第36話 集める者
トトが弟子になってから、こいつはどうやら、行く先々で俺のことを吹聴してまわっているらしかった。
「うちの師匠はすげえんだ」と、酒場でも通りでも、聞かれてもいないのに自慢する。おかげで、俺の妙な評判は、日に日にふくらんでいった。
その噂が、ある日、思わぬ相手を連れてきた。
「——あんたが、トトの言う"変わり者の師匠"かい」
振り返ると、長身の女が、腕を組んで立っていた。
俺より、頭ひとつぶん近く、背が高い。俺よりいくつか年上だろうか、使い込まれたローブを羽織り、目つきは鋭いのに、口元には余裕のある笑みを浮かべている。ひと目で、場数を踏んだ手練れだとわかった。
「レイラだ。この界隈じゃ、そこそこ名の知れた召喚士さ。召喚獣を使うだけなら、そこらの誰にだってできるが——ちゃんと食っていけるほど使いこなす者は、そう多くない。あたしは、まあ、その多くないほうでね」
召喚獣は、誰でも使える。ただ、呼ぶのも維持するのも、たっぷりマナを食う。だから、腕と元手のある者しか、本気では手を出さない。この世界じゃ、召喚士ってのは、偉いわけでも珍しいわけでもなく、ただ"それで生計を立てられるかどうか"の腕比べだ。
「あんたの噂を聞いてね。地味な精霊ばかり何体も抱えて、そいつらをくるくる入れ替えて戦うって、変わり者がいるって。……どうにも気になって、見に来たのさ」
トトが、ぱっと顔を輝かせて割り込んできた。
「レイラの姐御! 来てくれたんすね! ——師匠、この人、昔、路頭に迷ってた俺に、飯おごってくれた恩人で。俺なんかよりずっと腕のいい召喚士なんすよ!」
なるほど、トトの縁か。俺は軽く頭を下げた。
と、その時。
「(ガク様。あの召喚士、腕は確かです。ですが——距離が、近い)」
オルカの思念が、やけに素早く、耳に滑り込んできた。
……距離? 別に、普通の間合いだと思うが。
*
「ちょうどいい。一本、付き合いなよ」と、レイラは顎で下層のほうを示した。
「あんたの"変わった戦い方"、この目で見てみたくてね」
断る理由もない。俺たちは連れ立って、下層の手強い戦域へ潜った。
やがて行き当たったのは、岩をまとった巨大な甲殻の獣だった。
俺の背丈の、二倍か、三倍か。重たげな体を、六本の脚が支えている。閉じた殻の隙間から、とげのような突起がいくつも突き出て、その根元が、赤くにぶく光っていた。
鑑定の窓が、いつになく物々しい。
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▼ 鑑定 甲殻の主
/複合 複雑度 ★★★☆☆
【攻勢】 [危機・猛攻]
荒れ(VIX 31.0)●赤
商い(出来高 2.6倍)●緑
底の深さ(−6%/短期)●緑
【隙】 [???]
