16)リンと家出令嬢06
「警備隊の隊員さんは朝昼晩の三食をコマドリ亭の食堂でとって貰っています。夜勤の人には夕食後に夜食をお渡ししますので、翌日の朝ごはんのときに食器を返却してください。朝ごはんは七時、お昼ごはんは交代で十二時から十四時の間、夕ごはんは十九時です」
「了解した」
ルカは食堂の内部を見回しながら言った。
一階の食堂部分はキッチンとカウンター席、テーブル席があり、カウンターの上にはメニュー表がある。壁にあるのはカッチーニ山の地図で、他には鉢植えの植物一つもなく、店としては簡素としか言いようがない。
「もし、どうしても食べられない食材や、食べると具合が悪くなる食材があるようなら教えてください」
「いや、食べられない物も具合が悪くなるような物もない」
「わかりました。説明は以上です」
着任したばかりのルカにコマドリ亭の使い方を説明し終わったリンは、キッチンに入って鶏肉の下拵えを始めた。筋に切り込みを入れながらひと口大に切り分け、ボウルに入れていく。
「……聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「どうぞ」
「どうやって、アルベルタ嬢を逃がしたんだ」
カウンターに座ったルカは声を落として言う。
「あの日、カルロと俺はここを出てすぐにバディーニ港街へと戻った。その後すぐ、キミから聞いたことを調査・確認して回ったよ。イレーヌ嬢とカルロの噂、アルベルタ嬢の立たされていた立場や周囲の接し方、子爵夫妻がどう考えていたのか。もちろんあの事故のことも」
「それで?」
「事実を全て確認して、カルロは心を決めた。後始末もつけて、それから彼女を迎えにここへ戻ったんだ」
カルロとルカが最初にコマドリ亭を訪ねてきた翌日、ベルタは旅立った。その三日後、カルロは再びコマドリ亭にやって来た……ベルタはもういないというのに。
ベルタがいないことを知ったカルロはショックを受け、食堂の床に座り込んでしまった。そして、馬を駆って広場に駆け込んで来てコマドリ亭に突撃した男が一時間以上微動だにしないと、様子を見に来たジュリオに声を掛けられるまで放心していたのだ。
精神的なショックが大きかったのはリンも見て分かった。が、彼を心配するような気持ちは全く湧かなかった。
「けれど、アルベルタ嬢はいなくなっていた。その後、母方の祖父母が暮らす屋敷にいることがわかった……彼女が無事であったことは良かった。だが、どうやって……? 彼女は供もつけていなかったし、足にケガもあったし装備だって不十分だったはずだ。カッチーニ山を越えることはできなかっただろう。どうやったんだ」
「…………巡回修道騎士様にお願いしました」
ルカは「巡回修道騎士?」と首を傾げる。
「あまり知られていないようですけれど、神殿に所属する修道騎士様の中で、大陸中を二人一組で歩いてまわっている方々がいるのです。その途中で街や村に立ち寄り、困っている人を助けたり、問題解決に助力したりしています。修行、なんだそうです。その巡回修道騎士様は毎月、月末にここを通るので……彼らにお嬢様の保護と祖父母様の待つお屋敷へお送りくださるようにお願いしました」
「……なるほど。アルベルタ嬢はその修道騎士に護衛されて、移動したんだな?」
「はい。修道騎士様ならば護衛として最適ですし、神殿と神殿を繋ぐ〝使徒の道〟とか言う転移門も使えると聞いていました。ですから、お嬢様の足でも移動が可能だと考えたのです」
「そうか」
ルカは納得し、椅子から立ち上がると大きく息を吐いた。
「カルロは……アルベルタ嬢を追ったよ。バディーニの代官になる道を捨てて」
リンはボウルにショウガをすりおろして入れ、醤油と酒と砂糖と塩コショウの調味料と生卵を落としてから肉に揉み込んでいく。
「そうですか」
「イレーヌ嬢は東部地域に領地を持つ子爵家に嫁ぐことが決まって、アルファーノ子爵家は後継者候補になっている中から、本格的に候補者の選出をはじめたよ」
「そうですか」
鶏肉が調味料と卵を吸い込んでふっくらとしたのを確認すると、リンは肉の入ったボウルを保冷庫にしまう。そして玉ネギ、ニンジンを取り出すと洗って皮をむき、キノコを小さく裂く。
「……アルベルタ嬢が、幸せに暮らせるといいな」
「そうですね。お嬢様がどのような選択をされるのかはわかりませんけれど、私は彼女の幸せを願います。あのクソ男との結婚はすすめませんが」
「クソ男っていうな、いろいろ事情があったんだ。じゃ、夕食のときにまた来る」
「はい」
ルカは大股で食堂を横切り、スイングドアの手前で立ち止まり、首だけ動かして作業を続けるリンを見つめた。
「リン」
「はい?」
「キミは……何者だ?」
「? 質問の意味がよくわかりませんが。名前はリン、十七歳。カッチーニ山の南山道入り口の休憩所・〝ペッティロッソの宿り木〟の管理人です。それ以上にお話しすることはありません」
リンは顔を上げ、ルカを見る。視線が合う。
「ここの管理人になる前は、どこでな……」
「邪魔するぞ! アルパカ四頭の水とこの水筒に水をくれ、五個分だ」
ルカの言葉を遮るように、カッチーニ山を抜けた傭兵らしき一団がコマドリ亭に入って来た。テーブルの上に皮製の水筒が置かれる。
「あと、あれだ……ナッツを甘くして固めたやつがあれば欲しい」
「ナッティバーですね、今は五本あります」
「じゃ、五本全部くれ」
「三千五百五十ベルです」
リンは水筒を集めるとキッチン奥で水を注ぎ始める。ルカはリンと傭兵たちの邪魔にならないよう、コマドリ亭を出て警備隊詰所に戻る。
世に難所といわれる道の手前には警備隊詰所、騎獣用休憩広場、休憩所と雑貨店を組みあわせた広場が設けられていることが多い。カッチーニ山道の南側入り口にあたるここも、よくある休憩広場だ。
休憩所や雑貨店を預かるのは、家事や計算が得意な女性が多い。リンもそんな一人だ。
けれど、ルカの目にリンは異質に見える。
平民の娘だから、文字がほとんど読めないことは不思議ではない。けれど、文字の読み書きができないのに素早く正確に計算できる力と、高い料理技術には違和感を覚える。さらに、あの妙に肝の座った態度と大人びている考え方は年齢に合わないように思う。
ルカはコマドリ亭を振り返り、中で忙しくしているだろうリンの顔を思い出す。その顔が同じ年の令嬢と重なって見えた。
「……似てるんだよな。でも、色が違う」
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