第14話 出番のときだけ、呼ぶ
連続投稿です。よろしくお願いします。
俺はダイチに、下がるよう合図した。
「……ダイチ。いい、下がってくれ」
『……ガク?』
「だいじょうぶ。——たぶん、こいつは襲ってこない」
丸腰で、ゆっくりと檻の前に進み出る。炎が警戒してちろちろと揺れたが、もう噴き出してはこなかった。
「……お前さ」
声が、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
「いっつも全力で燃やせって言われてきたんだろ。出番でもないのに、出る必要もないのに、ぶっ放されて、燃え尽きるまで酷使されて。——きついよな、それ」
炎が、ぴたりと揺れを止めた。
「俺は、そういうのしない。約束する」
俺は檻の冷たい岩に、そっと手を当てた。
「お前を四六時中、燃やしたりはしない。お前の火が本当に要る時——追い風が吹いて、お前の出番が来た時。その時だけ呼ぶ。それ以外は、ゆっくり休んでていい。……お前は道具じゃない。相棒だ」
しん、と静まり返った。
檻の中の焔が、揺らめきながら、じっと俺を見ている。らんらんと燃えていた目から、すうっと険が抜けていく。
> (——出番だけ、呼ぶ? 燃やし尽くさず、休ませる?)
> (そんな使い手は、はじめてだ。こいつ……ほんとうに、俺を燃え尽きさせる気が、ねえのか)
やがて、ごうと噴きあがっていた炎が、ふっと和らいだ。封印の符が、ぱらり、ぱらりと剥がれ落ちる。
その瞬間、ごっそりとマナが抜けた。
「——っ」
膝が、笑った。
……重い。ダイチの時とは、まるで違う。
あの時は、拍子抜けするくらい軽かった。行き止まりで消えかけていた燃えさし。誰も欲しがらないから、縁を結ぶのもタダ同然だった。
こいつは逆だ。誰も御せなかったくせに、誰もが欲しがった火。値が、乗っている。
——割高(伸びしろに、値が乗る)。
……なるほどな。手に入れる時点で、こんなに持っていかれるのか。
檻の岩の隙間をするりと抜けて、小さな焔の獣が、俺の足元にちょこんと座った。手のひらに乗るくらいの大きさだった。あんなに噴きあがっていたのに、収まってしまえば、ずいぶん小さい。
あたたかい。ダイチの土のぬくもりとは違う、ぱちぱちと爆ぜる、生きた火の熱だ。
「……いい根性してんな、あんた」
焔が、ぼそりと言った。さっきまでの噴きあがる激しさが、嘘みたいに。
「いいぜ。……俺の手綱、あんたに預けてやる。その代わり——いざって時は、派手に燃やさせろよ」
「ああ。約束する。——いざって時はな」
*
名前をつけてやらなきゃな。
足元でぱちぱちと爆ぜる、赤い獣を見つめる。激しくて、まっすぐで、危なっかしい。けれどその奥に、ずっと誰かにまっとうに扱われたかった、まっすぐな熱がある。
……焔。
「ホムラ」
気づけば、その言葉がこぼれていた。
「お前は、焔のホムラだ。——燃え尽きるためじゃない。ここぞで、誰よりも明るく燃えるための火だ」
焔の獣が、ぼっとひと回り大きく燃えた。
「……ホムラ。へっ、悪くねえ名だ」
その時、後ろで土を踏むような声が、ぽつりとした。
『……あつい』
ダイチだった。丸い体でおずおずとホムラに近づいて、けれど熱くて近寄れずに、半歩下がる。
「あ? なんだお前、その地味な土くれは」
「ホムラ、こいつはダイチ。俺の守りの相棒だ。——お前とは、正反対だな」
炎と土。攻めと守り。爆ぜる熱と、揺るがぬ堅さ。並べてみると、本当に何から何まで逆の二体だった。
オルカが、告げた。
「(攻めと守り、両の極が揃いました。片方だけでは足りぬもの——それが、二つ。ガク様の手駒は、ようやく形になりはじめました)」
……片方だけじゃ、足りないもの、か。
その言葉が、なぜだか妙に、胸に残った。
*
地上へ戻る道すがら、俺は二つの窓を、頭の中で並べていた。
ダイチの「還元(尽くす度)」——手厚い(黙って尽くす)。
ホムラの「還元(尽くす度)」——なし(すべて伸びに賭ける)。
……尽くす度、か。
守りのやつは、稼いだぶんを黙って俺の手元に残してくれる。維持にほとんど何も要らないからだ。攻めのやつは、稼ぎを全部、自分の次の伸びに賭ける。手元には、戻らない。
どっちが良い悪い、って話じゃないんだろう。そういう性質だ、というだけの話だ。
ふと、思った。
じゃあ——オルカは、どうなんだ。
隣でいつものように淡く光っている、その気配に、俺は鑑定を向けかけて。
「……ガク様?」
「……いや。なんでもない」
やめた。
理由は自分でもよくわからない。ただ、女の形をしたものをまじまじと覗き込むのは、前世からどうにも、苦手だった。
——そういうことに、しておいた。
俺の窓は、俺が見た欄しか教えてくれない。見なかった欄は、いつまでも、そこに伏せられたままだ。
*
その夜、宿の硬いベッドで、俺は天井を見上げていた。
ホムラは顕現を解いて休ませてある。約束したからだ。出番でもないのに燃やしたりはしない、と。
攻めの札は手に入れた。けれど、その札が使えるのは、追い風が吹いている時だけ。
なら、あとは。
……あとは、あの金色が湧く日を、待つだけだ。
(第15話へ続く)
---
【用語辞書】第14話に出てきた「投資」の話
● 「割高」を買うということ
ダイチ(誰も欲しがらない=割安)と縁を結ぶのは安く、ホムラ(誰もが欲しがった=割高)と縁を結ぶのは高い。人気のある資産は、将来の期待が、すでに今の値段に含まれているので入り口が高くつきます。「良いものだから買う」ではなく、「良さのわりに、いくらか」を見るのが投資の基本です。
● 還元(配当・株主還元)の考え方
稼いだ利益を、持ち主に返すか/次の成長に再投資するか。ダイチは前者(配当を出すタイプ)、ホムラは後者(無配で全額再投資するタイプ)。どちらが優れているという話ではなく、性質の違いです。手元に現金が欲しいならダイチ型、値上がりに賭けるならホムラ型。
● 見なかった欄は、伏せられたままになる
ガクはオルカの窓を、まだ一度も読み直していません。自分が保有しているものの中身を確認しないことは、現実の運用でもよくあります。保有コストは、見ていなくても毎日引かれ続けます。
励みになりますので、評価よろしくお願いします。




