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社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


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第70話 命を探すための地図

 集落に、一報が届いた。


 遠方から来ていた、若い冒険者三人が、いつもより深い層で消息を絶ったという。


 最後に確認されたのは、三日前。


 すでに、時間が経ちすぎていた。


 ……三日。


 水があれば、なんとかなる日数だ。無ければ、そろそろ危ない。


 誰も、行くとは言わなかった。


 遠方の冒険者だ。この集落の者じゃない。名前も知らない。聖導院の名簿にも、たぶん載っていない。


 助けに行く義理は、どこにもなかった。


 それでも、報せは、この集落に届いた。


 ……届いた、ということは、届けた人間がいる、ということだ。


 誰かが、走ってきた。走ってきた先に、ここが選ばれた。


 それだけで、たぶん、理由としては足りている。


 *


 シルクが、記録板を広げた。


 他の斥候たちが書き残した情報を、丁寧に辿っていく。


 誰がどの日に、どの道を通ったか。どこで匂いが変わったか。どこで引き返したか。


 板の上には、この数ヶ月ぶんの足跡が、細かい字で並んでいた。


「……ここ。さいごに、みた」


 シルクの指が、一点で止まる。


 ……みんなで書き足してきた記録が、はじめて、命を探すための地図になった。


 もともとは、次に迷わないための板だった。安く使う隊の名前を書き、危ない匂いのする横穴を書き、良い依頼主を書いた。


 どれも、その日のためのものだった。


 しかも、書いたのはシルク一人じゃない。


 この頃は、他の小さな種族の斥候も、板に書き足すようになっていた。字の下手な者は、印をつけていく。匂いの種類は、族ごとに言い方が違うから、隣に注釈がついている。


 ばらばらの手が、一枚の板に集まっている。


 それが、三日前に誰かが書いた一行として、いま、生きている人間の居場所を指している。


 ……使うつもりのなかった使い方で、いちばん効いた。


 次に迷わないために書いた板が、探すための板になった。


 書いた本人は、たぶん、そんなつもりで書いていない。


 *


「儂は、留守を守る」


 ロウエンが、静かに言った。


「じいさん、大丈夫すか」


 トトが、心配そうな顔をする。


「なに、水路の様子を見ておるだけじゃ」


 杖の先で、地面を軽く突く。


「……お前たちは、行ってこい」


 俺は、それ以上、何も言わなかった。


 あの窓を見た日から、この人が自分で線を引くのを、待っていた。


 体力、低下。継続力、高。


 あの二つが並んでいる限り、この人は、言われるまで下がらない。下がれと言えば、たぶん、そのぶん無理をする。


 だから、自分から言うのを待つしかなかった。


 引いた線に、こちらが理由を足す必要はない。足したら、次から引きにくくなる。


 トトは、まだ心配そうな顔をしていた。


 ……気づいてはいる。あの雫を、一度、手に受けているからだ。


 ただ、何が起きているのかは、わかっていない。それでいい。いまは、まだ。


 *


 今回の探索は、俺、トト、シルク、オルカ、そしてホムラ。


 ダイチには、集落の守りを頼んだ。


「戦力としては、十分です」


 オルカが、淡々と告げる。


「ただし、深部への長時間滞在は推奨しません」


「わかってる」


 ……全部を持ち出さない。


 守りの一枚を、家に置いていく。手薄になるのは承知の上だ。


 ダイチを連れて行けば、こっちは確実に強くなる。それは間違いない。


 だが、留守が空になる。


 いま集落には、動けない爺さんと、子どもと、稼ぎに出ていない者がいる。何かあった時に、そこへ出せる札が一枚もない、という状態を作りたくなかった。


 全員で出て、留守が空になるほうが、たぶん高くつく。


 ……前世でも、そういう失敗の話は、いくらでも見た。


 全部を一つの勝負に寄せた人間は、その勝負に勝ったあとで、別の場所から崩れていた。


 *


 浅い層は、いつも通りだった。


 見慣れた魔物、見慣れた道。


 シルクの記録板が示す通りに進めば、迷うことはない。


「……ここ、あぶない、におい。こっち」


 シルクが、少し遠回りの道を選ぶ。


 何度も繰り返してきた、いつもの斥候の仕事だった。


 地味だ。省いても、たぶん九回は何も起きない。


 残りの一回のために、九回ぶんの遠回りをしている。


 そして九回のあいだ、この遠回りは、無駄にしか見えない。


 ……この仕事が正しかったかどうかは、何も起きなかった日には、絶対にわからない。


 わかるのは、省いた日だけだ。


 *


 けれど、層が深くなるにつれて、シルクの足取りが、少しずつ、重くなっていった。


「……なんか、へん」


「どう変なんだ」


「……わからない。でも、へん」


 シルクは、それ以上、説明しなかった。


 この子が説明できない時は、たいてい、言葉のほうが追いついていないだけだ。鼻のほうは、もう答えを出している。


 俺は、歩く速さを少し落とした。


 ……理由が言えない警告を、どう扱うか。


 前世の俺なら、根拠を出せ、と言っていた。数字にならない不安は、会議に持ち込めなかった。


 いまは、違う。


 この子の鼻は、いままで一度も外していない。


 *


 通路の先、暗がりの中に、痩せた黒い影が、いくつも蠢いていた。


 犬のような輪郭。


 だが、生きているものの気配とは、どこか違う。


(第71話へ続く)


====================

 【用語辞書】第70話に出てきた「投資」の話


 この回のテーマは、記録と備えが、後になって効いてくる、という話です。


 ● 記録は、書いた時にはまだ役に立たない


 シルクたちの記録板は、次に迷わないために作られたものでした。ですが、この日、それは人を探すための地図になりました。記録は、書いた時点では何の役にも立たず、必要になった時に初めて価値が出ます。家計の記録も、取引の記録も、健康の記録も同じで、効いてくるのは、いつも後からです。


 ● 全部を持ち出さない=守りを一枚、置いていく


 総力で出れば、その場は強くなります。ですが、留守が空になります。手元の資金を全部投じれば期待値は上がりますが、その間に別の場所で何かが起きた時、動かせるものが一つもありません。守りの一枚を残すのは、臆病だからではなく、想定していない事態のためです。


 ● 遠回りの九回は、無駄に見える


 危ない匂いを避けて回り道をしても、たいてい何も起きません。何も起きないから、次はもっと近道をしたくなります。備えの費用は、必要にならなかった時に、いちばん高く感じられる——これが、備えが削られていくときの、いつもの理屈です。


 ※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。


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