荒れ(VIX 23.0)●青
商い(出来高 1.5倍)●青
底の深さ(0%・無防備)●緑
【守勢】 [凪・膠着]
荒れ(VIX 15.0)●緑
商い(出来高 0.7倍)●青
底の深さ(−20%/膠着・長期化)●赤
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凶兆(相関の符号が反転を繰り返す)●赤
※三態すべてに点灯
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見立て:攻めれば弾かれ、待てば手詰まり。
局面ごとに、手を持ち替えよ。
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……三つ、顔がある。
潮目の主と同じだ、と思いかけて——違う、と気づいた。
あの湖は、満ち潮が安全で、稼げた。引き潮が危険で、稼げなかった。危ない時に耐えて、安全な時に獲る。そういう相手だった。
こいつは、逆だ。
攻勢は、荒れが赤い。危ない。けれど、商いは緑で、稼げる。守勢は、荒れが緑で、安全だ。けれど、底の深さが赤くて、長引く。
……危ない時にしか、稼げない。安全な時は、何も獲れない。
どっちの顔にも、必ず赤がひとつある。
安全で、しかも稼げる顔が、こいつには、ひとつもないのだ。
それと、もうひとつ。
凶兆の欄が、三つの顔ぜんぶに、点きっぱなしになっていた。相関の符号が、反転を繰り返す。
……意味は、まだよくわからない。でも、消えない警告というのが、どれだけ気持ちの悪いものかは、わかった。
この窓は、ずっと鳴り続けている。また入れ替わるぞ、また入れ替わるぞ、と。
「見てな」
レイラが、余裕たっぷりに手をかざした。
次の瞬間、彼女の足元から立ちのぼったのは、雷を全身にまとった、オオカミに似た巨獣だった。
俺の背丈を、ゆうに超えている。狼のかたちを保ったまま、体表を、稲妻の筋が走っていた。ホムラの炎が面で燃え広がるのとは、まるで違う。こいつの光は、線だ。細く、鋭く、迸る。
「雷狼ライガ。——あたしの、たった一枚の切り札さ」
俺は、なんとなく、その雷狼に、鑑定を向けた。
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▼ 鑑定結果
名称:(縁なき雷狼) / 攻めの型
─── 持ち高 ───
属性 ………… 高グロース(新興・一点張り)
火力 ………… 最強(ただし一瞬・振れ幅大)
耐久 ………… 最弱
変動 ………… 極高(超高ベータ)⚠⚠
コスト ……… 中 ※持ち替え賃、別途
─── 銘柄カルテ ───
割安・割高 …… 極端な割高(実体より、期待が値を作る)
体力(財務)…… 極薄
還元(尽くす度)… なし
伸びしろ ……… 極大(ただし、条件付き)
気になる兆し …… 締め付けの鎖に、真っ先に折れる ⚠⚠
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見立て:一瞬だけ、誰よりも速い。
二瞬めは、ない。
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……長い。
ホムラの窓を、はじめて見た時のことを思い出した。あれで十欄、赤が五つ。危ないやつほど、注意書きが増えていく。
こいつは、十一欄だ。赤が、七つ。⚠が、二つ重なった欄が、二か所。
形は、ホムラと同じだった。属性も、火力も、還元も、並びがそっくりだ。ただ——一段ずつ、全部、極端になっている。
同じ形の札を、もう一回り強く、もう一回り脆くしたもの。
……なるほど。姉貴分、みたいなやつか。
すさまじい火力だった。
ライガがひと吼えするたび、甲殻の獣の装甲が、稲妻に打たれて砕けていく。たった一体、それだけで戦況をまるごと押し込んでいく。俺のホムラが可愛く見えるほどの、圧倒的な一点突破だった。
「すげえ……!」と、トトが目を丸くする。
確かに、強い。一体にすべてを注ぎ込んだ、極限の集中。うまくはまれば、これほど頼もしいものはない。
だが——その時、甲殻の獣の気性が、ぐるりと変わった。
(第37話へ続く)
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【用語辞書】第36話に出てきた「投資」の話
● 危ない時にしか、稼げない相手
安全で、しかも稼げる局面が存在しない。危険を取らなければ利益は得られず、安全を取れば何も増えない。これをリスクプレミアムといいます。前に戦った相手は「安全な時に獲る」ができましたが、この相手は待っていても解決しません。待つことが答えにならない局面は、実際にあります。
● 相関の符号が反転する
ある手が、次の局面では逆に働く。上がると思って買ったものが、同じ理由で下がる。こういう相場では、性質の違うものを持っておく分散だけでは足りず、局面に合わせて持ち替える必要が出てきます。現実では、方向感なく行ったり来たりする相場がこれにあたります。
● 説明書の長さは、危険の量
欄が十一、赤が七つ、二重の警告が二か所。前に手に入れた攻めの札より、一段ずつ全部が極端になっています。同じ種類の資産でも、尖らせるほど注意書きが増える。並べて比べると、その差が見えます。
● 一点集中
一体にすべてを注ぎ込む戦い方は、はまれば誰より速く大きく勝てます。ただし、はまらなかった時の逃げ場がありません。




