01
郊外の広大な空き地にぽつんと取り残された、青と白のストライプ柄のサーカステント。
かつて子供たちの笑顔と楽しげな電球の光で飾られていたはずのその場所は今、カラフルな風船などではなく、警察が張り巡らせた黄色と黒の『立入禁止』の規制線によって無残に包囲されていた。
「――あなたに出会えて、本当に良かったです。ルーツさん」
ブラックスーツを隙なく着こなした男――コアは、規制線のわずかな隙間をすり抜け、テントの傍らに佇む大きな青い移動用コンテナの足元へ、一束の鮮やかな花束をそっと立て掛けた。
『大切な家族と一緒に、遠くへ引っ越すことにしました。でも、コアさんたちには絶対に迷惑はかけないように処理しますので、どうぞご安心ください。今まで、本当にありがとうございました』
数日前、仕事仲間である彼の端末から届いたその最後のメッセージは、文字通り『永遠の別れ』になることを、コアは知っていた。
本来、この組織に一度足を踏み入れた者が、自らの意志で仕事を辞めることなど絶対に許されてはいない。しかしコアは、彼――ルーツという最高の仲間にだけは、特別にそれを許すことにしたのだ。
それは、彼なら自らの宣言通り、警察に組織の尻尾を掴ませるような迷惑を一切かけず、綺麗にすべてを引き取って消え失せると信頼していたからではない。――自らの命を賭けてでも守りたかった最後の家族を手放すことになった彼は、その瞬間に心が完全に空っぽになり、もう二度と、こちらの世界でも使い物にならない抜け殻になるのだと分かっていたからだ。
「ですが……まさかご家族の猛獣たちと、文字通り肉体ごと『一心同体』になって消え去る道を選ぶとは思いませんでしたよ。ふふふ……本当に、本当にご家族が大事だったんですねえ」
コアはどこまでも愛おしそうにクスクスと笑いながら、ジャケットの懐から、子供向けの動物の形をしたビスケットのお菓子の袋を取り出し、供えた花束の横へと静かに並べた。
直後、空から穏やかな風が吹き抜け、花びらの先をそっと優しく揺らした。
「そのお菓子、お口に合って気に入ってくれたのなら何よりです。このピンクのバーベナの花言葉は……『家族の融和』。今のあなたには、これ以上ないほどぴったりな贈り物でしょう?――なんて、ガラではありませんね。それでは、私はこれで失礼いたしますよ。あなたの代わりとなる有能な『新しい仲間』を、さっさと見つけ出さなければいけませんし、何より、今晩もまたショーの開演準備が控えておりますので」
コアは誰もいない天幕に向けて、執事のように完璧な角度で恭しく一礼を捧げてから、静かに踵を返した。
そうして何事もなかったかのように、一般の通行人の日常の顔を取り戻して車へと戻ろうとした、その道すがらだった。
「――おい。お前、そこのテントにいた、アイツの知り合いか?」
行く手を遮るようにして声をかけてきたのは、ヨレヨレのくたびれたスーツに身を包んだ、明らかに不機嫌そうな一人の冴えない中年の男だった。
「おや。アイツ、とは一体どなたのことでしょうか?申し訳ございませんが、私、この後は大事なビジネスの予定が詰まっておりまして非常に急いでおりますので。これにて失礼いたします」
「ちょっと待て、お前――」
中年男が容赦なく伸ばしてきたその肉厚な手を、コアは衣服の裾をかすらせることすらなく、流れるようなプロの身のこなしでさっと鮮やかに躱した。そのまま、振り返ることもなく大股で立ち去っていく。
――さようなら、ルーツさん。
コアは、背後に残されたあの血塗られた舞台に、彼と共に過ごしたすべての記憶を静かに置き去りにして、再び自らの主戦場であるドス黒い現実の闇へと、滑らかに溶け込んでいった。




