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社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


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7/10

第7話 働けど、働けど

希望をもって新しい生活が始まりますが、前途多難のようです。

石畳は、冷たかった。


城壁の隅、軒先のわずかな庇の下で、膝を抱えたまま、俺は朝を迎えた。宿に泊まる金などない。結局、ゆうべはここで眠った。固い石の上で丸まって、空腹をなだめながら。


異世界転生、初日の夜。所持金ゼロ。野宿。


……夢に見た異世界生活と、だいぶ違う。


「おはようございます、ガク様」


隣で、オルカが静かに言った。彼女は、夜の間も、ずっとそこにいた。眠りもせず、淡く光ったまま、俺のかたわらに。いてくれた、と言うべきか。出しっぱなしで、俺のマナを吸い続けていた、と言うべきか。


……たぶん、両方だ。


「ああ。おはよう」


立ち上がると、腹が、ぎゅう、と鳴いた。猛烈な空腹。昨日から、水しか口にしていない。頭は、ぼんやりと重い。マナも、半分くらいしか戻っていない気がする。


——食わなきゃ。何か、食わなきゃ、死ぬ。


そのためには、稼ぐしかない。


俺は、街の真ん中を見上げた。ひときわ高く、青白いマナの光を噴き上げる、巨大な縦穴から。あれが、ダンジョン。この世界の、工場で、職場。


……行くか。新しい、初出社だ。


ダンジョンの入り口は、思っていたより、ずっと雑然としていた。


屈強な男たちが、武器を担いで、ぞろぞろと縦穴へ吸い込まれていく。誰もが、でかい。誰もが、荒っぽい。鉄の塊みたいな大剣を背負った男、岩を砕きそうな拳に布を巻いた大女。みんな、いかにも「力で押し通る」という顔をしている。


脇には、買い取り所があった。潜って戻ってきたハンターが、ずだ袋いっぱいの青白い結晶を、カウンターにじゃらじゃらと空ける。係の者が、それを量り、貨幣を手渡す。倒した魔物が浄化されて残るマナの結晶を、こうして売って、金にする。オルカが昨日、教えてくれた通りだ。


なるほど。ここで稼いで、メシを食う。単純な話だ。


俺は、列の最後尾に並んだ。前に立つ大男が、ちらりと俺を振り返り、それから——隣のオルカを見て、ぴたりと、動きを止めた。


「……お、おい。あれ、人型のゴーレムじゃねえか」


「常時、出しっぱなし……? どこの大召喚士さまだよ」


ひそひそと、ざわめきが伝わっていく。例によって、オルカのせいだ。俺が、とんでもない実力者だと、勝手に勘違いされている。


——違うんです。俺、ただの、すっからかんの新人なんです。


列のかたわらで、若いハンターが、ちっ、と舌打ちをした。その足元で、小さな光が、力なく揺れている。丸っこくて、地味な、精霊の燃えさし。


「使えねえな。守りなんざ、銭にならねえ。派手に殴って、ガンガン稼いでナンボだろうが」


男は、その光を、足の甲でぞんざいに払いのけた。光は、すうっと薄れ、横穴の奥の暗がりへと、転がるように消えていった。


……ひでえ、な。


そう思ったけれど、俺に、口を出す資格はなかった。自分のメシすら、まだ稼げていないのだから。


俺は、ただ目をそらして、縦穴の縁を降りていった。


浅い層は、薄暗く、じめじめとしていた。


空気は湿って、土とかびのにおいがした。遠くのほうで、別のハンターたちの怒声と、何かを力任せに叩き潰す、にぶい音がこだましている。誰もが、奥へ、奥へと、潜っていく。立ち止まる者など、ひとりもいない。


壁から、淡い光がにじむ。あれがマナの源か。足元の岩陰で、何かが、かさり、と動いた。


——出た。


灰色の、痩せた鼠。だが、ただの鼠じゃない。目が濁った黄色に燃えている。一匹、二匹——いや、もっといる。わらわらと、壁の隙間から這い出してくる。


俺は、反射的に、一番手前のやつに鑑定を向けた。


▼ 鑑定結果

名称:灰鼠はいねずみ / 群れ:多数

─── 相場環境 ───

地合い ……… 軟調(弱気)

変動性 ……… 低

主導要因 …… 単一

複雑度 ……… ★☆☆☆☆

─────────────

見立て:環境は単純。小さく一手で足りる。過剰な備えは、ついえ。


……また、これだ。地合い。変動性。複雑度。魔物のくせに、相場の天気予報。


最後の一行が、やけに気になった。「過剰な備えは、ついえ」。……ついえ。費える、の、費え。無駄になって、消えてなくなる、って意味だ。けど——何が無駄なんだ?


