第23話 収穫
読んでいただき、ありがとうございます。
窓の色が、一斉に、変わった。
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▼ 鑑定 捕食する豊穣/戦域の主
[暴落] 複雑度 ★★★★☆
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荒れ(VIX 68.0) ●赤
商い(出来高 9.0倍・売り一色) ●赤
底の深さ(−72%/一夜) ●赤
締め付けの鎖(実質 +3.2%) ●赤
掘り出し(CAPE 12) ●緑
凶兆(極大・相関 0.99) ●赤
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見立て:満ちきった泡。
あとは、はじけるだけ。
——暴落、間近。
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……全部、赤だ。
荒れが、8.5から、68.0。凪いでいた海が、底から、ひっくり返る。
——いや。ひとつだけ、違う。
赤が五つ並んだその真ん中で、掘り出し、という欄だけが、ぽつんと、緑に灯っていた。
さっきまで「奢り」だった欄だ。四十二が、十二になっている。名前まで、変わっている。
……なんで、こんな時に、緑なんだ。
考える暇は、なかった。
そして、また、見たことのない欄が増えていた。
締め付けの鎖。実質、プラス3.2。赤。
「(……ガク様。それが、あの引き潮のとき、私が申し上げなかったものです)」
「え?」
「(ホムラ様が溶けた理由の、もう半分です。あのとき、ガク様の窓には、この欄がまだありませんでした。……ですから、私は言わなかった。見えないものの話をしても、あなたを迷わせるだけですから)」
……そういうこと、だったのか。
あの日、俺が「底が抜けていく」としか読めなかったものの、隣に。もうひとつ、赤い欄が、ずっとあった。俺に見えていなかっただけで。
「今は、見えてる」
「(ええ。だから今は、申し上げます。——この欄が赤いあいだ、ホムラ様は出せません)」
層全体が、ぐわん、と揺れた。
背後で、悲鳴が上がる。振り返ると、人々が抱えていた結晶が、みるみる、色を失い、砂のように、さらさらと崩れていく。あれだけ溢れていた豊穣が、嘘みたいに、消えていく。笑っていた顔が、一斉に、凍りついた。
「な、なんだ!? 結晶が!」
「おれの、稼ぎが……嘘だろ、嘘だろ!?」
パニックだった。誰もが我先にと出口へ殺到し、押し合い、転び、踏まれる。さっきまでの宴が、地獄に変わるのに、瞬きひとつも、要らなかった。
そして、捕食する豊穣の口が、ぐわっと大きく開き、逃げ惑う人々を——層ごと、吸い込みはじめた。
「ダイチ! 前へ!」
『……ぬん!』
ダイチが、どっしりと立ちはだかる。丸い土の体で、吸い込む激流に、杭のように踏ん張る。俺は、その陰に身を寄せた。
窓の隅で、印が書き換わっていた。
▼ 噛み合わせ 【収穫】
ダイチ ………… ◎◎
オルカ ………… ◎
ホムラ ………… ✕
……◎が、二つ?
