第9話 土くれの守り手
主人公は、うまく仲間を獲得できるでしょうか。
横穴の、いちばん奥。
誰の足音も届かない行き止まりの暗がりに、その小さな光は灯っていた。
「……お前」
俺はふらつく足を引きずってしゃがみこんだ。
近くで見ると、それはますます地味だった。丸っこい、土くれのような体。
ところどころに苔がむして、てっぺんに芽が一本、頼りなく揺れている。
掌に乗りそうなほど小さく、光は弱々しくて、今にもふっと消えてしまいそうだ。
まるで、踏まれて忘れられた道端の小石みたいだった。
なんとなく——ほんとうに、なんとなく、俺はそいつに鑑定を向けてみた。
▼ 鑑定結果
名称:(縁なき燃えさし) / 守りの型
─── 持ち高 ───
属性 ………… ディフェンシブ
火力 ………… 低
耐久 ………… 高
コスト ……… 極小
─── 銘柄カルテ ───
割安・割高 …… 割安(誰も欲しがらず、安い)
体力(財務)…… 厚い(借りなし・頑丈)
還元(尽くす度)… 手厚い(黙って尽くす)
気になる兆し …… なし
─────────────
見立て:地味。されど中身は健全。——本物の、割安。
……なんだ、これ。
いつもの、敵の"天気予報"とは違う。
魔物を鑑定したときに出る地合いだの複雑度だのじゃなく、今度は、こいつ自身の"中身の通信簿"みたいなものが、ずらりと並んでいる。
ディフェンシブ、という言葉には、覚えがあるような、ないような。
けれど、その下の欄は、俺にも読めた。
割安。
誰も欲しがらないから、安い。
なのに体力は厚くて、頑丈。おまけに、黙って尽くす。
気になる兆しは、なし。
……つまり、これは。安く見くびられているだけで、中身はまっとうに健全な——掘り出し物、ってことじゃないか。
火力、低。耐久、高。コスト、極小。殴る力は弱いが、打たれ強くて、維持にはほとんどマナが要らない。
オルカが一振りで俺をすっからかんにする大砲だとしたら、こいつはその正反対だ。
その瞬間、昼間オルカが渡してくれた言葉が、よみがえった。
——★1の相手には、小さく安い"守り"を一体、ちょっと出すだけで足ります。それが、いちばん安く確実に、収支を黒字にする手。
小さく。安い。守り。
……これ、じゃないか。
俺が喉から手が出るほど欲しかったもの。
大砲じゃない、火薬代で自滅しない、安い相棒。それが誰にも縁を結ばれず、ここでひとり、消えかけている。
入り口で若いハンターに足蹴にされた、あの守りの精霊。
「使えねえ」「銭にならねえ」。派手じゃない、というだけで。
……ばかな話だ。こいつは、ちゃんと使える。
少なくとも今の俺には、オルカよりずっとありがたい。
中身は健全だと、鑑定まで言っている。
なのに世界中の誰ひとり、その価値に気づいていない。
(……ガク様)
オルカの思念が、そっと触れてきた。
いつもより、ずいぶんか細い。
(その窓の言葉の、深いところまでは、今は手繰れません。私のマナも、ガク様のマナも、もうほとんど残っていませんから。ですが)
ひと呼吸、置いて。
(その小さきものが"守り"であることは、確かです。そして今、いちばん入り用なのも、それです)
……ああ。わかってる。
俺は、剣を握らなかった。
鑑定なんて、もうどうでもよかった。
ただ地面に膝をついて、その消えかけの光に、ゆっくりと手を伸ばした。
光が、びくっとふるえた。
ちぢこまって、奥へ逃げようとする。
——ああ。こいつ、人の手が怖いんだ。
きっと、いままで伸びてきた手は、全部、自分を払いのける手だったから。
蹴って、捨てて、行き止まりに追いやる手。
胸の奥が、ちりっと痛んだ。
「……だいじょうぶ。とって食ったりはしないよ」
声が、自分でもびっくりするほど優しく出た。
「ひどい目にあってきたんだな、お前も。——わかるよ。俺も、似たようなもんだった」
ばかみたいだ、土くれに何を語りかけている。
でも止まらなかった。
どれだけ働いても報われず、「使えない」と何百回も言われて、それでも辞めずにしがみついて消えずにいた——あの灰色の日々が、勝手に口からこぼれていく。
「だからさ」
俺はふるえる光を追いつめないように、ただ掌を開いて待った。
「もしよかったら、俺と来ないか。たいした飯も食わせてやれないけど。……一緒に、揺るがず踏ん張ってくれる、やつが欲しいんだ」
しばらく、何も起きなかった。
暗がりの中で、小さな光が、俺の掌と顔を、おそるおそる見比べている。
(だれも、こんなふうに手を伸ばしてくれなかった。蹴る手か、つかむ手しか知らなかった。こんな、ただ待つだけの手は、はじめてだ)
やがて、ふるえていた光が、つう、とこちらへにじり寄ってきた。
一寸。また一寸。そしておそるおそる、俺の掌の上に、ころりと転がりこんだ。
あたたかかった。
ひんやりした土の感触なのに、芯のほうがほのかに脈打って、あたたかい。
さっき拾った結晶と同じ、命の脈動だ。
『……あたたかい』
ぽつり、と。土くれが、はじめて声を出した。
低く、ゆっくりとした、土を踏むような声。
『……ひと、の、て。……あたたかい、の、は……はじめて、だ』
……そっか。
なんだか、目の奥が、じわっと熱くなった。
縁が、結ばれたらしい。
掌の上の土くれと自分のあいだに、細く、けれど確かに、何かがつながった感触があった。
これが、精霊との"縁"か。オルカ以外で、はじめて自分の手でたぐり寄せた、つながり。
「名前を、つけてやらなきゃな」
俺は掌の上の丸い体を見つめた。
最初は、いつもの調子で適当に決めようとした。
オルカのときが、そうだった。流行りのニュースで小耳に挟んだ便利そうな響きを、ぽいとつけただけ。
深い意味なんて、なかった。
でも——今度は、なぜか口が止まった。
苔がむして、芽が一本ちょこんと生えた、小さな土くれ。掌に乗るくらいのささやかな体。
なのにこいつは、揺るがないと窓は言った。悪い地合いでも、踏ん張ると。
……土だ。
畑の土。
麦を育てる土。
人がどんなに世を儚んでも、けっきょく最後にはまた鍬を入れて耕しはじめる、あの土。
ちっぽけなくせに、世界のいちばん下で、すべてを支えている。
「ダイチ」
気づけば、その言葉がこぼれていた。
「大地の、ダイチ。——お前はちっこいけど、きっといつか、俺の揺るがない地面になる」
掌の上で、土くれが、ぽう、とほんの少し明るくなった気がした。
『……ダイチ』
ゆっくり、噛みしめるように、そいつは自分の名前をなぞった。
『……いい、なまえ、だ』
(……心から、名づけられたのですね)
ふいに、オルカの思念が静かに割りこんだ。
(私のときとは、ずいぶん違います。あのときのガク様は、まだ心がすり減っていました。……今のは、いい名です)
「……うるさい。心、読むなって」
言いながら、けれど悪い気はしなかった。
前世の俺なら、土くれに名前をつけるなんて照れくさくてできなかった。
それが、すらりと心から出てきた。
少しは、まともになってきたってことだろうか。こんな、世知辛い異世界で。
やっとオルカ以外の仲間が増えます。
主人公は這い上がって行けるでしょうか。




