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社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


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第18話 ひとつには、賭けない

投稿しました。読んでいただけたら幸いです。

 もう一度、湖の縁に立つ。潮目の主が、湖の中心でとぐろを巻いたまま、こちらを待ち受けている。


 今度は、ひとつの天気に賭けない。


「ダイチ、ホムラ。——二人とも、頼む」


『……うむ』


「……っ。わかったよ相棒」


 土くれの守りがのっそりと前に踏ん張り、燃える獣がかたわらで、ぐっと身を低くして構える。そして俺のすぐ隣には、いつものように淡く光るオルカ。


 守りのダイチ。攻めのホムラ。そして全天候のオルカ。揺るがぬ土と、燃え盛る焔と、どんな天気でも崩れない土台。性質のまるで違う三つの力が、いま、はじめてひとつの陣に揃った。


「ホムラの出番は、俺が合図する。それまでは力を溜めて待て。——オルカ。潮目の"変わり目"を、頼めるか」


「(承知しました。局面のはっきりしない一瞬こそ、コアの役目です)」


 湖面が暗い。冷たい。——引き潮、逆風だ。


「ダイチ、前へ! ホムラはまだ待て!」


『……まかせろ』


 ダイチがどっしりと前に出る。潮目の主が、しなる胴で叩きつけてくる。冷たい逆風の一撃。けれど、揺るがぬ土の守りはそれをこつんと受け止め、びくともしない。


 ……オルカの言った通りだ。


 ホムラを溶かしたあの一撃を、ダイチは平然と受けている。強さの問題じゃなかった。噛み合わせの問題だったのだ。


 耐える。ただ耐えて、引き潮の逆風が過ぎ去るのを待つ。


 そして湖面が、明るさと暗さのどっちつかずに、ぐらりと揺らいだ。——潮目の、変わり目だ。


 その瞬間、窓の隅の印が、いっせいに書き換わった。



 ▼ 噛み合わせ 【変わり目】

  オルカ ………… ◎

  ダイチ ………… △

  ホムラ ………… △



 ……オルカが、◎。


 はじめて見た。あの、稼ぎもしないし尖ってもいない、ただ毎日俺のマナを吸い上げていくだけの、外せないお荷物。その欄に、はじめて◎が灯っている。


 その一瞬を狙って、主が牙を剥く。引き潮でも満ち潮でもない、宙ぶらりんの刹那。守りのダイチは動きが鈍く、攻めのホムラはまだ火が乗らない。二体の、いちばんの隙。


 ——けれど、そこへ、淡い光がすっと滑り込んだ。


 オルカだった。全天候。どんな天気にも、どっちつかずの変わり目にも、崩れない。彼女はダイチが退くわずかな間に、しなやかな腕で主の牙をひとつ受け流し、ホムラが前へ出るための一拍を、静かに稼いでみせた。派手さはない。ただ、陣の"継ぎ目"を、そっと縫い留めるように。


 そして湖面が、ぱっと明るく温かく輝きだす。満ち潮。追い風だ。


「——今だ! ホムラ、行けっ!」


「っしゃあああ! 待ってたぜ、それをよぉッ!」


 溜めに溜めた焔が、一気に解き放たれた。満ち潮の追い風に乗って、ホムラが湖面を駆け、燃える爪で潮目の主の横腹を薙ぐ。ぐおおっ、と主がのたうち、結晶がぶちまけられる。


 また、潮目が揺らぐ。変わり目。すかさずオルカが継ぎ目を覆い、その間にホムラが退いて、ダイチが前へ出る。潮が引けば、ダイチが耐える。


 引いては耐え、変わり目はオルカが繋ぎ、満ちては獲る。耐え、繋ぎ、獲り——潮目の満ち引きに合わせて、三体がひとつの生き物みたいに、入れ替わり立ち替わり動いた。


 窓の中で、三つの印がめまぐるしく入れ替わっていく。◎が✕になり、✕が◎になり、△が◎になる。同じ札の評価が、これほど短い間に何度もひっくり返るのを見るのは、はじめてだった。


 そして、ふと妙なことに気づいた。


 こんなに何度も出し入れしているのに、費えが、増えていない。


「……オルカ。俺、さっきから何回持ち替えた?」


「(三度です)」


「その、持ち替えるぶんの費えって、どこに乗ってる?」


「(……乗っておりません)」


 オルカの思念が、ほんのわずかに、間を置いた。


「(女神の加護です。ガク様は、札を入れ替える手間賃を——払わずに済んでいます。……これがどれほど法外なことか、いずれ、他の召喚士と並んだ時にお分かりになるでしょう)」


 ふうん、とだけ返して、俺は次の指示に意識を戻した。


 その言葉の重さを俺が思い知るのは、まだ、ずっと先の話になる。


 *


 ……噛み合っている。


 ダイチが逆風を受け止めるから、ホムラは追い風の時だけ全力で燃えられる。ホムラが追い風で稼ぐから、ダイチの地味な守りも報われる。そして、どっちつかずの危うい変わり目は、全天候のオルカが繋ぐ。ひとりでは半分の潮で死んでいた力が、三つ組み合わさった瞬間に、どんな潮目でも生き残れるひとつの陣になった。


 やがて満ち潮の最後のひと薙ぎで、潮目の主はぐらりと傾ぎ、湖面に巨大な光となってほどけ——その中心から、ひときわ大きな青白い結晶が、ごとりと転がり落ちた。


 しんと静まった湖。引いた潮のあとに、俺は肩で息をしながら、その大きな結晶を両手で拾い上げた。ずっしりと重く、芯が力強く脈打っている。


 ……勝った。ひとつには賭けずに。攻めと守りとコアを、併せ持って。


「(……これですよ、ガク様)」


 オルカの思念が、続いた。


「(潮目の変わり目を繋ぐ、コアの私。逆風を耐える、守りのダイチ。追い風で獲る、攻めのホムラ。性質の違うものを組み合わせ、ひとつの流れに賭けず、どんな潮目でも生き残る。これこそが、ガク様が女神に授かった力の、本当の使い方です)」


