01
クソったれ。
事件の概要を聞いたとき、志賀大和の心はその一言で埋め尽くされた。捜査一課に配属されて数十年、さまざまな事件に関わってきたが、この胸糞悪さだけは毎回変わらない。
――ったく、世の中どうなってんだよ。
翌日、再度招集された捜査本部でお偉いさんを待つ間も、大和のイライラは収まらなかった。手元の資料を乱暴にめくる。
だからこそ、会議開始の直後に部屋へ乗り込んできた女の言葉には、思わず鼻で笑ってしまった。自分よりふた回りも大きな男に追い出されそうになりながら、ちっぽけな体で必死に抵抗している姿も、どこかおかしい。
「さっさとそいつを──」
「おいおい、いーじゃねえか。人手は大いに越したことはねえ。やりてえってんなら、加えてやれよ」
声を上げた大和に、冷ややかな視線が一斉に集まる。賛同者は……どうやら一人もいないようだ。
「志賀!お前は黙ってろ。聞いた通りそいつは生活安全課だ。捜査の『そ』の字もわからん奴なんか、足手まといなだけだ!」
一課長の腰巾着である灰田が怒鳴り散らすが、大和はどこ吹く風で席を立ち、ドアにへばりついて粘る女の元へと歩み寄った。
「おい、離してやれ。……会議に殴り込むなんていい度胸じゃねえか。お前、名前は?」
「生活安全課の倉本陽菜です。お願いします!『両手』を受け取ったのは、私の友人なんです!」
男たちの手から解放された女――倉本陽菜は、真っ直ぐに大和の目を射抜いた。
懇願する陽菜の体格は、ごく一般的な成人女性のものだ。訓練を受けた一課の男に力で勝てるとは思えない。それでも彼女が会議室に踏みとどまれていた理由は、きっとその目にある。
「一課は過酷だぞ。家には帰れねえし、寝る暇もねえ。プライベートなんか皆無の超ブラックだ」
「もう……後悔したくないんです。お願いします!」
深々と頭を下げる陽菜に、「口だけだろ」「すぐ音を上げる」「遊びじゃねえんだ」と、あちこちから小馬鹿にしたようなヤジが飛んだ。
どれも男の声だが、べつに男尊女卑の思想からくるものではない。一課にも数は少ないが女性刑事はいる。ただ彼女たちは、自ら望んでこの過酷な現場を選んだのだ。生活安全課という安全な選択肢を捨てて。
「お願いします!」
だが、大和だけは見逃さなかった。必死に懇願する陽菜の、握りしめた拳が小刻みに震えているのを。
「ったく、ピーピーギャーギャーうっせえなあ。俺がこいつの子守をすれば文句ねえだろ。なあ、一課長さん?」
青臭い乱入者を楽しんでいる大和とは対照的に、一課長の富津頭は興味なさそうに資料へ目を落としたままだ。
「……好きにしろ。ただし、何かあったときは責任を取れ」
富津頭が淡々と告げると、騒がしかったヤジはピタリと止まり、部屋には紙をめくる音だけが響いた。
「わかってますって。――つーわけで、死んでも死ぬなよ、ひよっこ」
「っ!はい、よろしくお願いします!」
よろしくな、と大和が叩いた陽菜の肩は薄っぺらかった。前回組んだ相棒の、あのゴツゴツした肩とは大違いだ。
「何をしてる、さっさと席に戻れ! 一課長はお忙しいんだぞ」
「へいへい、すんませんね。付いてこい、ひよっこ」
灰田の小言を受け流し、大和は陽菜を伴って席に着く。
直後、部屋の明かりが落とされ、正面のスクリーンに情報が映し出された。
慌てた様子で上着からメモとペンを取り出した陽菜へ、大和は無言で、自分用の確認済み資料を差し出した。
「〇月✕日。生活安全課の倉本陽菜より『友人宛てに、人間のものと思われる両手が送られてきた』との通報があった。指紋や手術痕などから被害者の特定を試みたが、現在のところデータベースに該当するものはなし」
「鑑識です。身元の特定には至りませんでしたが、骨格や皮膚の皺などから、被害者は二十代後半から三十代前半の女性と判明。また、肌と爪からはヒアルロン酸などの美容成分が検出されています」
その後もしばらく、前日の内容をなぞるような会議が続いた。
「切断した手を送りつけてくる異常な犯人を、絶対に野放しにするな!連続殺人事件に発展する可能性も極めて高い。早急に犯人を特定し、逮捕しろ。以上、解散!」
富津頭の鋭い一喝で会議は幕を閉じ、各班長が一斉に部下へ指示を出し始める。
散り散りに動き出す捜査員たちの熱量に圧倒され、陽菜はアワアワと首を振るばかりだったが、大和は他人事のようにぐっと背を伸ばした。
「あ、あの、すみません……。私、指示を聞き逃してしまいました」
「安心しろ。指示なんて出てねえよ。俺は優秀だからな、放任されてんだ。そんなことより、さっさと片付けろ。先に行くぞ、ひよっこ」
すたすたと席を立った大和の後を追うため、陽菜は慌てて筆記用具を上着のポケットに突っ込み、資料を抱えた。
「ま、待ってください!……し、志賀さん。どこへ行くんですか!?」
「どこって……お前の友人に話を聞きに行くんだよ。時間が経って、何か思い出したこともあるかもしれねえだろ。ほら、運転させてやるから、さっさと連れてけ」
大和は上着のポケットから、クシャクシャになったコンビニのレシートと一緒に、車の鍵を取り出した。