そんな印は、はじめて見た。◎の上が、あるのか。
しかも、灯っているのは、あの地味な土くれだ。守りは銭にならねえと、誰にも見向きもされなかった、行き止まりの燃えさし。
——凄まじい、逆風だった。あの潮目の主の引き潮なんて、比じゃない。すべてを飲み込む、暴落の嵐。もしここに、攻めのホムラだけを出していたら。もし、守りを持たずに、一体に全部賭けていたら。——俺は、あの人たちと一緒に、今ごろ、あの口の中だ。
揺るがぬ地面がある。だから、立っていられる。
……ああ。◎が二つ灯る意味が、わかった。
いちばん派手な札じゃない。いちばん強い札でもない。ただ、こういう日に、こいつだけが立っていられる。それが、この印の意味だ。
すぐ横で、若いハンターが一人、激流に足をすくわれて悲鳴を上げた。まだ二十歳そこそこか。目を見開いて、必死に岩にしがみついている。……あの日の、俺みたいな顔だ。全財産を溶かして、世界が終わったと思った、あの日の。
「掴まれ!」
俺は手を伸ばし、その腕を掴んで、ダイチの陰へ、力任せに引きずり込んだ。男は、がくがくと震えながら、何度も頷いた。
……一人。せめて、目の前の、この一人だけでも。
「ホムラ! まだだ、我慢しろ! この逆風じゃ、お前は溶ける!」
「……っ、わーってるよ! こんちくしょう!」
ホムラが、歯噛みしながら、身を低くして耐える。昨日のあいつなら、飛び出していた。けど、今日は違う。ちゃんと、待てる。
「(ガク様、変わり目を私が。——シルク! あの主の、弱点は!)」
オルカの淡い光が、吸い込む激流の"継ぎ目"に滑り込み、圧を殺す。その隙に、離れた場所からシルクの声が飛んだ。
「はな、する! ——くさってるの、まんなか! あの、くち、の、おく! ひかってる、とこ! そこが、ほんたい!」
腐敗のいちばん濃い場所。花の口の、奥の奥。そこに、脈打つ、淡い光の核が見えた。あれが、こいつの、本体。
——けど、遠い。吸い込む激流の、真正面。守りのダイチでも、近づけない。攻めのホムラを出せば、届くかもしれない。けど、この逆風の中じゃ、一瞬で溶ける。
窓の印は、✕だ。出すな、と言っている。
……でも。
一瞬なら。守りと、繋ぎと、攻めが、揃っているなら。一瞬だけ、作れる。
「オルカ! ホムラの✕を、一撃ぶんだけ、△にできるか!」
「(……できます。ダイチ様が道を、私が風を。——ですが、二撃目はありません)」
「一撃でいい」
「ダイチ、道をこじ開けろ! オルカ、風を殺せ! ——ホムラ、その一瞬で、核をブチ抜け! いいか、"一撃で戻る"。深追いは、しない!」
『……おう!』
「(承知)」
「……っ、上等だぜ! そういうの、待ってたんだ!」
ダイチが、激流を割って、丸い体で道をこじ開ける。オルカの光が、その左右で、吸い込む圧を、ぎりぎりと殺す。守りと、コアが、作った、細い、細い道。
窓の隅で、ホムラの✕が、ちらりと△に変わった。
その一本道を——解き放たれたホムラが、流星みたいに、駆け抜けた。
「うおおおおっ!」
燃える爪が、花の口の奥、腐った核へ、まっすぐ突き立つ。じゅ、と嫌な音がして、ホムラの体も焦げはじめる。溶ける。けど——その前に。
「戻れ、ホムラッ!!」
俺が縁を手繰るのと、核が砕けるのが、同時だった。
ぱぁん、と、光の核が、はじけ飛ぶ。捕食する豊穣が、断末魔のように、大きく身をよじり——ぐずり、ぐずりと、内側から崩れていく。吸い込む激流が、ふつりと、止まった。
燃えさしになりかけたホムラが、すんでのところで、俺の中に戻る。
△が、✕に戻っていた。
……間に合った。
(第24話へ続く)
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【用語辞書】第23話に出てきた「投資」の話
● 暴落の日は、すべてが同時に落ちる
相関0.99。ふだんは別々に動く資産が、暴落の日だけは足並みを揃えて落ちます。分散して持っていても、全部が同時に下がるなら守りになりません。ダイチが生き残れたのは、値動きを分けていたからではなく、そもそも売り買いの外側で踏ん張る性質だったからです。
● 「◎◎」が守りに灯る
ふだんは地味で、稼ぎもせず、誰にも見向きされない資産が、暴落の日にだけ最高評価になる。守りの資産の価値は、平時には絶対に測れません。持っている九割の期間は退屈で、残り一割で全部を取り返します。
● 実質金利が、暴落を仕上げる
値が崩れているところへ、金利が実質でプラスに転じると、傷んだ資産は回復する力まで奪われます。落ちるだけなら戻れますが、落ちながら締め上げられると戻れません。前話で溶けた攻めの精霊は、この二つに挟まれていました。
● 撤退ラインを、撃つ前に決めておく
主人公は「一撃で戻る」と決めてから撃たせました。うまくいっている最中に引き際を判断するのは、ほぼ不可能です。だから、入る前に決めておく。深追いを防げるのは、事前に決めた約束だけです。
※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。
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