第42話 棚卸し
ナギを迎えてから、しばらく経った、ある夜のこと。
宿の部屋は、すっかり、賑やかになっていた。
パンを頬張るシルク。その隣で、今日の狩りの武勇伝を、身振り手振りで語るトト。
窓辺には、いつものように、淡く光るオルカ。
……ずいぶん、遠くまで来たもんだ。
軒先で野宿していた、あの初日が、遠い昔みたいだった。
「(ガク様。ひとつ、ご提案が)」
ふいに、オルカの思念が、静かに触れてきた。
「(そろそろ、手駒の全体を、一度、見直しておく頃合いです。加護のおかげで、ガク様は、こうした組み替えを、余計な賃を払わずに行えます。……ですが、その"枠"にも、巡り合わせがある。ちょうど今が、点検に、ちょうどよい時期かと)」
「毎日やっちゃ、まずいのか」
「(まずいのは、ガク様以外の方です)」
……なるほど。
賃を取られる連中は、そわそわ組み替えるたびに、その賃で削られていく。俺はそれを踏み倒せるが、だからといって、毎晩いじり回していい理由にはならない。
ただがむしゃらに集めるだけじゃなく、時々、立ち止まって、手駒全体を、見渡す。誰と誰が、どう噛み合っているか。足りない役目は、ないか。
——たしかに、そういう"棚卸し"は、要るのかもしれない。
「わかった。……ちょっと、みんなを、並べてみるか」
*
俺は、鑑定を、自分の手駒へ向けた。
窓が、ひとつ、ふたつと開いて、机の上の空に、カルテが並んでいく。
まず、オルカ。全部の土台だ。
常にそばにいて、俺のマナを回し、どんな天気でも、そこそこ働く。派手さはないが、こいつがいなけりゃ、何も始まらない。——文字どおりの、屋台骨。
しかも、こいつだけは、出す・出さないを、俺が選べない。ずっと、隣にいる。
残りは、全部、選べる。天気を読んで、噛み合う一枚だけを、そのつど呼ぶ。
……真ん中に、動かせないやつが一体。その周りに、動かせるやつが、何体か。
俺の戦い方は、そういう形をしていた。
次に、ダイチ。守りの要。悪い地合いで、揺るがず踏ん張る。地味で、火力もないが、こいつが前で耐えてくれるから、俺は安心して、後ろで動ける。
ホムラ。攻めの切り込み。追い風が吹いた時、誰より速く、大きく獲る。脆いし、気性も荒いが、ここぞの爆発力は、右に出る者がいない。
コガネ。最後の砦。すべてが総崩れになる、本物の大嵐でだけ、たった一体、揺るがず残る。ふだんは冴えないが、いざという時の、保険だ。
そして、ナギ。皆が投げ売る底で、たった一人、動ける、待機の弾。焦って動かず、いちばん静かな一瞬を、待つ。
……こうして並べると、つくづく、凸凹の寄せ集めだった。
カルテの長さすら、揃っていない。ホムラは十欄もあって、赤が五つ。コガネは八欄で、赤がひとつも無い。ナギに至っては、七欄しかなくて、そのほとんどが「なし」だ。
強い一体で押し切る、レイラの流儀とは、正反対。地味で、弱くて、世間に見向きもされなかった連中ばかり。
けど——並べてみて、気づいたことがある。
この四体、ひとつも、役目が被っていない。
ダイチの粘りは、ホムラには無い。ホムラの爆発は、コガネには無い。コガネの、周りが全部崩れても平気な顔をしているあの性質は、他の誰も持っていない。ナギの、何もせずに溜める、という芸当も、ナギだけのものだ。
どいつも、どこかの誰かに「使えない」と言われて、置いていかれた札だった。
なのに、置いていかれた札ほど、誰も持っていない一芸を、ひとつずつ、握っている。
性質がてんでバラバラだからこそ、どんな天気が来ても、誰かが噛み合う。
——これが、俺の、戦い方だ。
*
ただ、並べているうちに、一箇所だけ、目に留まった欄があった。
還元。
これは、その札が、こっちにどれだけ返してくれるか、という欄だ。
