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社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


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第25話 稼がない日

読んでいただき、ありがとうございます。

 豊穣の層が崩れて、数日が過ぎた。


 町から、あの熱狂は嘘みたいに消えていた。一攫千金を夢見た者ほど、根こそぎ失って、うつむいて歩いている。潮目の主で稼いだ大金が懐にある俺は、この町では、数少ない"勝ち逃げ"組だった。


 ……なのに。


「なあ相棒! 次はどこだ! 稼ぎ時だぜ! この金を元手に、もっとデカく——」


「行かない」


 朝から燃え立つホムラを、俺はぴしゃりと止めた。


「あんな嵐のあとに、すぐ次へ突っ込むやつは、たいてい、また溶ける。——今は、休む。稼いだぶんは、手元に置いておく」


「ちぇっ。……つまんねえの」


 ホムラは不満げに鼻を鳴らして、縁の向こうに引っこんだ。


 ……我ながら、変わったもんだ。前世の俺なら、勝った金は、すぐ次にぶちこんでいた。「今が稼ぎ時だ」と、休むことを、悪だと思っていた。その果てに、全部を失った。


 ……たまには、立ち止まってもいい。そう思えるようになっただけで、たぶん、ずいぶん、ましになった。


 *


 宿の窓辺で、シルクが、ぱくぱくとパンを頬張っていた。


 合流してから、こいつは、俺の部屋の隅に居着いている。相変わらずの、恐ろしい食欲だ。小さな体のどこに入るのか、俺の三倍は食う。


「……シルク。お前、その、いつも腹を空かせてるのは、そういう体質なのか」


「……ん」もぐもぐ、と飲み込んで、シルクは頷いた。「はやさ、とか、はねる、ちからに。……ごはん、ぜんぶ、もってかれる。……だから、たくさん、たべないと、うごけない」


 なるほど。あの、誰にも負けない素早さと跳躍。あれを維持するのに、体が、燃料を食い続けるのか。攻撃力はまるでない代わりに、感覚と、逃げ足に、すべてを振っている。


 ……ホムラと、同じだ。


 あいつも、燃やすたびに、とんでもない量のマナを食う。よく効く力ほど、抱えているだけで金がかかる。それは精霊も、獣人も、変わらないらしい。


「……はな、も、みみも。……とめられ、ない」シルクが、ぽつりと付け足した。「くさいのも、こわいおとも、ぜんぶ、きこえて、しまう。……ねてても。だから、あんまり、よく、ねむれない」


 ……そうか。人の何倍も鋭い感覚は、便利なだけじゃない。嗅ぎたくない腐敗も、聞きたくない不穏も、こいつは四六時中、拾ってしまう。逃げ場が、ない。


 豊穣の層で、あの甘い匂いの底に、たった一人怯えていた姿を思い出す。みんなが浮かれる中で、こいつだけが、その"におい"に、ずっと耐えていたのだ。誰にも、わかってもらえないまま。


 俺の窓は、閉じられる。見たくない時は、鑑定を向けなければいい。


 こいつの鼻には、閉じる蓋が、ついていない。


「けど、それって……力仕事のやつらから見たら、"よく食うのに、大して稼がないやつ"に、見えるよな」


 シルクの耳が、ぺたん、と伏せた。


「……うん。むら、でも。まちでも。……『くうだけ』の、やくたたず、って。……だれも、みて、くれなかった」


 ……ああ。だろうな。


 この世界は、派手に殴って稼ぐやつが偉い。地味で、力もなくて、飯ばかり食うシルクは、きっと、ずっと、そう言われてきた。ダイチが「守りは銭にならねえ」と足蹴にされたのと、同じだ。


 でも、俺には、わかる。こいつの鼻と、目と、耳が、どれだけの値打ちを持っているか。豊穣の層で、俺の命を——いや、大勢の命を、救ったのは、こいつの感覚だ。


「お前は、役立たずなんかじゃない。この間、証明しただろ。——お前がいなきゃ、俺は、あの甘い匂いに、まんまと騙されてた」


 シルクが、パンを持つ手を止めて、俺を見た。その大きな目が、ゆっくりと、潤んでいく。


「……そんなこと、いって、くれたの。……ガクが、はじめて」


 *


 その時、部屋の扉が、乱暴に叩かれた。


 シルクの耳が、ぴん、と立つ。けれど、身構えはしなかった。危ない相手じゃない、ということらしい。


 扉を開けると、若い男が立っていた。


 薄汚れた服。剣は差していない——質に入れたんだろう。頬がこけて、目だけが、やけにぎらついている。


 見覚えが、あった。


 豊穣の層の、あの吸い込む激流。俺がダイチの陰へ引きずり込んだ、二十歳そこそこのハンター。


「……あんた、だろ」


 男は、低い声で言った。


「あの日。みんなが宝を拾ってる時に、たった一人で『逃げろ』って叫んでたのは」


「……ああ」


 俺は頷いた。


「叫んだ。誰にも、届かなかったけどな」


 男の顔が、ぐしゃりと歪んだ。怒りなのか、泣きそうなのか、自分でも決めかねているような顔だった。


「……知ってたのか」


「知ってた、とは言えない。危ないと思った。それだけだ」


「じゃあ、なんでもっと——」


 男は言いかけて、口をつぐんだ。喉のところで、言葉が、つっかえていた。


「……いや。あんたのせいじゃ、ねえよな。……聞かなかったのは、俺だ」


 男は、握った拳を、だらんと下げた。


「妬みだろ、って笑ったの。……あれ、俺です」


(第26話へ続く)


====================

 【用語辞書】第25話に出てきた「投資」の話


 ● 嵐のあとに、すぐ次へ突っ込まない


 大きな相場変動のあとは、値動きが荒れたままです。取り返そう、あるいは流れに乗ろうとしてすぐ次に手を出すと、傷を広げやすい。休むという判断そのものが、ひとつの手です。


 ● 保有コストは、力の大きさに比例する


 シルクが人の三倍食べるのは、その素早さを維持するためです。ホムラの燃料が重いのと同じ理屈。よく効く力ほど、持っているだけで費用がかかります。性能だけを見て、維持費を見落とすと、勝っているのに手元が減ります。


 ● 見えすぎることの負担


 情報は多いほどよい、とは限りません。四六時中すべての値動きが目に入る状態は、判断を鋭くするより先に、人を消耗させます。見る時間を決めて、それ以外は閉じておく。それができる人だけが、長く続けられます。


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