19)リンと新米調薬師03
「ごちそうさまでした!」
ティーナはスプーンとフォークを揃えておくと、両手を合わせる。
「……水筒のお水はこちら、山アルパカへのお水はご自身でお願いします。お会計は全部で千七百ベルです」
「はー、本当に美味しかったです、お腹いっぱいです」
「お口にあったようで良かったです」
皮の財布から取り出された千ベルコインを二枚受取り、リンがお釣りの三百ベルをティーナに手渡す。
「……ティーナさん、これからどこへ? 宛てはあるのか?」
パンを割り、そこにブロッコリーと卵のサラダを挟みサンドイッチのようにして食べていたルカは、会計をしているティーナに向かって声をかけた。
「えっと……」
「今まであなたの話を聞いていたんだが、あなたは無関心という名の虐待を受け、ご家族は育児放棄、保護責任者遺棄に該当するように思う」
「……あ、それは、学校の先生にも言われました」
「だったら、それらを国に訴えることもありなのでは? 過去にそういった事例はある。家族から受けた虐待と育児放棄を子どもたちが訴えて、勝訴していたはずだ」
親を訴えて勝訴した子どもたちは、生活費と学費の支払いを受けて学校に通って自立の道を得たのだという。きっと先生にも同じように言われたのだろう、ティーナは俯き困った様子で皮の財布をもじもじと弄る。
「でも、その……私、海を渡った先の大陸にある、フォレスタ王国にいる一級調薬師さんの元へ弟子入りする予定なのです。その学校でお世話になった先生の遠縁にあたる調薬師さんで、二級を受験するのに三年の実務経験を積むつもりです」
「だが、独立するのなら金銭はいくらあっても……」
「いいんですよ、ティーナさん。あなたが決めたことを貫き通せばいいんです」
リンの言葉にティーナは顔を上げ、ルカが「おい」と口を挟んだが手で制した。
「あなたがご家族や親戚と縁を切って、新しい環境で調薬師として生きていくと決めたのなら、それでいいんです。最初の理由がなんであれ、学校で学んで身につけたことは全てあなたの物。努力も結果も全てあなたの物です。それをどこでどう使うか、この先どう成長するかをティーナさんは自分で決めたんです、だからそれでいいんです」
そう言い切ると、リンは水筒をティーナに持たせて共にスイングドアを潜った。コマドリ亭の正面に広がる小さな広場では、ティーナが乗って来たのだろうクリーム色の毛色をした山アルパカがのんびりとあくびをしている。
「行ってらっしゃい、ティーナさん。道中、気を付けてください」
「はい、行ってきます!! 警備員さんも、お気遣いありがとうございました!」
ティーナは深く頭を下げると、山アルパカに駆け寄り水をたっぷり飲ませてからビゴン村に向かう道をおりて行った。
「……リン。国に訴えれば、彼女が本来受け取るべきものを受け取れるその機会を失わせるなんて。それと、パンのお代わり」
コマドリ亭の中に戻ると、ルカが不満そうな顔をしながらパンが乗っていた皿を差し出す。
「だって、あの子が自分で決めたことです。賛成してあげるべきでしょう」
「何故だ、親元から独立して生きていくのなら、金はいくらあってもいいはずだろ」
リンは皿を受け取ってキッチンに入ると、追加のパンをオーブンに入れる。
「それはそうですけど、ティーナさんはもう家族と関わることを止めたのです。理由はいろいろあると思いますけど、もう関わり合いたくないとか、家族に関わる時間を自分のために使おうとか考えた結果だと思います。ルカさんの言った国に訴えるってことは、もう学校の先生から聞いていたんです。でもやってないということは、そういうことでしょう」
「だがなぁ、そういうダメな親に対して目に見える形で罰が下ることで、世間への周知に繋がって他の子どもが助かることもあるから」
「それは、親を訴えるって考えの他の子がやればいいのです。ティーナさんから、家族を訴える方法を教えて欲しいなんて言われてないです。彼女はもう、自分の為の未来を見据えていますよ」
オーブンから温め直したパンを取り出し、リンはルカに差し出した。丸いパンはまるで焼きたてのように香ばしい匂いをさせている。
「……そう、だな。そうだ。なあリン、このブロッコリーと卵のやつもう少しくれ。美味い」
「いいですけど、もう三人前くらい食べてる気がしますが?」
リンはティーナが食べ終えた食器を片付けながら、空っぽになったサラダ皿を受け取った。
数日後、二週に一度やってくる商人が数冊の雑誌を持って来た。
リンは相変わらず文字が読めないので、新聞や雑誌の大まかな内容を話して貰うのが毎回のお楽しみだ。行商人おすすめだというその雑誌は最近創刊されるようになったもので、ゴシップ色が強い娯楽雑誌である。
「国の東側に拠点を構えていた大きな調薬所がもめてるって話だ」
「調薬所って、薬屋さんってことだよね?」
「そう。医者の処方に従って薬を作るのが仕事だな、咳止めとか熱冷ましとか湿布とかも作ってくれる店をやってる。そこは常に咳止め、傷薬、かゆみ止めとかを常備していて、警備隊や病院にも薬を納めるようなでっかいところだ。そこの店主の後妻が先妻の娘を追い出しちまったんだな。まあ、後妻と先妻の子が上手くいくのは、まれだわな」
後妻である人は悪い人ではなかったのだが、自分に息子が生まれたことで欲が出た。嫁いだ先は国でも有数な調剤所、その全てを自分の子が受け継いでほしい、そういう欲だ。家にある金は一円でも息子のために使いたい、先妻の子である娘には……使いたくない。
幸い義理の両親は自分が生んだ息子に夢中で、先妻の子のことなんて忘れている。夫は調薬や薬草園の管理といった仕事のことで手一杯だ。
けれど、学校を卒業したというのに娘が帰って来ないことを疑問に思った(思い返せば進学してから一度も帰ってきていないことにも今更気が付いたらしい)店主が学校に問い合わせ、全てが発覚する。
学費も寮費も生活費も払っていない事実に驚いた店主は、徹底的に長女について調べ上げた。
長女からの手紙は妻の元で止まり自分のところには届かないでいたこと、卒業して一度は帰って来たのだが追い返されたこと、母方の実家にも一度だけ顔を出したがすぐに旅立って行ったこと。
家から追い出された本人はどこかの一級調薬師の元に弟子入りしたとか、どこかの国の調薬所に入所したとか、どこかの国の薬草園で働いているとか、様々な噂がたっている。
店主は現在長女の行方を必死に捜しているが、探し出せる見込みは低い……
「こっちにはその調薬所の薬は滅多に回って来ないから影響はないが、カッチーニ山向こうの東部は影響が大きいって話だよ。薬が少ないとか、効果が落ちてるとかね」
「そう、なんだ。大変だよねぇ」
「まあな、子どもを蔑ろにした罰が当たったのかもな。……さて、米と油を運んでやるよ、おまえさんには重たいだろ」
「ありがとう、こっちにお願いします」
数年後、調薬師協会に最年少で一級調薬師の試験に合格した女性薬師が登録を果たしたと、新聞に報じられた。
彼女の名前はティーナ。二十一歳という若さで一級調薬師の資格を取得した才女は、フォレスタ王国の王都に師匠とともに店に立っているという。一級調薬師という資格を取ることを目標にしてきたが、今後も調薬師としての努力を続けていくと意気込みを語っていた。
お読み下さりありがとうございます。
評価、ブックマーク、リアクションなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです、よろしくお願い致します。