「オルカ。この鑑定の言葉……お前、意味わかるか」


(……おぼろげには。ですが、はっきりした意味を掴むには、ガク様の元の世界の知に遠く手を伸ばす必要があります。——マナを消費します)


「マナを?」


(はい。手を伸ばすほど、深く読むほど、重い。……今は、半分も残っていません。堪えてください。言葉の意味を知るのは、生き延びてからでも、遅くありません)


……知るだけで、マナを食うのか。この世界は、つくづく、世知辛い。


考えている暇は、なかった。灰鼠の群れが、一斉に、こちらへ走り出す。


「オルカ!」


「はい」


淡く光る腕が、薙ぎ払われる。たった一振り。灰鼠の群れは、まとめて吹き飛び、岩肌に叩きつけられ——ほどけるように、淡い光へと変わった。宙でくるりと凝り、こつん、こつん、と、青白い結晶がいくつも地面に落ちる。


……やっぱり、強い。


俺は、結晶を拾い集めた。手のひらに、五つ、六つ。ほんのり、脈打っている。


よし。この調子だ。拾って、売って、メシを食う。


——次の群れだ。


「オルカ、頼む」


「……はい」


また、一振り。また、結晶。次。一振り。結晶。次——。


夢中で、繰り返した。倒して、拾って、また倒して。ずだ袋が、だんだん、ふくらんでいく。やった。稼げてる。働けば、ちゃんと報われる。


……はずだった。


気づけば、膝が、笑っていた。


ふらり、と視界が傾ぐ。さっき半分戻ったはずのマナが、もう空っぽに近い。指先が冷たい。あのオルカの一振りは、振るうたびに、俺のマナをごっそりと持っていく。それを何十回も繰り返したのだ。


「ガク様。そろそろ限界です」


オルカが、静かに、告げた。


……ああ。もう立っているのも、やっとだ。


俺は、ずだ袋を抱えて、よろよろと縦穴を上がった。


買い取り所のカウンターに、俺は、結晶をすべて空けた。じゃらじゃらと、青白いそれが量りに乗る。


「銅貨、八枚」


係の男が、無造作に硬貨を滑らせてきた。


銅貨、八枚。


——これが、半日、命を削って稼いだ額。


まあ、いい。ゼロよりは、ずっといい。俺は、ふらつく足で、昨日の露店へ向かった。焼けた肉のたまらないにおい。


「すみません、これひとつ」


「あいよ、銅貨二枚」


今度は払えた。震える指で、二枚を渡し、串を受け取る。一口、かじった瞬間——じゅわ、と脂と塩が口の中に広がった。


……うまい。


涙が出そうになった。異世界に来て、初めてのまともな食事。たかが、肉の串一本。それが、こんなに。


でも。


半分ほど食べたところで、ふと、頭の隅が冷えた。


……待てよ。


俺は、残りの銅貨を手のひらで数えた。六枚。串を引いて、六枚。たしかに、貨幣は増えた。けど——マナは?


半日、ダンジョンに潜って、稼いだマナの結晶は、全部売った。なのに、俺のマナは半分どころか、ほとんど空っぽだ。朝より、ずっと減っている。オルカを振るうのに食ったマナのほうが、拾った結晶より、はるかに多かったからだ。


貨幣は、ちょっと増えた。マナは、ごっそり減った。


……これ。


差し引きで、俺、貧乏になってないか?


働けば働くほど、すり減っていく。動いた分だけ、損が積み上がる。


——これ、前世でさんざん味わったやつだ。


毎晩、終バスを逃し、自転車で帰宅。休日なく出勤。身を削って働いて、それでも暮らしは楽にならなかった、あの灰色の日々。……はるばる異世界まで来て、同じ沼にはまるとは。我ながら芸がない。

頑張り方を間違えちゃうと後が大変ですね。


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