ダイチは、手厚い。維持にほとんど食わないから、稼いだぶんが、そのまま丸ごと残る。
ホムラは、なし。稼いだぶんが、そっくり次の伸びに消えていく。
コガネも、なし。ナギに至っては、そもそも、この欄が立たない。
……四体で、三段。きれいに、ばらけている。
じゃあ、オルカは。
そう思って、俺は、窓辺の光へ、目をやった。
思えば、俺は、こいつのカルテだけ、一度も、まともに見たことがない。いつも、他の誰かを鑑定していて、そのまま、見ずに終わっていた。
鑑定を、向けようとした——その時だった。
「(見事な、備えです)」
オルカの思念が、先に、割り込んだ。
「(攻め、守り、土台、危機の砦、待機の弾。……ほとんどの局面は、これで、凌げます。——ただ、ひとつだけ、手薄な役目が、あります)」
……手が、止まった。
「手薄?」
「("日々、こつこつと、稼ぎ続ける"役目です。ダイチが、守りのついでに、その役目まで、兼ねてくれていますが……本来、"耐える"ことと、"地道に実りを生み続ける"ことは、別の才。いつか、それを専門に担う一体がいれば、この備えは、もっと、隙がなくなります)」
「ダイチじゃ、駄目なのか」
「(駄目ではありません。ですが——ダイチ様の手厚さは、"減らない"という意味の手厚さです)」
オルカは、静かに続けた。
「(いずれ要るのは、"生み続ける"という意味の手厚さ。……同じ言葉で書かれていますが、中身が、違います)」
減らないことと、生むこと。
言われてみれば、まるで別の話だ。俺は、それを、ひとつの欄の中で、ごちゃまぜにして読んでいた。
地道に、実りを生み続ける役目。——なるほど。
派手な勝ちも、堅い守りもいいが、ただ黙々と、毎日ちょっとずつ、みんなを潤してくれる。そういう、縁の下の"尽くし手"は、確かに、まだ、いない。
カルテの並びは、いつのまにか、机の上から消えていた。
……オルカの窓は、結局、開かなかったな。
「……覚えとく。いつか、そういうやつに、出会えたらな」
(第43話へ続く)
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【用語辞書】第42話に出てきた「投資」の話
● リバランス=ときどき、全体を点検して整える
投資は、一度組んだら放置、ではありません。時間がたつと、値上がりしたもの・値下がりしたもので、当初の配分が崩れていきます。定期的に立ち止まって全体を見渡し、崩れた配分を狙いどおりに整え直す——これがリバランスです。個々の強さより、全体のバランスを見る目が、長く生き残る投資家をつくります。
● やりすぎ注意=こまめすぎる見直しはコスト負け
ただし、点検は頻繁にやればいいものではありません。入れ替えには手数料や税金がかかるので、毎日そわそわ組み替えると、そのコストで負けます。だから「年に一度」など間隔を決めて、どっしり構えるのが基本です。主人公が賃を踏み倒せる立場でありながら、それでも時期を選んだのは、この考え方に沿っています。
● 動かせない土台と、動かせる周辺
核になるものを一つ決めて動かさず、その周りだけを状況に応じて入れ替える持ち方があります。核が全体の方向を決め、周りが機会を拾う。全部を毎回考え直さずに済むので、判断の回数そのものが減ります。
● 役割のダブりと、埋めるべき穴
点検の目的は、役割の重複や、空いた穴に気づくことです。この回では、守り役が「地道な実り」まで兼ねていることが分かりました。値下がりに強いことと、こつこつ稼ぐことは、本来べつの才能です。一つのもので何役も兼ねさせず、穴は穴として、適した専任で埋める。それが、隙のない備えにつながります。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。




