
次の瞬間、弾かれたように捜査員たちが一斉に部屋を飛び出していく。
怒涛のごった返す室内のなか、大和は自席の傍らで、おろおろと周囲を見回している陽菜の元へと大股で歩み寄った。
「あ、大和さん!私たち――」
「本社へ行くぞ!白亜はデカい会社だ、来客の記録は必ず残ってる。村井琴、あるいはその関係者が紛れ込んでねえかくまなく確認すんぞ!」
「はい!」
陽菜からパイプ椅子に掛けられていたジャケットを引ったくるように受け取り、大和は翻る。二人は火を付けられたように、足早に会議室を後にした。




