第28話 冴えない金塊
新しい力を、探しに行こう。そう決めた朝、俺はまず、オルカに相談した。
「(……ガク様。ひとつ、気づいたことが)」オルカの思念は、どこか、いつもより滑らかだった。「(ここ数日、ダンジョンで無理に消耗しなかったぶん、私に溜まったマナが、増えています。おかげで——ネットの海へ、少し、深く手を伸ばせるようになりました)」
「深く?」
「(ええ。前より、多くの知識を、引ける。あなたの成長に、私の目も、追いついてきた、ということです)」
……なるほど。休んだのも、無駄じゃなかったってことか。稼がなかった日が、力を溜める日にもなっていた。手元に残した余力が、こうして効いてくる。
休んだ日に、何もしなかったわけじゃない。何もしなかったぶんが、そのまま、こいつの目の解像度になった。
「じゃあ、そのマナを使って調べてみてくれ。今の俺たちに、何が足りないのか」
「(承知しました。少し、お借りします)」
軽い疲労感をともなって、溜め込んでいたマナがオルカに流れこむのを感じる。淡い光が、オルカの身体を静かに巡った。そのまま、彼女は目を閉じる。
「(検索、開始します)」
辺りは静まり返った。しばらくして。
「(……見つかりました)」
オルカが静かに目を開く。
「(現在の構成は、攻めと守りの均衡は取れています。しかし、大きな環境変化への耐性が不足しています)」
「大きな環境変化……」
豊穣の層の崩壊が、脳裏をよぎる。
あの時は、ダイチが踏ん張ってくれたから助かった。だが、もっと大きな災厄なら、どうなる。
「(現在の組み合わせは、以前より安定しています。ですが、まだ弱点は残っています。新たな精霊との縁を結べば、その穴を埋められる可能性があります)」
「弱点を埋める、か」
ホムラは攻め、ダイチは守り。どっちも必要だ。でも、それだけじゃ足りない場面が、きっとまた来る。
「だったら、探してみよう。俺たちに足りない一枚を」
「なあ相棒、新しい仲間か!? どんなやつだ! 俺より強いのか!?」
ホムラが、めずらしく浮き立っている。新しい相棒ができると聞いて、うずうずしているらしい。……こいつも、ずいぶん、素直になったもんだ。
「まだ、わからん。けど——うちに足りない"何か"を持ってるやつが、いい」
その、少しだけ解像度の上がったオルカの目で、俺たちは、この町で"眠っている力"の噂を、拾って回った。
*
行き着いたのは、ダンジョンのはずれの、さびれた洞窟だった。
昔は結晶が豊富に獲得できていたが、今はもう枯れて、割のいいモンスターは出ないため、誰も寄りつかない。入り口で、たまたま居合わせた老冒険者が、けらけらと笑った。
「あんなところに何を探しに? ——ああ、奥に変な精霊が眠ってるって噂か。やめときな。あれは、ハズレだ」
「ハズレ?」
「見た目は金ぴかの立派な塊さ。だが、呼び出しても、うんともすんとも言わねえ。攻めるでもなし、盾になるでもなし。ただ、そこに、ぼーっと在るだけ。……派手さも、使い道もねえ、冴えない金塊よ。何人もの召喚士が、拍子抜けして、置いて帰ったって話だ」
攻めもせず、守りもせず、ただ在るだけ。冴えない。使い道がない。
……どこかで、聞いた台詞だ。
ダイチもそうだった。「守りは銭にならねえ」と足蹴にされた。シルクもそうだった。「食うだけの役立たず」と無視された。派手じゃない、というだけで、みんな、その値打ちを、見ようともしなかった。
「……行ってみます。ありがとう」
老冒険者は、物好きな、という顔で、肩をすくめた。
*
洞窟の奥は、しんと静まり返っていた。
人の踏み込んだあとのない苔むした道。崩れかけた坑木。マナの気配も薄く、じっとりと、冷たい。シルクが、鼻をひくつかせながら、慎重に先導する。
「……おく。……ひかってる、なにか」
やがて、行き止まりの、いちばん奥。
崩れた岩の隙間に、それは、あった。
鈍く光る、金色の塊。
……小さい。
手のひらに、すっぽり乗るくらいだ。古びた金が、ずんぐりと丸まって、岩の隙間にうずくまっている。身じろぎもしない。目を開けているのかもわからない。
噂の通り、拍子抜けするほど、地味だった。
ダイチも、ホムラも、縁の中にいる時はこれくらいの大きさだ。呼び出せば、見上げるほどに膨れる。……こいつも、そうなのか。それとも、こいつは、このままなのか。
こんなに小さいものを、みんな、わざわざ見に来て、わざわざ落胆して、置いて帰ったのか。
俺は、鑑定を向けた。
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▼ 鑑定結果
名称:(縁なき黄金) / 守りの型・特異
─── 持ち高 ───
属性 ………… ゴールド(無相関)
火力 ………… なし
耐久 ………… ―(減りも増えもせぬ)
コスト ……… 中
