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社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


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第35話 同じ夜

 その夜。宿の窓辺で、俺は、ぼんやりと、月を見ていた。


「なあ、オルカ」


「(はい)」


「……あの預け、たぶん、あの冒険者は、十年後、ちゃんと六百枚、受け取るんだろうな。何も起きなければ」


「(おそらくは。まっとうな共済ですから)」


「けど、もし。——その十年の途中で、あいつに、何かあったら。金貨は、手の届かないところで、眠ったまま。……"安心"を買ったつもりが、いちばん、身動きが取れなくなる」


 悪い商品じゃない。悪い人たちでも、ない。


 ただ、理解せずに、全部を委ねたこと。それだけが、危うい。


 ……形を、変えた欲。


 博打の熱から、"安心"の宝箱へ。人の欲は、姿を変えるだけで、なくなりはしないのかもしれない。……そんなことを、ぼんやりと思った。


 ……なんだか、投資ってやつの、いちばん大事なところは、儲けの大きさじゃない気がしてきた。


 損をすることが、いちばん危険なんじゃない。——中身も分からないものに、大切なものを、まるごと預けてしまうこと。それが、いちばん、こわい。


 前世の俺が、全財産を溶かして死んだのも、元をたどれば、そこだった。


 「みんなが買ってる」「絶対に上がる」——そう言われて、中身も知らないまま、有り金を、まるごと突っ込んだ。


 あれは"うますぎる話"の顔をしていたけれど。……根っこは、今日の、あの冒険者と、何も変わらない。理解せずに、全部を、委ねた。ただ、それだけ。


 だからこそ、思う。——あの時、誰かが、ひとこと、教えてくれていたら。


 「それ、中身は分かってるのか」「全部はやめとけ」と。たったそれだけで、救われた人生が、きっと、いくつもあったはずなんだ。


 前世の俺は、それで、死んだ。だから、せめて、トトには。あの自慢好きの冒険者には無理でも、俺の手の届く範囲の、素直な誰かには。——"分かってから、選べ"と、伝えていきたい。


「トト」


 隣で、早々に寝落ちしかけていた弟子が、「ふぇ?」と間抜けな声で顔を上げた。


「契約書を、隅から隅まで読め、とは言わない。文字も、まだ、ろくに読めないもんな。——けどな。自分の金が、"いつ""どうやって""いくら"戻ってくるのか。それだけは、必ず、分かってから、判を押せ。いいな」


「……うっす」トトは、眠そうな目を、こすった。


「いつ、どうやって、いくら……。……なんか、それ、大事な気がするっす」


「ああ。いちばん、大事だ」


 賑やかな寝息が、じきに、部屋に満ちた。部屋の隅では、シルクも丸くなって眠っている。


 ……こいつが、いつか、誰かに、同じことを伝えられる日が来たら。


 それは、きっと、悪くない。


 * * *


 ——同じ夜。


 町の北、白い伽藍の一室に、灯りがひとつだけ、点っていた。


 蝋燭一本ぶんの、心もとない明かり。窓の外は、静まり返っている。


 机を挟んで、二人がいた。


 ひとりは、白い衣。灯りを背にしているので、顔は、影になって見えない。手だけが、机の上に置かれている。


 もうひとりは、地味な身なりの男だった。胸に、商人ギルドの記章。深く、頭を下げている。


 机の上には、白い表紙の帳面が、一冊。


「共済の集まりは、順調です」


 使者が、静かに言った。


「……泡で懲りた方ほど、よく、預けてくださいます」


「けっこう」


 白い衣が答えた。穏やかな、落ち着いた声だった。


「……先の"豊穣"は、火が、強すぎました」


 白い手が、帳面のページを、ゆっくりと繰る。


「あれは、私どもの、しくじりです。——けれど、迷い子たちは、こうして、拾えている」


「……はい。皆さま、よく、祈られる」


 使者は、頭を下げたままだった。


 白い衣は、しばらく、帳面に目を落としていた。それから、独りごとのように、続けた。


「欲は、焚き火と同じ。燃やしすぎれば、町を焼く。——ですが、絶やせば、皆が、凍えてしまう」


 ページを繰る音が、ひとつ。


「誰かが、火加減を、見ていなければ」


「……」


「善きことです。——すべて、この過酷な世界で、人が生き延びるための、務めですから」


 白い表紙の帳面が、静かに、閉じられた。


(第36話へ続く)


====================

 【用語辞書】第35話に出てきた「投資」の話


 ● 判を押す前の、たったひとつの質問


 むずかしい契約書を全部理解する必要はありません。ただ、自分のお金が「いつ」「どうやって」「いくら」戻ってくるのか。これだけは、必ず分かってから決める。それだけで、勧められた安心をなんとなく買う失敗の、ほとんどが防げます。


 ● 理解せずに委ねることが、いちばんの危険


 この回の主人公は、損の話をしていません。減らない商品を前にして、それでも危ういと言っている。損の大きさより、中身の分からないものに大切なものをまるごと預けることのほうが、こわい。理由は単純で、そうなると、まずいと気づいた時に自分では何もできないからです。


 ● 欲は、形を変える


 博打のような儲け話にこりごりした人ほど、次は安心という言葉に引き寄せられます。求めているものの見た目が変わっただけで、中身を確かめずに飛びつく癖は、そのまま残っています。反省したはずの人ほど、次の入口では油断します。


 ● 商品を売る側にも、事情がある


 売り手が悪人とは限りませんし、悪人でないからといって、その商品が自分に合っているとも限りません。売り手には売り手の目的があり、それは買い手の目的と、必ずしも同じ方向を向いていない。それだけのことです。


 ※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の商品・制度を推奨・否定するものではなく、契約の詳細は必ずご自身で確認してください。


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