08)リンと異国の元男爵令嬢03
ラーラはコマドリ亭を出発し、ビゴン村を経由してバディーニ港街へ到着した。
バディーニは街の南側一面が港になっており、多くの船が出入りしている。大きさも形も様々ある船の中で、ラーラは帆が立派な船に乗り込み、海に出る。
初めての海、初めての船、初めての船酔い。
初めて尽くしの船旅を続けること五日、ラーラと神殿騎士たちはジェメッロ島に到着した。
その名の通り、双子のようにそっくりな島が二つ向かい合っている。三日月のような形をしており、自然豊かな島だ。東側の島に女子修道院、西側の島に男子修道院が建っている。
二つの島の真ん中にあるのが中央島と呼ばれる丸い島で、外部からの接触はこの島にある管理棟でのみ行われる。事務的な管理もだ。
迎えてくれたのはラーラの祖母ほどになるだろう年齢の修道士だ。そこで付き添いの修道騎士二人とはお別れとなったのは、少しだけ寂しく感じた。
彼女たちは数日、東の女子修道院で休息をとってからまた巡回騎士としての修行旅に出るらしい。そして、ラーラは老修道士の指導の元、修道院の事務処理を行うことになるのだ。
小さな島、と聞いてはいたが一周するのに三時間程度かかるほどの大きさでラーラの目には小さいとは思えなかった。
山があり、雑木林があり、小さな湖もある。自然が豊かな島だ。
管理棟は中央島の南側にあり、白い石造りの建物である。修道院の管理・運営を行う場所だけあって事務所棟であるにも関わらず、どこか神を祀る神殿のような雰囲気がする。
「ラーラさんは、この建物の二階にある総務部で働いて貰うことになります」
「はい」
「宿舎はこの小道を真っすぐ北へ向かって行くとあるの。食事は宿舎の厨房で担当者が作ってくれるわ、お昼はお弁当もね。個人の部屋、共同のお風呂とトイレ、洗濯場とひと通り揃っているの。煌びやかさとは無縁だけれど、清潔で心地よい場所なの。気に入ってくれるといいのだけど」
老修道士が指し示したのは、管理棟の北側にある小高い丘に建つ建物だ。
やはり白い石造りだったが、そちらは修道院や神殿らしさがない雰囲気がある。建物の手前には物干し場があるようで、シーツや服が日に当たり風になびいている。
この島は穏やかで静かで、王都の豪華さも下町の賑やかさもない。
けれど、どこよりもラーラは息がしやすいを感じた。
「ここから見ると、右手側が女子修道院、左手側が男子修道院になるわ。ラーラさんは女性なので、行けるのはここと女子修道院。男子修道院へは許可がない限りは入れません」
「わかりました」
「中央島はね、家族で暮らす人がほとんどなのよ。夫婦で子どもも一緒にって来る人もいないわけじゃないから。私もね、そんな一人だったの」
老修道士はそういって笑う。海岸沿いに墓地があり、そこに夫であった修道士が眠っている。将来は自分もその隣で眠るのだと。
「そうそう、赤ちゃんがお腹にいると聞いています」
「は、はい。お手数をおかけします」
「いいのよ。女性修道士には出産経験のある者が大勢いますし、あなたのようにお腹に命が宿った状態で来る人はここで出産するのです。医者も産婆もいますからね、心配いりませんよ」
優しく肩を撫でられ、ラーラは頷いた。
確かに自分一人ではわからないことだらけで不安ばかりだけれど、ここには医者も産婆もいるし、母親として先輩になる修道士も大勢る。分からないことは聞けばいい、困ったことは助けて貰えばいい。
リンのいっていた通り、頼ればいいのだ。頼る相手は、思っていたよりも身近に大勢いてくれるようだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ええ、任せてくださいな。今日からあなたはここの仲間なのですから。さあ、ラーラさん。今日から生まれ変わったつもりで暮らしましょうね」
老修道士はそういって、ラーラを管理棟へと誘う。
管理棟の入り口には一人の修道士が立っていた。背が高い。
「彼はラーラさんと一緒に働く同僚よ。仲良くね」
「……」
「……」
これから生きていく場所だと案内された中央島。ここはこれから多くの時間を過ごすだろう職場の管理棟。そこにいたのはこれから一緒に働く同僚。
同僚は、金色の髪に空色の瞳を持つ若き修道士。
「なにも心配いりませんよ、ラーラさん。あなたは一人ではないのですから、ね?」
ラーラの視界は涙で揺れて前が見えないし、声も出ない、息が詰まる。
けれど、喜びと安堵が胸の奥から生まれて溢れ出そうだ。
「……ラーラ? ラーラ、なのか?」
耳に届いたその声は、ラーラが愛した人のものだった。
* * *
二週間ほどたったある日、食料品や雑貨を納品しにビゴン村を経由してバディーニ港街から商人がやって来て、リンはいくつかの新聞や情報誌を手にする。リンは文字が読めないので、休憩中の旅人が読む用なのだが、納品確認をしながら商人に主だったところを説明して貰った。
大陸北部にある遠い国の王太子が失脚し、筆頭公爵家の長男夫婦が新たな王太子と王太子妃に立った。廃嫡された王太子の婚約者で、新王太子の妹である公爵令嬢が建国以降初めての女性公爵になるらしい。
女性公爵となる令嬢は、長年護衛を勤めていた侯爵家の四男を婿に迎えた。どうやら、護衛と令嬢は幼い頃から想い合っていたらしい。
「で、この二人をモデルにした恋演目を人気ナンバーワン劇団プリモノーヴェがやるらしい。来年早々公演だってさ」
話の内容に聞き覚えがある。きっと、新しい王太子夫妻や女性公爵となる令嬢にとって都合の良い内容になっている演劇なのだろうと思う。事実とは異なることもあるのだろう。
けれど、劇としては面白そうな内容だ。
愚かな王太子を退けて新しい王太子が立ち、新王太子の妹令嬢は公爵となり長年の恋を成就する。ドキドキハラハラとロマンスが溢れる物語に違いない。
ちょっとその劇を見てみたいような気がした、リンだった。
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