↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/96

第22話 泡沫の宴

良かったら最後まで読んでいってください。

 層の奥へ進むほど、甘い匂いは、濃くなった。


 うっとりする果実の香りに、いつしか、饐えた臭いが混じりはじめる。表向きの甘さの、その裏で、確かに何かが腐っている。シルクの言った通りだった。


 背後では、まだ歓声が響いていた。金蛾を払い、結晶を抱えて、人々が笑っている。その明るいざわめきが、進むごとに遠ざかり、代わりに、低い脈動が近づいてくる。どく、どく、と。シルクが聞き取った、あの鼓動だ。今は、俺の耳にも届いていた。


「……ちかい」


 先頭を這うように進むシルクが、鼻を押さえて、囁いた。


「この、おく。……いちばん、あまくて。いちばん、くさってる。……きて」


 ひらけた空間に、出た。


 そして、俺は、それを見た。


 層の最奥、天井まで届く、巨大な花のような塊。半透明で、ぬめぬめと濡れ光り、脈打つたびに、あの甘い匂いを吐き出している。花の中心は、ぽっかりと口を開けた、暗い袋になっていた。そして、その口から——金蛾が、次から次へと、生み出されては、層の浅いほうへと、送り出されていく。


 これが、豊穣の、源。甘い匂いを撒き、金蛾を吐き、人を誘い込む、"何か"。


 俺は、鑑定を向けた。


====================

▼ 鑑定  捕食する豊穣/戦域の主

 [順風の果て] 複雑度 ★★★★☆

 ────────────────

 荒れ(VIX 8.5)      ●赤 ⚠⚠

 商い(出来高 5.2倍)    ●青

 奢り(CAPE 42)      ●赤

 凶兆(あり・逆イールド −0.3%)●赤 ⚠⚠

 ────────────────

 見立て:満ちきった泡。

     あとは、はじけるだけ。

     ——暴落、間近。



 ……数えられる。


 まっさきに、そう思った。


 層の窓は、はてなマークだった。赤がひとつも見つからなくて、俺は数えることを諦めた。


 ここは、違う。赤が、はっきり灯っている。荒れに、ひとつ。奢りに、ひとつ。凶兆に、ひとつ。★は、よっつ。


 ……数えられてしまった。


 なんでだろう。数えられたほうが安心なはずなのに、背中がぞわぞわした。


「(正体に、辿り着いたからです)」


 オルカの思念が、硬かった。


「(あの層は、この者が撒いた匂いにすぎません。匂いは、測れない。……撒いている本体だけが、測れるのです)」


 ……ああ。


 俺が測れなかったのは、俺の腕が悪かったからじゃない。あそこには、測るべきものが、そもそも無かったんだ。上でみんなが必死に払っていた金蛾も、あの甘い匂いも、全部、こいつが吐き出した息だった。


 そして、もうひとつ。


 荒れ、8.5。


 ……昨日の層は、9.1だった。もっと凪いでいる。もっと波がない。なのに、あそこでは琥珀だったこの欄が、ここでは、はっきりと赤い。


「(凪ぎすぎたのです。もう、これ以上は静かになれないところまで)」


 ⚠マークが、二つ並んでいる。今までにない、警告だ。


 それと、見慣れない欄が、ひとつ増えていた。


 奢り。四十二。赤。


「(値が、中身から離れきっているという相です。……ガク様の窓が、この欄を映したのは、はじめてですね)」


 いつのまにか、俺の窓は、欄が増えていた。灰鼠の時に、商いの欄が新しく点いた、あの時みたいに。


 ……見えるものが増えるのは、腕が上がったってことだ。そのはずなのに、増えた欄は、赤かった。


「そして、この——凶兆の、逆イールド、っていうのは」


「(順番が、逆になっているという意味です。近い先より、遠い先のほうが、安く見積もられている。……人が、遠い未来より、明日を恐れはじめた時にだけ起きます)」


 オルカが、静かに続けた。


「(ガク様。この見立ての一行は、詩ではありません)」


 満ちきった泡。あとは、はじけるだけ。——暴落、間近。


「(そのまま、この欄の直訳です)」


 *


「(これは——泡を、膨らませる者です)」オルカの思念が、続いた。「(甘い匂いで熱狂を煽り、皆の稼ぎと、皆自身を、限界まで肥え太らせる。そして満ちきった瞬間、一気に飲み込む。——上にいる人々ごと)」


