24)リンと高貴なお坊ちゃま05
二人の頭上が騒がしくなり、警備隊の皆が到着したことがわかった。「今からそっちに降りるから待ってろ」というジュリオの声が聞こえ、ロープが投げおろされる。
リンの胸で泣いていたアンジェロが顔をあげ、手で涙を拭う。
「ごめん、リン。言ってもどうにもならないわがまま言って……困らせて」
「アンジェロ坊ちゃま……」
「本当に、ごめん」
ロープを伝い、ジュリオが下りて来た。その少し後にルカが。
「二人とも大丈夫か? ケガはないか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「……言いたいことがいろいろあるが、まずは戻るぞ」
ジュリオはそう言ってアンジェロを背負い、しっかりとロープで固定するとリンとアンジェロが滑り落ちた坂を上がる。リンは上にいる警備隊員たちとルカに引き上げられ、皆に囲まれてコマドリ亭へと戻ることができた。
この日はリンがこの場所に来て初めて警備隊員たちが要救助者を救助するところを目の当たりにし、そして、初めて救助された日になった。
夜が明け、いつもの時間に警備隊員たちの朝食を用意し、アンジェロとミケーレの分も用意する。せめてものお詫びの印、と隊員たちの朝食に一品多くおかずをつけて改めてお礼を述べた。
カッチーニ山道での救助活動は彼らの役目だ。山道を行く途中、足を滑らせて滑落したり、窪みや木の根に足を取られて転倒したり、動物に襲われてケガを追ったりする。そんな予期せぬ災難に見舞われた人たちを助けるのだ。
皆「仕事だから」「リンと坊ちゃんが無事でよかった」と言ってくれた。ジュリオからは「お坊ちゃまが心配だったのはわかるが、ああいうときは俺たちに任せて待っていてくれ」と叱られた。
まさにごもっとも、彼らの手を余計に煩わせてしまった。申し訳なさでいっぱいだ。
リンはいつも通り、カッチーニ山道を越える人たちと越えて来た人たちに食事や水、一時の休憩時間を提供する。しかし、アンジェロとミケーレは朝食後、警備隊詰所に呼ばれていった。
彼らはお昼を過ぎても、未だ戻って来ない。
アンジェロは緊張していた。
ここの警備隊員たちをまとめているジュリオは、優しい大人だ。体は大きいし、声も大きい。だが、アンジェロとミケーレのことを気にかけてくれる人。
こんな優しい大人が〝お父様〟であるミーナが羨ましく思えるほどだ。
けれど、今は怖い。
「……アンジェロ、どうしてここに呼ばれたか、わかるか?」
そのひと言から始まった〝お叱り〟は長かった。同じことを何度も何度も繰り返し説明され、良い聞かされる。
山の危険性、野生動物の危険性、自分勝手な行動をとることで周囲がどう動くのか、責任を取るのは誰なのか。
まるで文字の反復練習のように、アンジェロの心に刷り込まれていく。
「……はい、ごめんなさい」
「夜の山は危険だ。旅慣れている傭兵や商人も夜には移動しない、夜の山や森が危険だとわかっているから。昨日は自分の命もリンの命も、ここにいる皆の命も危険に晒された。だから、二度とこんなことをしてはいけない」
「……はい」
「ミケーレのような立場の者のことも、しっかり考えなくていけない」
「……はい」
「理解してくれたか?」
「はい」
「二度と、こういうことはしないと約束してくれ。男同士の約束だぞ?」
「はい、約束、します」
ジュリオの大きな手がアンジェロの頭を撫でる。グリグリと音が出そうなほど強く、髪がめちゃくちゃになった……がアンジェロは嬉しかった。
こんな風に、お父様に頭を撫でて貰ったことなどなかったから。
「さて……、ここからは未来の話をしようと思う」
「? 未来?」
「コマドリ亭に行こう。そろそろいらっしゃっているはずだ」
ミケーレと手を繋ぎ、ジュリオに促されてアンジェロは警備隊詰所を出てコマドリ亭を見た。しかし、コマドリ亭は見えなかった。
中央の広場には見慣れない馬車が止まっていて、視界を塞いでいたのだ。
* * *
ガタンッと外で大きな音と馬が鼻を鳴らす音が聞こえ、リンはジャムを煮る鍋から顔を上げた。
山を越えるのに必要なのは山アルパカかロバであって、馬ではない。そのため、ここに馬はいないし大きな馬車も来ない。
窓越しに見える広場に入って来たのは馬車。二頭の馬が引いており、客車も大きい。
馬車から降りて来たのは一人の紳士で、その紳士は迷うことなくコマドリ亭に入って来る。
「失礼、ここは〝ペッティロッソの宿り木〟という休憩所で間違いはありませんか」
仕立ての良さそうな衣服に身を包んだ紳士は低く響く声で尋ね、リンは「は、はい」と肯定しながら鍋の火を落とした。
紳士は白い髪を額が少し隠れる程度に上げており、リンを見つめる瞳は青色で、どこかで見たような雰囲気をしている。
「……あなたが、リンさん?」
「はい、リンと申します」
「私の孫がたくさん我儘を言って、ご迷惑をおかけしたとのこと。申し訳ありませんでした」
「え……」
孫? この銀髪紳士の孫、といわれて当てはまる人物は一人しかいない。
「アンジェロ坊ちゃまの……」
「はい。私はアロルド・カラーチェと申します。アンジェロの母親は私の娘、あの子にとって私は母方の祖父ということになります」
どこかで見たような気がするはずだ、アンジェロは母方の祖父アロルドによく似ていた。
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