「(そして——四日目に、ガク様が悩んでおられたこと。覚えておいでですか)」


 ……ああ。覚えている。


 常に出しっぱなしで、燃費ばかり食う、外せないコア。あの時の俺は、どうすればこいつを消せるかを考えていた。


「(答えは、私を消すことではありませんでした。私を土台として据えたまま、その周りに、局面に合う札を出し入れすること。土台と、入れ替え。——この二段構えが、ガク様の力の形です)」


 本当の、使い方。


 ……ポートフォリオ召喚術。


 女神が、俺の死に際のカブへの執着を力と勘違いして授けた、このけったいな力。その本当の意味が、今ようやく、ほんの少しだけ腑に落ちた気がした。


 *


 その日の買い取り所は、ちょっとした騒ぎになった。


 潮目の主から落ちた、大きな結晶。あれを量りに乗せた瞬間、係の男が目を丸くした。これまでのちまちました稼ぎとは、文字通り桁の違う貨幣が、俺の手に積まれる。


 まわりのハンターたちが、ざわついていた。


 > (おい、あの召喚士……下層の潮目の主を、たった一人で狩ったってのか?)


 > (『焼き切れ』を御してたやつだろ。……何者だ、あいつ)


 見掛け倒しの格下召喚士。そう見られていたはずの俺を見る目が、少しずつ変わりはじめていた。


 ……ふは。悪くない。


 けれど、その帰り道で、俺は妙なざわめきに足を止めた。


 酒場も通りも、いつもと違う熱気に浮き立っている。ハンターたちが興奮した顔で、何かを言い交わしていた。


「聞いたか! 新しく開いた層の話!」


「ああ、"豊穣の層"だろ! なんでも、潜れば潜るほど、誰でもざくざく結晶が拾えるんだとよ!」


「もう町じゅうがその話で持ちきりさ。乗り遅れるな、ってな! みんな、なけなしの貨幣をはたいて、装備を整えてる!」


 豊穣の層。誰でもざくざく稼げる。乗り遅れるな。——ずっと追い風が続く、夢みたいな場所。


「おい相棒! 聞いたか今の! ずっと追い風だってよ! 俺たちも行こうぜ! 今度こそ思いっきり燃やしまくれる——」


 ホムラのはしゃいだ声に、けれどオルカの思念は、いつになく低く沈んでいた。


「(……ガク様。お気をつけください。"ずっと続く追い風"——そんな相場は、この世にありません)」


 オルカが、静かに続けた。


「(むしろ、皆がこぞって浮かれ、誰もが儲かると信じて、われ先にと群がる時ほど、その追い風の終わりは……近い)」


 皆が浮かれている時ほど、終わりは近い。


 ……ぞくりと、背筋が冷えた。ホムラと出会った夜にも、オルカが口にしたあの言葉だ。


 その時、通りの薄暗い路地の隅で、ちいさな影がふんふんと鼻を鳴らしているのが見えた。あの痩せた獣人の子だ。けれど今日は、肉の串を見ているんじゃなかった。浮き立つ町の空気そのものを、その敏い鼻で嗅ぎ分けるように。


 その鼻先が、不快そうにきゅっとしわを寄せた。まるで、この甘ったるい熱気の奥底に、何か嫌な臭いでも嗅ぎつけたみたいに。


 ……追い風は、待ってくれない。けれど、いつまでも吹いてくれるわけでもない。


 俺の手には、もう攻めと守りとコアが揃っている。どんな潮目でも生き残る術を覚えた。——なら、この「ずっと続く追い風」の正体を、確かめに行ってもいいのかもしれない。


 ただし、決して、ひとつには賭けずに。


(第19話へ続く)



 【用語辞書】第18話に出てきた「投資」の話


 ● コア・サテライト戦略


 動かさずに据えておく土台(コア)と、局面に合わせて入れ替える部分(サテライト)を分ける考え方。オルカがコアで、ダイチとホムラがサテライトです。四日目に主人公が悩んだ「外せないお荷物をどうするか」の答えが、ここで出ました。土台は消すものではなく、その周りを状況で入れ替えるためのもの。全体が崩れない支えがあるからこそ、周りで思い切った手が打てます。


 ● 「全天候」の資産が、いちばん効く瞬間


 オルカにはじめて◎が灯ったのは、追い風でも逆風でもない「変わり目」でした。尖った資産は、局面がはっきりしている時にしか力を出せません。上がるとも下がるとも分からない一瞬を支えるのが、広く浅く持つ資産の役目です。


 ● 売買コスト(持ち替え賃)


 資産を入れ替えるたびに、手数料や税金がかかります。「入れ替えたほうが有利」でも、コストで元が取れずに損をすることは珍しくありません。主人公がこれを踏み倒せるのは女神の加護——現実で言えば、非課税制度で運用しているようなものです。


 ● アセットアロケーション(資産配分)


 攻め・守り・コアを、相場に合わせて配分し、組み合わせること。「運用成績の大半は、当たり銘柄ではなくこの配分で決まる」とまで言われます。ポートフォリオ召喚術の「ポートフォリオ」とは、この組み合わせた持ち高全体のこと。この回で、タイトルがようやく本当の意味を持ちはじめました。


 ● 次への伏線=「ずっと続く追い風」


 永遠に上がり続ける相場は存在しません。皆が熱狂し「乗り遅れるな」と群がる時ほど、天井は近い。バブルの典型的な予兆です。

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