第13話 檻の中の『焼き切れ』
最初の投稿からずいぶん時間が経ってしまいました。
再開しましたのでよろしくお願いいたします。
下層行きを決めた前の晩、串屋の親父がその名前を口にした。
「下層の奥の檻? ——ああ、あの『焼き切れ』か」
親父は炭の火を返す手を止めて、顔をしかめた。
「やめときな、兄ちゃん。あれに手を出した召喚士は、みんな火傷して帰ってくる。中には、二度と精霊を呼べねえ体になったのもいる」
「……焼き切れ、ですか」
「使い手が焼かれるからじゃねえ。あいつ自身が、いつも焼き切れてんだよ。全力で燃えて、燃え尽きて、それでもまた燃やされて。……気の毒な話だがな。気の毒で済む火力じゃねえんだ」
串を一本受け取って、俺はその名を口の中で転がした。
焼き切れ。
……前世で、似たような言葉を聞いたことがある気がした。誰かが、そう呼ばれていた。あるいは、俺自身が。
*
下層は、浅い層とは空気が違った。暗くて、湿っている。遠くで、何か巨大なものが地をずるりと這う音がする。浅い層を勝手知ったる職場と呼べるなら、ここはまだ、足を踏み入れたばかりの危険地帯だった。
ダイチを前に立たせ、オルカを横に従え、俺は慎重に奥へと進んだ。
「(……ガク様。本当に良いのですか)」
オルカの思念が、続いた。
「(御せなかった召喚士は、火傷を負って逃げ帰ったと聞きます。中には、二度と精霊を呼べぬ体になった者も)」
「……わかってる」
怖くない、と言えば嘘になる。手は、少し震えていた。でも、檻の中でくすぶっているというその相棒の話を聞いてから、どうしても放っておけなかった。理屈じゃない。たぶん、俺のいちばんだめで、いちばんましな部分が、そうしろと言っていた。
やがて奥の開けた空間に、それはあった。
岩をぐるりと組んだぶ厚い檻。封印のマナの符が、いくつも貼りつけてある。そしてその奥の暗がりで、ちろちろと赤い光が揺れていた。
火だった。
小さな、けものの形をした焔。狐とも犬ともつかない四つ足の獣が、全身を赤く燃やしている。うずくまり、息をひそめ——けれどその奥の二つの目だけが、らんらんとこちらを睨んでいた。
近づいた瞬間、ごおっ、と檻の中で炎が噴きあがった。
「来るな……ッ!」
しゃがれた、けれど若い声だった。
「来るんじゃねえ! どうせお前も同じだろ! 俺を道具みてえに使い倒して、燃え尽きさせる気だろ! ——その手には乗らねえ!」
ぶわっ、と檻の隙間から炎が噴き出す。俺はとっさに後ろへ跳んだ。ダイチがぐんと前に出て、その丸い体で炎を受け止める。じゅう、と苔が焦げた。
「ダイチ!」
『……平気だ。……このくらい』
ダイチはびくともしなかった。揺るがぬ土の守り。炎はその堅い体に阻まれて、それ以上は届かない。
俺はダイチの陰から、そっと檻の中の焔を見て、鑑定を向けた。
====================
▼ 鑑定結果
名称:(縁なき焔) / 攻めの型
─── 持ち高 ───
属性 ………… グロース
火力 ………… 極大
耐久 ………… 低
変動 ………… 高(高ベータ)⚠
コスト ……… 高
─── 銘柄カルテ ───
割安・割高 …… 割高(伸びしろに、値が乗る)
体力(財務)…… 薄い(無理をしている)
還元(尽くす度)… なし(すべて伸びに賭ける)
伸びしろ ……… 極大
気になる兆し …… 過熱に脆い ⚠
─────────────
見立て:追い風で輝き、逆風で溶ける。諸刃。
====================
……ステータスに注意点が多い。
まず、そこに引っかかった。
ダイチのステータスは単純だった。属性、火力、耐久、コスト。カルテのほうも四行で終わって、最後の「気になる兆し」は——なし。それだけの、そっけない窓だった。
こいつは違う。ダイチにはなかった「変動」の欄が増えている。「伸びしろ」の欄も増えている。そして増えた欄のほとんどに、赤が灯っていた。⚠の印が、二つ。
……ああ、そうか。
この窓は、書くことのない相手には短いんだ。危ないやつほど、注意書きが増えていく。取扱説明書の分厚さは、そのまま、その道具の危なさだ。