「飲み込む……人ごと?」


「(ええ。これが満ちきって"収穫"を始めれば、豊穣は一夜で地獄に変わります。結晶は泡と消え、逃げ遅れた者は、この口の中へ。——時間が、ありません)」


 俺は、来た道を振り返った。遠く、明るいざわめきの向こうで、大勢の人が、まだ笑っている。


 ……あいつら全員、これに、喰われる。


「——逃げろ! みんな、逃げるんだ! この豊穣は、罠だ!」


 俺は、声を張り上げた。喉が裂けるくらいに。けれど、届いた数人が、ちらりとこちらを見て——ふっと、鼻で笑った。


「なんだあいつ。せっかくの稼ぎ時に」


「妬みだろ。自分が乗り遅れたからって」


 誰も、手を止めなかった。それどころか、より深く、より夢中に、金蛾を払い続ける。乗り遅れるな、と、目を血走らせて。


 ……くそ。


 わかってはいた。前世の俺も、そうだった。「危ないぞ」と言われても、耳を貸さなかった。儲かっている時ほど、人は、都合の悪い声が、聞こえなくなる。


 それに——俺が見ているものは、俺にしか見えない。


 この窓を、あいつらの前に広げてやることができたら。赤が三つと、⚠が二つと、暴落間近の一行を、そのまま見せられたら。……たぶん、それでも、半分は笑うんだろうけど。


「シルク。——動ける人だけでいい。近くの、聞く耳のありそうなやつを、端から、外へ逃がしてくれ。お前の足なら、できる」


「……っ、うん! まかせ、て!」


 シルクが、たたっと駆け出す。素早さだけは、誰にも負けない。その小さな体が、人混みを縫って、一人、また一人と、袖を引いて出口へ押しやっていく。


 全員は、無理だ。それでも——一人でも、二人でも。


「俺は、こいつを止める。——ダイチ、ホムラ、オルカ。頼む」


 *


 その時、捕食する豊穣が、大きく、脈打った。


 ぐぶり、と花の口が開き、これまでとは比べ物にならない、むせ返るほどの甘い匂いが、あふれ出す。同時に——鑑定の窓が、けたたましく鳴った。


 地合い、反転。


「(来ます! ——"収穫"です!)」


(第23話へ続く)



 【用語辞書】第22話に出てきた「投資」の話


 ● 「測れない」のは、対象が違っていたから


 層の危険度が測れなかったのは、層そのものが結果でしかなかったからです。原因のほうに辿り着くと、途端に数えられるようになる。指標が読めない時、道具のせいではなく、見ている対象がずれていることがあります。


 ● 低すぎるボラティリティは、下限がある


 VIXは下がり続けることはできません。8.5まで凪いだということは、もうこれ以上静かになれない、つまり次の動きは上(=荒れる方向)しかない、ということです。だから同じ「低い」でも、9.1は琥珀で、8.5は赤になります。


 ● 逆イールド(長短金利の逆転)


 ふつう、遠い将来のお金を貸すほうが金利は高くなります。それが逆転し、近い将来の金利のほうが高くなる状態が逆イールド。人々が「遠い未来より、目先が危ない」と考えはじめた時にだけ起きるため、景気後退の前兆として最も有名な指標のひとつです。


 ● CAPE(奢り)


 株価が、企業の実力(利益)の何年分にあたるかを、物価の影響をならして測った数字。四十二という値は、実力に対して値段が四十二年分まで買われている、という意味です。歴史的に見て、この水準は数えるほどしかありません。


 ● 見えるものが増えるのは、いいことばかりではない


 分析の解像度が上がると、それまで見えなかったリスクまで見えるようになります。知らなければ平気でいられたことを、知ってしまう。それでも見えているほうが、確実に生き延びられます。

 ※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。

評価いただけると、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。