第12話 機会損失と暴れ馬
突きつけられた課題の解決に主人公は歩みだします。
(守りには守りの、攻めには攻めの、出番があります)
オルカの思念が、静かに続いた。
(下げる相場で揺るがぬのがダイチの真価なら、
駆けあがる追い風の中で、その勢いに誰より速く乗り、
火力で波そのものを利に変える——そういう攻めの精霊が、
この追い風では輝くのです)
攻めの、精霊。
……そうだ。ダイチを呼んだ夜、俺はまさにそれを考えていたじゃないか。
いつか勢いよく上がる相場に出くわしたら、どんな精霊を呼べばいい、と。
その「いつか」は、今日だった。そして俺の手には、その一手がなかった。
「攻めの精霊、か。……どこにいるんだ、そういうのは」
(……それが、難しいところです)
オルカの思念が、少しトーンを落とした。
(守りの精霊は、誰も欲しがらず行き止まりに捨て置かれていました。
ですが攻めの精霊は、逆です。
力こそすべてのこの世界では、派手に殴る攻めの精霊こそ、
誰もが喉から手を出して欲しがる花形。
だからめったに余っていませんし、譲り受けるにも相応の貨幣が要ります)
……だろうな。
文無しに毛が生えた程度の俺に、
みんなが欲しがる花形が、おいそれと手に入るとは思えない。
はあ、とため息をつく。
せっかく稼ぎが安定してきたと思ったら、今度はその先の壁か。
……それでも。
今日、思い知った。
守りだけじゃ、俺の生活は安定しない。
揺るがないだけじゃ、いつまでもおこぼれを拾うだけだ。
追い風が吹いたとき、ちゃんとそれに乗れる手——攻めの一手が、
どうしても要る。
「……探してみるか。攻めの相棒」
『……おれ、では、だめ、か』
ダイチが、ぽつりと寂しそうに言った。
「ばか。お前は最高の守りだよ。ずっといてくれ。
——ただ、お前にはお前の得意な戦場がある。
今日のは、お前の戦場じゃなかった。それだけだ」
頭の苔を撫でてやると、ダイチはほっとしたように、ぷるると震えた。
その夜、買い取り所のそばの、ハンターたちが集う酒場。
貨幣はほとんどないが、情報が欲しかった。
攻めの精霊を、どこでどう手に入れるのか。
隅の席で水を一杯だけ頼み、まわりの会話に耳を澄ませた。
——と。
「やめとけやめとけ。あんな暴れ馬」
近くの卓で、赤ら顔のハンターがげらげら笑っていた。
「下層の奥の檻だろ? あいつを御せたやつは、ひとりもいねえ。
火力だけは化け物みてえだが、気性がめちゃくちゃだ。
御そうとした召喚士は、みんな逆に燃やされて逃げ出した」
「ああ、あの『焼き切れ』か。何人、手を焼いたことか」
「もったいねえ話だが、あんなじゃじゃ馬、誰も欲しがらねえさ。
手綱が握れねえんじゃ、宝の持ち腐れだ」
……暴れ馬。火力だけは化け物。
けれど気性がめちゃくちゃで、誰も御せない。
俺の胸の奥が、ちりっと引っかかった。
誰も欲しがらず、手に負えないと見限られ、
檻の奥に押しこめられている何か。
——ダイチとは、まるで逆だ。
ダイチは地味すぎて捨てられ、そいつは激しすぎて持て余された。
でもどちらも、結局は同じだ。
世間がその値打ちを扱いかねて、見限ったというだけ。
(……ガク様。まさか、とは思いますが)
オルカの思念が、告げた。
(やめておいた方が。手練れの召喚士でさえ、
誰ひとり御せなかった相手です。
今のガク様には、あまりにも——)
その先は、聞こえなかった。
というより——もう、俺の足は立ち上がっていた。
わかっている。無謀だし、命取りになるかもしれない。
でも、誰も欲しがらず、誰の目にも留まらず、
見限られて檻の中でくすぶっている
——そういうものを放っておけないのは、
たぶん俺のいちばんだめなところで、
たぶん俺のいちばんましなところだった。
「ダイチ。オルカ。——ちょっと、会いに行くだけだ」
俺は水を飲み干し、席を立った。
下層の奥の檻。誰も御せなかった、攻めの相棒に。
【用語解説】本話に出てきた「投資」の話
これまでの下げ相場(弱気)と正反対の、上げ相場(強気)が初登場。学ぶのは、その裏に潜む落とし穴——機会損失です。
● 上げ相場(強気・ブル)
買いたい人が多く、値が勢いよく上がっていく相場のこと。強気を「ブル(雄牛が角を下から上へ突き上げる姿)」、弱気を「ベア(熊が爪を上から下へ振り下ろす姿)」と呼びます。翔け兎の「上昇・順風」は、このブル相場を映したものです。
● 機会損失=“取り逃し”という損
損というと「お金が減ること」を思い浮かべますが、「得られたはずの利益を、取り逃すこと」も立派な損です。これが機会損失。主人公は傷ひとつ負っていませんが、追い風(上げ相場)を守り一辺倒で見送り、大きな稼ぎを丸ごと逃しました。
現金や守りに偏りすぎて、資産をずっと寝かせたままだと、上げ相場のたびにこの機会損失が積み上がります。「減らさない」だけでは、増えない——守りと攻めは、どちらが欠けてもダメという、次の学び(分散・バランス)への入り口です。
● 攻めの資産への布石
追い風で輝くのは、勢いに乗って大きく伸びる攻めの資産(グロース=成長株)。ただし花形ゆえに人気で、簡単には手に入りません。次話、主人公が出会う“暴れ馬”が、それにあたります。その光と影は、次のエピソードで。