そう気づいてから、あらためて中身を読んだ。
火力、極大。
その一語が、ずしりと響いた。ダイチが「低」だったあの欄が、こいつは桁違いだ。けれど、その下に、ひやりとする言葉が並んでいる。
耐久は低く、変動は高い。銘柄カルテのほうも、ダイチとは何もかも逆だった。ダイチは割安で、体力が厚く、黙って尽くすやつだった。こいつは割高で、体力は薄く、還元はなし。伸びしろだけが極大で、そして「気になる兆し」に——過熱に脆い、と赤く灯っている。
見立ては、「追い風で輝き、逆風で溶ける。諸刃」。
……諸刃の剣、か。
火力は化け物。けれど打たれ弱く、気性が荒く、扱いを誤れば味方ごと焼き尽くす。だから誰も御せなかったし、だから檻の中なのだ。
「(ガク様。鑑定の通りです)」
オルカが、告げた。
「(これは攻めの極み。良い波に乗れば、誰よりも大きく稼ぎます。けれど、その火力は裏を返せば脆さ。少し相場が傾けば、真っ先に溶ける。そして常に全力で燃えたがる。御し方を誤れば、自らの火で燃え尽きます)」
「(それと、ガク様。もうひとつ、見ておくべき欄があります)」
「……コスト、か」
「(はい。——高。ダイチ様が「極小」であったことを、思い出してください)」
……あ。
黒犬。灰鼠。俺が毎日通っている、あの浅い層の狩り場。
「(もしこの者を日々の狩りに連れ出せば、燃やす費えが稼ぎを上回ります。差し引き、赤字。——毎日、赤字です)」
……つまり。
こいつは、手に入れたところで、いつもは使えない。
出せば必ず、燃える。燃えるだけの価値がある波が来ていない日に出せば、燃料代だけが手元に残る。
火力、極大。コスト、高。
——いちばん強い札が、いちばん出せない札だ。
なんだそれ、と思った。思ってから、ふと、笑いそうになった。
全力で、燃えたがる。
——道具みてえに使い倒して、燃え尽きさせる気だろ。
さっきの悲鳴のような叫びが、よみがえる。
……ああ、そうか。読めた気がした。
こいつを御そうとした召喚士たちは、この極大の火力に目がくらんだんだ。「いつでも全力で燃えろ」と命じ、檻の外に出すたび、際限なくぶっ放した。こいつは応えた。応えすぎた。全力で燃えて、燃えて、やがて燃料が尽きて、自分の火で自分を焼いて。それでも「もっと燃やせ」と急かされて。
そりゃ壊れる。そりゃ、人を信じなくもなる。
俺は、ゆっくりと息を吸った。
——燃えるだけの価値がある波が来ていない日に、出せば損をする。
窓は、そう言っている。
なら。こいつが檻に入れられている理由は、こいつの側にはない。
(第14話へ続く)
====================
【用語辞書】第13話に出てきた「投資」の話
● グロース(成長株)=攻めの資産
これから大きく伸びる、と期待される会社(の株)のこと。うまく波に乗れば、短期間で資産を大きく増やせます。ホムラの「火力・極大/伸びしろ・極大」は、この爆発力を表しています。
● 高ベータ=“諸刃”の正体
ベータとは、市場全体の動きに対して、その資産がどれだけ大きく振れるかを示す度合い。ベータが高い(高ベータ)ほど、上がる時は市場以上に大きく上がり、下がる時も市場以上に大きく下がります。攻めの強さと脆さは、同じコインの裏表なのです。
● 「窓が長い」=リスクの多さは、注意書きの数で分かる
鑑定の窓は、危険な欄だけが点灯して増えていきます。安全な資産の説明書は短く、危険な資産の説明書は長い。金融商品の目論見書やリスク説明が分厚いほど、その商品は複雑で危ない——現実でも、そのまま通じる読み方です。
● コストが高い=“いつでも使える札”ではない
売買手数料や信託報酬などのコストは、リターンから確実に引かれます。だから期待リターンの小さい場面で高コストの手を使うと、勝っているのに手元は赤字という事態が起きます。ホムラが日々の狩りに出せないのは、これと同じ理屈。火力が最大の札が、いちばん出番が少ない——攻めの資産が「常備品」になれない理由です。
励みになりますので評価の方よろしくお願いいたします。




