第37話 二枚重ね
荒れ狂う攻めから、じっと守りに徹する構えへ。
硬い殻に閉じこもり、ライガの雷を、ことごとく弾き返しはじめる。ライガの猛攻が、分厚い殻に、空しく散っていく。
窓の隅で、印が書き換わった。
▼ 噛み合わせ 【守勢】
コガネ ………… ◎
ダイチ ………… ○
オルカ ………… ○
ホムラ ………… ✕
ライガ ………… ✕
……ライガの欄が、並んでいる。
俺の手駒じゃないのに。隣に立っている召喚士の札まで、窓が勝手に数えている。
そして、その欄が、✕だった。
「……ちっ、殻を閉じたか」
レイラの余裕に、初めて影が差した。
「ライガの攻めは、力任せの、ひと通りしかなくてね。こう硬く守りに入られると、途端に決め手を欠く」
攻め方が、ひとつしかない。
——それが、一点賭けの、弱点だった。
俺の窓では、コガネに◎が灯っている。ダイチとオルカにも、○がある。
……こっちは、まだ手がある。
「——俺に、合わせてくれ」
俺は前に出た。
硬い殻には、力任せより、地道な削りだ。ダイチを呼んで殻の圧を受け止めさせ、コガネを添えて足場を固める。
あとは、獣が守りに飽きて再び攻めへ転じる、そのわずかな隙をじっと待つ。
やがて、殻が、ぎしり、と開いた。
窓の局面表示が、[???]に変わる。攻勢でも守勢でもない、宙ぶらりんの一瞬。
▼ 噛み合わせ 【隙】
ホムラ ………… △
ライガ ………… △
ダイチ ………… △
コガネ ………… ○
オルカ ………… ✕
……△。
◎じゃない。ホムラを出しても、一枚じゃ足りない、と窓が言っている。
ライガも、同じ△だ。あの、俺のホムラが可愛く見えるほどの火力が、単体では届かない。
「レイラさん! 一緒に!」
「——は?」
「一枚じゃ足りない! 二枚、同時に叩き込む!」
レイラが、一瞬、目を見開いた。
それから、にやりと笑った。
「……いいねえ。乗った」
「ホムラ!」
「っしゃあ!」
ホムラの炎が、開いた殻の口を、まるごと包み込むように広がった。
その中心を——ライガの雷が、一本の線になって、まっすぐ貫いた。
面で押さえる暖色と、点を穿つ寒色。役割が、きれいに分かれている。まるで違う二つが、同じ一点で、重なった。
窓の隅で、二つの△が、そろって◎に変わった。
ぐしゃりと、甲殻の主が砕けて、光にほどけた。
*
「……へえ」
戦いのあと、レイラは感心したように口笛を吹いた。
「あたしのライガが手詰まりになった、あの局面。あんた、慌てず守りに切り替えて、殻が開くのを待ったね。攻めが利かないなら、無理に攻めず、別の手に持ち替える。——地味だが、崩れない戦い方だ」
「うちのは、一体一体は弱いんでね。何体かを局面に合わせて入れ替えるしか、やりようがないんです」
言いながら、レイラの目つきが、ふと、鋭くなった。
「……その、"入れ替え"さ」
「はい?」
「あんた、さっきの戦いで、ずいぶん気軽に、精霊を呼んでは引っこめ、また別のを呼んでたね。——普通、あれはやらない」
「やらない?」
「精霊を呼ぶのも、引っこめて別のに持ち替えるのも、そのたびに、マナやら手間やらを食う。ちまちま入れ替えてたら、その"持ち替え賃"だけで、稼ぎなんか、あっという間に吹き飛ぶ。さらに複数体を御する器量のようなものにも限界があんだ」
レイラは、縁の向こうへ引っこんだライガの気配を、指で示した。
「だからあたしみたいに、強い一体に絞って、どっしり動かさないのが、賢いやり方なのさ。……なのに、あんたは、平気な顔で、くるくる入れ替えてた。しかも、ちっとも、消耗してない」
……ああ。
いつだったか、オルカが言っていた。
——これがどれほど法外なことか、いずれ、他の召喚士と並んだ時にお分かりになるでしょう。
あれは、この日のことだったのか。
俺は、あの潮目の湖で、三度も手駒を入れ替えて、費えが一切乗らなかった。当たり前だと思っていた。誰でもそうなんだと思っていた。
……違ったのか。
その"持ち替え賃"を、俺がほとんど払わずに済んでいるのには、理由がある。女神の加護だ。
俺は他の召喚士より、ずっと軽いマナで精霊を呼べる。おまけに、入れ替えに使う器量も、しばらく経てば、また元に戻る。おかげで、そう長くない間隔でなら、手駒を組み替えても、余計な賃を取られず、消耗せずに済むのだ。
——もっとも。そんな、女神からもらった特別な事情なんて、馬鹿正直に説明する気には、なれなかった。ややこしいし、下手に知られて、いいことがある気もしない。
「……まあ、燃費のいい体質、みたいなもんです」
俺は、そう言って、はぐらかした。
「ふうん」
レイラは、それ以上は追及せず、けれど、面白いものを見つけた、という顔をした。
「入れ替え賃を、踏み倒せる召喚士、か。……なるほどね。だからあんたは、地味な手駒を、あんなに贅沢に、とっかえひっかえできるわけだ」
……この人は、俺の精霊が強いかどうかを、見ていなかった。
何回入れ替えて、いくら取られたか。そこだけを、数えていたのだ。
(第38話へ続く)
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【用語辞書】第37話に出てきた「投資」の話
● 一枚では、閾値を超えない
強い手を一つ持っていても、相手の守りが厚ければ届かないことがあります。届く水準に達していない攻撃は、半分入るのではなく、まったく入りません。二つ重ねてはじめて超える、という壁の越え方は、実際にあります。
● 持ち替え(売買)にはコストがかかる
資産を入れ替えるたび、手数料や税金がかかります。頻繁に売り買いを繰り返すと、その費用だけで利益が削られ、収支がマイナスになることも珍しくありません。だから、むやみに動かさずどっしり構えるほうが、コスト面では有利なことが多い。レイラの集中型は、これも理にかなっています。
● 局面ごとに持ち替える、という戦い方の前提
持ち替えが有効なのは、その費用を払っても釣り合う場合だけです。同じ戦い方でも、コスト条件が違えば、成立したりしなかったりする。「その手法が正しいか」より先に、「自分の条件で成立するか」を確かめる必要があります。
● 手練れが見ているのは、性能ではない
レイラが数えていたのは、精霊の強さではなく、入れ替えの回数と、そこで消えたはずの費用でした。上手い人ほど、派手な部分ではなく、こういう地味な収支を見ています。




