23)リンと高貴なお坊ちゃま04
黄、赤、橙、茶、温かみのある色に変った大量の木の葉と共に、リンはお尻から落ちた。どすんっとお尻に衝撃が走り、上から大量の木の葉が降り注ぐ。
落ちた時はもうダメだと思った。落ちている間は恐怖で体が震えた。
しかし、落ちた先で見て見れば、落ちたのは三メートルにも満たない距離で、落ちたというよりは滑り台を滑り落ちたという感じだ。
「……」
「リン! 坊ちゃま! 無事か!?」
頭上からルカの声がするが、返事ができない。驚きと衝撃とで、声がでないのだ。
「おい、返事をしろ!」
「び、びっくりした……」
腕の中のアンジェロがそう呟き、やっとリンは体を動かすことができるようになった。
「だ、大丈夫です。ちょっと、驚いただけで……」
頭上に魔石カンテラの灯りとルカの影が見える。
「今応援を呼ぶ。二人はそこから動くなよ」
返事をする間もなく、再び信号弾が打ち上がった。先程は水色だったが、今度は橙色。
信号弾は色によって知らせる内容が決まっている。水色は捜索対象の発見、橙色は応援要請、赤色は緊急事態発生などだ。
この信号弾を見て、警備隊員たちが集まって来てくれる。自分たちはここで動かずにいれば、じきに救出して貰えるだろう。リンはホッと体の力を抜いた。
「……リン」
「なんでしょう?」
「ごめんね。こんなことになるなんて、全然思ってなかった」
「大丈夫ですよ」
「僕のこと、嫌いになった? 追い出したりしない?」
座り込んだリンと向かい合うようにしがみ付いていたアンジェロは、再び胸に顔を埋める。
「嫌いになんてなりませんし、追い出したりしませんよ。どうしてそんなことを?」
「みんな、僕がいらないから。僕がじゃまだから」
「どういう、ことですか?」
アンジェロの生い立ちは特別珍しいものではない。
父は男爵家の次男で、司法官として裁判所で働くエリート。母は学校の同級生で、司法長官である父親を持つ才女。彼らは学校で出会い、恋をし、結婚し、アンジェロが生まれた。
ただ、アンジェロを生んだ後、母は体調を崩し二年足らずで神の国へ旅立ってしまう。
残されたのは仕事に忙しい父親と、幼い子ども。再婚の話が来るのは自然なことだった。
再婚相手としてやって来たのは、父親の上司である人の末娘。男爵家の三女だ。
上司の娘を娶り、縁戚関係となることで仕事はやりやすくなるし出世の道も早く開かれる。さらに幼い息子にも母親ができて、良いことだらけ。そう考えてのことだった。
「僕、奥様に嫌われてる。だから、奥様が連れて来たメイドとかお手伝いさんからも嫌われてる」
「え……奥様って、お義母様です、よね?」
「違う。僕のお母様は神様のところに行っちゃって、もういない。あの人はお父様と結婚した、お父様の奥様で、僕のお母様じゃない」
「……」
男爵家の令嬢として生まれ育った後妻は、平民としての生活ができない。そのため、生家から次女やメイドを連れて来たのだ。
父親も元々は貴族令息であり、使用人に囲まれて暮らすことには慣れている。その為、家に使用人を入れることに抵抗はなかったし、使用人を連れて来ることに違和感はなかった。
父親と後妻の関係は悪くなかった。少々年が離れているが、お互いを思いやり歩み寄る気持ちがそうさせたのだろう。ただ、亡くなった前妻は残したアンジェロのことに関して、後妻ははっきりと線を引いた。「あの子は旦那様の息子さん。わたくしの息子ではありません」と。
その瞬間から、アンジェロは家で透明人間のような存在になった。
女主人である後妻の態度は、使用人の態度に直結する。アンジェロの世話は最低限になり、なおざりになっていく。
食事の内容が変わり、量が減り、おやつがなくなり、部屋の掃除や洗濯が雑になる。それが気に入らなくて、アンジェロは癇癪を起す。叫び、暴れる子どもが嫌になり、使用人たちはますます離れていく。
後妻はアンジェロを無視し、使用人はそれに倣い、父親は仕事に忙しくアンジェロを顧みない。
その内、後妻のお腹に新たな命が宿ったため、アンジェロは父方の祖父母の家に預けられた。「癇癪を起して暴れ、後妻と生まれる赤ん坊になにかあってはいけないから」という理由で。
爵位を長男に譲り、夫婦二人でバディーニ港街の貴族街にある別荘で暮らす父方の祖父母はアンジェロを快く受け入れてくれた。
部屋を用意し、遊び相手兼侍従見習いのミケーレが専属でついた。食事は三食と午前午後におやつを祖父母と一緒にとり、毎日入浴し、部屋は掃除され寝具も交換される。
アンジェロは一度も癇癪を起したり暴れたりもせず、どちらかといえば大人しく過ごす。絵を描いたり、本を読んだり、庭で花や鳥の観察をしたりすることを込んでいるのだ。
祖父母は息子から聞いていた「癇癪を起してばかりで扱いにくい」「非常に我儘で、気に入らないと暴れる」という言葉に首を傾げていた。聞いていた話を違い過ぎる、と。
アンジェロがバディーニでの生活に慣れた頃、叔母(父親の妹)が帰って来たことは誰にとっても想定外のできごとであった。
叔母のお腹にもう生まれそうなほど育っている子どもがおり、ここで出産するのだという。
夫が浮気をし、その浮気相手に子どもができたとかできないとか。とにかく夫婦間で問題がおきて、飛び出して来たのだ。
祖父母は娘と今にも生まれて来そうな孫の受け入れ準備に忙しくなり、叔母の夫が突撃してきたり、愛人だという娘もやって来たりと混乱し、アンジェロにかまう時間がなくなった。
そして、アンジェロは祖父に断って家を出た。「ちょっと遠くに行って絵を描きに行きたい」と頼めば、「構わないよ」とあっさりいわれた。
アンジェロのことよりも大きなお腹を抱えて帰って来た娘のこと、これから生まれる孫のことが優先なのだ。邪魔にならないようにしていてほしい、そういうことなのだとアンジェロが悟った瞬間だった。
そうして執事に頼んで必要な品を揃え、お金を貰い、ミケーレと一緒にカッチーニ山の南山道入り口にやって来たのだ。
「僕、どっちの家に帰りたくない。お祖父様の家は、お祖父様とお祖母様と伯母様の家。僕の家はお父様のいる家なんだろうけど、もうじきあそこはお父様とお父様の奥様と奥様の生んだ子どもの家になる。……僕の家じゃない」
「……アンジェロ坊ちゃま」
「ずっと、ここに居たいよ、リン」
リンはかける言葉が見つからず、アンジェロをギュッと抱きしめるしかなかった。
お読み下さりありがとうございます。
評価、ブックマーク、リアクションなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです、よろしくお願い致します。




