18)リンと新米調薬師02
ティーナはリーヴァ帝国北部にある小さな村にある調薬店の長女として生まれた。
北部の乾燥し寒い環境で育つ薬草を育て、その薬草を使って薬を作って販売する家だ。祖父、父、母は調薬師の資格を持ち、祖母を含めて五人で暮らしていた。
このころはルカの言うとおり、ティーナにとって一番温かくて美味しい食事は母が作ってくれたものだったと言える。
「母の作るものはなんでも美味しかったですけど、私はミートパイが一番好きでした。たっぷりのミートソースにゆで卵が入っていて、サクサクのパイ生地との相性が抜群だったんですよ」
リンはティーナの説明を聞き、慌てて近くにあったメモ帳にミートパイについて書き記した。
「でも、母は……私が八歳のときに事故で亡くなってしまいました。その後、父は周囲の勧めもあって新しく奥さんを迎えて、母親違いの弟が生まれて、私の居場所はなくなっちゃいました」
ルカとリンは顔を見合わせ、そして口を引き結ぶ。
若くして伴侶を失った者が再婚することは、貴族平民に関わらずよくある話だ。その後、再婚相手との間に子どもが誕生することも当然ある話だ……そもそも、後継を儲けるために再婚することもあるのだから。
「生家の調薬店は私が受け継ぐはずだったんです、だから一生懸命勉強しました。そのお陰で帝都にある薬師学校に入学できて、卒業と同時に三級調薬師の資格もとれたんです。でも、生家に帰ると……家族は全員異母弟を跡取りにするんだと公言していて、私の存在なんて忘れちゃってました」
「でも、忘れたって言っても、薬師学校の学費とか寮費を払ってくれていたのでは? それに、長期休暇のときは帰っていたのではないですか?」
リンは〝だから忘れられてなんていない〟そういう意味を込めて訊ねた。けれど、ティーナは笑って言った。
「私、頑張り過ぎちゃったんですかね? 成績優秀生ということで、学費も寮費も免除されていたんですよ。教科書や文房具とか制服とかそういう物も、先輩たちからの寄付とか薬師学校を援助してくれている貴族様とか薬草農家とかからの援助でなんとかなっちゃって。……成績優秀生に選ばれて、学費とかが免除になるって家に手紙を出したんです、褒めてほしくて。でも、そうしたら学費も寮費も支払われなくなりました」
「……」
「要するに、成績が維持できないなら辞めるようにってことなんだって思いました。それに他の子は実家から差し入れがあるんですよ、洋服やお菓子や化粧品がいっぱい詰まった小包。月に一回とか二回、多い子では週に一回とか。でも私には手紙の一通もなくて……凄く羨ましかった」
「……」
「入学して最初の長期休暇で家に帰ったら、玄関先で継母に言われたんです〝どうして帰って来たの? あなたはここを出て行ったんでしょう〟って。家にも入れて貰えなくて、そのまま寮に帰りました。私、家も家族もなくしちゃったんですよねぇ……」
言葉がない。リンはかける言葉が見つからず、黙るしかなかった。
「だから、リンさんに努力を認めて貰えて嬉しくて。すみません、泣いちゃって」
ティーナはクリーム煮を頬張り、さらにライスを口にかき込む。
薬師学校を卒業し、さらに資格を持って生家に帰つもりでの進学だったはずなのに、入学と同時にティーナの家族はいなくなった。
一応、卒業したときは生家に顔を出したのだけれど……祖父母も父も二人の異母弟(知らない間にもうひとり生まれていた)と継母のお腹にいる三人目の孫の誕生に夢中で、帰って来たティーナの姿など目に入っていない。まるで透明人間になったようだった。
そして、生家の庭前で立ち尽くすティーナに向かって異母弟は言ったのだ〝誰?〟と。
父とティーナを生んでくれた母の仲は良好だったはずだ。祖母も自分を可愛がってくれていた。祖父は跡取りが女児であることに不安を覚えているようで、母に二人目は男の子を生むように言っていたけれど……無視されることはなかった。
まさか、こんな扱いをされるなんて、全く思っていなかった。
ティーナは母の墓所に薬師学校の卒業と、三級調薬師、二級薬草師の資格を取得したことと家を離れることを報告し、母方の伯父の元へ向かった。
母方の伯父は薬草農園を営んでおり、そこからは毎年誕生日のプレゼントとカードが送られて来ていたため、学校卒業の報告と今までのお礼が言いたかったし、すでに亡くなっている母方の祖父母のお墓に報告もしたかった。
辻馬車を乗り継ぎ、伯父の元へと向かう。伯父に報告とお礼をして、祖父母の墓参りをしてから……それからどうしようか? そんなことを考えながら辻馬車に揺られること二時間余り。
到着した薬草園にて伯父の家族と久方ぶりに顔を合わせた。伯父と伯父の妻、二人の従兄妹。実際に顔を合わせるのは年単位で久しぶりだ。
伯父と伯母に無事に薬師学校を卒業し、資格を取得できたこと、誕生日のプレゼントについて感謝し、祖父母のお墓へ参る許可を貰う。庭の花を切り出して貰い、薬草園の隅にあるお墓で報告をしていると……声が聞こえた。それは、小さな声だったが風がティーナの耳にそっと届けた。
「ねえ、お父さん。ティーナちゃんはうちで働くの? 学校、終わったんでしょ」
「……ティーナ、薬草師の資格も取ったっていってたよな。二級だっけ……俺、まだ四級なんだけど。え、あいつ俺より年下だったよな?」
「え、お兄ちゃんより出来るんじゃん」
「あなた、ティーナさんはどういうつもりでここに来たの? ただの報告と挨拶? それとも、うちへの就職?」
「……いや、ティーナは」
「就職だとしたら、ちゃんと立場をはっきりさせてから契約してくださいね。あくまで、薬草園の跡取りはうちのアルミロ。ティーナさんはただの従業員」
「ああ、そうしてくれ! それならティーナにはいっぱい働いて貰いたいよ、給料だって親戚だから少なくていいだろ?」
「いいんじゃないの? 薬草園の隅っこにある小屋とかに住んで貰って、きっちり薬草の管理してもらってさ。で、ついでに調薬もして貰ったら? 儲かりそう」
「あなた、はっきり線引きしてくださいね」
伯父はともかく、伯母と従兄妹たちはティーナを都合よく使い潰すつもりだ。それを隠す気すらない。最初からここでお世話になるつもりはなかったけれど、早く立ち去るのがいいのだろう。
ティーナは神の国にいるだろう祖父母に報告する内容に付け足した、ここを離れもう二度と来ることはない、と。
お墓参りから戻ると、ティーナは伯父一家に挨拶をしてお暇すると告げた。
伯母や従兄弟たちは拍子抜けしたような顔をしていたが、伯父だけは「体に気を付けて、調薬師としても薬草師としても恥じない仕事をしなさい」と亡き母が若いときに祖母と手作りしたのだというブレスレットを手渡してくれた。
緑色に染色された皮を編み込み、中央部分に緑色の石も編み込まれている。
石は宝石ではないただの石だけど、白と緑が交じり合っている模様が美しい。薬草をはじめ植物を深く愛していた母らしい色選択だと思う。
こうしてティーナは実の家族とも親戚とも縁を切って、旅立ったのだ。
伯父の薬草園から旅立つティーナの体は、とても軽かった。
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