─── 銘柄カルテ ───
割安・割高 …… 見向きされず、安い
体力(財務)…… 不変(何があっても目減りせぬ)
還元(尽くす度)… なし(利を生まぬ)
気になる兆し …… なし
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見立て:平時は、退屈。
だが——皆が崩れる時、
これだけが残る。
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……短い。
ホムラの窓は、長かった。欄が十も並んで、そのうち五つが赤くて、⚠が二つ灯っていた。危ないやつほど、注意書きが増えていく。あの時、俺はそう学んだ。
こいつの窓は、そのちょうど裏返しだ。欄は八つきり。赤は、ひとつもない。気になる兆し——なし。
それに。
「耐久」の欄に、線が一本、引いてあるだけだった。
高いとも、低いとも、書いていない。減りも増えもせぬ、と添えてある。
……測る意味がない、ってことか。
増えも減りもしないものに、耐久という物差しは、そもそも立たないのだ。こんな書き方をされた欄は、はじめて見た。
火力、なし。還元、なし。利を、生まない。
なるほど。攻めもしないし、配当みたいに何かを生むわけでもない。派手好きの召喚士が「使えない」と投げ出したのも、わかる。持っていても、いい相場では、何ひとつ、儲けさせてくれないのだから。
けど。いちばん下の、見立て。
——皆が崩れる時、これだけが残る。
その一行に、俺の目は、釘付けになった。
「……オルカ。こいつは、何なんだ」
「(ゴールド——金です)」オルカの声が、静かに響いた。「(攻めのホムラ、守りのダイチ、コアの私。実は、私たちには、ひとつ弱点があります。——本物の総崩れ、世界のすべてが同時に崩れ落ちる"大嵐"では、守りのダイチさえ、無傷ではいられない。人も、守りも、みな道連れに、沈むのです)」
「……ダイチも?」
「(ええ。ですが、この黄金だけは——別です。周りが崩れようと、流行ろうと、我関せず。何にも連れ立たず、ただ、変わらずに在り続ける。だから、すべてが沈む底で、これだけが、揺るがず残る。ポートフォリオの、最後の砦です)」
最後の、砦。
「(ただし、ガク様。この者にも、弱点があります)」
「弱点?」
「(何も、起きないことです)」
オルカの声は、静かだった。
「(平穏な狩り場にこの者を出せば、ただ、何も起きません。傷つきもしない代わりに、一銭も生まない。……その枠に、ダイチ様を出していれば、ほんのり黒字でした。ホムラ様を出していれば、追い風に乗れました)」
……ああ。
窓にも、収支にも、出てこない損。あの日、翔け兎を取り逃がした時と、同じ形の損だ。
「あの爺さんが『ハズレだ』って言ったのは」
「(半分は、正しいのです)」
平時は、退屈で、冴えない金塊。けれど、本物の大嵐が来た時、たったひとつ、残るもの。
……ぞくりとした。豊穣の層の崩壊が、頭をよぎる。あの時、逃げ惑う人々は、抱えていたものを、根こそぎ失った。もし、あの中に、こいつがいたら。すべてが砂に還る中で、これだけは、目減りせずに、残ったんじゃないか。
俺は、金色の塊に、そっと手を伸ばした。
——その、瞬間だった。
(第29話へ続く)
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【用語辞書】第28話に出てきた「投資」の話
● 金=利益を生まない資産
金は、配当も利子も生みません。持っているだけでは、一円も増えない。だから景気のいい時は「冴えない資産」に見えます。ところが、戦争や金融危機のように皆が恐怖に駆られる局面では、逃げ場を求めたお金が金に集まり、価値を保ちます。ふだん退屈なことと、いざという時に強いことは、同じ性質の裏表です。
● 「測る意味がない」という評価
耐久の欄に線が一本だけ引かれているのは、高いのでも低いのでもなく、その物差しが立たないという意味です。増えも減りもしないものに、耐久力という尺度は使えません。評価軸そのものが対象に合っていない、ということは現実の分析でも起こります。無理に数字を当てはめるより、測れないと書くほうが正確です。
● 保険料ではなく、機会損失
この札の弱点は、持っていると高くつくことではありません。何も生まないことです。平穏な場面でこれを出すと、その枠で別の札を使っていれば得られたはずの利益を、まるごと逃します。損益計算書のどこにも出てこないのに、確実に減っている——これを機会損失といいます。
● 説明書が短い資産
前に手に入れた攻めの札は、注意書きが十行あって、そのうち五行が赤でした。この札は八行で、赤はゼロ。リスクの多さは、注意書きの数に出ます。短い説明書は、たいてい、良い知らせです。




