第38話 分ける者
「あたしは、逆でね」と、レイラは続けた。
「強い一体に、すべてを賭ける。はまれば、誰より速く、大きく獲れる。……けど、さっきみたいに噛み合わないと、まるで手が出ない。昔、それで一度、何もかも失いかけたよ」
彼女は、遠くを見るような目をした。
「一点に賭けるのは、大きく勝てる代わりに、噛み合わなかった一度の事故で、退場する。あんたのやり方は、大きくは勝てないが、どんな相手でも、まず生き残る。……どっちが正しいって話じゃない。自分の器と、その場に、合ってるかどうかだ」
集める者と、分ける者。レイラの一点賭けと、俺のばらけた手駒。
まるで逆の流儀が、さっきの戦いでは、互いの穴を、ちょうど埋め合っていた。
殻が閉じた時、この人には手がなかった。俺には、あった。
殻が開いた時、俺の一枚では足りなかった。この人の一枚が、あった。
……穴が、反対側に空いている。
「面白い男だね、あんた。——たまには、組んでやってもいい」
レイラが、俺の肩に、ぽん、と手を置いた。その距離が、ふっと近くなった、その瞬間。
「(ガク様。本日の戦闘記録の整理と、消費マナの精算を、そろそろ)」
オルカの思念が、間髪入れず割り込んできた。いつもの事務的な調子で。
……なのに、なぜだろう、その言葉が、やけに間を狙いすましたように響いたのは。
「お、おう。……そうだな、精算な」
俺が一歩下がると、レイラが、にやりと笑った。
「……ふうん。あんたのそのゴーレム、ずいぶん、よく気がつくんだね」
「え?」
「いや。なんでもないさ」
*
その帰り道、レイラは、ふと声を落として言った。
「……ひとつ、忠告しとくよ。あんた、聖導院には、あまり首を突っ込まないほうがいい」
俺の足が、止まった。
「あんたも、気づいてるんだろ。あの"施し"の、妙な気配に。あたしも長いこと召喚士をやってるが、あそこだけは、どうにも虫が好かなくてね。救われたはずの連中が、なぜか、日に日に生気を失っていく。……理由は、まだ、誰にもわからない。だが、近づかないのが賢いよ」
救われたはずの者が、生気を失う。
シルクの仲間から聞いた噂と、同じだった。トトが、あの列に並びかけていた話とも、同じだった。
そして今度は、腕利きの召喚士が長年抱いてきた勘までが、同じ方角を指している。
……この違和感は、やはり気のせいじゃない。
「……忠告、感謝します」
「なあに。面白い後輩には、長生きしてもらわないとね」
そう言うと、レイラは背を向けて、それから、振り返らずに、にやりと笑った気配だけを寄越した。
「——次に面倒な雷鳴がしたら、まあ、顔くらいは出してやるよ」
レイラは軽く手を振ると、ローブを翻して、雑踏の中へ消えていった。
*
その夜。宿で、俺はふと、隣で報告書をめくるオルカに尋ねた。
「なあオルカ。……お前、今日、やけに、精算だの記録だのを急かさなかったか。ちょうど、レイラが近づくたびに」
「(気のせいです)」
答えは、いつもより、コンマ数秒、速かった。
「(……ただ、念のため申し添えます。あの召喚士は腕利きで、頼れる相手です。ですが、距離感には、ご留意を。あなたの戦闘記録も、マナの巡りも、私が最も正確に把握しております。何事も、慣れた者に任せるのが、効率的です)」
「……そりゃ、まあ、そうだけど」
なんだろう。淡々としているはずのその声に、今日はほんのわずか、いつもと違う色が滲んでいる気がした。
……とげ、というか。むくれ、というか。いや、まさか。オルカに限って、そんな。——たぶん、気のせいだ。
部屋の隅で、パンを頬張っていたシルクが、その様子を、白い耳をぴんと立てて眺め、ふんふん、と鼻を鳴らした。
「……オルカ。……へんな、におい。……ちょっと、あまくて。……ちょっと、すっぱい」
「——シルク。夜食の食べこぼしに注意しなさい」
……なんだか、うちも、賑やかになってきたな。
*
集める者と、分ける者。強い一点に賭ける流儀と、弱いものを束ねて生き残る流儀。
どちらが上でも下でもなく、ただ俺には、俺の器に合った、俺の戦い方がある。
しかも、他の誰もが払う"入れ替え賃"を、俺は女神の加護で踏み倒せる。だからこそ、この地味な手駒の組み替えが、成り立っている。
……逆に言えば。
もし俺が、あの賃を人並みに払わされていたら。今日の戦い方は、たぶん、一度も成り立っていなかった。
俺のやり方が正しかったんじゃない。俺の条件で、たまたま、正しくなっただけだ。
そして、その戦い方を「面白い」と認めてくれる相手が、この世界にも、少しずつ増えてきた。
……悪くない。異世界に来て、半月あまり。ずいぶん遠くまで、来られた気がする。
ただ、心の隅には、あの白い伽藍の影が、小さな棘のように刺さったままだった。
腕利きのレイラでさえ「理由はわからない」と首を振った、聖導院の秘密。その"塗り固められた笑顔"の底を、いつかこの目で暴く日が来る。
——そんな予感を抱きながら、俺は静かに目を閉じた。
(第39話へ続く)
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【用語辞書】第38話に出てきた「投資」の話
● 集中と分散は、優劣ではなく、器の問題
一点に賭ける方法は、はまれば速く大きく勝てる代わりに、噛み合わなかった一度で退場します。分けて持つ方法は、大勝ちしにくい代わりに、まず生き残る。どちらが正しいかではなく、自分がどれだけの損に耐えられるかと、その場の状況しだいです。投資でいちばん大切なのは、派手に勝つことより、一度の事故で退場しないことです。
● 穴が、反対側に空いている
守りに強い人と、突破に強い人。組んで意味が出るのは、得意が重なっている時ではなく、苦手がずれている時です。同じ強みを持つ二人が組んでも、弱点はそのまま残ります。
● 非課税制度
主人公が入れ替え賃を踏み倒せるのは、現実でいう非課税制度にあたります。通常、利益や途中の入れ替えには税金がかかりますが、一定の枠の中ではそれを免れられる。こうした制度を使えるかどうかで、同じ戦い方が成立したり、しなかったりします。
● 自分の条件で、成立しているか
主人公は最後に、自分のやり方が正しかったのではなく、自分の条件でたまたま正しくなっただけだと気づきます。うまくいっている手法を人に勧める時、その人の条件でも成立するかは、まったく別の問題です。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の銘柄・商品・制度の利用を勧めるものではなく、税制の詳細は必ず最新の公式情報をご確認ください。




